10-12 草原探索班でした
「何か、面白い事があちこちで起こっている気がするッス!!」
「ハヤテ君、いきなりどうしたの?」
突然、大声でそんな事をのたまうハヤテ。そんなイトコに、ミモリは苦笑する。二人は共に、ローブでその素顔と服装を隠している。
ハヤテの面白い事センサーは、感度抜群だった。残念ながら、それを確認する術が無いのだが。
「さてさて、大草原で大量にモンスターの肉をゲットするでゴザルよ」
「そうだな。俺等も食ってみたいし、大量に獲ろうぜ」
同じくローブで姿を隠すジンとゼクスの言葉に、同様にローブを身に纏ったチナリがにこやかに微笑む。恋人であるゼクスが、ジンに対して随分と気安い態度を取っているのが微笑ましかったのだ。
大草原でモンスターを狩り、肉ゲットを目指すのは速攻性に長けたメンバーだ。
まずは当然、最速忍者でお馴染みのジン。そして彼のPACであるリンと、【桃園の誓い】の速攻担当ゼクス。銃という狩り向きのレアアイテムを持つハヤテに、デバフアイテムで動きを鈍らせられるミモリ。ゼクスの恋人であるチナリも、今回はこのメンバーに加わった。そして魔法攻撃役として、ハヤテのPACであるカゲツ。
つまるところ、ガチ編成である。
それには当然、理由がある。というのも、現在の大草原エリアはプレイヤー達でひしめいているのだ。その中で目的の素材を集め、更にはプレイヤー連中に囲まれない様にしなければならない。
今回の素材集めにおいて、ある意味では一番難易度が高い班なのである。
「それにしても……あの岩でゴザルな? 第三エリアへの道を、塞いでるっていう噂の岩」
「そうッス。あれを壊せないか、色んな人が試してるらしいッスよ」
その岩を見て、ジンは真剣な表情を浮かべる。
「ヒメなら、もしかしたら……」
「それ、掲示板でも言われてたッス……でも、攻撃した時のエフェクトが破壊不能を表すモノだったらしいから、多分ヒメノさんでも無理ッスね」
……
そうして大草原に辿り着いた面々は、まずその景色に言葉を失った。
見渡す限りの大草原は、現代日本ではそうお目に掛かれない程に雄大。雲一つない青空という事もあり、実に絵になる場所だった。
風景だけなら、そうだったのだが。
「オラァッ!! 牛肉ゲットだぁっ!!」
「鹿! 鹿そっち行ったぞ!」
「馬の肉って使えるのかしら? 馬刺し?」
「あ、キノコ発見したよー!」
「おい、誰かあの鳥撃ち落とせ!!」
数え切れない程のプレイヤー達が、モンスターのドロップする食材を求めて武器を振るっていた。そりゃあもう、所狭しと。
「うわぁ……こりゃあ大変だなぁ」
「えっと……サーバーが七つあるんだから、分散しているのよね?」
七つあるサーバー全てで、モンスターの肉を求めて狩りが行われているのか? その疑問の答えは、イエスである。
というのもプレイヤーの間では、今回のイベンターである魔王軍……特に、魔王人気が凄い事になっているのだ。曰く「魔王様の為に最高の料理をプレゼントするぞ!」らしい。
専門性の高い鍛冶や服飾、装飾品製作よりも、料理は敷居が低い。そしてVRMMOは男性プレイヤーが比較的多い訳だが、やはりケーキは自信が無いという面々が大多数だった。そこで、彼等の選択肢は肉。魔王が好きだという、肉だ。
要するに肉料理で魔王を喜ばせよう、それがベスト。というわけで、第二エリアの大草原……最も素材肉を落とすモンスターが多い、このマップへと集まったのである。
この大草原は、正式名称[クレイドル大草原]。七つあるサーバー、その全てが満員御礼。AWOにおいて今、最も熱いマップである。
「参ったでゴザルな。本気でやらねば、大した収穫が得られそうにないでゴザルよ」
「そうね、ジン君の言う通り……獲ったもん勝ち状態だものね」
そう言って、悩ましげに溜息を吐くミモリ。我先にとモンスターに襲い掛かる様子を見て、何だかなぁ……という様子だ。
「もう、目立っても良いんじゃないかな……皆、狩りに夢中な訳だし」
