11-24 支え合う存在でした
集団PKとの乱戦によって、同盟チームの陣形も分断され始めていた。そんな中、マキナの不調……それを庇っての、ネオンのダメージ。
二人を救出するのは、困難か……そう心の中で諦めつつも、救援に向かおうとしていた者は少なくない。
しかし、その場に吹いた一陣の風。それは同盟チームにとっての追い風であり、PKerにとっては向かい風となる。
「ジンさんっ!!」
「い、いつの間に……」
バンを蹴り飛ばしたジンは、マキナとネオンを囲むPKer達を睨む。その表情は、いつになく険しい。
激しい動きの影響か、飾り布がずれて口元が露わになっているジン。彼はいつもよりも低い声で、ネオンとマキナに声を掛ける。
「二人とも、回復を。ここは……僕に任せて」
ヒメノだけは、その表情を知っている。思い出すのもおぞましい、あの事件の時……自分を助けてくれたあの日、彼は同じ顔をしていた。
再び、飾り布で口元を隠すジン……彼の、忍者ムーブ開始のスイッチだ。
ここから始まるのは、今までの戦闘とは違う。
「……【空狐】」
もうジンは、エリアボス戦の事など意識していない。かけがえの無い仲間達を守る為に必要なのは……彼の全力による、徹底抗戦。
「【閃乱】……」
全身全霊で駆け抜けて、PKer達を殲滅する。これに尽きる。
「……【一閃】!!」
その力を存分に発揮し始めた最高最速の忍者は、二人に群がるPKer達を斬り裂いていく。
普段のジンは誠実さと優しい性格もあって、清涼感を与える爽やかな風の様な少年だ。そんな風の影響で、変化を受けた者達も多い。
しかし、風には別の側面もある。それは例えば……。
「ぬあぁっ!?」
「ば、か……な……」
「嘘だろっ!? 俺のHPが、一瞬で……!?」
災害レベルの暴風。そう呼ぶのが、今この瞬間は相応しい。
――僕の仲間は……誰一人、落とさせない!!
バンに襲われたネオンとマキナの姿を見て、ジンはかつての出来事を思い出した。無論、イベントの試合などではない……ギルドホームの、庭先で起きた事件だ。
「仲間を傷付ける者は、斬るッ!! はあぁぁぁっ!!」
大切なものを傷付けられる事。ジンにとっては、何よりも怒りを覚える事。今回の一件でPKer達は、数々の成果を叩き出してきた最速の忍者を本気で怒らせた。
振るう攻撃全てが【一閃】となり、確定クリティカルヒットとなる。その代償は、ジンのHPだ。もう、ジンのHPは一ドットしか残っていない。
「死ねぇっ!! おや?」
「おらあぁっ!! あれっ!?」
「このっ!! くそがぁっ!! 当たらねぇ!!」
しかし、それは何ら問題は無い。なぜなら……当たらなければ、どうという事は無い。
「ヒャッハァ!! 忍者、頂きだぁッ!!」
そう叫んだプレイヤーが手にしているのは……銃。同盟チームのメンバーが所有している様な、近代的な銃ではない。所謂、マスケット銃の様な形である。おそらく、それを製作したプレイヤーのスキルレベルが不足していたか……それか、近代的な銃を製作するのに必要な何かが足りていなかったか。
しかしながら、銃は銃だ。当たれば、今のジンのHPは消し飛ぶ。当たれば……だが。
銃声と同時に、吐き出された弾丸。ジンはそれを避けようとして……その前に、割り込んできた黒い影に目を見開いた。
「【一閃】」
飛来する銃弾を、横薙ぎに振り抜いた奇形の刀で弾き飛ばしたのは……。
「ユアンさん!? 何故ここに!?」
黒いコートを身に纏った、黒髪の青年だった。
そんな闖入者に、【魔弾の射手】の面々が目を見開く。
「うわぁ……来ちゃったかぁ……」
普段の気さくなお姉さんといった雰囲気を捨て、複雑そうな顔をするレーナ。そんなレーナに、他のメンバーの大半は苦笑した。レーナとユアンの関係を、どうやら知っているらしい。
……そして、メイリアは彼の姿を見て口元を緩めている。やはり、彼女もユアンとは知り合いなのだろう。
そんな【魔弾の射手】の様子に気付いているのか、いないのか。ユアンは振り返ると、ジンに微笑みかけてみせた。
「やぁ、ジン君。ちょっと不穏な話が耳に入ったものでね……」
そう言いながら、ユアンは奇形の刀……に融合している、銃口をマスケット銃使いに向けた。
「……僭越ながら、助っ人に来たよ」
