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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第十一章 関係が深まりました
201/573

11-09 幕間・少年少女達の文化祭

【過糖注意報】

糖度の過剰供給。

「という事で!! やって参りました、たこ焼き屋!!」

「千夜ちゃん、どっち向いて喋ってんの?」

 音也と千夜は、校庭の出店を見て回る事にしたらしい。

「いやぁ、銀〇こくらい色々あるね!! しかし私はあえてのノーマル!! おじちゃん、ノーマル10個入り一船!!」

「あいよぉ!! ってか、俺おじちゃんじゃない……」

「あはは、ノリでつい。ごめんね、おにーさん!!」

「ノリならしょーがないなぁ!!」

「凄いテンション上がってるね……あ、お会計これで」


 たこ焼きを受け取った千夜は、嬉しそうに音也の腕を引いてベンチへ向かう。

「はい、音也!! あーん!!」

「待って待って、めっちゃ出来立てでホカホカしてるよ? アツアツ系のネタは僕、履修してないよ?」

 打てば響く音也のツッコミに、千夜は実に上機嫌。些細なネタも、しっかり拾ってくれるのだ。

「もう、音也無しでは生きられない体にされちゃった……」

「その言葉がツッコミに対してなのが、千夜ちゃんだよね……」

「流石は音也、今のセリフでそこまで核心を突くとは!!」

 長い期間を共に過ごした幼馴染だけあって、二人の息はピッタリである。


「……でも、やっぱ初音女子大付属に通い出して思うよ? 音也が側に居ないって、正直違和感」

 途端に真面目なトーンでそんな事を言うので、音也は驚きの視線を千夜に向けてしまった。

「いつも、一緒だったもんね……私達」

 おふざけモードの千夜ではなく、至って真面目な千夜。こういう顔をするのは、自分の内心を吐露したりする時だと音也は知っていた。


 小学校時代は、奇数学年ごとにクラスの入れ替えがあった。それで尚、二人は六年連続同じクラスだったのだ。もともと家が近所という事もあって、二人の距離感は特別だった。

 普段は表情に出していないが……千夜も、音也が居ない生活が寂しかったのだろう。


「……そうだね。僕も、千夜ちゃんが側に居ないのが不思議な感覚なんだ」

 幼い頃からずっと、側に居たからこそ……音也にとって、千夜は自分の一部と言っても差し支えのない存在だったのだ。

「だから……AWOをやろうと思ったんだよ」

 夏休みの旅行の際に、恋から勧められて初のログインを果たした音也。周囲の仲間達に感化されたのもあるし、AWO自体が楽しいのもある……しかし継続してプレイする決意を固めたのは、そこに千夜が居るからだった。


「千夜ちゃんの側に居るのは……一番、近い存在なのは……僕が良いから」

 音也はそれを、幼稚な独占欲だと思っている。幼馴染で、大好きな女の子の特別でありたい……そんな思いを、子供っぽいと思っていたのだ。

 しかし千夜にとっては、その言葉が何よりも嬉しいモノだった。

「ほ、ほんと?」

「え? あ、うん。本当だよ」

「本当に本当?」

「本当に本当の本当だよ?」

「本当に本当で本当の本当?」

「うん、僕がぶった切らないと延々続くやつだね?」

 流石は幼馴染、千夜の扱いには慣れたものだった。


「……千夜ちゃん」

「ん?」

 幼い頃から一緒だった、幼馴染。しかし、別の学校に通い始めて既に一年半が経った。


――千夜ちゃん……小学校時代より、可愛くなったなぁ。

――可愛かった音也が、なんか格好良くなっちゃって……。


「僕、千夜ちゃんが好きだよ」

「……ん、私も音也が好きだよ」

 自然と口にした言葉だからこそ、互いに込められた想いを感じ取る事が出来た。


************************************************************


「……やり過ぎたッスかね?」

「やり過ぎだね、隼君……射的の景品、もう残りわずかだったよ?」

 愛と手を繋いで歩く隼の、左手。そこには袋の中に押し込められた、射的の景品が入っていた。

「しかし俺はルール通りに遊んだだけッス」

「そりゃそうだけどね……もう、仕方ないなぁ」

 口ではそんな事を言っているが、愛は本気で呆れている訳ではない。


 ついでに言うと射的をしている最中の隼に向けて、やる気を出させる様な声援を送っていた愛。その内容は「隼君、頑張って!」に始まり、「隼君、カッコいい!」とか「凄いね、隼君!」等々。シンプルな応援の言葉だが、そんなシンプルな言葉だからこそだった。