「そうだなぁ……ここは本気出して、存分に狩って、さっさとお暇すっか」
チナリとゼクスの意見に、他の面々も頷いてみせる。
本気を出すという方針に、瞳を輝かせるのはカゲツであった。
「くくっ、久方振りの狩りじゃからな。手加減などするものかえ」
「君は程々にするッスよ……あの、他のプレイヤー巻き込んだりしちゃダメだからね?」
「本気でやって良いのですね、主様?」
PAC二人も、やる気満々。これは頼もしいと思うべきか、恐ろしいと思うべきか。ともあれ、ジンも本気でやる事に異論は無い。
「……そだね、さっさと済ませてホームに帰るでゴザルよ」
――ヒメに贈る指輪のデザイン、考えたいしね。
やると決めたからには、納得のいくものを作りたい。その為にも、さっさと済ませたい。本気を出せるなら、ジンにとっては実に好都合。
「じゃあ、ジン兄?」
「うむ、行くでゴザル!」
ローブを脱ぎ去り、ジン達は大草原へと踏み出した。
「じゃ、始めるッスよ!! 【アサルトバレット】!!」
「くふふ、腕が鳴るのう! 【ウィンドアロー】!!」
ハヤテの銃撃と、カゲツの魔法。遠距離攻撃による、狩猟開始の合図。実にあっさりと、モンスターの息の根を刈り取ってみせる二人。
「おー、流石【一撃入魂】!」
「いやぁ、こいつは気持ちイイッス!!」
ミモリの賛辞を受けて、ハヤテは獰猛な笑みを浮かべてみせる。
「それじゃ、拙者達も」
「かしこまりました、主様」
「うし、行こうぜ!!」
「えぇ、やりましょうか」
ジンとゼクスが駆け出すと、その後をリンとチナリが追い掛ける。紫のマフラーを靡かせて、大草原を駆け抜ける忍者主従。カンフー衣装を身に纏った青年に、チャイナドレスで身を包んだ美女。
その姿を目の当たりにしたプレイヤー達が、目を疑うのも無理はないだろう。
「おいおいおい! あれって……!」
「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」
「だけじゃねぇ!! ゼクスと……チャイナ美女!?」
「【七色の橋】と、【桃園の誓い】だとぉっ!?」
動きを止めて、ジン達に注目するプレイヤー達。
しかしこのエリアは、猛獣が跋扈する場所。そんな隙を晒しては、モンスター達の格好の餌食だ。
「おい、後ろっ!!」
「え!? しま……っ!!」
迫る猛獣型モンスター。その牙が、プレイヤーを喰い破ろうとした瞬間。その側頭部に向けて、≪苦無≫が飛ぶ。
「【狐雷】!!」
プレイヤーに襲い掛かろうとしたモンスターに、ジンの投げた≪苦無≫が刺さる。同時に発動した魔技により、モンスターが感電。麻痺状態に陥る。
「……忍者さん!?」
「助けて……くれたのか……!?」
ジンが彼等を助けたのは、自分達に気を取られたせいで彼等が死に戻りしたら申し訳ない……という、なんとも彼らしい理由からだ。
そんな呆然とするプレイヤー達に、ジンは声を上げる。
「余計なお世話だったなら、失礼したでゴザルー! お互い、頑張るでゴザルよー!」
そう言い残し、ジン達は周囲のモンスターに向けて斬り掛かって行く。
「ジン、さん……」
「忍者さん、かっけー……」
大学生程の青年達は、モンスターを何とか倒してジンの走り去った方向を見る。そこにはもう、彼の影も形も見当たらない。しかし、彼らはジンという忍者なあの人に助けられた。そして、擬音で表現するならばトゥンク……してしまった。
そんな二人組のプレイヤーに、一人の青年が歩み寄る。
「あれが、我等が頭領様……救世主、忍者ジン様だ」
ボソッと呟くような声に、二人の青年は驚いてしまう。いつの間に接近されたのか、解らなかった。
「だ、誰だっ!?」
「頭領!? 救世主!?」
青年達が振り返ると、そこに居たのは……何か黒い装束を身に纏い、顔を頭巾で隠した男だった。
「我が名は【コタロウ】……我等【忍者ふぁんくらぶ】の同志となるならば、貴殿等を歓迎しよう」
「「……に、【忍者ふぁんくらぶ】!?」」
……
「……っ!? 何か、悪寒がしたでゴザル」
「あん? 大丈夫か?」