放たれた弾丸は、マスケット銃使いに命中する。
銃口の下に伸びる、黒い刀身……それは正に銃剣。そのどちらも、ジンは見覚えがあった。黒い刀は、彼のユニーク装備。銃は第一回イベントでレーナに貸与した物だ。それが、二振り……二丁? ある。
「俺の友人に手を出したんだ、その報いは受けて貰おうか」
ジンに向けた言葉とは打って変わって、温度の無い冷たい声。無感情な視線でPKerを睥睨すると、ユアンは口元を三日月の様に歪めた。
「さぁ、懺悔の時間だ」
そんなユアンにPKer達は気圧されるも……ここで退く訳には行かないと、声を張り上げる。
「囲んじまえば怖かねぇ!!」
「むしろチャンスだ!!」
「獲物が増えたぜ、やったね!!」
「野郎ぶっ殺してやらァ!!」
しかし、威勢が良かったのはそこまで。
彼の攻撃は、その悉くがクリティカルヒットになる。それを為しているのは、クリティカル率を向上させるDEXに全てのステータスポイントを振るという極振りプレイ……そしてユニークスキル【漆黒の竜Lv10】による、DEXプラス100%という性能に由来する。
銃剣を振るう度に、新たな犠牲者が出来上がる。相当な数のPKerに囲まれて尚、彼は全く揺らがない。
「状況は……あぁ、大体解った。マキナ君の体勢が整うまで……」
しかも、戦い方に一切の容赦が無い。目を、口を、喉元を、局部を削ぎ落とさんばかりの勢いで、彼は銃剣を振るう。
「場を保たせよう。得意だよ、粘るのは」
「ヒィッ!?」
「な、なんだこいつ……!!」
「クソがぁっ!! PKよりPKらしい事すんなゴルァ!!」
運よく生き残ったPKer達が、「そんな戦い方で恥ずかしくないのか」と言わんばかりに責め立てる。しかし、ユアンはどこ吹く風だ。
「卑怯もラッキョウも大好物だよ」
「何処のカニだぁっ!!」
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ユアンの登場……そして彼とジンの猛威を振るう様を見て、PKer達の意識がそちらに集中する。止めなければ、数の暴力という優位が崩れ去るのだから無理もない。
その隙を利用して、マキナとネオンが後衛メンバーと合流する。
「お二人とも、そのままで! 今、回復します!」
リリィが回復効果のある曲、【聖譚曲】を吹き始める。すると二人の身体を淡い白い光が包み込んで、そのHPが回復していく。
「……面目無い」
俯きながら、肩を落とすマキナ。そんなマキナを、ネオンは痛まし気に見つめるしか出来ない。
「……俺は、本当は強くなんて無いんだ」
自嘲するかの様に、マキナはそう呟く。
「つい最近まで……俺は、イジメにあっていた。クラスの、優しい子が助けてくれて……これで、大丈夫だと思ってたのに……怖いんだ、傷付けるのも……傷付けられるのも……」
そんなマキナの独白に、誰も声を掛ける事が出来ない。レンは……そしてイリスやフレイヤは、マキナやネオンが落ち着ける様にと、MP管理を無視して魔法攻撃を繰り出していく。しかし、その表情は晴れない……何かを堪える様に、奥歯を強く噛み締めている。
シオンも盾役として、二人や後衛メンバーにPKerが接近して来ない様に集中しつつ……苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべている。
カノンは共感する部分があるのか、ただマキナの姿を見つめて震えていた。そんなカノンに、ミモリやクベラが気遣わし気な視線を送る……彼女も、似た様な傷を抱えているのだと知っているからだ。
「現実は、何も出来ないヤツなんだ……こんな僕が、みんなといけるのかな……無理だよ……」
マキナの声は、泣き出しそうな……弱々しい声だった。
こんな自分が、【七色の橋】に加わるなんて……そんな想いが、思わず口をついて出た。
誰も、何も言えずに……。
「え、大丈夫ですよ?」
なんて事は無い。えぇ、ありません。
流石にPKer達が側に居たら言わないが、今は仲間達のお陰で会話が聞かれる事はない。そう判断した彼女は、マキナに声を掛ける。
「……ヒメノさん?」
何で? そんな訳ない。自分はダメだ、ダメなんだ。そんな、ネガティブ思考でヒメノに視線を向けるマキナだが……相手が悪い。悪過ぎた。