 この景品の量は、ぶっちゃけそんな声援パワーが影響した感も否めない。


「……来年は、隼君もここの生徒だね」

「そうしたら、俺も……仁兄や英雄さんと一緒に、迎えに行くッスよ」

 今は愛が最寄り駅まで戻って、待ち合わせ。そうして、二人は放課後デートを堪能していた。

 しかし隼が、初音女子大学付属まで迎えに行くようになれば……側に居られる時間が増えるのである。

「うん……楽しみにしているね♪」


……


 愛はベンチに腰掛けて、摘むものと飲み物を買いに行った隼を待つ。その横には、隼の戦利品が入った袋が置かれている。

 恋人との文化祭デートというのは、愛も当然初めての体験だ。隼が初めての恋人なのだから、当然である。


――来年は、隼君も何かのお店をやるんだろうなぁ。英雄さんや仁さんみたいに、隼君もモテそうだなぁ……。


 流石に英雄のエグいモテっぷりは無くとも、人気は出そうである。それを思うと、感情的には複雑だ。

 大人びているとはいえ、愛もまだ中学二年生。人生経験も、恋愛経験も不足している歳相応の少女なのだ。恋人の事となると、普段の様な割り切った考え方にはそうそうなれない。


 最愛の恋人が、他の女の子に迫られているとしたら……感情的になって、拗ねたりしてしまいそうだという自覚がある。それが原因で喧嘩をしたら? もし、隼が他の子に心を奪われたら?

 段々と、愛はそんな不安に駆られていく。


「お待たせ、愛……どうしたんスか、そんな顔して」

「おかえりなさい……私、変な顔してる?」

 自覚が無いらしいが、愛は何かを怖がっているような表情を浮かべていた。

「……ちょっとね、今が幸せ過ぎて不安になるんだ」

「ふむ……まぁ、そういうのは解らなくもないッス」

 愛の隣に腰掛けて、隼は買って来たモノをベンチに置くと……最愛の恋人の肩を、自分の方へと抱き寄せる。


「でもまぁ、大丈夫だよ。今の幸せは、無くなったりしない」

 キッパリと言い切る隼に、愛は不安そうな視線を向け……そして、彼の笑顔を見て言葉を詰まらせる。

「俺が付いてるから」

 そう言う隼の顔は、真剣な表情だ。それは本気を出した時に、彼が見せる表情。


「……ほんと?」

「本当だよ。だから、心配しなくて良い」

「喧嘩したら、離れたりしない?」

「しないよ。そもそも俺等、喧嘩するかなぁ?」

「他に、私よりも素敵な人が現れたら?」

「愛以上の人なんて居ないから、無用な心配だよ」

 愛の不安を解きほぐすように、隼は彼女の言葉に真摯に答えていく。そして、その言葉の内容から、愛が不安に思っている事を察してみせた。


――不安なのは、そういう事か。全く……可愛いんだからなぁ、本当に。


 考え過ぎだ……そう思いつつ、それだけ自分を思ってくれている。それが解るから、不安そうな表情の恋人の事が愛しいと実感する。

 だから、隼は愛の額に顔を寄せてそっとキスをした。

「……ふぁ?」

 何をされたのか、一瞬思考停止した愛。そして、隼からのキスに思い至り……顔を真っ赤に染め上げた。


「じゅ、じゅ、隼君……!? い、い、い、今……」

「心配しないで良いよ、俺はずっと愛の彼氏だから……っと、ずっとじゃないか」

 愛の髪を撫でながら隼が前言を撤回すると、愛は不安そうに彼を見る。

「……ずっとじゃ、無いの?」

「彼氏から、旦那に進化します」

「っ!?」


************************************************************


 その頃、教室を利用した店舗が立ち並ぶ廊下。恋は涼しい顔をしながらも……内心では、うんざりしていた。

 その原因はただ一つ、自分達がどこへ行っても発生する現象のせいだ。


「ほ、星波君が取られたぁぁっ!!」

「誰よあの子……っ!! ちょっと可愛いからって……くそっ、ちょっとじゃないじゃんか!!」

「嘘、嘘よ。私は今、きっと目を開けながら夢を見てるんだ……」

 星波英雄の熱愛発覚。学年問わず、阿鼻叫喚。この光景を、朝から強制的に見せ付けられている形になる。うんざりするのも、無理はないだろう。


「英雄さん、凄い人気ですね」

「……正直に言うと、ここまでとは思っていなかった……」

 英雄的にも、これは想定外だったらしい。


 普段、彼にグイグイ来るのはクラスの女子ばかりである。なので英雄は、他のクラスや上の学年ならば騒ぎにならない……と、楽観視していたのだ。

 その結果がこれだよ。


「……そうですか」

 予想以上に人気がある彼氏に、恋は内心では面白くない。自分の恋人が素敵な人物なのだと理解しているものの、普段からチヤホヤされているのではないかと思ってしまうのだ。


 しかし、そんな思考も英雄がポツリと漏らした一言で霧散した。

「でも、やっぱり嫌なものなんだな……上辺だけしか、見られていないって」

 その呟きが耳に入り、恋は英雄に視線を向ける。表面上は平然としているように見えるが、恋には解る……彼がその言葉通り、嫌気が差しているのだと。


 何故ならば、恋にも似た覚えがあるからだ。

 恋に甘い言葉を囁く、同年代のお坊ちゃんは少なくない。しかし彼等が見ているのは、恋自身とは言えないのだ。

 初音家の令嬢、整った容姿、優秀な成績……そういった目に見える点だけを見て、恋を持て囃す男達。そんな彼等に対し、嫌気が差して腹立たしさすら覚える事もある。


――成程、似た者同士……ですね。


 英雄も、自分と似た思いをしている。そう気付いた恋は、彼に共感の念を抱く。そして改めて、彼で良かったと感じられた。

「英雄さん、疲れてませんか?」

「俺は大丈夫だよ、恋は?」

「えぇ、大丈夫です。でも、少しのんびりしませんか?」

 自分も英雄も、朝からこの調子なので精神的に溜まってきている。それならば、どこかで少し休む方がいいだろう。


「……英雄さんの、クラスの方に行きませんか? あそこなら、少しは落ち着くのでは?」

 今日は英雄を甘やかそうと決め、恋はニッコリと微笑んでみせる。英雄用の、本心からの笑顔だ。からかうときの、天使のような悪魔の笑顔ではない。

「気遣ってくれてありがとう、恋。そうだね、少し甘えさせて貰おうかな」

 恋の気遣いにしっかりとお礼を言いつつ、英雄は「そうだ、それなら……」と周囲に視線を巡らせる。


……


「あれ、英雄?」

「いらっしゃい、また来てくれたんだ?」

 人志と明人に出迎えられた英雄は、手にした袋を掲げる。

「昨日のお返し。差し入れ持ってきたよ」

 ここでも英雄ロスを受けた女子生徒達と、嫉妬に駆られた男子生徒達の視線が痛いのだが……まぁ、不特定多数よりはマシという事で。


 コーヒーとクッキーを頼んだ二人は、窓際の席で一息つく。

「ありがとね、恋。心配掛けたかな?」

「ふふ、良いんですよ」

 お淑やかに微笑む恋は、良家のご令嬢だけあって抜群の存在感だ。男子生徒達の視線が、熱を帯びるのも仕方のない事ではある。

 しかし、英雄的にはやはり面白くない。なので、彼女が誰の恋人なのかアピールする意味も含めて行動を起こす。


「文化祭が終わったら、また時間が取れるよ。来週、デートしないか?」

 教室内が、ザワッ!! と不穏な気配に包まれる。男女問わず、目がギンギンである。

「それは素敵ですね。是非」

「何処に行くかは、夜にでも話そうか」

「はい、楽しみにしていますね」

 そんな二人の親密な会話に、男女問わず精神的なダメージを受けて肩を落とす。


 ちなみに恋も、やはり距離が近いクラスメイトの女子という存在は警戒している。自分が居ない普段の学校生活で、英雄に言い寄る輩がいないとも限らないのである。

 よろしい、ならば戦争だ。自分達の相思相愛っぷりを、存分に見せ付けてみようではないか。

 恋様も、流石に英雄人気を目の当たりにして、危機感を覚えたらしい。


「そういえばお姉様が今度、英雄さんを家にお連れしなさいと言っておられましたね」

「……そ、そうなんだ?」

「えぇ、私も英雄さんの家によくお邪魔していますし、似たようなものですよ」

 似たようなものと恋は言うが、全然違う。星波家に行く時は、仁と姫乃も一緒だ。更に初音家は豪邸であり、一般庶民の星波家とは大違いである。


 しかし英雄は、その誘いを断るわけにはいかないと真剣な表情で頷いてみせる。

「解った、頑張るよ」

「英雄さん? 別に取って食おうというわけでは無いですから……結婚の挨拶をする訳でもないですし」

 深い関係アピールは、もうこの時点で大成功と言っても良いだろう。しかし、この程度で止める恋様では無かった。


「ちなみにですが……私は()()()になる心の準備は、とっくの昔に済ませていますからね?」

 そんな爆弾発言に教室内のクラスメイトだけではなく、英雄もフリーズしてしまうのだが……そんな英雄にも愛しさを募らせるのだから、恋も大概なのだった。


************************************************************


「はぁ……」

「……紀子、疲れてるわねぇ」

 校庭の隅にあるベンチに座り、溜息を吐く紀子。その横で、和美は苦笑しながら買って来た飲み物を差し出した。

「……和美は、何か慣れてるね……ナンパの、撃退……」

「接客のバイトしているからね、慣れちゃった」


 紀子が疲労しているのは、美人女子大生な二人とお近付きに……と目論む男子達からの、熱烈なナンパによるものだった。もしも和美が居なければ、紀子はもっと苦戦していた事だろう。