小太刀を駆使して、次々とモンスターを斬り伏せていくジンとリン。
そんな二人と共に行動するのは、ゼクスとチナリだ。ゼクスは相変わらずの、中華刀による攻撃。その動きは第二回イベントよりも洗練されており、彼があれからも腕を磨き続けているのが見て取れた。
そして、チナリ。彼女はジンを気遣わし気に見つつ、疑問を口にする。
「VRで悪寒なんてする事、あるんだね」
不思議だね……などと言いつつ、彼女はモンスターを後ろ回し蹴りで蹴り飛ばした。チャイナドレスでそれをやっちゃう!? と思うかもしれないが、彼女は戦闘スタイルを格闘型に選定した時点で対策済みだ。しっかりと、オーバーパンツを着用している。パンツじゃないから恥ずかしくないとは、本人の弁。
パンチラ対策をしっかりとしている為か、チナリのチャイナ服はイリス・フレイヤの物よりも裾が短い。格闘をするのだから、動きを妨げる様なデザインは向かない。流石は生産大好きおじさんの手掛けた、チナリ用装備。
故に見えるんじゃないかとハラハラしてしまうのだが、何度も言う様に対策済みである。すぐ隣に彼氏がいるのだから、当然といえば当然か。
そんな四人から離れた場所で、ハヤテがフィールドを駆け巡りながらモンスターを狙撃する。その動きは淀みなく、そして生き生きとしている様に見える。
それもそのはず、彼は元々VR・FPSプレイヤー。敵と正面からぶつかり合う決闘よりも、こういったフィールドバトルの方が得意中の得意なのである。
「この感じ、前のゲームを思い出して楽しいかもッス! しかも、今は皆と一緒だし……ねっ!!」
そう言いながら、ユニークスキル【一撃入魂】を発動させてMPを込めた弾丸を放つ。その弾丸で撃ち抜かれると、モンスターが面白いくらいに死ぬ。ハヤテとしても、これは中々に爽快だった。
更にハヤテはユージンとカノンに相談し、≪石化魔女シリーズ≫を使用した装備品を手に入れている。その性能はユニークスキル【一撃入魂】同様に、MPを消費するモノだった。
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≪魔ノ眼≫
効果:MPを消費する事で、魔眼を発動可能。
≪魔ノ炉心≫
効果:MPを消費し、HPを回復する。
≪魔ノ指輪≫
効果:MPを消費し、呪い属性の魔弾を撃つ事が可能。
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ハヤテの前髪に隠れた右眼には、コンタクト型の装飾品≪魔ノ眼≫が装備されている。この装飾品によって、ハヤテは黄金色と茶色のオッドアイになっていた。
この装飾品は【一撃入魂】のレベルに応じて、使用可能な【魔眼】が増えるらしい。レベル1の現在は、【注視の魔眼】という遠くまで見通せるものしかないが。
≪魔ノ炉心≫はシルバーの首飾り、≪魔ノ指輪≫はハヤテの右手人差し指に装備されているシルバーリングだ。
どちらもオレンジ色の宝石があしらわれている。
「ふふふ♪ 楽しそうね、ハヤテ君」
「浮かれて魔力が底を尽きても知らぬぞ、主殿よ」
そんなハヤテにピッタリとくっ付いて走るのは、二人の女性だ。
「勿論、ちゃんとMP管理は意識してるッスよ。カゲッちゃん、心配性?」
「なんだ、そのカゲッちゃんというのは……」
ムスッとした表情で、カゲツは人差し指をハヤテ……の後ろから迫るモンスターに向ける。
「【ウィンドアロー】」
放たれた風の矢が、モンスターの頭を貫いた。ハヤテに【一撃入魂】を与えた事で、カゲツはそのスキルを失ったのだが……それでも尚、モンスターが一撃死するのだ。INTの高さも、相当なものなのだろう。
「うふふ、仲良し仲良し……アイネちゃんに、妬かれない様にね? ちなみに私は……これで、焼いちゃう……よっと!!」
そう言ってミモリは、手に持っていた球体を放り投げる。その球体がモンスターに命中すると、半径二メートル程の範囲を焼く爆発が起きた。
「オッケー、良い感じね。これなら周りのプレイヤーを、巻き込まない様に出来るわ」
