11-09 幕間・少年少女達の文化祭
【過糖注意報】
糖度の過剰供給。
「という事で!! やって参りました、たこ焼き屋!!」
「千夜ちゃん、どっち向いて喋ってんの?」
音也と千夜は、校庭の出店を見て回る事にしたらしい。
「いやぁ、銀〇こくらい色々あるね!! しかし私はあえてのノーマル!! おじちゃん、ノーマル10個入り一船!!」
「あいよぉ!! ってか、俺おじちゃんじゃない……」
「あはは、ノリでつい。ごめんね、おにーさん!!」
「ノリならしょーがないなぁ!!」
「凄いテンション上がってるね……あ、お会計これで」
たこ焼きを受け取った千夜は、嬉しそうに音也の腕を引いてベンチへ向かう。
「はい、音也!! あーん!!」
「待って待って、めっちゃ出来立てでホカホカしてるよ? アツアツ系のネタは僕、履修してないよ?」
打てば響く音也のツッコミに、千夜は実に上機嫌。些細なネタも、しっかり拾ってくれるのだ。
「もう、音也無しでは生きられない体にされちゃった……」
「その言葉がツッコミに対してなのが、千夜ちゃんだよね……」
「流石は音也、今のセリフでそこまで核心を突くとは!!」
長い期間を共に過ごした幼馴染だけあって、二人の息はピッタリである。
「……でも、やっぱ初音女子大付属に通い出して思うよ? 音也が側に居ないって、正直違和感」
途端に真面目なトーンでそんな事を言うので、音也は驚きの視線を千夜に向けてしまった。
「いつも、一緒だったもんね……私達」
おふざけモードの千夜ではなく、至って真面目な千夜。こういう顔をするのは、自分の内心を吐露したりする時だと音也は知っていた。
小学校時代は、奇数学年ごとにクラスの入れ替えがあった。それで尚、二人は六年連続同じクラスだったのだ。もともと家が近所という事もあって、二人の距離感は特別だった。
普段は表情に出していないが……千夜も、音也が居ない生活が寂しかったのだろう。
「……そうだね。僕も、千夜ちゃんが側に居ないのが不思議な感覚なんだ」
幼い頃からずっと、側に居たからこそ……音也にとって、千夜は自分の一部と言っても差し支えのない存在だったのだ。
「だから……AWOをやろうと思ったんだよ」
夏休みの旅行の際に、恋から勧められて初のログインを果たした音也。周囲の仲間達に感化されたのもあるし、AWO自体が楽しいのもある……しかし継続してプレイする決意を固めたのは、そこに千夜が居るからだった。
「千夜ちゃんの側に居るのは……一番、近い存在なのは……僕が良いから」
音也はそれを、幼稚な独占欲だと思っている。幼馴染で、大好きな女の子の特別でありたい……そんな思いを、子供っぽいと思っていたのだ。
しかし千夜にとっては、その言葉が何よりも嬉しいモノだった。
「ほ、ほんと?」
「え? あ、うん。本当だよ」
「本当に本当?」
「本当に本当の本当だよ?」
「本当に本当で本当の本当?」
「うん、僕がぶった切らないと延々続くやつだね?」
流石は幼馴染、千夜の扱いには慣れたものだった。
「……千夜ちゃん」
「ん?」
幼い頃から一緒だった、幼馴染。しかし、別の学校に通い始めて既に一年半が経った。
――千夜ちゃん……小学校時代より、可愛くなったなぁ。
――可愛かった音也が、なんか格好良くなっちゃって……。
「僕、千夜ちゃんが好きだよ」
「……ん、私も音也が好きだよ」
自然と口にした言葉だからこそ、互いに込められた想いを感じ取る事が出来た。
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「……やり過ぎたッスかね?」
「やり過ぎだね、隼君……射的の景品、もう残りわずかだったよ?」
愛と手を繋いで歩く隼の、左手。そこには袋の中に押し込められた、射的の景品が入っていた。
「しかし俺はルール通りに遊んだだけッス」
「そりゃそうだけどね……もう、仕方ないなぁ」
口ではそんな事を言っているが、愛は本気で呆れている訳ではない。
ついでに言うと射的をしている最中の隼に向けて、やる気を出させる様な声援を送っていた愛。その内容は「隼君、頑張って!」に始まり、「隼君、カッコいい!」とか「凄いね、隼君!」等々。シンプルな応援の言葉だが、そんなシンプルな言葉だからこそだった。