「えと、ギルド加入後にお伝えしようと思ってたんですけど……私、生まれつきの全盲なんです」
「……は?」
全盲とは何だったか? 確か、目が……そこまで思考が思い至り、マキナは言葉を失った。
「ヒ、ヒメノチャン……?」
「う、そ……でしょ?」
初耳ですよ? というイリスとフレイヤの態度に、ヒメノはあっけらかんと応える。
「マジですよ? マジマジです」
「いや、そんなマシマシみたいに言わなくても……」
思わず、リリィまでツッコミに回ってしまった。しかし、ツッコミが出来たイコール平常心ではない。リリィも混乱はしている。
そんなフレンド達の様子を知ってか知らずか、ヒメノはマキナに言葉を投げ掛ける。
「現実では、出来無いことばっかりです。でも、この世界の中でなら、私も皆と一緒の物を見れます。それに、大丈夫ですよ……皆と一緒なら、どんな事があっても大丈夫です!」
ニッと微笑んで、ガッツポーズをしてみせるヒメノ。
そんなヒメノの姿に、マキナは……沈痛そうな面持ちをする。
「でも、僕は……ここでなら強くなれるなんて、夢でしかなくて……実際は、こんなで……」
「なら、諦める必要はないでゴザル。強くなれば良いでゴザルよ、拙者達と一緒に」
嫁の次は、旦那です。おかわり入りましたー。
「ジンさんっ!?」
「えーと、この流れはもしかしてですけど……」
ネオンが、まさかバラす? ここでバラしちゃう? という表情だ。レンとシオンは、この男ならやりかねない……と視線を向ける。そんな仲間達に、ジンは優しく微笑みかけ……マキナに向き直る。
「ちなみに拙者、昨年事故に巻き込まれたのでゴザル。その後遺症で右足がうまく動かず、陸上が出来ない身体になったでゴザルよ」
「「「やっぱり言っちゃった!!」」」
しかも、何故にそんなにあっけらかんと。もうやだ、この夫婦。
「……うぼぁ」
「イリスーッ!? 思考を放棄しないで、お願いだから!! 時間稼ぎも、もうギリギリなのよォッ!!」
珍しく、慌て始めるフレイヤさん。フレイヤさんの貴重な絶叫シーン。
「あ、あの……それ、まさか……え、あの……」
何と言って良いのか……混乱の極みに陥ったマキナが、言葉を探して狼狽える。しかし、そんなマキナにジンは優しく微笑んでみせた。
「ただまぁ……ヒメと同じで、AWOでは走れるでゴザル。それに、皆が拙者達を支えてくれているでゴザルしな」
そう言うと、ジンはマキナに手を差し出した。
「マキナ殿、ここはゲームの中でゴザルが……なりたい自分になれる。誰にだって、その権利がある。それが、VRの良い所ではないでゴザルか?」
この世界では、走れるジン。この世界では、見えるヒメノ。
自分は何を望むのか? どうしたいのか、何を追い求めているのか……マキナは俯き、自問自答する。
――僕は……どうしたいんだ?
――強くなりたい?
――カッコよくなりたい?
――違う……僕は……。
「……どんな自分になりたいかは、人それぞれ。ゲームの中でくらい、欲張ったっていいでゴザル。その為に力を貸すくらい、するでゴザル……仲間として」
拳に力を込めて、手にした短槍を握り締める。
「僕が、なりたい自分……」
不思議と、もう声は震えていない。アバターが、自分の身体なのだと認識できる。思考と感覚が、心が追い付いている。
「うむ。マキナ殿は、どんな自分になりたいのでゴザルか?」
そんなジンの問い掛けに、マキナは自分なりの答えを返す。
「……負けたくない。他の誰に、何に負けても……もう、自分の弱さに負けない僕になりたい」
マキナの瞳に、光が戻る。それは何処か達観を感じさせた眼ではなく……戦意を滾らせた、抗う者の眼だった。
「なれば、それを目標に掲げて走るでゴザルよ。大丈夫、拙者達が支えてみせるでゴザル!!」
そう呼び掛けるジンの手を、マキナは取って立ち上がり頷いてみせた。
今度こそ、戦線に参加する。その前に、マキナはネオンに向き直る。
「……僕のせいでごめん、ネオンさん」
しかし、その言葉はネオンの望んでいた言葉ではない。なので、ネオンはムスッとした表情を浮かべる。
「私が勝手にやったことですから、良いんです。それよりも、謝っちゃダメなんですよ?」
そう言って、人差し指をピッと突き出してマキナの頬をつつく。
