10-17 幕間・持っている二人
魔王へのプレゼントという題目の、生産職向けのイベント。それも、いよいよ終盤を迎えようとしている。
プレゼントの受付期間は十月二十日までとなっており、締め切りまで数日しか残っていない。
そんなある日……珍しく日曜日の昼間に、ジンはログインしていた。というのも、ヒメノは家族で出掛けているのだ。故に、今日はヒメノとデートする事も出来ない。
しかし、それはそれで好都合だった……浮気しようという訳では、勿論無い。そんな発想すら、微塵も浮かばないのだから。
さて、そんなジンだが……現在、頭を抱えていた。自称・新世界の神が、宿敵である世界的な探偵に「私は○です」と名乗り出られた時の様に。それはもう、盛大に頭を抱えていた。
ジンは今日までひたすら、ファッション雑誌を読んだり、ネットでアクセサリーを見たりしていた。無論、それは指輪の為だ。この指輪だが、対となる自分の指輪も作らなければならない。
デザインは自分で考えようと決めていたジンは、様々な参考資料を集めていたのだ。
しかし”自分達らしさ”を重視するが故に、浮かんでくるイメージが中々に偏っていく。
「九尾や大蛇も考えたけど、それは流石になぁ……」
ジンのユニークスキル【九尾の狐】と、ヒメノのユニークスキル【八岐大蛇】。それを指輪にするのは無理ではないが、デザイン的にどうなのかという不安があった。
とりあえず魔王へのプレゼントという趣旨からは外れているのだが、ジンを責める事は出来ないだろう。何せ、こっちの方が彼の本命なのだから。
愛しい恋人に贈る、結婚指輪。ゲーム内の物とはいえ、妥協はしたくない。
ちなみに、既に結婚している知人は生産職人に作って貰ったのだそうだ。そう、カイセンイクラドンとトロロゴハンの二人である。
ひょんな事からフレンド登録を交した、【遥かなる旅路】のギルマスとサブマス夫婦。二人は気持ちの良い人物で、あれからもメールでのやり取りがある。
「んー……僕の知り合いで、他に結婚している人は……あっ」
ゲーム内では未婚かもしれないが、現実では既に妻子持ちと聞いている男が一人居た。その男は生産職……それも最高峰レベルの知名度を誇る有名人。ジンにとっては、初めてのフレンドである。
「……でも、ユージンさんもイベントで忙しい……とは限らないか? あの人、仕事が速いし……」
ひとまずジンは、メールでアポが取れるか伺いを立てる事にする。すると、返信はすぐに返って来た。
『いつでも大丈夫だから、遠慮せずにいらっしゃい』
その返信内容にジンは感謝の言葉を送り返し、出掛ける支度を始める。
仲間達がログインするのは、今日は夕方になるらしい。ならばと、ジンはユージンを訪ねて始まりの町へと向かう事にした。
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「……という訳でして」
「いいねぇ、オリジナルデザインでの結婚指輪。そういうの、大事だと思うよ」
ユージンの工房に訪れたジンは、早速相談を持ち掛ける。ユージンは嫌な顔一つせず、ジンの話を聞いてくれていた。
「星座をモチーフにするとか、一応思い付いたんですけど……後は九尾とか、大蛇とか……」
自分の考えを纏め切れていないままに、ジンは思い付いた案を言葉にする。すると、ユージンはそれをサラサラと紙に書いていった。
「こういうのは、頭の中だけで整理しようとするとこんがらがるのさ。そういう時、こうしてアウトプットしていくのが良いよ」
仕事に就いた時にも役に立つよ……と付け加えて、ユージンは柔らかく微笑む。
サングラスに覆われてハッキリとは見えないが、その視線が優しいものである事はジンも察している。
「ちなみに、ヒメノ君の誕生日はいつなのかな?」
「四月だそうです。それも、四月一日」
ヒメノの誕生日を聞いたユージンは、ピタリと固まった。
「……え、えーと、どうかしました?」
ユージンらしからぬ反応を不思議に思いつつ、声を掛けるジン。そんなジンに、ユージンはハッとした表情で再起動した。
「いや、失礼。ヒメノ君は何というか……本当に持っている娘だねぇ」
彼の言葉の意味は解らないが、ジンはヒメノの誕生日に何か大きな意味があるのか? と疑問を抱く。
「……4と1? よい?」
「あはは、語呂合わせも嫌いじゃないけど……まぁ、結婚指輪に関してはこっちの方がロマンチックで良いと思う。桜……だよ、ジン君」
桜……それはヒメノがガチャで手に入れた髪飾りにも、彼女が身に纏う≪桜花の衣≫にも反映されている花。そして、日本人に最も馴染みの深い花である。
