11-03 文化祭の準備でした
下の方に【微糖注意報】
十一月に入り、既に七日。仁達の通う日野市高校は年に一度のイベントに向けて活発さを増していた。仁達のクラスの出し物は、喫茶店だ。当然本格的なものではなく、学生で出来る様なレベルの簡素なものではあるが。
「看板のデザイン、こんなものかなぁ?」
「お、良い感じじゃない?」
「メニュー表はこの辺でいい?」
「あ、待った! そこ、ちょっとナナメになってるよ~」
賑やかな教室の中で、生徒達が慌ただしく動き回っている。無理もないだろう……いよいよ次の土曜日と日曜日には、文化祭が開催されるのだから。
さて、女子生徒は真面目に作業をしているのだが……一部の男子生徒は、高校初の文化祭ということもあって浮足立っている印象だ。女子達を尻目に、男子達はイベント当日の出会いに思いを馳せている。
「学外の子も来るだろ? 彼女ゲットのチャンスだぜ」
「馬鹿め、一番いい子は俺が貰う!」
「夢見過ぎんなよ、そんな鼻の下伸ばしてたら引かれんぞ」
最も、望んでいる様な出会いが待っているかどうかは別の話である。
「男子! 遊んでないで手伝ってよ!」
「サイテー!」
当然、女子からは大変不評である。
そんな一部の男子に含まれない者は、真面目に作業をしている。例えば、仁と英雄の様に。彼等は真面目に、喫茶店の店舗を形作る為に活動していた。
「寺野君、丁寧に縫うのね~。手先が器用!」
「そうかな、変じゃない?」
「全然!」
「凄い上手よ! 助かるわ、ありがとう!」
足に障害を残す仁は、重い物を運んだり等が出来ない。その為、客席の椅子に置く為のクッション作りに参加していた。
ゲーム内で仲間達の縫製作業をよく見ているので、縫い方等をしっかり覚えていたのが幸いした。しっかりと戦力になっており、女子達からは好評である。
一方、英雄は率先して面倒な作業を手伝う。
「俺が支えてるから、固定お願いしていいかな?」
しっかりと金属のポールを立てる英雄に、人志が頷く。
「オッケー! 明人、ドライバー取って」
「はい、これ」
「サンキュー!」
調理スペースと、客席を分ける為のカウンター作り。裏側が見えない様に、しっかりとした物を組み立てているのだが……これが中々に手間が掛かるので、他の男子生徒はあまりやりたがらなかったのだ。
それを見た英雄は、率先して組み立て作業を始めた。そんな英雄と最近になって仲良くなった人志と明人も、文句一つ言わずに手伝い始めたのである。
「星波君、流石よねぇ……」
「イケメンな上に、頼り甲斐もあるなんて最高じゃない?」
「やっぱり素敵よねぇ……」
「寺野君も真面目に手伝ってくれて、助かるわ」
「そだね。仕事も丁寧だし、性格も穏やかだし……結構、良い感じかも」
「鳴洲や倉守はどうしたのかな。中学時代はあんまり、こういうのに参加するタイプじゃなかったのに」
「最近、星波や寺野と仲良いからじゃない?」
「まぁ真面目に参加してるし、ちゃんと仕事してくれているし。正直、見直したかも」
作業をしながら、そんな会話をする女子生徒達。AWOの有名人四人組は、すっかり受け入れられている様だ。やったね、ギル! 株が上がってるよ!
