短編 とある二人の進展
十二月を間近に控えた、とある寒い日。国内トップの来園者数を誇る有名なテーマパークに、 一組のカップル……未満の男女が、訪れた。
「学生時代以来かしら、ここ来るの」
「あぁ、大学の時にも一緒に来たよな」
その時は、同じゼミの仲間達と一緒だった。その中には、普段行動を共にしている青年も居た。
「それじゃあ……デートと行きますか」
「……っ!! そ、そうね!!」
普段はそんな、思わせ振りな事を言わない青年。だからこそ、彼がこの二人きりのお出掛けをデートと明言する事に意味を感じさせる。
それが解っているからこそ、彼女は今日こそはと気合いを入れて来たのだ。
――今日こそ、左利に……!!
――いい加減、日和るのはやめだ。輝乃に、今日こそは……!!
飯田左利と、入間輝乃。またの名を、ケインとイリス。
――告白する!!
今日こそはこの片思いに……実に両片思いなのだが、この関係に決着を付けようと奮起していた。
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「近頃はゲームの中で遊ぶのがメインで、こうして出掛けるのって減ったよな」
「そうねぇ……ゲームで仲良くなったメンツと遊ぶの、楽しいし」
その筆頭はやはり、先日も行動を共にした同盟チーム。ギルド【桃園の誓い】のメンバー……そして【七色の橋】と【魔弾の射手】、ユージンやリリィ・クベラ達だ。
彼等と異世界を冒険し、モンスターと戦う日々。新たな発見に満ち溢れた、胸躍る体験である。
「それに、ゲームでしか出来ない事も多いしねー」
「確かにな。第三エリアには驚いた」
しかし、それはそれ。これはこれだ。
「でも……たまにはこうして、のんびりするのも悪くないけどな」
「同感。それに……ふ、二人きりで出掛けるのなんて、いつ振りかしらねー?」
二人きり……と口にするところで、多少どもってしまう輝乃。左利と二人きりでの外出を、デートとして認識している為だろう。
「大体、十也が一緒だからなぁ……もう二、三年振りとかになるのかな」
輝乃のイトコである、入間十也。彼が左利や輝乃と行動を共にすることが多い理由……それは輝乃が左利と二人きりだと緊張してしまうので、一緒に来いと引っ張って来ているからだ。十也も中々に苦労している。
そんな関係であったから、三人で居る事に慣れ切っていた。しかし、それより先を望んでいるのは左利も輝乃も同様だ。だからこそ、今日こうして二人で出掛けているのである。
「ね、どれから行く?」
「輝乃、絶叫苦手だろ。あの辺は?」
「さっすが、左利は紳士だねぇ。これが十也のヤツなら、日頃の恨みを晴らさんとばかりに絶叫系に走るのに」
「そ、そんな事は……あったり、なかったり?」
否定できない……それは左利も感じている事だ。それでも一緒に遊んだりするのだから、イトコ仲は良いのだろうが。
「絶対あるって! まぁ、それは置いといて……うん、行こう行こう!」
はしゃいだフリをして、左利の手を取る輝乃。そのまま彼の前に出て、引っ張る様にして歩き始める。
そのままご機嫌な様子で歩く輝乃に、左利は苦笑しながら大人しく付いて行くのだが……実は彼女、内心で物凄い達成感を感じていらっしゃった。
――よ、よしっ!! まずは手を繋いだ! 偉いぞ私! 頑張れ私!
乙女かな? 乙女でした。
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互いに告白の切っ掛けを探りながらも、デートは続く。昼時が近付く為、二人は込み合う前に食事を取る事にした。
「それにしても、ウチも新メンバー増員した方が良いのかねぇ? ほら、【七色】はもう十三人でしょ?」
「PACを除いて、ね。彼等を含めたら、もう二十二人か……」
ギルドメンバーが、三十人から五十人で中規模ギルド……五十人以上で大規模ギルドと呼ばれる事が多い。PACを含めれば、中規模ギルド一歩手前なのが【七色の橋】である。
三十人未満のギルドは、一般ギルドとして重視されてはいない。
とはいえ、【七色の橋】や【桃園の誓い】……そして【魔弾の射手】に関しては、その限りではない。
例えば【魔弾の射手】は、全員が銃で武装した異色のギルドだ。更に戦闘経験に関しては、他のギルドよりも図抜けている。その様子は、第二回イベントを見るに明らかである。
難点は一部のメンバーがレベル・ステータス不足である点だが……そこを補う事が出来れば、実に凶悪な実力を伴ったギルドと化すのは間違いないだろう。
一方、【桃園の誓い】。メンバーはプレイヤー八人にPAC二人という規模だ。
しかしその人数だけで判断すれば、手痛いしっぺ返しを食らう事になる。なにせ、プレイヤーは全員が最前線クラスの実力者だ。PACであるマークとファーファも、元々は冒険者という戦闘に長けたNPC。バリッバリの武闘派である。
そして、【七色の橋】。このギルドに関しては、言葉も出ない。第一回イベントで猛威を振るい、第二回イベントで優勝を飾り、第三回イベントでは軒並み上位入賞。なにこれ。
それだけでも凄まじい来歴なのだが、中身がまた問題だ。メンバーの内、四人はステータス系ユニークスキル……そして、三人は武装・武技・魔力に特化したユニークスキル保有者。
契約したPACは、イベント上位入賞の報酬であるオリジナルPAC三名……更に、まさかのエクストラボス三名。