「私達、仲間でしょう? 支え合い、でしょう? だったら、欲しいのは……そんな言葉じゃないです」
そこまで言い切って、ネオンはニッコリ微笑む。その笑顔を向けられて、マキナは不思議と心が落ち着いていた。
「うん、ありがとう。頑張るよ、僕」
「どういたしまして! 頑張りましょう、一緒に♪」
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そんな和やかな雰囲気ではあるが、現在はPK軍団との乱戦中。ジンが早々に乱戦の渦中へと飛び込むと、再び猛威を振るい始める。なんとも、落差が激しい風である。
前線を支えていた闖入者・ユアンがジンの戦線復帰に気付くと、心底愉快そうに声を掛けた。
「ジン君やーい! 規定回数、キてるよー!」
規定回数。その言葉を受けて、ジンはある事に気付く。
「ユアン殿!! ここはひとつ、派手にどうでゴザルか!!」
「良いね、俺好みだ!!」
それだけで、二人の意思疎通は成功した。
「ヒメ! レン殿、シオン殿!」
「ケイン君、君も参加してくれるかな!」
風の忍者、陰の狩人が声を掛けたのは……とある共通点を持つ、四人。
「……あっ!! はい!!」
「成程……それも良いでしょう」
「まさか、こんな所で実現するとは……」
「ふむ……面白そうだ!!」
その意図に気付いたのは、ヒイロだった。
「【桃園】の皆さんに、【魔弾】の皆さん!! シオンさんの前に集まって、陣形を組み直して下さい!! 【七色の橋】集合!! あの六人に、指一本触れさせるな!!」
指示を受けたメンバーは、即座にそれを実行に移す。
ヒイロの指示を聞いたPKer達は、何かまずい事が起こる……そんな予感に身を震わせる。そうなれば、当然狙いはジン達六人。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「行かせないわ!! なけなしのアイテムでも、召し上がれっ!!」
「これでも……えぇいっ!!」
「あぁもう、赤字や!! 大赤字や、コンチクショウ!!」
ミモリのデバフアイテム、カノンのハンマー、クベラのクロスボウの矢が、PKer達の追撃を妨げる。
「総員、斉射!!」
『了解!!』
ジェミーの号令と共に、残り少ない弾丸を惜しみなく吐き出すのは【魔弾の射手】。
「俺も了解っと!!」
「ま、そうなるッスよねぇ!!」
そんな【魔弾の射手】に、ゼクス……そして、ハヤテも加わった。
しかし、盾を持つプレイヤーならばゴリ押しで突撃が可能。故に、盾を前面に構えて迫るPKer達は止まらない……はずだった。
「お爺ちゃん、セッちゃんさん!! 追撃お願いしますっ!!」
「応ッ!! あ? 嬢ちゃん、今なんて?」
「任されたぞ、剣聖の少女よ!!」
技巧派の前衛であるアイネが、PKer達の体勢を崩す。そこへ追撃するのは、エクストラボスだったセツナとジョシュア。並のプレイヤーでは、この猛攻に耐えるのは至難の業だ。
しかし、たったそれだけでPKer達の歩みは止まらない。だからこそ、他のメンバーがそれに備えるのだが。
「センヤちゃん!! チナリさん!! 止めますよ!!」
ヒビキは時折被弾しながらも、怯む事なく果敢にPKer達を迎撃する。その外見に反して、中々に勇ましい。
「まっかせなさぁい!!」
そんな彼氏の勇姿を見て、テンションを上げるセンヤ。彼女はテンションが上がれば上がる程、動きのキレが増すタイプなのだ。
「ここから先へは、行かせないわ!!」
そんな二人を援護すべく、動き回ってPKer達を撹乱するチナリ。PKer達は三人の内の誰を狙うか……そう戸惑っている間に、後衛組の攻撃を食らい倒れ伏す。
「あっちは皆、可愛い顔して随分と勇ましい……なっ!!」
そう言いながら、戦斧で次々とPKerを強打していくドラグ。今の彼に、スパイだという自覚は無い。この窮地を乗り越える……そのために、誰一人として欠けさせない。そんな意志の下に、戦斧を振るっている。
そんな彼の軽口に、ダイスとゲイルが苦笑する。
「全くだ……!! 頼もしいねぇ!!」
「ははっ、俺達も負けてはいられんぞ!!」
ダイスもゲイルも、ドラグ同様にPKer達の足を止める事を優先している。そうすれば後続の足も自然と止まり、遠距離攻撃組が攻撃しやすくなるのだ。
