10-08 幕間・各ギルドの行動開始
ギルド【七色の橋】が打ち合わせをしている頃、その一方で他のギルドも行動方針について話し合っていた。
まずは、【聖光の騎士団】。彼等には生産専門のサブギルドがあり、そのサブギルドのマスターがアークと会話していた。
「【トール】……今回、生産を主題としたイベントが開催される」
「えぇ、そうらしいですね」
トールと呼ばれた男性は、仏頂面でアークに応じている。
というのも、このギルドにおいて生産職というのは余り重視されていないのだ。この【聖光の騎士団】は、力が全てという方針。これまでトール……いや、【聖印の巨匠】のメンバーは、メインギルド【聖光の騎士団】に見下されていたのが実情である。彼等は戦闘職のサポート役であり、陽の目を見る事の無いプレイヤー達と扱われて来たのだ。
しかしながら、アークから切り出された言葉は彼の予想の外だった。
「今回のイベントに参加するならば、素材集めに人手がいるだろう。ギルドメンバーから人員を出そう」
それは【巨匠】の為に【聖光】のメンバーを貸し出すから、素材集めに使えという意味だ。この言葉に、トールは目を丸くした。
「え……し、しかし……」
「言いたい事は解る。これまでのギルドの風潮は、君達にとって面白いものではなかった事だろう」
その言葉に、トールは口を噤む。トール自身、そう感じていたのだから。
「だがいい加減、それも終わりにしなければなるまい……君達は日陰のプレイヤーではない。君達のサポートがあってこそ、我々は最前線の攻略に勤しめる。君達はこのイベントで、思う存分その腕を振るって欲しい。その為の協力は、惜しまん」
アークの言葉は、今までのアークならば決して出て来なかった言葉。しかし、トールは不思議と彼の言葉を信じられた。それは、アークが本気でトールと向き合っている……それが、その表情と態度で伝わったからだ。
「……解りました、ギルドの名に恥じない物を作ります」
トールは胸を張って、そう宣言する。
そんなやり取りを、横で見ていたシルフィも笑みを浮かべて会話に加わる。
「何かあれば、アタシに言ってくれていいよ。ゴネる奴は、黙らせてやるさ」
シルフィの頼もしい言葉に、トールは表情を崩す。露骨ではないが、わずかに頬を染めているところを見るとデレているのだろう。
それは無理もない事で、シルフィは一般的にキリッとした美女だ。サラサラの銀髪に、パッチリと開いた瞳。ボディラインも出る所は出て、引き締まる所は引き締まっている。
そんな彼女に声を掛けられたら、大半の男は似たような反応をするのだ。
しかしトールもサブとはいえ、一ギルドのトップ。締まりの無い、だらしない顔は見せられない。理性を総動員し、顔が緩まないように努めながら返事をする。
「ありがとうございます、助かります」
何とか理性を保つ事が出来たのは、アークがその隣にいる事も要因の一つだった。無言で、感情の読めない視線が、何故か痛く感じるのだが……トールは、その理由が解らずにいた。
こうして【聖印の巨匠】は、親ギルド【聖光の騎士団】のバックアップを受けて第三回イベントに参戦する事となる。
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同じ頃、【森羅万象】のギルドホーム。ここでも、第三回イベントについての会議が開かれていた。
「前回は出番が無かったからね〜、今回はマスターとして頑張るよ〜♪」
鼻歌でも歌い出しそうなシンラは、公式ホームページのイベント告知を確認しながら頷いた。
「ギルメンへの通達は?」
「もっちろん出してるよ〜? 悪いけど、素材集めなんかは協力してあげてね?」
この【森羅万象】は、戦闘職と生産職が混在したギルドだ。それは持ちつ持たれつの関係が、ギルドの本分という考え……そして【聖光の騎士団】に対する、言葉無きメッセージでもある。意訳すると「お前達とは違う方法で、お前達に勝つ」というものだ。
そんなシンラの言葉に反応したのは、アーサーだ。
「素材を求めて狩りに出れば、俺達のレベリングにもなる。レベルキャップも60まで解放されたからな。それに、何かレアアイテムやレアスキルが落ちる可能性だってあるんだ。戦闘職にだってメリットはあるさ、シンラさん」