この景品の量は、ぶっちゃけそんな声援パワーが影響した感も否めない。
「……来年は、隼君もここの生徒だね」
「そうしたら、俺も……仁兄や英雄さんと一緒に、迎えに行くッスよ」
今は愛が最寄り駅まで戻って、待ち合わせ。そうして、二人は放課後デートを堪能していた。
しかし隼が、初音女子大学付属まで迎えに行くようになれば……側に居られる時間が増えるのである。
「うん……楽しみにしているね♪」
……
愛はベンチに腰掛けて、摘むものと飲み物を買いに行った隼を待つ。その横には、隼の戦利品が入った袋が置かれている。
恋人との文化祭デートというのは、愛も当然初めての体験だ。隼が初めての恋人なのだから、当然である。
――来年は、隼君も何かのお店をやるんだろうなぁ。英雄さんや仁さんみたいに、隼君もモテそうだなぁ……。
流石に英雄のエグいモテっぷりは無くとも、人気は出そうである。それを思うと、感情的には複雑だ。
大人びているとはいえ、愛もまだ中学二年生。人生経験も、恋愛経験も不足している歳相応の少女なのだ。恋人の事となると、普段の様な割り切った考え方にはそうそうなれない。
最愛の恋人が、他の女の子に迫られているとしたら……感情的になって、拗ねたりしてしまいそうだという自覚がある。それが原因で喧嘩をしたら? もし、隼が他の子に心を奪われたら?
段々と、愛はそんな不安に駆られていく。
「お待たせ、愛……どうしたんスか、そんな顔して」
「おかえりなさい……私、変な顔してる?」
自覚が無いらしいが、愛は何かを怖がっているような表情を浮かべていた。
「……ちょっとね、今が幸せ過ぎて不安になるんだ」
「ふむ……まぁ、そういうのは解らなくもないッス」
愛の隣に腰掛けて、隼は買って来たモノをベンチに置くと……最愛の恋人の肩を、自分の方へと抱き寄せる。
「でもまぁ、大丈夫だよ。今の幸せは、無くなったりしない」
キッパリと言い切る隼に、愛は不安そうな視線を向け……そして、彼の笑顔を見て言葉を詰まらせる。
「俺が付いてるから」
そう言う隼の顔は、真剣な表情だ。それは本気を出した時に、彼が見せる表情。
「……ほんと?」
「本当だよ。だから、心配しなくて良い」
「喧嘩したら、離れたりしない?」
「しないよ。そもそも俺等、喧嘩するかなぁ?」
「他に、私よりも素敵な人が現れたら?」
「愛以上の人なんて居ないから、無用な心配だよ」
愛の不安を解きほぐすように、隼は彼女の言葉に真摯に答えていく。そして、その言葉の内容から、愛が不安に思っている事を察してみせた。
――不安なのは、そういう事か。全く……可愛いんだからなぁ、本当に。
考え過ぎだ……そう思いつつ、それだけ自分を思ってくれている。それが解るから、不安そうな表情の恋人の事が愛しいと実感する。
だから、隼は愛の額に顔を寄せてそっとキスをした。
「……ふぁ?」
何をされたのか、一瞬思考停止した愛。そして、隼からのキスに思い至り……顔を真っ赤に染め上げた。
「じゅ、じゅ、隼君……!? い、い、い、今……」
「心配しないで良いよ、俺はずっと愛の彼氏だから……っと、ずっとじゃないか」
愛の髪を撫でながら隼が前言を撤回すると、愛は不安そうに彼を見る。
「……ずっとじゃ、無いの?」
「彼氏から、旦那に進化します」
「っ!?」
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その頃、教室を利用した店舗が立ち並ぶ廊下。恋は涼しい顔をしながらも……内心では、うんざりしていた。
その原因はただ一つ、自分達がどこへ行っても発生する現象のせいだ。
「ほ、星波君が取られたぁぁっ!!」
「誰よあの子……っ!! ちょっと可愛いからって……くそっ、ちょっとじゃないじゃんか!!」
「嘘、嘘よ。私は今、きっと目を開けながら夢を見てるんだ……」
星波英雄の熱愛発覚。学年問わず、阿鼻叫喚。この光景を、朝から強制的に見せ付けられている形になる。うんざりするのも、無理はないだろう。
「英雄さん、凄い人気ですね」
「……正直に言うと、ここまでとは思っていなかった……」
英雄的にも、これは想定外だったらしい。