加入間もない三人も、一般人かと思いきやそうでもない。粗はあるが、ガンガン切り込んでいく青髪の元気少女……穏やかな見た目に反して鋭い判断をする、ゆるふわ桃髪少女。そして見た目の愛らしさから美少女にしか見えない割に……格闘戦でダメージディーラーをこなす、黒髪の美少年。
その上トップクラスの生産職人が二人に、上級者のソロプレイヤーが新規加入。
三十人未満? 一人で三十人を蹴散らす実力を備えた、彼等が小規模? 一般? 逸般ギルドの間違いだろう。
元々の実力もさることながら、急速に成長を続けていく【七色の橋】。敵対すれば、これ以上の脅威は無いだろう。
そんな彼等に対し、【桃園の誓い】は、PACを含めてまだ十人。この人数は、ギルドメンバー限定の一パーティの上限だ。となれば、メンバー増員を……と考えても不自然ではあるまい。
しかし……今はそうもいかないのだ。
「でも、今は不穏な動きが目立っているからね。先日の集団PKとかもそうだ」
偽物騒動を起点に発生した、集団PK。アンチと思われる掲示板への書き込み。悪意を持った人物が、自分達や【七色の橋】に目を向けているのは明らかだ。この状況で、メンバー募集をしたらどうなるか? ろくでもない未来が待っているのは、想像するに容易い。
「そうよねぇ……全く、私らが何をしたっていうのよ」
「めっちゃ目立った」
「それな」
「信頼出来る相手じゃないと、ギルドメンバーには加えられない……それこそユージンさんやリリィさん、クベラさんくらいじゃないとな」
とはいえ、彼等はギルドに加入しないというスタンスの面々だ。望みは薄い。
「【七色】との同盟が無かったら、苦戦してたわねぇ」
「そうだな」
左利……そして輝乃は、【七色の橋】の面々について考える。
彼等との付き合いも長くなり、そして深まっている。互いのリアル事情も、だいぶ教え合っている気がする。
「もしオフ会とか企画したら……来てくれるかな?」
「……俺も今、それを考えてた」
ただ集まって、一緒に楽しい時間を過ごせれば。左利と輝乃は、そう思う。
……
夕暮れ時になり、二人は園内を歩いていた。互いに告白は出来ていない。というのも……。
「「あのさ……」」
切り出すタイミングが、完全に一致。ある意味では相性がいいのかもしれないが……。
そして、こうなる。
「さ、左利から良いよ?」
「いや、輝乃こそ……」
「「……」」
このやりとり、今日だけで二十回以上である。
また、有耶無耶になりそうな空気が流れ始める二人。しかし、左利はそこで輝乃のある点に気付く。
普段はそこまで化粧っ気のない彼女だが、今日はいつもよりもメイクを施している。更に注意深く彼女を見ると、普段は付けないネックレス等も身に着けていた。
そんな彼女は、一言で言うと。
「……綺麗だな」
左利は無意識に、思った事を口に出していた。
「あぇえっ!?」
ジッと見られて、そんな事を言われた輝乃。奇声を上げて、顔を逸らしてしまう。
左利はそこで、自分が先の感想を口に出していたのだと気付く。しかし、彼までテンパってしまえばまた有耶無耶になる。
――其の徐かなること林の如く……!! よし!!
何故、最終武技を発動するキーワードなのか……とはいえ、気合いは入ったらしい。
「……もっと早く言うべきだったな。本当に綺麗だよ」
「そ、そそ……そぉ? へ、へへっ……」
左利の褒め言葉に、輝乃は照れ笑いをしてみせる。本当に嬉しそうであり、彼女が今日のデートを大切なものと思ってくれていたのだと伝わって来た。
「輝乃。もう一つ、本当はもっと早く言うべきだった事があるんだ……俺と付き合って欲しい」
「うんうん、そうだね……えぇぇっ!?」
照れ笑いして生返事で返しかける輝乃だったが、その言葉を聞き流しはしなかった。
「あ、あたっ……!! あたし、はっ!! そのっ……!!」
長年の悲願が、叶う。そんなタイミングで、輝乃は動揺し慌ててしまう。
しかしそんな輝乃の事を、長年側で見ていた左利だ。彼女がこういう重大な何かを前にすると、テンパりやすいのは百も承知。
「まぁ、一度落ち着こう。返事は急がないから、心配しないでくれ」
そう言うと、左利は優しく輝乃の手を取った。
「喉乾いてないか? 何か飲もう」
輝乃が落ち着けるように、気配りをしてみせる左利。そんな彼の優しさに、輝乃は頷いて応える事しか出来ない。
――情けねぇ、この私とした事が……っ!! でも、でも……。
左利が自分を大切にしてくれる事が、凄く嬉しい。だから、握られた手を……ギュッと握り返す。
「……左利!」
「ん?」
「浮気したらブチ転がすけど、良いよね!?」
「勿論」
「大事にしないと、拗ねてやるからね!?」
「お互いにだぞ?」
「結婚を前提と考えてよろしいか!?」
「望むところだ」
左利が返してくれる言葉の全てが、輝乃にとって待ち望んでいたもの。
輝乃は立ち止まり、左利の手を引っ張った。突然の事で、左利はたたらを踏む。振り返って輝乃に視線を向けると、彼女は瞳を潤ませながら顔を近付けている真っ最中だった。
――昔から、負けず嫌いだもんなぁ……。
やられたらやり返す。そんな輝乃だから、左利に先に告白されて負けてられるか! と考えたのだろう。
しかしそんな所も好きなので、左利としては一向に構わない。
唇と唇が重なり、二人の距離がゼロになる。長い間続いて来た、仲の良い友達関係に終止符が打たれる。
「……私も、左利が好きだよ」
「うん……改めてよろしく、輝乃」
ようやく思いが通じ合った二人は、抱き締め合った。
二人が、周囲の来園者に見られている事に気付くのは……もう少し、後になりそうである。
次回投稿予定日:2021/8/14