ちなみにAWOは、数あるVRMMOの中でも人気のタイトル。故に、この学校でもプレイしている生徒は少なくない。
このクラスにも、やはりAWOプレイヤーは居る。
「……やっぱ、星波ってアレだよな? 【七色の橋】の……ヒイロ?」
「で、寺野が忍者さん……だろうな。右足が事故で、動かなくなったんだろ? 可哀そうに……」
やはり、身近な一部のプレイヤーには身バレしていた。やはり、当然といえば当然か。
しかしながら、彼等は賢明だった。その情報を広めるという様な、愚は犯さない。それは彼等が良識あるプレイヤーであるからであり、そしてもう一点……AWOプレイヤーならば、共通認識とされている要素があるのだ。
「絶対にゲーム内で、現実の事を話題にしたりすんなよ……確実に、潰される」
「後ろ指差される事態になったら、もうログイン出来ねぇよ……」
「あぁ……俺だって、AWOを楽しくプレイしたいしな……」
第二回イベントの決勝戦。そこで繰り広げられた、とある試合の蹂躙劇。そう、最凶カップルのアレである。あのショッキングな結末は、未だに彼等の脳裏にこびりついているのだ。
【七色の橋】を怒らせたらどうなるか解らない程、彼等は愚かではなかった。故に、遠巻きに温かく見守るという見解で一致している。
これは仁達にとっても、彼等にとっても幸運な事であった。
……
「で、星波君! 文化祭当日、一緒に回らない?」
とある女子生徒が、休憩中の英雄に向けて唐突にそんな事を口にする。
「何が、”で、”だよ!! 抜け駆けすんな!!」
「星波君!! 私!! 私と回ろうよ!!」
「私のここ、空いてますよ!!」
「星波君、私も一緒に回りたいんだけど~!!」
文化祭デートという、絶好のチャンス。それをモノにしようと、英雄に殺到する女子生徒達。
「やっぱりこうなったか……」
「くそぅ……星波と同じクラスになったばかりに……!!」
「心配すんな、放課後になれば他所のクラスからも来る」
「何一つ安心できねぇよ!!」
英雄が女子に囲まれるのを眺めながら、男子生徒の半数が悔しそうにしている。なら、真面目に参加すれば少しはチャンスがあるのではなかろうか。
そんな女子達に引き攣り笑いを浮かべながら、英雄は断りの言葉を継げる。
「ごめんね。妹やその友達を案内するって、先約があるんだ」
正確には、恋人である彼女との約束だ。嘘は言っていないが、妹にはしっかりと恋人で旦那な忍者がいる。
当日を楽しみにしていると、珍しくはしゃいだ様子を見せた最愛のお嬢様。そんな姿を見せられたらノーとは言えない……そもそも、言う気もないが。
「えぇ~!!」
「ちょ、ちょっとくらい……!!」
「それなら私も一緒に……!!」
尚も食い下がろうとする女子達を、丁寧にお断りする英雄。傷付けない様に、やんわりと断るあたり人が良い。
さて、一方……。
「寺野君は当日、一緒に回る約束とかある? もし良かったら、一緒に……」
一緒に繕い物をしていた女子生徒が、そんな事を言い出した。そんな思わぬ事態に、クラス中の視線が集中してしまう。恋か? 恋の訪れが来ているのか? と。
ちなみにその女子生徒は文系なのだが、眼鏡を外すと美少女と評判。男子生徒からの冷たい視線が、仁に向けられる。
そんな眼鏡美人なのだが、仁は申し訳無さそうに……しかし、ハッキリと断る。
「ごめんね、当日はイトコ達を案内する予定なんだ」
最も、イトコだけではないが。むしろ、達の内の一人がメイン。
はい、こちらもお姫様な彼女との制服デートのお約束がございます。しかも、ゲーム内でとはいえお嫁様である。
「そうなの? えぇと、もし良ければ私も案内を手伝おうか?」
中々に食い下がってくる眼鏡美人に、仁は苦笑しながら謝罪する。流石にそれは遠慮して欲しい、という思いを込めて。
「ごめん、申し訳ないんだけど……ちょっと、人見知りする人もいるんだよね」
ちょっとどころか、凄い人見知りする人がいる。えぇ、それはもう。
さて、二人が何故「恋人と回る」と言わないのか? それにもちゃんと、理由がある。
その理由は一部の男子達が、恋人持ちの生徒に当日のシフトを集中させようと企てているのだ。運の悪い事に、シフト等を組んでいる生徒がその元凶となっている。人選ミス過ぎる……というより、確信犯なのではなかろうか。
それが上手く行くかどうかは別として、余計なやっかみを受けて妨害されない様にしなければなるまい。仁や英雄だけでなく、恋人が居る事を知られていない生徒達は、決してその事がバレないようにしているのだった。
ちなみにその事を二人に教えたのは、人志と明人だ。友好関係を結んだ今、実に頼れる二人であった。
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恋人達が、そんな状況下にある事など露知らず。姫乃と恋は、親友達と共に当日の事について話をする。
「出し物は、軽食を出す喫茶店らしいわ」
「楽しみだよね~♪」
「当日は、和美さんや紀子さんも来るそうだし」