そして遠距離攻撃は、銃だけではない。むしろ、こちらの方がメジャーな訳で。
「【ウォーターボール】よっ!!」
「んじゃ、こっちは【サンダーボール】ね。はい、どーんっ!!」
出の早さを優先する為、二人は属性相性を合わせる。フレイヤの【ウォーターボール】で濡れた所へ、イリスの【サンダーボール】が命中。これにより、感電による麻痺発生率が上がるのだ。
「ふむ、良い組み合わせよの。では妾は……メ・ラ・〇・-・マ」
指を一本立てる毎に、指先に炎の球が発生する。極小の【ファイヤーボール】である。
「「ちょっと待ったぁ!?」」
慌ててストップをかけるイリスとフレイヤだが、カゲツはきょとんとしてしまうばかりだ。
「ぬ? 間違っておるのか? 主殿が、これが作法と……あ、とりあえずそぉい!!」
「「ハヤテくぅん!?」」
放たれた火球は、盛大に爆ぜた。PKer達も、爆ぜた。いやはや、魔法職組は随分と楽しそうである。
……
「クソがぁぁっ!!」
表情を醜く歪め、刀を圧し折らんばかりに握り締めるバン。もう冷静な判断をする事など出来なくなっており、怒りに身を任せてジンに向かい駆け寄る。
しかし、それを阻む者が居た。その姿を見て、バンは更に表情を歪める。
「テメェから死ね、色男ォッ!!」
顔を強張らせながら、短槍を両手に握るマキナ。そのアバターは、淡い光を纏っている。これは支援職のエキスパートであるリリィが、マキナ……そして他のパーティメンバーの為に発動した、彼女特有の支援魔法。その曲は【行進曲】、第二回イベントの舞台でも披露した曲だ。その効果は、味方のSTRとINTを10%上昇である。
――傷付くのは、怖い。傷付けるのも、怖い……けど!!
「【一閃】ンンンッ!!」
放たれた【一閃】を、マキナはしっかりと目で追えていた。
「【クイックステップ】」
紙一重で【一閃】を避けたマキナは、勇気を振り絞ってバンに迫り……短槍を握り締め、突き出した。
――大切な人達を傷付けられる方が……もっと、嫌だ!!
攻撃を空振りさせた、刀を持つ右手に正確な突きを叩き込む。更に動きのリズムを崩す為に、左足に一突き。
「ぐ……っ!?」
刀を振り上げようとしたので、二の腕を突く。怯ませる為に、左胸を突く。
自分でも驚く程に、マキナは冷静だった。とはいえ、イジメのトラウマを完全に乗り越えた訳ではない。
ネオンを傷付けたバンが相手だから……それもある。
「この……ビビリの分際で……ッ!!」
「もう恐れてない……俺には、支えてくれる仲間が居る」
強引なショルダータックルを躱して、肩を突く。そこへ、【ウィンドボール】が飛んで来たので距離を空ける。
「ぬぅ……っ!?」
――ナイス、ネオンさん。
最大の要因は、ネオンが……そして、仲間達が居るから。
ジンが、ヒメノが自分の秘密を明かしてまで、背中を押してくれた。そしてネオンが守り、受け入れてくれた。
覚悟は定まった……やるべき事も、解った。
「犯罪者のアンタが戦闘不能になったら、全アイテムがドロップするよな」
自分でも驚く程に、冷たい声。しかし、マキナを奮い立たせたのはそれだ。
事の発端は、バンが[クレイドル大草原]で起こした騒動。【七色の橋】が丹精込めて作り上げた和装と刀を悪用し、ギルドの名を騙って悪評を流布しようとした事だった。
「もう、【七色の橋】の名を汚させはしないし……ネオンさんに、指一本触れさせはしない」
仲間の作品を悪用した事、仲間の名を汚した事……そして、ネオンを傷付けた事。その事に対する怒りが、マキナを突き動かしている。
「うるせぇ!! テメェは何なんだよぉッ!!」
先程までと違い、付け入る隙が見付けらないマキナ。そんな彼に気圧されて、そんな台詞を口にするバン。まるで、物語の悪役の典型だ。
短槍を両手に携えて構えるマキナは、意を決して宣言する。今はまだ、正式に加入はしていないが……それを名乗る、決意の意思を込めて。
「【七色の橋】の、マキナだ」
その言葉と同時、背後で赤い光が放たれる。それは火属性魔法の色であり、彼を援護するべくネオンが進めていた詠唱が完成した事を示す。
「【バーニングアロー】!!」
その火炎の矢が飛び、バンの胸元に突き刺さる。
「ぬ……ぐっ!? こ、の……ッ!!」