アーサーの言葉に、クロードは目を細めた。以前は自分より格下と認識した相手に、いくらか高圧的な態度を取っていたアーサー。しかし一月前の敗北を経て、彼は謙虚さ……そして、相手に対する思い遣りを持つ様になった。
――ふふっ、忍者には何かお礼の品でも贈りたい気分だ……。
アーサーを変えたのが、誰か。そんな事は、誰もが解っている。そのきっかけとなった忍者な少年に、クロードは心から感謝していた。
「ありがとね、アーサー。そう言ってくれると、お姉さんは嬉しいよ〜♪」
いつになくシンラは上機嫌であり、今にも踊り出しそうな雰囲気すら感じさせる。余程、生産職にスポットライトが当たるイベントが、嬉しいのだろう。
ちなみにアーサー、シンラに「お姉さん」と言われたのだが……「お義姉さん」と言われたと勘違いして、頬を染めている。そもそもハルとはまだ、恋人にもなっていないのに気が早いにも程があった。
「で、今回は調合系の出品は無いようだが……お前はどの分野に行くんだ?」
クロードの問い掛けに、シンラはにっこり微笑む。上機嫌なシンラの様子に、ラグナがだらしない顔をしているのだが……クロードはそれを努めて無視している。
「私は当然、料理系かなぁ~。今、それでハル達にお使いに行って貰ってるし~」
「やはりか。まぁ、お前の得意分野だからな……弁当のおかずのトレード、こっちばかりが得をしている気がするぞ」
「またまたぁ、アーサーの弁当だって美味しいじゃないの~。クロードは慣れてるからそう思うんだよ~」
シンラとクロードは親友であり、同じ大学に通っている。そういう事情もあって、昼食も毎回一緒だ。
ちなみにシンラはハルと自分の弁当を作っており、家庭的な女性である。そしてクロードの弁当は、アーサーが作っているのだ。母子家庭である恩田家なので、家事分担がしっかりなされているのだった。余談だが、アーサーとシンラの料理の腕は同程度だ。
「アーサーも料理にするのか?」
オリガの言葉に、アーサーは頷く。
「他の分野も興味あるんだけど、やっぱ料理が一番しっくり来るかな。どうせなら、入賞を目指したいし」
「良いじゃん、俺も手伝うぜ! 素材集めとか、下拵えとかさ」
やはり仲の良い彼等は、共通の話題があると賑やかさを見せる。そんな様子に微笑んで、シンラはこの場に居ない少女達の事を思い浮かべる。
――四人共、お願いね。このイベントで成果を出すには、恐らくPACの協力が不可欠だわ。
……
シンラが思い浮かべた、四人の少女。ハル・アイテル・シア・ナイルは、四人でPAC契約クエストを受けられるスポットを目指して進行中だった。
「ふんふん、この辺りに居るんだね……有名な、料理人のPAC」
「えぇ……カームという、様々な土地を旅して修行をしている料理人だそうです」
彼女達は、シンラに依頼されてPAC契約のクエストを進めようと行動を開始した。最も、遅きに失しているのだが……その事を、彼女達はまだ知らない。
「今回のイベントは、生産職向けねぇ。皆はどうするの?」
シアの問い掛けに、ハルがニッコリ微笑む。
「お姉ちゃんとアーサーが、料理部門に出品するっていうからねー! 私は素材集めとか、色々手伝おうかなって!」
「ふっ、当然ですね。アーサーさんの料理の腕を考えれば、入賞間違い無しですもの」
「ん……でも、シンラさんのお手伝いも……する」
幹部メンバーで出品を表明しているのは、シンラとアーサーのみだ。他のギルドメンバーにも通達が出されており、生産職プレイヤー達が協力者を探して声を掛け合っている状況である。
「見事に皆、食べ専だもんねぇ……まぁ、私もだけど」
「だからこそ、協力出来る事はどんどん協力していかないとね! じゃあ早速、PACに会いに行こう!」
勢い良く腕を振り上げるハルに、シアが苦笑する。
「……まだ契約していないから、PACじゃなくてNPCだけどね……」
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そして、とある森の中に建てられた小さな小屋。そこに、あるプレイヤー達が集まっていた。その数は六人……揃って真っ黒なローブを身に着けており、顔を隠す様にフードを目深に被っている。一見すると、【暗黒の使徒】に所属するプレイヤーにも見えるが……。