「仁さんの家にお泊りするんだってね」
「【七色の橋】勢揃いだね~! 夏休み以来かな?」
「毎日顔を合わせているから、そんな感じしないけどね」
楽しそうに会話する五人だが、姫乃と恋は一点だけが不満である。
「でも、放課後は迎えに来られないんだよね……」
「会える時間が減るのは、寂しいですね……」
仁と英雄は当日の当番を軽減して貰う代わりに、放課後も残って作業をする事になっている。その為、週が明けてから姫乃は恋と共に帰宅している……初音家の車で。朝の登校時は会えるが、それもごく短時間。そんな日々が、もう四日続いている。
故に二人は、彼氏成分が欠乏気味である。
「まぁ、残り三日の辛抱じゃない」
寂しそうな、不満そうな二人に苦笑して、愛が励ます様に声を掛ける。それに優や千夜も続いた。
「それにその分、当日は時間を空けてくれているんでしょ?」
「デートの為に頑張っているんだもんねー。それに、ゲーム内の時間が三倍になったから、ログインしたらたくさん一緒に居られるんだしさ!」
そんな五人を、遠巻きに眺めるクラスメイト達。
「初音さんや巡音さん、すっかり馴染んだわねぇ」
「まぁ、一番変わったのは星波さんよね。新型VRゴーグルで、お顔がよく見える様になったから」
「可愛いとは思っていたけど、予想以上だったわ……私が男なら、放っておかないわよ」
「無理無理。星波さんと初音さんには、素敵な恋人がいらっしゃるもの」
賑やかに会話する光景に、他のクラスメイト達もすっかり慣れていた。むしろ、微笑ましいくらいだ。
……
そうして、放課後。
「お嬢様、姫乃様。お迎えに上がりました」
初音家の車が校門前に停車し、鳴子が恭しく一礼する。恋は慣れたものだが、一般庶民の姫乃は気後れしてしまう。
「ありがとうございます、鳴子さん」
「済みません、今日もお世話になります……」
穏やかに微笑む恋と、恐縮気味の姫乃。そんな二人に微笑みかけて、鳴子は扉を開けた。
「それじゃあ、また後でね!」
愛や千夜、優と挨拶を交わして、二人を乗せた車は静かに走り出す。それを見送った愛達も、談笑しながら駅へ向かって歩き出すのだった。
その値段に見合った静音性で走る車の中で、姫乃と恋は何気ない会話を交わす。
「うーん、新婚夫婦って何をどうすれば良いのかな……普通にいつも通り、一緒に過ごしている感じで……」
「甘え倒してみたら? 仁さんは姫ちゃんを溺愛しているから、それだけでも相当喜ぶと思うけど」
何気なくない。全然、何気なくない。
無論、ゲームの中の話ではあるのだが……JCの会話とは思えない内容である。
「新居の中には、キッチン設備もありましたね。それならば、仁様にお茶でも振る舞ってみては如何でしょうか。よろしければ、お教え致しますが」
「あ、それ良いですね。新婚っぽいかも」
「成程……! あの、鳴子さん、お願いしても良いですか?」
「えぇ、喜んでお手伝いさせて頂きます」
鳴子までもが、仁と姫乃の新婚生活に協力する方針である。ブレーキ役がいない。
「後は新妻らしさをアピールするべく、エプロン姿等を披露するのもよろしいのではないかと……お嬢様、私はエプロン姿としか申しておりませんが? 何故、その様な目で見るのでしょうか」
「いえ、裸エプロンとかオヤジ臭いなと……」
「服を着た状態でのエプロン姿です。ちなみに、その発言もブーメランだと思って下さいませ?」
「はっ、水着でやれば……!!」
「「それはいけない」」
止める者が不在なので、会話は更に突っ込んだ所まで向かっていく。
男性の運転手にとっては、中々に居心地の悪い空間だった。
――最近の若者は、進んでいるなぁ……。
ともあれ彼は気配を消し、空気と化してハンドルを操作する。もし彼がAWOをプレイしたら、忍者ムーブ出来そうである。
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で。
「ふへぇ……美味しい……」
「えへへ、喜んで貰えて良かったです♪」
放課後も残って、真面目に文化祭の準備に参加した仁。疲れて帰宅し、食事と入浴を早々に済ませてログインしたジンを待っていたのは……いつもの和装の上に、エプロンを身に着けたヒメノの姿。しかも今日は、髪型をポニーテールにしてみたのだった。ヒメノちゃん新妻フォームである。
そうして甲斐甲斐しくお茶と羊羹を用意する姿に、ジンはほっこりと癒やされるのだった。
「随分とお疲れですね? やっぱり、ジンさんの足だと準備は大変ですか?」
「僕は流石に、力仕事を免除して貰っているよ~。どっちかというと、精神的疲労の方が強いかなぁ……ヒイロほどじゃないけど」
その精神的疲労の原因は、件の眼鏡っ娘だ。あれからも、根気強くジンを口説こうとして来たのだ。その度にジンはお断りするのだが、あちらもめげずに忘れた頃に誘って来る。意外と、押しが強い。
「クラスの女子に、文化祭を一緒に回ろうと言われたんだ。断っても、粘ってくるから中々大変で」
言う。その事を、素直に言っちゃうジンさん。夫婦の間に隠し事は無しなのだ!