……
大人数のPKによる襲撃を受け、戦闘不能者はいなくとも疲弊している同盟チーム。それでも残る力を振り絞り、ジン達の為にとPKer達の接近を防ぐ。
そんな仲間達の支えがあって、六人のユニークスキル保有者の準備は整った。
「【其の疾きこと風の如く】」
身に纏うは、紫色の九尾のオーラ。しかし、それだけではない。
ジンは胸の前で、両腕を突き出して交差させる。第二回イベントを観戦した者達にとって、それは印象深い動作だ。
「と、止めろっ!!」
慌ててジンに襲い掛かろうとするPKer達。しかし、そんな彼等に向けて矢や銃弾・魔法が放たれる。
「く、くそぉっ!!」
両腕を上下に振る様にして一回りさせ、右腕を頭上から胸元へと下げるジン。そして、左手と同じ高さまで下げた右手で、人差し指と中指を揃えて立てる。
「【変身】!!」
右手を地面に向けて振り下ろせば、足元から上がる黒煙。その中で紫色の光が一度、二度……連続して放たれる。
既に、時遅し。PKer達はジンが本領を発揮する為の動作を、止める事が出来なかった。ここから先、彼等がジンを止める事が果たして可能かどうか……それは、PKer達自身が良く分かっていた。
黒煙の中でジンが勢い良く一回転し、紫色の光を帯びた風を発生させる。その中から現れたのは、狐を模したマスクで素顔を覆う変身忍者。
「【九尾の狐】……参る!!」
「【其の徐かなること林の如く】」
身に纏うは、真紅の天狗のオーラ。
「さぁ、【鞍馬天狗】が相手をしよう!!」
「【其の侵掠すること火の如く】」
身に纏うは、赤い八つ首の大蛇のオーラ。
「【八岐大蛇】……行きます!!」
「【其の動かざること山の如く】」
身に纏うは、緑色の戦鬼のオーラ。
「【酒吞童子】の力、ご覧に入れましょう」
「【其の知り難きこと陰の如く】」
身に纏うは、漆黒の神竜のオーラ。
「これが【漆黒の竜】……君達の敗北は、決まった」
「【其の動くこと雷霆の如く】」
身に纏うは、水色の神獣のオーラ。
「さて、【神獣・麒麟】の力に耐えられますか?」
風林火山陰雷の、揃い踏み。オーラを纏った六人の姿は、PKer達には禍々しくもあり……仲間達にとっては、神々しくもある。
「いざ、参る!!」
ジンの声と共に、全員が迎撃態勢……いや、殲滅態勢に移る。
「疾風の如く!!」
真っ先にPKer達に迫るのは、風のユニークスキル【九尾の狐】の所有者。最高最速の変身忍者、ジン。
「こ、このっ!!」
「来るなああぁっ!!」
混乱しながらも武器を振るうPKer達の攻撃を、ステータスの暴力で難なく避けていく。
「【一閃】!!」
更にジンは擦れ違い様に、両手の≪大狐丸≫と≪小狐丸≫で斬り付ける。その疾走は、もう誰にも止められない。
そんなジンによって足を止められたPKer達に、刀の切っ先を向けるのは林のユニークスキル【鞍馬天狗】の保有者。中華風ギルドの頭目、ケインだ。
「【氷天】!!」
吹き付ける冷気をモロに喰らったPKer達が、凍結状態に陥っていく。
逆側で同様に刀の切っ先を向けるのは、陰のユニークスキル【漆黒の竜】の主。正体不明の謎の男、ユアン。
「【雷竜】!!」
帯電する竜が飛来すると、その攻撃を喰らったPKer達は麻痺状態に陥り動きを止めた。
左右から襲い掛かる、天狗と神竜の猛威。それを阻止しようと、術者を狙い特攻を試みるPKer達。しかし、その眼前に山のユニークスキル【酒吞童子】所有者……シオンが立ちはだかる。
「【展鬼】!!」
広範囲に広がったオーラの防御は、PKer達の足を止め……それ以上の蛮行を許さない。
その背後で、二人の少女が好機を見出す。ケインとユアンの魔技から逃れようと、PKerの大半が一区画に固まっているのだ。つまり、一網打尽に出来る……彼女達の必殺が、ようやく発揮出来るのである。
「≪桜吹雪≫、装備っ!! レンちゃん!!」
「えぇ、行くわよヒメちゃん。【炎陣】……【雷陣】!! そして、【風陣】!!」
火のユニークスキル【八岐大蛇】の所有者、ヒメノ。雷のユニークスキル【神獣・麒麟】の所有者、レン。二人の巫女姫、【七色の橋】の主砲が準備を整えていく。
「させるかよぉっ!!」