「まさか、生産系イベントとはなぁ」
そう言ってイベント告知を確認するのは、アレク。【聖光の騎士団】に所属しているものの、その裏ではギルドの情報を流出させている男だ。
「あてが外れたわね……まぁ、準備期間が伸びたと考えて良いでしょう」
その横に座るのは、【森羅万象】の幹部メンバーであるエレナだ。彼女もアレク同様に、【森羅万象】内部の情報を流出させるというスパイ行為を行っているプレイヤーである。
「で……どうなの、【カイト】? あの【七色の橋】に潜り込む事は出来そう?」
カイトと呼ばれた少年プレイヤーが、視線を泳がせる。
フードから覗くアイスブルーの髪は、目に掛かりそうな長さだ。切れ長の目元、琥珀色の瞳……現実の顔立ちを残す、整った容姿。彼が本名・浦田霧人であり、ハヤテと同じ中学に通う生徒である。
「いや……まだだよ。あのハヤテ、やけに警戒心が強い。」
同じ学校に通う、同学年の生徒。それが同じゲームをプレイしていれば、自然と会話も弾む……と思われたのだが、ハヤテはそう簡単に懐に潜り込ませはしない。
刀を売って貰うという確約は取り付けたが、その場所は始まりの町で……という条件が付けられたのだ。
「ギルドホームじゃ駄目なのかと聞いてみたんだが……断られたよ」
「まぁ、相当な騒ぎになったのだから仕方ないわ。警戒するのも、無理はないでしょ」
第二回イベント優勝チームである【七色の橋】は、イベントから数週間に渡り野次馬や加入希望者、悪意のあるプレイヤーの注目を集めていた。その情報は掲示板でも話題になる程であり、彼等が周囲を警戒するのも無理はない事だ。
「特に、アイツ……ヒメノを襲ったアホの件があるからな」
「……自分でけしかけといて、名前を忘れたの? マリクよ」
「あれ? マルスじゃなかったっけ?」
アレクとエレナ、カイトの会話を聞いていた一人の男が、苦笑いしながら口を挟む。
「マリウスですよ、皆さん。まぁ、既にAWOには居ない男ですから、忘れるのも無理はないですが」
口を挟んだのは、ジェイク……魔女の住む廃屋敷で、ハヤテと取り引きをした男だ。
「あーあー、そうそう。アイツのお陰で、【七色】を【聖光】が潰すと思ったんだが……なぁ」
アレクがマリウスをけしかけたのは二つのギルドを敵対させ、【七色の橋】を潰す為だった様だ。
「ふぅ……【森羅万象】も負けるし、あの【七色の橋】は尽く厄介な存在だわ」
アレクとエレナの言葉に、他の五人が頷く。
「あのギルドは、身内で結成したギルドらしいし……ね。【七色の橋】潜入は、もう一つか二つ手を打つべきじゃない?」
そう口にしたのは、一人の女性……アバター名は【ルシア】だ。長身細身の女性で、弓を主武装とする後衛職だ。黒いミディアムロングヘアは前髪が長めで、左側の目が隠れている。
彼女は【遥かなる旅路】に潜入したプレイヤーであり、第二回イベントでもカイセンイクラドン率いる主力チームに入っていた。
その灰銀色の瞳が、一人の青年に向けられた。
「この手はもう少し取っておく予定だったけれど……こうなったら【桃園の誓い】に潜入出来た、アンタの紹介で誰かをねじ込めないかしら?」
そう言われたのは、金色の髪を後ろに流した青年。彼のアバターネームは【ドラグ】。
「無碍にはされねぇだろうけど……慎重にやらないと、だな」
彼は【桃園の誓い】結成前……もっと言うと、ケイン達がジン達と出会う前からのフレンドだ。何度か共にパーティを組んだ事があり、交友関係も深い。
その縁を頼りに、彼は中華ギルド【桃園の誓い】に加入する事に成功した。人の良いケイン達は、旧知の間柄であるドラグなら……と歓迎して迎え入れたのだった。
しかし彼はアレク達の仲間であり、【桃園の誓い】に加入したのもスパイ行為の為である。
「同年代のプレイヤーならば、いけるかもしれん……カイトは厳しいかも知れんが」
その言葉に、カイトは分かりやすく舌打ちをした。同じ学校の生徒という事もあり、潜入は容易いと思っていたのだから無理も無い。
「まