02-06 幕間・ある日の居酒屋で
それはとある平日の、夕方の事。一人の美女が、駅前のベンチで人を待っていた。
茶色に染めた髪をローテールで結び、スーツ姿の彼女は仕事帰りだろうか? キリッとした顔立ちは美人と表現して差し支えはなく、デキるキャリアウーマンという風情である。
そんな彼女の携帯端末が、ブルッと震える。手慣れた手付きでそれを操作すれば、待ち人からの連絡であった。
『もう駅に着く、待たせてごめん』
そんなSNSツール”RAIN”でのメッセージに、美女は溜息を吐いた。携帯端末を見る視線は、不機嫌そうだ。
『お腹空いたー、はよ。おう、あくしろよ』
そんな煽り文を送って、彼女は携帯端末を肩掛けバッグの中に仕舞う。
――早くしないと、AWOする時間が減るじゃん。あと、お腹空いた。
そんな事を内心で考えていると、駅の改札から二人の男が歩み寄って来た。
「ごめん、待たせたね」
「よっ、お疲れ」
一人は穏やかそうな、整った顔立ちの黒髪の青年。もう一人は短髪に切り揃えた髪の毛を立てている、目付きの鋭い青年だ。
「おっそいのよ、二人共。早くご飯行こ」
そう言って、指を指すのは焼肉屋であった。肉食系女子なのだろうか。
「最初の一杯は奢るよ」
「お、やりー! ゴチ!」
「お前じゃなくて輝乃にだよ! 誰のせいで遅れたと思ってるんだ!」
「上司のせい」
「見積の期限を忘れていたお前のせいだろうに……」
「あらら、不出来な従姉弟が悪いわねぇ……」
そんな賑やかな三人組は、焼肉屋へと入店して行った。
……
「それにしても……この前のはなんつーか、アレだな。ヤバかったな」
肉を焼きながら、目付きの鋭い青年……【入間十也】がしみじみと呟く。
「アレとかヤバいとか、アンタの勤務態度の事?」
そう言いながら中ジョッキに注がれたビールで喉を潤すのは、十也の従姉弟である【入間輝乃】だ。
「ちげーよ!! アレなのもヤバいのも、左利の酒の弱さくらいだろ!」
「余計なお世話だよ……」
理不尽に下戸をからかわれたのは、人の良さそうな青年……【飯田左利】。この三人組の、纏め役である。
「エクストラクエストだよ」
そう言って、十也が肉を網から皿へ移す。
「あー……」
「まぁ、あれはな……」
十也の言葉で、二人も納得したらしい。
「いやぁ、凄かったね? ジン君の速い事速い事!」
「ヒメノさんの矢の威力も、凄かったよね」
「レンさんだって、あんなにヤバい魔法職だっけか?」
「ヒイロ君も中々に良い動きしていたね」
「シオンさんは鉄壁ぶりに磨きが掛かってたな」
「あと、和メイドね」
「それな」
肉と酒を交互に口にしながら、三人はとあるパーティの話題で盛り上がる。
「てか、あの和服良いよねー」
「最初は変な感じだったけど、見慣れると格好良く見えて来たなぁ」
「解かる解かる、コスプレかと思ったわ」
「コスプレの何が悪い、ディスってんじゃねぇぞ十也」
「ディスってるわけじゃねぇよ!!」
輝乃の鋭い眼光に、十也が視線を泳がせる。十也、弱し。
「ああいう装備、作って貰えそうなら作る?」
「個人的にはアリ寄りのアリ」
「私はもっとエロいのが良い」
「お前な……そんなので戦えんのか?」
「へーきよ、このイリスさんは魔法職だからね! そんなに激しく動かない!」
イリス……輝乃はそう名乗った。
そう、彼女はジン達とエクストラクエストで共闘したパーティの一人。魔法職のイリスである。
つまり、残る二人も……。
「ゼクス的にはどうなのよ」
「忍者にはしねぇのは確かだな」
「それが良いな、十也は騒がしいから似合わない」
「うっせー!!」
この十也が、斥候役のゼクスである。確かに、彼は忍者という感じでは無いだろう。
つまり残る一人、左利こそがパーティリーダーのケインである。
「ケインはやっぱり鎧よね」
「鎧姿の剣士だもんな」
「まぁ、自分でもそれが良いと思うよ。ヒイロ君みたいなやつかなぁ」
そう言って、カクテルに口を付ける左利。
そんな左利を見て、輝乃が気付いた。
「けっこー、あの子を気に入ってる?」
輝乃の指摘に、左利がフッと微笑む。
「そうだね。しっかりしているし、仲間思いな所とか良いね」
「わかるー。それにジン君も良い子だったねー」
「忍者キャラはアレだったけどな。慣れたら気にならなくなったわ」
「良いじゃん、忍者」
「良いよね、忍者」
……
やがて食と酒が進み、三人のテンションも上がっていった。
「ジン君は!!」
「「忍者!!」」
「シオンさんは!!」
「「メイド!!」」
「レンさんは!?」
「「尊い!!」」
「ヒメノちゃん!!」
「「可愛い!!」」
「ヒイロ君は!?」
「「イケメン!!」」
「そんじゃあケイン」
「イケメン!」
「そうかなぁ……」
「じゃあ私は!!」
「「最高です!!」」
「じゃあゼクスは?」
「脳筋に決まってるでしょ」
「なんでだよっ!!」
変な方にテンションが上がっている。お店の迷惑なので、程々にして頂きたい。
「あー、なんかログインしたくなってきた」
「現実で戦闘しようとすんなよ、十也。昔酔っぱらってやらかしたろ」
「うぐっ……」
どうやら、十也はかつてやらかしたらしい。そのエピソードが気になる所だ。
「今日はネカフェでやる? そんならすぐ入れるし、そのまま泊まれるし」
「それで良いのか、花も恥じらう二十五歳……いてぇっ!!」
思い切りスネを蹴られた。犯人は勿論輝乃だ。
「歳の話するとは良い度胸だ、十也。お前あとで体育館裏な」
「十也……お前、斥候じゃなくて勇者なのか?」
そんな異様なテンションも冷め、左利が溜息を吐く。
「……負けてられないよな」
もう氷しか残っていないグラスを弄びながら、左利が呟く。
「……探してみるか、エクストラクエスト」
「良いんじゃない? 私だって若い子には負けない……歳の話させんな!!」
「理不尽だな!?」
そんなコントの様なやり取りをしつつ、三人は立ち上がる。
「行くか」
「そだな」
「ん、行こっか!」