短編 出会ってしまったあの人
星波英雄という少年が居る。
彼は容姿端麗なイケメンであり、品行方正な人格者。そして弛まぬ努力で学業の成績も良く、運動神経も抜群だ。
そんな彼であるから、小中学校でもそれはもう女子にモテた。そしてそれを鼻に掛けず、友人を大切にする少年だった。結果、同性の男子達にも変な意味ではなくモテた。一部では変な意味でもモテていたのだが、英雄はそれを知らない。知らぬが華。
そんな彼には、可愛らしい妹が居る。目に入れても痛くないと言って良い、それはもう可愛い妹だ。
生まれつき全盲という、一人の少女が背負うには重過ぎるハンデ。そんな大きな障害を持ってしまった娘に対し、両親は悲嘆に暮れていた。
悲しむ両親を見た英雄は、胸が締め付けられる思いでいっぱいだった。
でも、妹……姫乃のせいではない。それは幼心にも解っていた。二つ年下の妹の為に、両親はひたすら足掻いていた。自分よりも姫乃の方が大事なのか? なんて思いはしなかった。
幼い英雄は決心した。兄として、姫乃を守るのだと。
そんな姫乃は、今現在……それはもう幸せそうに笑っていた。その隣には、英雄と同じクラスの少年……いや、親友の姿があった。
「仁さん、こっちのも美味しいですよ!」
「ありがと、ヒメ。あ、これもう焼けてるみたいだよ」
網の上でジュウジュウと焼かれる肉を、互いに互いの分を取り分ける。なんという仲良し。
「いやぁ、姫乃ちゃんには本当に御世話になってまして……」
「いえいえ、こちらこそ仁君のお陰で……」
仁の父親と、姫乃の父親……寺野俊明と星波大将が、機嫌良さげに会話している。仁の母・撫子と、英雄&姫乃の母である聖もご満悦だ。
はい、寺野家・星波家で焼肉を食べに来ております。平和な外食風景である。
寺野家と星波家……それぞれの家に子供達が遊びに行く事はあったのだが、両親同士が顔を合わせるのはこれが初である。初めての対面で焼肉とは、中々に攻めている。
「英雄、これ食べ頃だよ」
「お兄ちゃん、このタレ使ってみますか? 美味しいですよ!」
最高の親友と、最愛の妹。二人は自分達の世界を形成しつつも、英雄の事を除け者にしたりしない。毎日プレイしているゲームでも、二人は仲間達を大切にするカップルなのだ。現実でもこういう面を見せるのは、不思議でも何でもない。
「ありがとう、二人とも」
笑顔でそう返すが、仁と姫乃は気付いている。英雄の声や笑顔に、いつもの力が無いのだ。
「お兄ちゃん、具合でも悪いんですか?」
「何かあった?」
心配そうに声を掛ける二人に、英雄は苦笑してしまう。やはり、この二人は誤魔化せないらしい。
「実は……明日、初音家に行く事になっててね」
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その翌日。緊張しながら、英雄は初音家へと訪れていた。
まず最初の衝撃は、やはりその家……最早、お屋敷と呼ぶべきそれ。
誰かに「ところでこの家を見てくれ。こいつをどう思う?」と聞かれたら、「すごく……大きいです……」としか言えない。
更に英雄に衝撃を与えたのは、今度は別のベクトルの衝撃。
「いらっしゃいませ、英雄さん!」
嬉しそうに……それはもう、満面の笑顔で英雄を出迎えた愛しい少女。
お洒落な白いワンピースを身に纏った彼女は、英雄の来訪に相当な気合いを入れているのだと解る。
「お、お邪魔します。恋……今日も凄くお洒落だね」
普段、デートする時とはどこかが違う。恋とよくデートしている英雄だからこそ解る、その違い。
「メイクも、凄く似合ってる。可愛いね」
「ふふっ、気付いてくれて嬉しいです。さぁ、どうぞ」