「……へぇ、ジンさんはモテるんですね?」
途端に、圧のある笑顔とオロチオーラを纏うヒメノ。当初は恐れ戦いていたのだが、流石にジンも慣れたらしい。
「安心して、しっかり断ったから。僕の文化祭デートのお相手は、目の前に居るお嫁様だよ」
委縮することなく、サックリと否定するジン。しかし、まだヒメノは若干不満そうにしている。
「まぁ、恋人が居るってバレたら当日何かしらシフトを入れられるからね。それを隠した状態で、断らないといけないから骨が折れる……」
「……ドロドロしてますね」
「ギルバートさんが言うには、『非リア充としては、自分達が働いてるのにデートしてるとか許せないんだろう』って」
ギルバートの名が出で、ヒメノの表情が更に圧を深める。未だに暴言事件を許していないらしい。
――何か、協力して事に当たれば緩和するかな? そういうイベント、来ないかなぁ……。
思い出されるのは、第一回イベント。あのイベントがきっかけで、目の前の少女への想いに気が付く事が出来た。
ハッキリと自覚したのはその後だが、誰よりも彼女の元へと駆け付けたのは無意識下で既に恋していたからだろう。
その後、マリウス事件を経て想いは通じ合い……自分達は、恋人同士となった。
現実でも、ゲームでも寄り添いながら歩んで来たのだ。
そして第二回、第三回とイベントに参加し……ついには、こうして夫婦になった。
「ヒメ」
まだむくれているヒメノの手を引き、抱き寄せる。
「ジ、ジンさん? ど……どうしました?」
突然抱き寄せられ、ヒメノは頬を染めて彼を見上げる。しかしながら、戸惑いつつもその口元が緩んでいた。
「うん、ヒメとこうして居られるのが幸せだなぁって」
しみじみと言うジンに、ヒメノはふにゃりと微笑み掛ける。ギルバートの件は、どうやらもう良いらしい。
――確かに……こうして一緒に居られて、幸せ……♪
ヒメノはヒメノで、ジンと寄り添っていられるこの時間が愛おしい。現実・ゲーム問わず、彼の温もりや声を体感できるのが何よりも好きな時間だ。
「えい!」
胡座をかくジンに背中を向け、彼の足の上に腰を下ろす。
「おっと……どうしたの?」
「えへ、ちょっと甘えたくなりました!」
前にも増して、感情表現が豊かに……そして、積極的になったヒメノ。そんな可愛らしい新妻ヒメノちゃんに、ジンは表情を崩す。
「じゃあ、えい」
後ろからヒメノに手を回し、彼女を優しく抱きすくめるジン。お腹の前で交差した腕に、軽く力を込めてみた。
「ぁっ……えへへ、これも良いですね~」
触れられた場所から伝わる体温に、ヒメノは頬を緩める。こうしてジンの存在を実感出来るのが、彼女にとって何よりも幸せな時間なのだ。
そんな二人の新婚生活が始まって、既に数日が経っている。だというのに、未だに熱が冷めないどころか、更に熱くなっていく。AWOで今、最もアツい夫婦である……いろんな意味で。
しかしながら、ずっとそうしている訳では無い。
「お、揃ったかな?」
「あ、本当ですね!」
当然、仲間がログインしたら、ギルド【七色の橋】としての活動を始めるのだ。文化祭の準備でいつもより遅くなってしまったが、ここからは生産に探索と大忙しになる。
互いに腰を上げると、どちらからともなく手を繋ぐ。こうするのが、自分達にとっての”自然”だった。
「じゃあ、行こうか」
「はいっ!」
二人の時間は二人の時間、皆との時間は皆との時間。それは夫婦になっても、変わらない二人のスタンス。
一組の新婚夫婦は、仲間が待つ大広間へ向かって歩き出した。
次回投稿予定日:2021/6/23(幕間)
幕間を一度挟んだら、いよいよ文化祭です。
まずは、校内開放日からどうぞ。