11-21 出発前に勧誘しました
第三エリアへの到達を目指し、ジン達は現在の状況について話し合う。
【聖光の騎士団】は、無事にエリアボスを討伐。第三エリアに到達したという情報が、掲示板等に流れている。
そして東・南・北側では、第三エリア到達の情報はまだだが……エリアボスの封印が解かれたという、テロップが流れたのはジン達も目撃している。
「やはり一歩遅かったか?」
ヒイロが唸りながらそう言うのは、やはり自分達の文化祭によって攻略に割く時間が目減りしてしまったと考えている為だ。
いくら時間加速があるとはいえ、中高生が大半の【七色の橋】はプレイ時間がそこまで長くはない。そして戦闘専門ギルドと違い、生産活動も行っているのだ。それを考慮すると、ガチガチの戦闘専門ギルドや大規模ギルドに遅れを取っても不思議ではない。
「まぁ、別に競争しているわけじゃないし」
「そうですね。最終的に、目的が達成出来れば良いのでは?」
優先したいのはあくまでエクストラクエストであり、第三エリア初到達ではない。【七色の橋】は初到達の功績に、執着しているわけではないのだ。
この後、ジン達は北側第二エリアのボスを討伐する為に出発する。無論、同盟関係となる協力者達と一緒にだ。
彼等がここに集まるのは、夜の九時。それまで【七色の橋】のメンバーは、ギルドホームで待機する形になっている。
「南のエリアボスは、予想通り巨大イカのクラーケン……西側がアリジゴク。東は牛人間で、北側はどうやら狼ッスね」
「既に攻略情報が流れているのは、アリジゴクだな」
どの方角に向かうかは、昨夜の内に同盟メンバーとも相談済みだ。
まずは【七色の橋】のホームがある、北側から。次に、【桃園の誓い】の拠点がある南側。その後、西側に建てられたという【魔弾の射手】のギルドホームにお邪魔して、ポータル・オブジェクトを有効化。そのまま南のエリアボスを討伐して、最後に東側だ。
……
あとは同盟メンバーを待つのみ……といった所で、ハヤテは話を切り出した。
「さて、ギルメンしか居ない今の内に提案があるんスけど」
仲間達に視線を巡らせて、ハヤテがそんな事を言い出す。ギルドメンバーのみが居る状態で、話したい事……その内容とは。
「マキナさんやクベラさんを、ギルドに勧誘するかどうか。これについて、意思統一をした方が良いんじゃないッスかね」
その言葉に、【七色の橋】のメンバーは納得する。これは確かに、今の内に話しておいた方が良い内容だと。
ソロプレイヤーとして活動するマキナと、商人プレイヤーのクベラ。二人は【七色の橋】に対して非常に好意的で、信頼の置ける相手と言って良い。ギルドに勧誘するのは、良い案だと思える。
マキナの実力は高いし、前衛として非常に優秀。クベラも戦闘や生産では専門職に大幅に遅れを取るが、商人としては良い意味で名前が売れているプレイヤーだ。
この【七色の橋】は、確かに身内で結成したギルドである。しかしながら、別に身内以外を否定している訳ではないのだ。
そもそも結成の際にはケイン達やレーナ達、ユージンを勧誘していたし……話を切り出さなかったが、リリィの事も勧誘するつもりだったのである。
「わ、私! 賛成です!」
真っ先に手を挙げたのは、ネオン。その勢いは、いつものネオンらしくはなかった。
――迷宮の時も、文化祭の時も……あの騒ぎの時にも、マキナさんは私を守ってくれた。マキナさんとなら、きっと……。
何度も自分を守った上、それを恩着せがましく言わない青年。文化祭の時に自分を救ってくれた中高生らしき少年も、やはりマキナだという確信がある。
最近では、共に行動をする事も増えて……そして、彼女は自覚した。これはきっと、恋だと。
共学の小学校に通っていた頃、人気者のクラスメイトに抱いていた漠然とした好意とは違う。マキナに対する想いを、はっきりと認識している。ゲームの中の彼の事も、現実における彼の事も知りたいと思う。
それが実を結ぶかはまだ、解らないが……それでも良いから、側に居たいと思ってしまったのだ。
そんなネオンの想いは、仲間達も気付いていた。
「それと、クベラさんね。どうかしら?」
ミモリが相方に話を振ると、彼女は一つ頷いて自分の考えを口にした。
「ク、くベラさんも……その、勧誘して……良いと、思う……」
控えめながら、そう主張するカノン。その表情は、口調に反してはっきりとした意思を感じさせる。
「商人としても……人としても、凄く……信頼、出来ると思う……から」
それは彼女にしては珍しく、訴えかける様な口調。それはやはり、クベラとのやり取りの中で感じるものがあったのだろう。
今はまだ、ジンへの想いを振り切れていないカノン。しかし、どことなくクベラの存在を気にし出している。
――きっと、あの人は……あの人となら、もっとこのゲームを楽しめる……皆で、一緒に。
第三回イベントの素材集めの時、カノンが人見知りを発動してしまったあの時。彼はカノンを責める事も、急かす事もしなかった。カノンが落ち着く様にと、穏やかな口調で彼女の言葉を待った。
その時のクベラは、どことなく胡散臭い関西弁の青年ではなく……一人の穏やかで落ち着きを感じさせる、一人の男性だった。
そして先日の料理バフ検証……あの時のクベラは、カノンに新たな”楽しみ”を提示してくれた。その時に理解したのだ……彼はいつも、自分達と同じ目線になる様に気を配ってくれていたのだと。
「ふむ、俺もあの二人なら賛成だな」
「そうですね。私もマキナさん、クベラさんであれば問題無いと思います」
ヒイロとレンも、自分の考えをハッキリと明言する。ネオンやカノンの主張を後押しする意味合いもあるが、その言葉に込められているのは自分自身の意見でもある。
そして、シオン。大人な彼女は、感情よりも実績に主眼を置いた。
「マキナ様もクベラ様も、これまで【七色の橋】に対して好意的に接して下さっております。また、先日の騒動でも快く協力をして頂いておりますし……それらを考えますと、輪に加わって頂ければ宜しいかと。勿論、お二人のお気持ち次第ですが」
ハヤテ・アイネも、賛成。更にミモリ・ヒビキ・センヤも賛成を表明。そして、ジンとヒメノ……二人もまた、マキナとクベラの加入には賛成に一票を入れる。
「それじゃあ、二人を勧誘する方針で良いかな」
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夜九時まで少し……となった所で、【七色の橋】のギルドホームにクベラがやって来た。五分前行動、社会人の鏡である。
「おぉ、お待たせしたかいな」
いつもながらの関西弁で、クベラは笑ってみせる。
そんなクベラに、ヒイロが代表してギルド加入の勧誘を持ちかけてみる。しかし、クベラの返答はNOだった。
その理由は、かつて勧誘したユージンと同様のものだった。
「ワイは、商売を生業とするプレイスタイルやからな。一ギルドに加入すると、どうしてもそっち寄りになってまう。【七色の橋】製のアイテム売買窓口を担当するってなると、尚更やな。ワイはこういう世界で商人をやるからには、中立でなきゃあかんと思っとるんや」
彼の言い分は最もであり、それを考えると是非ギルドに……とは強く言えない。
しかし、クベラはニッと笑って宣言する。
「せやけど、窓口契約の事もあるやろ? ギルドには所属できへんけど……仲間と思って貰っておいて、ええんとちゃうかな」
ギルドメンバーという形にはなれないが、それでもフレンドとして……仲間として、共に歩んでいく事は出来る。例えば、同盟ギルド【桃園の誓い】の様に。ユージンやリリィ、【魔弾の射手】の様に。
それがクベラなりの、誠心誠意を込めた答えだった。
そして更にクベラは、言葉を付け加えた。
「それにギルドの外に居るからこそ、出来る事もあると思うしな。何かある時は、声掛けてくれたらすっ飛んで来るさかい。ワイ、こう見えて【七色の橋】のファンなんや」
そこまで言われては、ヒイロ達も折れるしかなかった。
クベラの勧誘の件に決着が付いた所で、【桃園の誓い】がやって来た。
「やぁ、お待たせ」
爽やかに微笑むケインに続いて、他のメンバーも挨拶を交わしていく。その中には勿論、アレク一派のスパイであるドラグも居る。
――さて、いよいよか。今回のレイドで、こいつらの切り札を拝ませて貰うとしよう……。
未だにドラグは、【七色の橋】がレンを経由して運営のメンバーからゲーム情報を得ていると誤解している。その誤解を頂いたまま、ジン達を観察しているのだが……。
――エリアボスについてだって、運営から情報を得ているんだろう。今回こそ、尻尾を掴んでやるぞ……。
存在しない物を掴もうとしているドラグだが、ジン達の本気の戦闘を目の当たりするのはイベント以来だ。その真価を発揮する彼等を見て、ドラグはどう感じるのか。
というのも、ジン達は常に最善手を見付け出すべく戦うのだ。
ボスのパターンを確認すべく、ジンやシオンが攻撃動作を仲間達に確認させる。それを観察して、ハヤテ達がボス攻略の手段を模索する。そしてボスをダウン状態まで持って行ったところで、ヒメノやレンという主砲を投入しての総攻撃。
それはつまり、純粋な正攻法による攻略である。単に各々が得意技能に特化し過ぎていて、異常性能と称されるだけなのだ。
そうこうしていると、更に【魔弾の射手】が転移して来た。今回は最初から、黒衣と銃を装備した状態である。
さて、イベントの時と違うのはそれぞれの持つ得物だ。第二回イベントでは、JD組の所有する銃をシェアして対応していたのだが……今回は、全員が自分用の銃を持っていた。
「うっは! デザートイーグル! ロマンッスよねぇ!」
「おっ、君はやはり話が解るね! Five-seveNも良いけど、デザートイーグルも良いもんだよねぇ」
早速反応したハヤテに、ジン達は苦笑してしまう。銃使い同士、通じ合うものがあるのかもしれない。
それぞれ第二回イベントの戦利品である≪プラチナチケット≫を使用して、≪壊れた発射機構≫を調達したのだろう。【魔弾の射手】全員が、自分用の銃を装備している。揃って黒い近代的な装備を身に纏い、近代武器である重火器を装備する姿はどこぞの特殊部隊の様だ。
そしてこのメンバー構成は、伊達や酔狂ではない。
銃の特性である固定ダメージは、良くも悪くも一定前後のダメージを与える点だ。これが一人の場合、HPが多い相手では苦戦する事になる。
しかしながら、固定ダメージを放つプレイヤーが多ければどうか? 【魔弾の射手】の九人全員で固定ダメージ10を同時に放てば、それだけで90ダメージとなる。これは大きいだろう。
そして銃の種類によって、固定ダメージは上下する。更に【銃の心得】の武技を使用すれば、固定ダメージ強化を施す事が可能となる。そして銃は、連射が可能という利点がある。
単独でプレイヤーを迎え討つエリアボスという存在にとって、【魔弾の射手】は脅威の存在となる事だろう。
続いて現れたのは、リリィ。彼女はホームを持たないので、始まりの町から転移して来たらしい。その為か、ローブで姿を隠している。
「皆さん、お揃いですね。お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。まだ集合時間前ですから」
「それなら良かったです。今日は、宜しくお願いしますね」
ふわりと柔らかく微笑むリリィは、リラックスしている様だ。
その理由は、やはり同盟チームのメンバーがメンバーだからだろう。
【七色の橋】は、リリィと年代が近いメンバーばかりだ。そして女性プレイヤーが多いのも、気を許せる要因である。特に女子中学生メンバーの中には、元より知り合いだったレンが居る。最も彼女が接しやすいギルドは、間違いなく【七色の橋】だろう。
【桃園の誓い】に至っては、リリィとは知己の間柄。最前線プレイヤーによる少数精鋭であり、VRMMOのマナーもしっかりと意識しているギルドである。
その上、互いのスタンスも理解し合っている。リリィがAWOにおいては、アイドルではなく一個人でありたいという意向に理解を示しているのだ。そんな訳で、彼等とも気兼ねなく接する事が出来る。
【魔弾の射手】はそこまで付き合いが多い訳では無い。しかし彼等の接し方が、リリィにとっては丁度良いのだ。
むやみに踏み込まない、踏み込ませない。ある意味ではビジネスライクな対応だが、アイドルという立場のリリィにはそれくらいが丁度良い。
クベラや、まだ姿を見せていないマキナ……そしてこの場には居ないユージンも、彼女の意向を尊重して接している。単なる一人のプレイヤーとして、アイドルだからと持て囃したりする事は無い。
その接し方が、リリィにとっては心地が良いものだった。
――あまり肩入れし過ぎるのはダメだけど……少しくらいなら、良いよね?
ギルドには所属しないし、固定パーティにも入らない。そうなると、野良パーティや親交のあるギルドやパーティに参加させて貰うしかない。
これまでは、最前線のレイドパーティに参加していたが……この同盟チームへの参加が、今後は増えそうである。
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最後にやって来たのは、マキナだった。時間ピッタリである。
「俺が最後だったか。お待たせして申し訳ない」
言葉通り、申し訳なさそうに頭を軽く下げるマキナ。だが、時間には間に合っている。謝る必要は別に無いので、ネオンがサッと歩み寄って笑い掛ける。
「いえ、時間ピッタリですから! 心配要りませんよ」
マキナはそんなネオンに、優し気な笑みを浮かべて頷いた。
――本当に、良い娘だな……はぁ、最近は何だかネオンさんの事ばかり考えている気がする。
南側のサハギン迷宮で、偶然知り合った女の子。彼女が【七色の橋】のメンバーだと知って、最初は知り合えてラッキー程度にしか思っていなかった。
しかしゲーム内とはいえ、メールでのやり取りをする様になり……そして【七色の橋】に出入りする様になって、彼女の持つ魅力に触れて。
――でも、現実の僕は……こんな僕を、好きになって貰えるはずが無いよな……。
ゲームと現実のギャップ……それは、マキナの心に暗い影を落としていた。
彼は現実でのある事情により、自分に自信を持てなかった。そんな自分を変えたくて、VRゲームを始めた。
ゲーム内では、ソロプレイヤーとして実績を積み重ね……何事も冷静に対処し、モンスターにも動じない様になった。
しかしプレイヤーが戦う相手だった場合、彼は恐怖を感じてしまうのだ。モンスターは作り物だと解っているから、問題無い。しかしプレイヤーが相手では……特に見た目が怖そうな相手の場合は、未だに恐怖を感じてしまうのである。
実は、強面の男性であるゲイルにはちょっとビビっている。優しい人物だと解るので、何とか接する事が出来ているだけで。
思えば、ネオンが巻き込まれた偽物騒動……その時は、よく逃げ出さずにいられたものだと後に自分で気付いた。がなり立てる偽物や、言い合いをしていたはずの相手……罵声を浴びせる野次馬。あの敵だらけの状態で、彼が逃げ出さずに立ち向かう事が出来たのは……。
――僕は、彼女を守りたかったんだ……。
とても穏やかで、可愛らしい……それでいて、仲間を大切にする少女。そんなネオンの事を守りたくて、必死だった。
それは間違いなく、好意から来るものだ。マキナは自分が、ネオンに惹かれているのだと自覚していた。
しかし、その想いが成就する事は無いと思っている……本来の自分が、弱い人間だと解っているから。
……
「マキナさん、ちょっと良いかな」
「何かな、ヒイロさん」
歩み寄るヒイロに、マキナは穏やかな表情で頷いてみせる。しかし、内心はメチャクチャ緊張していた。
相手は名実共にトップギルドのマスターであり、誰もが認める美男子だ。そしてレンと交際し始めてから身に付けた、堂々とした立ち振る舞い。自分とそう年が変わらないはずの少年とは、到底思えない存在感であった。
「実はマキナさんに、俺達のギルドに加入して貰えないかって相談をしていたんですよ」
自分が、【七色の橋】に加入する。それは心のどこかで、望んでいた事だった。その言葉を聞いて、胸の内に沸き上がるのは喜びだった。
しかし、同時に鎌首を擡げるのは恐怖。現実の自分が、本当は弱い人間なのだと知られるのではないか……知られたくない、失望されたくないという気持ちがあった。
黙り込んでしまうマキナに、ヒイロは答えを急かす事無く待つ。
彼にも何か、事情があるのかもしれない。クベラやユージンの様に、リリィの様に自分の中で決めているルールがあるのかもしれない。
だから、強要は決してしない。しかし、もし受け入れてくれるのならば……自分は、自分達は決して彼を裏切る事はしない。
「マキナさん、答えはすぐじゃなくて良いですよ」
そう告げるのは、彼にとって一番本当の自分を見せたくないと思っている少女だ。
「返事は急ぎませんから。それに、これからエリアボス討伐ですし!」
そんなネオンの言葉に、彼は何とか持ち直す。凄腕ソロプレイヤー【マキナ】の仮面を被って、普段通りを心掛けて。
「そう言って貰えると、助かるよ。ヒイロさん……少し、考える時間を貰っても良いかな」
いつものマキナらしい様子に、ヒイロは穏やかな笑みで頷く。
「えぇ、大丈夫です。ネオンさんが言った通り、返事は急ぎません」
その言葉にマキナは、心の中で安堵するのだった。
次回投稿予定日:2021/7/31(幕間)
次の幕間では、お久し振り? のあの人が。