大半のPKer達が固まっていても、それ以外にも少数ながらPKerは動ける状態だった。しかし、そうはいかない。彼女達には、支え合う仲間が居る。
「させない? それは、こっちのセリフだよ」
その前に立ちはだかる、藍色の具足を纏った少年。武器を司る魔剣のユニークスキル【千変万化】を得た鎧武者、ヒイロである。
「お前達の相手は俺だ……さぁ行くぞ、力を貸せ!! 【幽鬼】!!」
ここ一番の時まで発動を控えていた力を、今この瞬間発動する。
「こっちなら……っ!!」
「残念、私が居ます」
逆側のPKer達の特攻を妨げるのは、純白の鎧を身に纏った凛とした美少女。武技を司る聖剣のユニークスキル【百花繚乱】を保有する巫女姫、アイネ。
「【一閃】!!」
初撃は【一閃】……そこから更に、【槍の心得】の武技と【一閃】を交互に繰り出す【チェインアーツ】。いざという時の為、更に腕を磨いた彼女にとって足止めなど容易い。
「こうなったら……!!」
デバフアイテムを取り出し、ヒイロやアイネを狙うPKer達。それを投げる直前……銃声が鳴り響くと同時、その頭部に衝撃が走る。
「これ以上のおイタは、俺が許さないよ?」
それをなしたのは、魔力を司るユニークスキル【一撃入魂】の所持者。銃使い・ハヤテの放った魔力を込めた弾丸は、固定ダメージではない。その銃撃を受けたPKer達は、HPを消し飛ばされて崩れ落ちた。
「魔法でも矢でも良い! 一撃入れれば……!!」
そう絶叫しながら、矢でレンを狙う一人のPKer。彼の言葉に従い、他の面々も矢を構える。しかし彼等は注意力が散漫になっており、他の面々への警戒を忘れていた。その結果……。
「【オーバードライブ】」
赤い光を放ちながら鋭い視線を向けて来る、一人の美女の接近を許してしまった。
「ひっ!?」
「手は出させない……【ラピッドスライサー】!!」
弾が尽きてしまったのか、銃では無くタクティカルナイフを手にしているレーナ。メインウェポンでは無いものの、彼女は機敏な動きでPKerの一人を切り付け、行動を阻害。そのまま彼を蹴り付けて体勢を崩すと、レーナは他の者達に斬り掛かる。
そんな仲間達の援護により、時は満ちた。
「射撃準備、完了っ!!」
「こちらも、詠唱は完成よ」
ヒメノとレンは声を掛け合うと、最もPKerが集中している場所を睨み付ける。
「これで終わらせますっ!! 【シューティングスター】!!」
「少しは懲りて下さいね? 【炎雷の竜巻】!!」
二門大砲≪桜吹雪≫の砲撃と合わせ、矢筒に入っている全ての矢を消費して放たれる暴虐の流星。
火魔法【バーニングピラー】と雷魔法【ライトニングピラー】に、風魔法【ハリケーンピラー】を融合させた三属性合成魔法。
二人の主砲が放った最大威力の攻撃は、PKer達のHPを情け容赦無く消し飛ばしていく。
……
「こ、この……っ!! 俺の、【橋崩し】を、よくもぉっ!!」
バンの言葉を聞き咎め、マキナは察した。【橋崩し】……橋は当然、【七色の橋】だろう。つまりこのPKは、【七色の橋】を狙った意図的なものだった。
そしてこの集団PKは、恐らくは彼が主導したのだろう。切っ掛けはやはり、先日の偽物騒動。それを根に持って、こんな事をしでかしたという事か。
――こいつのせいで、仲間達が……こいつは、絶対に許さない。
両手の短槍を構え、マキナがバンを睨む。
「次はアンタの番だ」
もう、この男には何もさせない。この場で徹底的に叩き潰す……二度と、仲間達に手を出させるものか。そんな決意のもと、マキナは駆け出した。
「うるせぇ!! クソがっ!!」
破れかぶれで、刀をブンブンと振り回す。それは何もかも上手く行かなくて、駄々をこねる子供の様に見えた。
「【ツインピアス】!」
バンが振るう刀を避けて、右肩と左肩に一撃ずつ。しかし、これで終わりではない。
「【スピンピアス】!!」
横に一回転して、右手を左右の短槍で斬り付ける。刀を持つ手が、その勢いで弾かれた。
「【ソニックピアス】……!!」
そして、その腹に二本の短槍を同時に突き出した。それによってバンは押さえ込まれ、それ以上マキナに近付けない。
その位置が適正距離、マキナの最も得意な間合いだ。そして、彼が現状で確実に【チェインアーツ】を繋げられるのは4チェインまで。これがラスト……バンの凶行を終わりにする、最後の攻撃!!