普段、彼にグイグイ来るのはクラスの女子ばかりである。なので英雄は、他のクラスや上の学年ならば騒ぎにならない……と、楽観視していたのだ。
その結果がこれだよ。
「……そうですか」
予想以上に人気がある彼氏に、恋は内心では面白くない。自分の恋人が素敵な人物なのだと理解しているものの、普段からチヤホヤされているのではないかと思ってしまうのだ。
しかし、そんな思考も英雄がポツリと漏らした一言で霧散した。
「でも、やっぱり嫌なものなんだな……上辺だけしか、見られていないって」
その呟きが耳に入り、恋は英雄に視線を向ける。表面上は平然としているように見えるが、恋には解る……彼がその言葉通り、嫌気が差しているのだと。
何故ならば、恋にも似た覚えがあるからだ。
恋に甘い言葉を囁く、同年代のお坊ちゃんは少なくない。しかし彼等が見ているのは、恋自身とは言えないのだ。
初音家の令嬢、整った容姿、優秀な成績……そういった目に見える点だけを見て、恋を持て囃す男達。そんな彼等に対し、嫌気が差して腹立たしさすら覚える事もある。
――成程、似た者同士……ですね。
英雄も、自分と似た思いをしている。そう気付いた恋は、彼に共感の念を抱く。そして改めて、彼で良かったと感じられた。
「英雄さん、疲れてませんか?」
「俺は大丈夫だよ、恋は?」
「えぇ、大丈夫です。でも、少しのんびりしませんか?」
自分も英雄も、朝からこの調子なので精神的に溜まってきている。それならば、どこかで少し休む方がいいだろう。
「……英雄さんの、クラスの方に行きませんか? あそこなら、少しは落ち着くのでは?」
今日は英雄を甘やかそうと決め、恋はニッコリと微笑んでみせる。英雄用の、本心からの笑顔だ。からかうときの、天使のような悪魔の笑顔ではない。
「気遣ってくれてありがとう、恋。そうだね、少し甘えさせて貰おうかな」
恋の気遣いにしっかりとお礼を言いつつ、英雄は「そうだ、それなら……」と周囲に視線を巡らせる。
……
「あれ、英雄?」
「いらっしゃい、また来てくれたんだ?」
人志と明人に出迎えられた英雄は、手にした袋を掲げる。
「昨日のお返し。差し入れ持ってきたよ」
ここでも英雄ロスを受けた女子生徒達と、嫉妬に駆られた男子生徒達の視線が痛いのだが……まぁ、不特定多数よりはマシという事で。
コーヒーとクッキーを頼んだ二人は、窓際の席で一息つく。
「ありがとね、恋。心配掛けたかな?」
「ふふ、良いんですよ」
お淑やかに微笑む恋は、良家のご令嬢だけあって抜群の存在感だ。男子生徒達の視線が、熱を帯びるのも仕方のない事ではある。
しかし、英雄的にはやはり面白くない。なので、彼女が誰の恋人なのかアピールする意味も含めて行動を起こす。
「文化祭が終わったら、また時間が取れるよ。来週、デートしないか?」
教室内が、ザワッ!! と不穏な気配に包まれる。男女問わず、目がギンギンである。
「それは素敵ですね。是非」
「何処に行くかは、夜にでも話そうか」
「はい、楽しみにしていますね」
そんな二人の親密な会話に、男女問わず精神的なダメージを受けて肩を落とす。
ちなみに恋も、やはり距離が近いクラスメイトの女子という存在は警戒している。自分が居ない普段の学校生活で、英雄に言い寄る輩がいないとも限らないのである。
よろしい、ならば戦争だ。自分達の相思相愛っぷりを、存分に見せ付けてみようではないか。
恋様も、流石に英雄人気を目の当たりにして、危機感を覚えたらしい。
「そういえばお姉様が今度、英雄さんを家にお連れしなさいと言っておられましたね」
「……そ、そうなんだ?」
「えぇ、私も英雄さんの家によくお邪魔していますし、似たようなものですよ」
似たようなものと恋は言うが、全然違う。星波家に行く時は、仁と姫乃も一緒だ。更に初音家は豪邸であり、一般庶民の星波家とは大違いである。
しかし英雄は、その誘いを断るわけにはいかないと真剣な表情で頷いてみせる。
「解った、頑張るよ」
「英雄さん? 別に取って食おうというわけでは無いですから……結婚の挨拶をする訳でもないですし」
深い関係アピールは、もうこの時点で大成功と言っても良いだろう。しかし、この程度で止める恋様では無かった。
「ちなみにですが……私は星波恋になる心の準備は、とっくの昔に済ませていますからね?」
