短編 ある一人の男子高校生の日常
何の変哲も無い、とある高校の教室。今日もまた、大半の生徒達が待ち望んだ時間が訪れる。そう、昼休みである。
「さーて、飯だ飯ー!」
「トモ、今日のおかずは何だ?」
幼馴染二人が即座に歩み寄って来るのを見て、少年……恩田朝則が、溜息を吐いた。
「あのな、いつも俺の弁当のおかずを狙って来るのやめろよ……」
そこへ、二人の女子生徒が近付いて来る。
「朝則さん、構う事はありません。私と一緒に食べましょう」
「トモ君と食べるのは譲れないね! 私なら、あーんもしてあげるけど?」
「わ、私だってします! あーんなら、それはもう毎日でも!!」
「そぉ? じゃあ私は……よし、口移しで!!」
「破廉恥!!」
照野藍子と、柴下亜衣。高校入学以来の付き合いであり、本人達は朝則と末永い付き合いにしたいと考えている二人組。
「……ギロリ」
「俺のせいじゃないぞ……」
睨み付けてくる親友・神野悠真を、なんとも言えない表情で制止する朝則。彼が亜衣に惚れている事を知っているので、多少申し訳ないとは思っていた。
しかし、自分の本命は別だと知られているはずなのだが……理不尽だ。そんな事を考えてしまう。
「藍子も亜衣も、その辺にしてくれよー。折角の昼休みだ、メシにしようぜ。俺、もう腹ペコだわ」
折賀友也がそういうと、藍子と亜衣は「……それもそうだ、仕方ないな」と矛を収める。
そんなクラスメイト達を見て、一人の少女……増森遥美が笑みを零す。
「今日も皆、仲が良いね~」
この光景をどう見れば、そんな感想を抱くのだろうか。彼女もまた、不思議な感性の持ち主なのかもしれない。
隣の家に住む幼馴染に、小学校時代からの腐れ縁。そして、高校に入ってから出会った二人の女子生徒。そんな面々に囲まれる少年は、苦笑しながら弁当を机の上に出した。
これが彼……恩田朝則の日常である。
……
朝則を中心としたそのメンバーは、学内でも非常に目立っている。
まずは幼馴染である二人の男子、友也と悠真。二人とも彼女無し、フリーである。見た目は良いし、性格も悪くは無い。それでも恋人が居ないのは……彼等のキャラクター故である。
「はぁ……彼女欲しい……美人なお姉様とイチャイチャしたい……巨乳でバインバインなら尚良し」
そう呟いて、モソモソと惣菜パンに齧り付く友也。
彼は自分の欲望に忠実で、フェチ的な発言もよく口に出す。それ故に、女子からは引かれることもしばしば。ちなみに彼の言う条件に該当するのは、遥美の姉である真代である。
「友也、お前はいつも……もう少し理性を働かせないか。昨日だって、ギルドの子に聞かれて引かれていただろう。大体お前は、何でもかんでも口に出し過ぎではないか? もう高三なんだ、少しは……」
悠真の場合は、これだ。本人に悪気は無く、相手の為を思って言うのではあるが……単純に、口うるさいのである。ちなみに、彼はムッツリスケベである。
フルオープンスケベと、お小言男……そんな二人に挟まれているものだから、朝則が相対的に引き立てられている。無論、本人達に自覚は無い。
朝則の心を射止めんと積極的に話しかける二人の少女。藍子と亜衣は、誰が見ても美少女である。
しかしながら、彼女達は誰にでもそんな風に振る舞う訳では無い。ここまで感情をむき出しにするのはお互いと、その周囲に座るメンバーだけだ。特に彼女達がありのままの姿を曝け出すのは、朝則の前でだけである。
そして、朝則の最も側に居る少女。それが増森遥美だ。
「増森、今日も学校来れたんだな……体調、大丈夫なのかね」
「な……入学したばっかの頃は、体調不良でよく休んでたんだろ?」
心臓に病を抱えている遥美は、全体的に見て細い。見るからに、病弱な少女だと解る。しかしそれでも明るく元気に笑う彼女の健気さに、感動の念を抱かない者はいない。
そんな遥美を気遣い、世話を焼く朝則。打算抜きで彼女を守ろうとする姿勢は、男女問わず彼の評価を高めている。
「恩田はいつも、増森を気に掛けてるよなぁ……」
「世話焼きだよな、基本……まぁ、そのせいであぁなったんだけど、な……」
「恩田君、格好良いよね~」
「とはいえ、あの中に入り込む勇気は無いかな……」
朝則は文武両道な生徒であり、容姿も整っている。更にはお人好しで困っている人を見過ごせない、正義感の持ち主だ。面倒見が良いのもあり、下級生からも人気がある。
藍子と亜衣……彼女達も朝則の世話焼きの結果、彼の側に居る様になった。
そんな朝則に対する周囲の評価は、結果的に「恋愛ゲームの主人公みたい」という結論に落ち着くのであった。
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そんな恋愛ゲームの主人公みたいな朝則だが、以前と比べて遥美への想いが強まっていた。
これまでは、彼女を一番理解している男子は自分……彼女と一番仲が良く、側に居るのは自分だと思っていた。だからいつか、自然と恋仲になれる……なんて考えていた。
しかし今は、彼女と付き合いたい……デートしたい……イチャつきたい。そんな気持ちが強くなって来ている。
切っ掛け? 某ゲームの忍者と姫様である。
――あいつらみたいに、なりたいな……。
朝則と遥美は家が隣なので、下校時の最後は二人きりになる。そこで、彼は勇気を振り絞って遥美にとある提案を切り出した。
「ハル、今週末って病院とかは?」
「うん? 今週は特に何も無いよ?」
その返答に、朝則は心の中でガッツポーズ。最近は遥美の体調も良さそうなので、出掛ける分には問題無さそうに見える。
「それならさ、一緒にどっか出掛けないか? 最近は、ゲームしてばっかだったし……少しは、身体も動かした方が良いだろ?」
心臓の病があるから、激しい運動はダメ。絶叫マシンなんかもダメだし、制限は多い。
「小学校の時に行った、でかい自然公園あるだろ。あそこ、今が紅葉の見頃だったし……ピクニックなら、負担にはならないと思うんだけど。どうかな」
公園内をのんびり散策するピクニックならば、遥美の負担にはならないだろう。こういう気遣いが出来るのが、世話焼きの本領発揮というところか。
「うん! 良いね!」
ニッコリ微笑んで、頷いて見せる遥美。その笑顔に、朝則は内心でホッとしつつ微笑み返す。
「弁当用意して行こうか。折角だし、ハルの好きなモノ作るよ」
「本当? 楽しみ!」
傍目に見れば、実に良い雰囲気である。
――よし! デートの約束取り付けた! そこで……絶対ハルに告白する!!
気合いを入れる朝則だが、彼は致命的なミスに気付いていない……そう、彼は”二人で”と明言していなかったのだ。
学校やプライベートで一緒に過ごすメンバーは、ゲームでも一緒に過ごすメンバー。つまりは【森羅万象】の幹部メンバーである。
――皆には、AWOにログインしてから伝えれば良いかな?
その日の夜、朝則がログインした時には既に幹部メンバーにピクニックの件が伝わっていた。無論、遥美が誘ったのだ。
状況を察したオリガとラグナが、肩を落とすアーサーを慰めるように肩を叩いたのは余談である。
次回投稿予定日:2021/8/20