「まだ、合流まで一時間くらいあるわね……どこかに雲隠れできたら良いんだけど」

「……み、見たい所とか、あったり、しない?……わ、私に遠慮……しなくて、良いよ?」

 そんな親友の言葉に、和美は盛大に溜息を吐く。

「遠慮してんのはそっちじゃない、紀子と一緒だから楽しめてるのよ?」

 それは、和美の偽らざる本音。しかし、全てではない。


「それに……仁君の事、まだ完全には吹っ切ってないでしょうに」

 それは紀子にとっては、思いもよらない一言だった。自分の気持ちを……仁への恋心を明かしたのは、姫乃だけだったのだ。

「!?」

 和美の一言に、紀子は目を見開いてしまう。その態度だけで、図星だと丸わかりだ。


「な、なん……で……」

 動揺する紀子に対し、和美は呆れた様な溜息を吐く。紀子は知らないが、彼女が仁の事を好きだという事は他のメンバーも勘付いているのだ。

「気付かれてないと思ってた事に、ビックリね。何年、親友やってると思ってんのよ……」

 そう言うと、和美は紀子の肩を抱く。


「全く、仁君も罪な子ね……弟分が人気なのは嬉しいけど、さ」

 和美のそんな言葉に、紀子は慌てて首を横に振る。

「……仁君は、悪く、無い……よ」

 失恋しても尚、彼を庇おうとする紀子。そんな様子に、和美は苦笑してしまう。

「解ってるわよ。あと、姫乃ちゃんには話したのよね?」

「……うん」

「なら、私にも話して欲しかったなぁ~」

「……ごめん」

「謝んなくても良いのよ。強制されるような事でもないもの」

 そう言って、和美は言葉を切る。


 しばらく、二人は口を閉ざした。どれくらいの時間が経っただろうか……先に口を開いたのは、紀子の方だった。

「好き、なの。でも……私が好きなのは、姫乃ちゃんを、大事にしている……そんな、仁君だから……」

 たどたどしく、秘めた思いの丈を口にする紀子。そんな紀子に、和美は苦笑する。

「……難儀な」

「うん……だから、今の……この、距離が……一番良い……」

「……そっか」

 無理をしているのではなく、本心からそう思っている……紀子の顔を見れば、和美にはそれが解る。二人は、親友なのだから。


「ありがとね、紀子」

「……ううん、こっちこそ、ありがとう……」


************************************************************


 一方、鳴子と二人で文化祭を回っていた優。彼女は今、ちょっと困った事態に直面していた。

「ねぇ、良いじゃん。奢るよ?」

「大丈夫、俺達は紳士だからさ。怖い事なんて何も無いって」

「友達を探している? なら、一緒に探してあげるからさぁ」

 鳴子がお花を詰みに行っている間に、すかさず近寄って来た男子達。そんな男子達に囲まれて、大ピンチであった。


「いえ、もう連れも戻って来ますから……遠慮します」

 何度目かの断りの言葉も、男子達には通用していないらしい。

「そんな拒否んなくても良いじゃん」

「俺等は、ただ親切で言っているだけだよ?」

 しつこい男子生徒達に、優もうんざりしている。


――鳴子さんが帰って来るまで、何とか耐えられれば……。


 大人の鳴子が戻れば、この男子生徒達も流石に諦めるだろう。そう思い、優は彼等の誘いを断り続けて耐える。しかし、その内の一人が優の腕を強引に掴んだ。

「ほらほら、行こうって」

 面識の無い、名前も知らない男子生徒。そんな存在に腕を掴まれて、何処かへ強引に連れて行かれそうになるという事態。全身に鳥肌が立ち、優はパニックに陥ろうとしていた。


 そんな優と男子生徒達の耳に、一人の少年の声が届いた。

「鬼島先生! 早く来て下さい! 他校の生徒をナンパしてるの、あっちです!」

 その言葉を聞いた途端に、男子生徒達は慌て始める。その顔に浮かぶのは、焦りと恐れだ。

「ゲッ、誰か鬼島呼びやがった!?」

「やべっ、逃げんぞ!!」


 余談ではあるが、鬼島先生とはこの日野市高校の教師【鬼島きじま 彩数あやかず】の事だ。彼は、鬼の生徒指導として生徒達に恐れられているそうな。


 ともあれ尻尾を巻いて逃げ出した男子生徒達から解放され、優はホッと一息である。

 そんな彼女に、一人の少年が優しく声を掛けた。

「災難でしたね、ネオンさん。大丈夫ですか?」

「あ……はい。あれ? 先生は?」