そんな爆弾発言に教室内のクラスメイトだけではなく、英雄もフリーズしてしまうのだが……そんな英雄にも愛しさを募らせるのだから、恋も大概なのだった。
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「はぁ……」
「……紀子、疲れてるわねぇ」
校庭の隅にあるベンチに座り、溜息を吐く紀子。その横で、和美は苦笑しながら買って来た飲み物を差し出した。
「……和美は、何か慣れてるね……ナンパの、撃退……」
「接客のバイトしているからね、慣れちゃった」
紀子が疲労しているのは、美人女子大生な二人とお近付きに……と目論む男子達からの、熱烈なナンパによるものだった。もしも和美が居なければ、紀子はもっと苦戦していた事だろう。
「まだ、合流まで一時間くらいあるわね……どこかに雲隠れできたら良いんだけど」
「……み、見たい所とか、あったり、しない?……わ、私に遠慮……しなくて、良いよ?」
そんな親友の言葉に、和美は盛大に溜息を吐く。
「遠慮してんのはそっちじゃない、紀子と一緒だから楽しめてるのよ?」
それは、和美の偽らざる本音。しかし、全てではない。
「それに……仁君の事、まだ完全には吹っ切ってないでしょうに」
それは紀子にとっては、思いもよらない一言だった。自分の気持ちを……仁への恋心を明かしたのは、姫乃だけだったのだ。
「!?」
和美の一言に、紀子は目を見開いてしまう。その態度だけで、図星だと丸わかりだ。
「な、なん……で……」
動揺する紀子に対し、和美は呆れた様な溜息を吐く。紀子は知らないが、彼女が仁の事を好きだという事は他のメンバーも勘付いているのだ。
「気付かれてないと思ってた事に、ビックリね。何年、親友やってると思ってんのよ……」
そう言うと、和美は紀子の肩を抱く。
「全く、仁君も罪な子ね……弟分が人気なのは嬉しいけど、さ」
和美のそんな言葉に、紀子は慌てて首を横に振る。
「……仁君は、悪く、無い……よ」
失恋しても尚、彼を庇おうとする紀子。そんな様子に、和美は苦笑してしまう。
「解ってるわよ。あと、姫乃ちゃんには話したのよね?」
「……うん」
「なら、私にも話して欲しかったなぁ~」
「……ごめん」
「謝んなくても良いのよ。強制されるような事でもないもの」
そう言って、和美は言葉を切る。
しばらく、二人は口を閉ざした。どれくらいの時間が経っただろうか……先に口を開いたのは、紀子の方だった。
「好き、なの。でも……私が好きなのは、姫乃ちゃんを、大事にしている……そんな、仁君だから……」
たどたどしく、秘めた思いの丈を口にする紀子。そんな紀子に、和美は苦笑する。
「……難儀な」
「うん……だから、今の……この、距離が……一番良い……」
「……そっか」
無理をしているのではなく、本心からそう思っている……紀子の顔を見れば、和美にはそれが解る。二人は、親友なのだから。
「ありがとね、紀子」
「……ううん、こっちこそ、ありがとう……」
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一方、鳴子と二人で文化祭を回っていた優。彼女は今、ちょっと困った事態に直面していた。
「ねぇ、良いじゃん。奢るよ?」
「大丈夫、俺達は紳士だからさ。怖い事なんて何も無いって」
「友達を探している? なら、一緒に探してあげるからさぁ」
鳴子がお花を詰みに行っている間に、すかさず近寄って来た男子達。そんな男子達に囲まれて、大ピンチであった。
「いえ、もう連れも戻って来ますから……遠慮します」
何度目かの断りの言葉も、男子達には通用していないらしい。
「そんな拒否んなくても良いじゃん」
「俺等は、ただ親切で言っているだけだよ?」
しつこい男子生徒達に、優もうんざりしている。
――鳴子さんが帰って来るまで、何とか耐えられれば……。
大人の鳴子が戻れば、この男子生徒達も流石に諦めるだろう。そう思い、優は彼等の誘いを断り続けて耐える。しかし、その内の一人が優の腕を強引に掴んだ。
「ほらほら、行こうって」
面識の無い、名前も知らない男子生徒。そんな存在に腕を掴まれて、何処かへ強引に連れて行かれそうになるという事態。全身に鳥肌が立ち、優はパニックに陥ろうとしていた。
そんな優と男子生徒達の耳に、一人の少年の声が届いた。
「鬼島先生! 早く来て下さい! 他校の生徒をナンパしてるの、あっちです!」
その言葉を聞いた途端に、男子生徒達は慌て始める。その顔に浮かぶのは、焦りと恐れだ。
「ゲッ、誰か鬼島呼びやがった!?」
「やべっ、逃げんぞ!!」
余談ではあるが、鬼島先生とはこの日野市高校の教師【鬼島 彩数】の事だ。彼は、鬼の生徒指導として生徒達に恐れられているそうな。
ともあれ尻尾を巻いて逃げ出した男子生徒達から解放され、優はホッと一息である。
そんな彼女に、一人の少年が優しく声を掛けた。
「災難でしたね、ネオンさん。大丈夫ですか?」
「あ……はい。あれ? 先生は?」
優が周囲を見渡すが、そこに教師らしき人物は居ない。
もしかして……? と少年に視線を向けると、彼は苦笑いした。
「素行不良の生徒を追っ払うには、一番効く言葉ですから」
どうやら、先生を呼びに行った演技だったらしい。そもそもよく見ると、彼は日野市高校の制服では無かった。
「あの、ありがとうございました」
「いえ、大した事はしていませんから。じゃあ、僕はこれで」
恩着せがましい態度も取らず、優の無事を確認した彼は笑顔を浮かべながら踵を返す。
「あ、あの! 何か、お礼を……」
「気にしないで良いから。それより、変なのに絡まれない様に気を付けて」
そう言い残して、振り返る事なく歩み去っていく少年。
その背中を見送りながら、優は彼が誰かに似ているような錯覚を覚える。【七色の橋】のメンバーではないし、【桃園の誓い】でもない。
そこまで思い出して、一人の青年に思い至る。
「……マキナ、さん?」
……
優と別れた少年は、どことなく嬉しそうな空気を纏っていた。その足取りは軽く、テンションがいつもより上がっている事を実感している。
――ビックリしたな、まさかネオンさんに会うなんて……。
AWOで、何度かやり取りをした事のある少女。彼女の姿を見て、彼はすぐに優がネオンだと気付いた。
彼はこの学校に通う姉に、鬼島という生徒指導の先生が居るのだと聞いていた。その情報を活かして、荒事に発展せずに優を助け出すことが出来たのは僥倖であった。
――にしてもAWOそのままなんだな、ネオンさん……。
サハギン迷宮で初めて遭遇した時から、可愛らしい少女だと思っていた。性格も穏やかで、非常に女の子らしい女の子である。
それがゲーム内だけでなく、現実でもそのまま。偶然とはいえ、そんな一面を見る事が出来た自分はラッキーだったと言わざるを得ない。
しかし、彼は彼女に名乗り出る事はしなかった……出来なかったのだ。
窓ガラスに映る、自分の姿を見て……彼は表情を曇らせる。細身というよりは、ヒョロッとした印象を与える体格。顔立ちも平凡で、ゲームでも現実でも美少女と誰もが評するだろう優には相応しくない。
他の誰よりも、優にだけは……AWOのソロプレイヤー【マキナ】が、こんなひ弱な少年だと知られたくは無かったのである。
そんな彼に、一人の女子生徒が声を掛ける。
「あ、拓真!」
ロングストレートの黒髪を揺らしながら、手を振って近付いて来るのは彼の姉だ。
「姉さん、お疲れ様。はい、財布」
彼は、財布を忘れてしまった姉【名井家 鏡美】の為に、財布を届ける為にやって来たらしい。
「ありがと、助かったよ! ほれ、これで何か好きなもの買って来なよ!」
「いや、大丈夫。姉さん、今月は金欠って言ってたじゃん……プラプラ見て、適当に帰るからさ。文化祭、頑張ってね」
仲の良い姉弟らしく、そんな会話を廊下で始める二人。そんな二人の側を、一組のカップルが目撃する。
「あれ、あの男子……ウチの学校の生徒ッスね」
「え、そうなの? 挨拶する?」
「いや……そんな親しい訳じゃないし、良いッスよ」
そう言いながら、隼はその生徒の名前をなんとか思い出す。
――確か、変わった名字の……そうそう、名井家君だったかな?
次回投稿予定日:2021/7/4(幕間)
「お腹を壊した? なに、食べすぎ? ハァ!? ハバネロソースをかけまくった、たこ焼きを食べたぁ!?」
「こっちは何でも、カカオ百パーセントのクレープだとか……」
「何なの、今年は!! バカばっか!?」