効果範囲が広い方が良い時と、狭い時が良い時がある。その為、爆発する範囲を薬品や火薬の量で微調整するという実験を繰り返していたのだ。そんな工夫の結果が、今使用した消費アイテム≪爆裂玉≫である。
そんなミモリの、消費アイテムによる攻撃。それを見たカゲツが、くつくつと笑う。
「ふむ、面白いのう。その道具も、それを作るお主もな。くふふ……このギルドは、ほんに愉快な者ばかりじゃ」
「君も中々に面白い人なんだけどね……」
ボソッと聞こえない様に口にしたつもりだが、その言葉はしっかりカゲツの耳に届いていたらしい。
「何か言ったか、主殿?」
「いいえ! 何も!」
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モンスターを狩りに狩って、十分過ぎる程に素材が集まった頃。ジン達は一度休憩を挟む事にして、エリアの隅にある小川へと移動した。
「うわっ、誰ッスか? ポイズンスネークなんて倒したの」
「≪毒蛇の毒袋≫っていうのがあるねぇ」
「それは恐らく、私かと」
「んー、この≪グレイトバッファローの肉≫とかはどうかしら?」
「名前だけ聞くと、何か硬そうでゴザルな……」
「……なんかゲテモノっぽい名前の素材が多いな?」
「そうでもないぞ? この≪ジャイアントホーンの肝≫などは珍味じゃ」
七人で戦利品を確認しながら、小休止である。会話は弾み、和やかな時間が流れる。
そんな中、ジンの【感知の心得】が接近する者が居る事を報せる。レベルもそれなりに上がっている為、何が近付いているのかが判別できた。近付いて来るのは、プレイヤーだ。
「皆、プレイヤーが近付いているでゴザル」
「……あっちッスね」
システムに依存しないPSで、ハヤテも迫る存在を察した。気配を消す様に、物音を立てない様に向かって来る……そんな存在だ。
「PKerの可能性もある、いつでも動ける様にな」
「……本当に居るのね、そういうプレイヤーも」
ゼクスの指示に、チナリは少し悲し気な表情を浮かべる……が、すぐに気を引き締めたらしい。その瞳が、戦闘時のものに変わった。
七人は二手に分かれ、草むらに身を顰める。ジン・ハヤテ・ミモリの組と、ゼクス・チナリ・リン・カゲツ組だ。
そうして警戒して待機していると、話し声が聞こえてくる。
「……撒いたか?」
「みたいだねぇ……」
「いやぁ、ギルド加入希望者が居るのは嬉しいけど……」
「あの大人数で詰め寄られるのは、ちょっと……ねぇ」
その話し声を聞いて、ジンとハヤテは顔を見合わせる。
「何処かで、聞き覚えのある声ッスね」
「うん……多分、この人達って……」
すると二人の顔と顔の間に、ミモリが割り込んで来る。近い。
「【遥かなる旅路】の人達よね?」
「「姉さん(ミモ姉)……近いです……」」
イトコとはいえ、異性。年頃の男子にとっては、少々近過ぎる。
「……そこに居るのは、誰だ?」
すると、男性の声がジン達に向けられた。まぁこんな会話をしていたら、気配を殺すも何もないだろう。
「……まぁ、悪い様にはならないって」
「そうでゴザルな……では」
草むらから、ひょこっと顔を出すジン。
「ドーモ、カイセンイクラドンサン。ニンジャ=ジンデス」
「……色々ツッコミたいが、何をしているのかね?」
草むらからすごすごと出ると、ハヤテとミモリもそれに続く。逆方向で、呆れ顔のゼクス達も姿を見せた。
「……君達の事だから、PK目的では無いのだろうが……」
厳めしい男性……カイセンイクラドンは、そう言って呆れ顔を浮かべた。
「いや、拙者達もよく追いかけ回される故。誰かが近付いて来たので、警戒をと」
「……成程、君達の状況は聞き及んでいる。無理もないか」
そう言って、カイセンイクラドンはすんなりと警戒を緩めた。
彼は、ジン達が邪な考えを持つプレイヤーではないと感じている。故に、ジン達の言い分をあっさりと信用した。
そんなカイセンイクラドンに、同行者であるトロロゴハンはクスクスと笑ってみせる。他の二人……タイチと、もう一人の女性も苦笑いだ。
「そう言えば、こうしてお話するのは初めてね?」
トロロゴハンの言葉に、ジンは笑顔を浮かべて頷く。
「で、ゴザルな。改めて、【七色の橋】のジンでゴザル。こちらは拙者のPACで、リン」
「同じく、ハヤテッス! こっちのPACは、俺の相棒のカゲツ」
「ミモリと言います、宜しくお願いします」
「【桃園の誓い】のゼクスだ、よろしく」
「同じく、チナリです。初めまして」
ジン達の挨拶に、カイセンイクラドンとトロロゴハンは笑みを浮かべる。
「改めて、カイセンイクラドンだ。【遥かなる旅路】のギルドマスターをしている」
「サブマスのトロロゴハンよ」
「【遥かなる旅路】のタイチだ、よろしく!」
「私はルシアよ。こうしてお話しする機会が得られて、嬉しいわ」
そんな四人の挨拶に、ジン達は口元を緩めて一礼する。
そう、ルシア。彼女はアレクの仲間の一人であり、【遥かなる旅路】に潜入したスパイだ。何食わぬ顔でギルマス達と行動を共にしているあたり、相当な信頼を得ているのだろう。
「私のことはトロって呼んでね~♪ この人は、カイかイクラって呼ばれるわ」
「首領と呼ぶ奴もいるがな……一人だけ」
そう言って、カイセンイクラドンがタイチをジト目で見る。どうやら、彼がその一人らしい。
「じゃあ拙者は、カイ殿・トロ殿と……ん?」
そこでジンは、二人がとある揃いのアクセサリーを身に付けている事に気が付いた。左手の、薬指に。
突然フリーズしたジンに、訝し気な表情を浮かべ……カイセンイクラドンとトロロゴハンは、その理由に気が付いた。
「あぁ、これか? 俺らは、現実でも夫婦でな……このゲームに結婚システムがあるって聞いて、すぐに結婚したんだ」
「ふふふ、DKCに続いて旦那と三度目の結婚式だったのよ」
ノロケモードに入る二人に、ジンは目を見開いた。こんな所で、人生の先達に出会うとは。なんという好機。丁度、ジンはそのシステム……結婚というシステムについて、日頃から考えを巡らせていたのである。
「あ~、その辺にしときましょうや」
「初対面同然の人達の前で、惚気は……」
タイチとルシアが、そんな夫婦を止めようとするのだが……真剣な表情を浮かべたジンが、二人に声を掛ける。
「あ、あの……つかぬ事をお聞きしますが、その結婚システムって……えっと、どんな感じでした? いえ、ちょっと参考までに……」
忍者ムーブを忘れ、素に戻ったジン。しどろもどろになりながら、結婚システムについての感想を聞こうと喰い付いた。
カイセンイクラドンとトロロゴハンは、そんなジンの様子に一瞬目を丸くし……次いで、二人は笑顔を浮かべた。
――ははぁ、ヒメノさんか。成程ねぇ。
――若いなぁ……良い、良いね! 青春だね!
二人は、ジンの内心に気が付いた。彼がヒメノと恋仲である事は、最早周知の事実である。彼女と結婚したい……そんな思いが、彼の中にハッキリとあるのだろうと。
「お、聞きたいかい? いいぞぉ、ウチの連中は中々聞いてくれなくてなぁ」
「えぇぇ、これ絶対話が長くなるパターンじゃ……!!」
「私達の体験談で良いなら、話すわよ~♪ えっとね、まずオススメの教会は……」
「……はぁ、こうなったら止まらないわね」
正座して、目を輝かせながら二人の話に耳を傾けるジン。ハヤテ達は文句一つ口にする事無く、ジンと一組の夫婦の会話を見守っていた。
それは偏に、ジンの純粋なヒメノへの想いを知っているからこそ。普段は大人びて見える彼が、今は等身大の少年の姿を見せているのだ。そんな彼にとって大切な事ならば、いくら時間を掛けても構わない。
それに、自分達も興味があるお話な訳で。
そんなジンを始めとする、【七色の橋】と【桃園の誓い】のメンバー。その様子を見て、ルシアは違和感を感じていた。
――可愛いわね、この子……他の子達も、【桃園】の二人も普通のプレイヤーだわ。こうしてみると、普通にVRゲームを楽しんでいる子達にしか見えないわね……本当に、ウラがあるのかしら?