 優が周囲を見渡すが、そこに教師らしき人物は居ない。


 もしかして……? と少年に視線を向けると、彼は苦笑いした。

「素行不良の生徒を追っ払うには、一番効く言葉ですから」

 どうやら、先生を呼びに行った演技だったらしい。そもそもよく見ると、彼は日野市高校の制服では無かった。


「あの、ありがとうございました」

「いえ、大した事はしていませんから。じゃあ、僕はこれで」

 恩着せがましい態度も取らず、優の無事を確認した彼は笑顔を浮かべながら踵を返す。

「あ、あの! 何か、お礼を……」

「気にしないで良いから。それより、変なのに絡まれない様に気を付けて」

 そう言い残して、振り返る事なく歩み去っていく少年。


 その背中を見送りながら、優は彼が誰かに似ているような錯覚を覚える。【七色の橋】のメンバーではないし、【桃園の誓い】でもない。

 そこまで思い出して、一人の青年に思い至る。


「……マキナ、さん?」


……


 優と別れた少年は、どことなく嬉しそうな空気を纏っていた。その足取りは軽く、テンションがいつもより上がっている事を実感している。


――ビックリしたな、まさかネオンさんに会うなんて……。


 AWOで、何度かやり取りをした事のある少女。彼女の姿を見て、彼はすぐに優がネオンだと気付いた。

 彼はこの学校に通う姉に、鬼島という生徒指導の先生が居るのだと聞いていた。その情報を活かして、荒事に発展せずに優を助け出すことが出来たのは僥倖であった。


――にしてもAWOそのままなんだな、ネオンさん……。


 サハギン迷宮で初めて遭遇した時から、可愛らしい少女だと思っていた。性格も穏やかで、非常に女の子らしい女の子である。

 それがゲーム内だけでなく、現実でもそのまま。偶然とはいえ、そんな一面を見る事が出来た自分はラッキーだったと言わざるを得ない。


 しかし、彼は彼女に名乗り出る事はしなかった……出来なかったのだ。

 窓ガラスに映る、自分の姿を見て……彼は表情を曇らせる。細身というよりは、ヒョロッとした印象を与える体格。顔立ちも平凡で、ゲームでも現実でも美少女と誰もが評するだろう優には相応しくない。

 他の誰よりも、ネオンにだけは……AWOのソロプレイヤー【マキナ】が、こんなひ弱な少年だと知られたくは無かったのである。


 そんな彼に、一人の女子生徒が声を掛ける。

「あ、拓真!」

 ロングストレートの黒髪を揺らしながら、手を振って近付いて来るのは彼の姉だ。

「姉さん、お疲れ様。はい、財布」

 彼は、財布を忘れてしまった姉【名井家ないけ 鏡美かがみ】の為に、財布を届ける為にやって来たらしい。


「ありがと、助かったよ! ほれ、これで何か好きなもの買って来なよ!」

「いや、大丈夫。姉さん、今月は金欠って言ってたじゃん……プラプラ見て、適当に帰るからさ。文化祭、頑張ってね」

 仲の良い姉弟らしく、そんな会話を廊下で始める二人。そんな二人の側を、一組のカップルが目撃する。


「あれ、あの男子……ウチの学校の生徒ッスね」

「え、そうなの? 挨拶する?」

「いや……そんな親しい訳じゃないし、良いッスよ」

 そう言いながら、隼はその生徒の名前をなんとか思い出す。


――確か、変わった名字の……そうそう、名井家君だったかな?

次回投稿予定日:2021/7/4(幕間)


「お腹を壊した? なに、食べすぎ? ハァ!? ハバネロソースをかけまくった、たこ焼きを食べたぁ!?」

「こっちは何でも、カカオ百パーセントのクレープだとか……」

「何なの、今年は!! バカばっか!?」

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― 新着の感想 ―
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[良い点] いやぁ今回も甘々でしたねぇ [一言] 前話感想で書こうとして忘れていましたが200話おめでとうございます
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2021/07/03 01:02 しおりすぐ無くす読書好き
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