するりと英雄の腕に自分の腕を絡め、先導するように歩き出す恋。
――掴みは良い感じみたいね……鳴子さんにメイクを教えて頂いて、正解だったわ。
内心で、恋様大歓喜。愛しの彼氏からの褒め言葉に、それはもう喜んでおられた。
……
『いらっしゃいませ、星波様』
そう唱和して、頭を垂れる初音家の使用人達。その光景は英雄にとって非日常であり、硬直してしまうのも無理はないだろう。変な声を出したりしていない分、マシな方だ。
とりあえず、英雄は丁寧に頭を下げる使用人達に一礼する。礼には礼を、だ。
「ようこそ、星波君」
「いらっしゃい、今日は呼び立ててしまってごめんなさいね」
次いで現れる、美男美女。彼等とは、英雄も顔を合わせている……一度目は、海辺の別荘。そして二度目は、仮想現実の異世界で。
恋の実姉と、義兄。そしてAWO運営チームでは責任者と、主任を務める二人である。
「いえ、今日はお招き頂きありがとうございます。こちらは、つまらないものですが……」
そう言って、手土産を差し出す英雄。そんな彼に、二人は苦笑する。
「そんなに気を使わなくても良いのよ? 恋の彼氏が、家に遊びに来ただけじゃない」
「……」
視線を逸らすボス。どうやら彼も、通った道らしい。
さて、お姉様の口にした恋の彼氏という言葉。それを受けて、使用人達の表情に変化が現れた。大半の使用人からは、驚きと好意的な視線……そして、一部の歳若い男性使用人からは鋭い視線だ。
そんな中、何やら外が騒がしくなって来た。
「あら?」
「……何だろうな?」
「……あ、まさか!?」
恋の姉だけは、心当たりがあるらしい。しかし彼女がその事に言及する、その寸前。玄関ホールの扉が開かれた。
「ははは、ついうっかり忘れ物をしてしまった! おや、どうしたのかな、私の可愛い子供達……そして、星波英雄君?」
そう言って、英雄に向けて目を細める男性。
その整った顔立ち、細身でありながら高身長の体躯、身に纏う高級そうなスーツ。
初音秀頼……恋の父親にして、大企業ファーストインテリジェンス代表取締役社長である。
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恋人の父親と遭遇するという、想定していなかった事態。英雄は勿論、内心で慌てふためいた。
しかしながら、ここ最近の英雄はこれまでの彼とは違う。内心を表に出さないように堪え、そして失礼のないように振る舞ってみせたのだ。恋と鳴子の指導の賜である。
応接間に通された英雄は、秀頼と向かい合って座らされた。恋は姉と共に秀頼の隣に座らされている……義兄は、横の席だ。
これはもしかして「うちの娘はやらねぇぞ?」という、無言の圧力かな?
「お父様、忘れ物をしたのでは?」
座る位置に不服があるのか、恋の言葉にはどことなく棘がある。しかし、そんな恋に秀頼はカラカラと笑ってみせた。
「あぁ、勿論。恋の友達に、挨拶をしないといけないなと思ってね。ほら、忘れてはいけないだろう?」
友達という点を強調するような秀頼に、恋は更に圧を増した。それをサラリと受け流し、秀頼は英雄に視線を向ける。
「初めまして、初音秀頼だ。恋の父親だよ」
「お初にお目にかかります、星波英雄と申します」
丁寧に頭を下げ、英雄も挨拶を返す。その様子に、秀頼は可笑しそうに笑う。
「そんなにかしこまらなくても良い。君は恋の友達なのだろう? それとも、違うのかな?」
解って言っている、英雄はそう察した。そして感じるのは……試されている、という事だ。
英雄は実に穏やかで、気配りの出来る少年だ。しかし……同時に彼は、周囲の影響で精神的にも成長している。
例えば、忍者な親友とか。一撃必殺お姫様な妹とか。他の面々も、同様だ。