「桜? 桜……あっ、もしかして!」
「その通り。桜……ソメイヨシノが、四月一日の誕生花なんだそうだ。ここまで来るともう、運命的だよね」
確かに、言われてみればヒメノの指輪としてのモチーフにするにはピッタリだった。
一気に、ジンの頭の中に桜をイメージした指輪のデザインが描かれていく。なんという、ひらめキング。
ジンの表情を見て、創作意欲が掻き立てられていると察したユージン。桜の指輪の対となる指輪についても、話を進めなくてはなるまい。
「それで、ジン君の誕生日は?」
「僕は二月二十一日なんです」
ふむ、と頷いたユージンは、二月二十一日の誕生花について説明する事にした。
「二月二十一日の誕生花の一つには、紫色の菫というのがあるね」
ジンの身に纏う装備も、紫色。実にピッタリなモチーフだ。
「それと誕生石というのもある。二月はアメシストで、四月はダイヤモンドなんだよ。指輪にあしらう宝石にするなら、この辺りはどうかな?」
「アメシストと、ダイヤモンド……! なるほど!」
アメシストも紫色の宝石であり、ダイヤモンドに至っては結婚指輪の定番。これ以上無い素材になるだろう。
「ありがとうございます、ユージンさん! デザインの案、浮かびました!」
ジンが笑顔を浮かべて感謝の言葉を告げると、ユージンは笑みを深めて頷いてみせた。そして、その人差し指をピッ! と立てて、ある提案をする。
「もし良かったら、ここで作って行ったらどうだい? サプライズなんだろう?」
「えっ、良いんですか!?」
それは願ってもない申し出であり、ジンとしては大いに助かる。
しかし、彼は生産職人……しかも、有名過ぎるトッププレイヤー。仕事場を借りてしまっては、邪魔にならないだろうか。
そんな懸念を口にすると、ユージンは朗らかに笑って手を振った。
「今は生産依頼が少なくて、閑古鳥が鳴いているくらいだよ。ほら……生産職プレイヤーは皆、イベントに精を出している時期だからね」
確かにこのイベントで、上位を狙う生産職プレイヤーとユージンが認識されていても不思議ではない。
そして、そんなユージンに生産依頼をするというのは、顰蹙モノだろう。
「それに僕はもう、プレゼントを贈った後だからね。そんな訳で、今は本気で暇なのさ」
そう言って、自分で淹れたコーヒーを啜るユージン。その様子から、彼の言葉が嘘ではないのだろうと信じさせるに足る余裕が窺える。
とはいえユージンに余裕があろうとも、その厚意に甘え切っておんぶに抱っこにならないのがジンという少年だ。
「……お、お言葉に甘えて、良いんでしょうか……何もかも、お世話になってしまっているのに……」
ジンが遠慮がちにそう言うも、ユージンは態度を変えずに言葉を返す。
「良いんだよ、甘えてくれて。そもそも僕だって、ジン君達にはお世話になっているんだ。持ちつ持たれつ、だよ」
納得し切ってはいないものの、これ以上の遠慮は逆に失礼になるのでは? とも考えたジン。
結局は工房の使用料を支払うという形で、ユージンの言葉に甘える事にしたのだった。
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ユージンに指導されつつ、ジンは無事に二つの指輪を製作する事が出来た。それを大事そうにポーチに仕舞い、ユージンに向き直る。
「ありがとうございます、ユージンさん。この恩は、必ず返します」
「律儀だねぇ、本当。工房の使用料まで払っているんだから、気にしなくても良いのに……ま、喜んでくれたようで何よりだ。頑張るんだよ、ジン君」
そう言ってユージンは、ジンの肩を優しく叩く。
「はい、頑張ります!」
去っていくジンの背中を眺めるユージンは、二人の指輪について思いを馳せた。
「本当に持っているなぁ……あの子達は」
ジンには詳しく説明しなかったものの、その花言葉や石言葉すらも二人にピッタリのものだったのだ。
紫の菫の花言葉は『貞節、愛、誠実、あなたのことで頭がいっぱい』というもの。誠実な少年であり、ヒメノへの一途な愛情を持つジンにピッタリであった。
そしてソメイヨシノは、『精神の美・純潔・優れた美人』。外見だけではなく、その心も美しい少女であるヒメノを表すかのような花言葉である。
そして誕生石の方だが、アメシストは『誠実・心の平和』。そしてダイヤモンドは、『清純無垢』。こちらも二人に非常にマッチしており、これ以上ない組み合わせではないだろうか。
「本当に、こんなにピッタリな言葉は無いな。さてさて……若き二人の行く末に、神の加護を……」
そう呟いて、ユージンは工房の中へと戻る。
「さて、結婚祝いの品でも作ろうかな……っと!」