「【アクセルドライブ】ッ!!」
突進しながら繰り出す、【短槍の心得】の最後の武技。左右の短槍を交互に突き放つ、八連撃。その渾身の技が、バンのHPをゼロにした。
……
残ったPKer達は、僅か数名。その半数が一目散に逃走……しようとして、ジン達によって討ち取られた。
数の暴力が無くなった以上、その力量だけで抵抗しなければならない。そんな彼等は、トッププレイヤーと呼んで差し支えのないジン達にとっては取るに足らない相手でしかなかった。勿論、殺ったけど。
ちなみに、大半のPKer達は怨嗟の声を上げて消滅したのだが……一部には、カラッとした態度のプレイヤーも居た。
「くっそ、負けたか! やっぱ強いなぁ!」
「次は勝ってやるからな、お前ら! あばよっ!」
「流石だな……今回は、素直に負けを認める。次は勝たせて貰うぞ」
PKが出来ない仕様のVRMMOは、少数しか存在しない。それはVRMMOにおいて、PKもまた一つのプレイスタイルという認識が多いが故である。
そんなPK行為を特に嫌うのは、ライトユーザーや低レベルプレイヤーだ。そういったプレイヤーがPKを批判するのは、至極最もである。PKは往々にして、レベルが上の者が加害者側なのだから。
それを考慮して、中には高レベルプレイヤーに的を絞ってPK行為を行う者も居る。彼等はそういった類のプレイヤーなのだろう。PKerなりのルールに則っているという事らしい。
とはいえ、それで許されると思ったら大間違い。デスペナルティは平等に訪れる。大量のドロップアイテムが、PKer達の倒れた場所に散らばっている。
そして、私怨でPK行為を行うプレイヤー……この場においては、この集団PKの首謀者がそれだった。
マキナとネオンは、仰向けに倒れているバンを見つめていた。バンの目は血走り、二人を視線だけで射殺す勢いだ。
「覚えておけよ……!! 絶対に許さねぇ、復讐してやる……!! 絶対に、お前達を……っ!!」
そんな台詞で、二人を脅すバン……しかし、マキナは自分でも不思議なほどに冷静だった。
「【七色の橋】の悪評を流そうとしたのは、そっちだろう。それに、君にはもう無理だ」
マキナただ淡々と、バンに向けて言葉を紡ぎ出す。
「通報されて、犯罪者になったんだろうが……ジンさんの言葉通り、僕達は通報はしていない。あんな公衆の面前で騒ぎを起こせば、その場に居たプレイヤーに通報されてもおかしくないだろうけど、ね」
「嘘吐け!! お前らが俺をハメたんだろうが!! クソッ!! クソクソクソクソクソクソッ!!」
がなり立てるバンに、マキナはやれやれ……と首を横に振る。
「今回の悪質なPK、これについては僕が通報する。ちなみに、今の会話も録音しているよ。一緒に送っておくから……垢BANは、確実だろうね」
自分のアカウントが、削除される。それを聞いて、バンは感情のままに口を開く。
「この……ッ!! ビビリのくせに!! さっきまで、何も出来ずに、ビビッて震えていた、クソガキがっ!!」
その口汚い暴言に、ジン達の視線が剣呑なものになる。しかし、マキナはフッと笑って流した。
「うん、僕はビビリなんだ。弱虫の、イジメられっ子だ」
あっさりと、肯定して……マキナは、更に言葉を重ねる。
蘇生猶予時間まで、残り数秒。マキナはバンに向けて、ハッキリと告げる。
「でも、強くなるからね。皆が支えてくれるなら、僕なんかでも、いくらでも強くなれる……それが今日分かった」
そんなマキナの言葉に反応しようとするバンだが、それをマキナが遮った。
「それじゃあ時間だ、さようなら」
蘇生猶予時間の終了。それを迎えて、バンの身体が消滅した。
その場に残されたのは、彼のスキルオーブやアイテム。犯罪者プレイヤーのデスペナルティ、全アイテムドロップだ。
その中には、【七色の橋】が製作した和服と刀もあった。