だが、何よりも……メイドなあの人と、最愛のお嬢様の影響が大きいだろう。
――ここで引いたら、男が廃る。
「はい、恋さんとお付き合いさせて頂いています」
言葉は、スッと口から出て来た。背筋を伸ばして、断言してみせた英雄。そんな彼に、秀頼は鋭い視線を向ける。
「ほう? それは初耳だね。しかし君、恋にも立場はある。初音の娘というのは、君が思っているよりも遥かに……」
秀頼が更に英雄を試そうと、言葉を続けようとする……が、それは他ならぬ恋によって遮られた。
「お父様、黙って頂けます?」
絶対零度の一言に、秀頼も英雄も停止した。
そんな二人に取り合わず、恋は立ち上がると英雄の隣に座る。
「済みません、英雄さん。父が失礼な事を……」
「え? い、いや……娘に恋人がいるって聞いたら、誰でもこうなると思うし……」
気持ちは解るよ? と理解を示すような事を口にする英雄だが、恋は圧のある笑顔を緩めない。
「ちなみにこれ、お姉様がお義兄様を初めて連れて来た時にもやってたんですよ? お母様に叱られたというのに、また同じ事を……全く、困ったお父様ですね。そういえば、お母様は先に? まさか、同じ轍を踏むのを避けて自分だけ戻られたのですか? 全く、お母様の尻に敷かれているのは相変わらずですね。それにしても……」
父親のそんな醜態をつらつらと並べ立て、精神的に凹ませにかかる恋。どうやら、相当おこらしい。
「恋? 恋ちゃん!? ストップ!! ごめん、パパが悪かった!! ごめんなさい!!」
わーい、恋様ってば実の父親にも容赦なし。
「ご理解頂けたようで何よりです。私の英雄さんをいじめるなら、親でも許しません」
「おー……恋ちゃんが、ここまで……いやぁ、本当に悪い事をしたなぁ」
平謝りの体勢から佇まいを正すと、秀頼は柔らかな表情を英雄に向ける。
「済まなかったね、英雄君。通過儀礼と思っていたが、不要だった」
「え? あ、いえ」
どうやら、英雄は恋に相応しくない! お父さん、認めん! というつもりは無かったらしい。
「君の件は、聞いている。なぁ、三枝」
声を掛けられ、一人の青年が一礼する。彼もまた整った顔立ちの持ち主で、この空間の顔面偏差値が実に高い。
「成績、生活態度、一切の問題は見受けられないね。恋と交際を始めてからは、成績も上がっているとか。更には、全盲の妹さんの為に送り迎えを買って出ると。努力家であり、思い遣りがある。好青年という言葉が、これほど相応しい子も珍しい。あぁ、妹さんが使っているVRギアはどうかな? 不具合はないかい?」
「あ、はい……その、ありがとうございます。お陰で妹も、更に明るくなりまして……」
にこやかに声を掛ける秀頼に、英雄は戸惑いつつも返事をする。
「さて、そろそろ仕事に行かないと。英雄君、ゆっくりして行くといい」
「はい、ありがとうございます!」
「お父様、行ってらっしゃいませ……後で、家族会議ですからね」
後半は、ボソッと呟く恋様。まだ、おこらしい。
しかし、ここで英雄が席を立つ。
「英雄さん?」
「……どうかしたかね?」
不思議そうな恋や秀頼……黙って成り行きを見守っていた姉夫婦も、どうしたのか? と視線を向けていた。
「え、いや……お見送りをしようかと」
お見送り。秀頼の出立を、見送ろうというつもりだったらしい。
「……本当にいい子だ、君は。見送りは大丈夫だよ、英雄君。邪魔をして悪かったね」
そう言うと、秀頼は颯爽と歩き出す。どうやら英雄は、彼のお眼鏡に適ったらしい。
執事の三枝さんが開けた扉を潜る前に、秀頼は英雄に向き直って穏やかに微笑んでみせた。
「英雄君、恋の事を宜しく頼むよ」
「……はい!」
次回投稿予定日:2021/8/18