ルシアはジン達の様子を見ながら、そんな感想を抱く。運営が身内に居るという話を聞いた時には憤慨したが、少なくとも目の前のジン達は……純粋な何かを感じ取っていた。
――やっぱり、しっかり見定めた方が良いわね……ドラグ一人では、荷が重いかもしれない。結構、思い込みが強い方だし……。
……
結局、小休止は【遥かなる旅路】の四人を加え、いつの間にやら雑談大会に移行。何だかんだ、ジンだけでなく他の面々も会話を楽しむ形となった。その中で四人とフレンド登録を交わしたりなど、有意義な時間ではあったのだが。
そんな中、カイセンイクラドンはメールの着信音に気付いた。
「おっと、ウチの連中からか……いやはや、随分と話し込んでしまったな」
既に、小休止は四十分程になってしまっていた。その事に気付き、ハヤテも苦笑する。
「っと、確かにそうッスね。そろそろ狩りに戻らないと」
立ち上がって、モンスター狩りに戻ろうとするジン達。
その背中に、カイセンイクラドンが声を掛ける。
「あぁ、待った……少し、真面目な話をしても良いかな?」
先程までと違い、カイセンイクラドンの口調はどことなく重々しく響く。彼の雰囲気が変わった事を察し、ジン達は何かしら重要な話があるのだと察した。
「時間は……まだ大丈夫そうでゴザルな」
「そッスね。ゼクスさん、オッケー?」
「あぁ、俺等も問題ないな。で、話って?」
再び腰を下ろしたジン達に、カイセンイクラドンは小さな笑みを浮かべて頷いた。
「俺達は戦闘専門でね、素材は取引掲示板で売却しようと思っているんだが……良かったら、直接取引をしないかい?」
「……成程、そういう事ッスね」
ハヤテはカイセンイクラドンの言葉の裏に隠された意図に、しっかりと気が付いた。
――戦闘専門なら、名の売れた生産職との繋ぎは欲しいよねぇ……解る解る。
彼の目的は、鍛冶職人カノンと調合師ミモリを擁する【七色の橋】との繋がりを作る事だろう。
装備の製作や強化、ポーションの確保……生産職がメンバーに居ないならば、それらは外注になる。NPCショップよりも、プレイヤーメイドの方が性能が高いのは周知の事実なのだ。その中でも、名前が知られている生産職プレイヤーの物は、性能が一段階も二段階も高い。ツテを持ちたいと思うのも、自然な事だ。
それはそれで、構わないとハヤテは思う。なにせ、相手は【遥かなる旅路】。二大ギルドには及ばないが、彼等も五十人前後の中規模ギルド。しかもプレイヤーとしてのマナーを重視すると評判の、安定感のあるギルドだ。
彼等と交流を持っておけば、いざという時に力を貸して貰える可能性がある。PvP系のイベントでは、競い合う相手になるのは仕方ない。しかし第一回イベントの様なPvE系、今回のイベントの様な生産系のイベントならば……心強い味方になって貰える可能性があるのだ。
最も、そこまでの話になれば自分の一存では決められない。【七色の橋】を率いるヒイロやレン、【桃園の誓い】のトップであるケインやイリスに話を通さねばなるまい。
しかしながら、ここで一つのきっかけを作っておいて損は無いだろう。
ごく短時間でそこまで計算したハヤテは、意識して悪戯っぽい笑顔を作る。
「了解ッス、ギルマスに話しとくっスよ。ちなみに俺は、結構値切る方っス」
「ははは、お手柔らかに頼むよ」
一瞬だけ、ハヤテを真剣な目で見たカイセンイクラドン。その視線からハヤテは察した……見抜かれている、と。
それでも尚、朗らかに笑っているのだから……恐らく、ハヤテの判断をプラス方向に捉えてくれてはいるのだろう。
こうして【七色の橋】と【桃園の誓い】は、【遥かなる旅路】とのコンタクトを得る事になったのだった。
次回投稿予定日:2021/5/3
ルシアの名前の由来も、折角なので乗せましょう。
こちらは、ラテン語で光を意味する名前です。
まぁアレクの仲間なんで、名前に反して闇が深い感じなんですけどねー……。
ハヤテの新装備やら、【遥かなる旅路】やら、ルシアやらと色々ありますが……。
ともあれ、ジンがプロポーズに向けて着々と動いています。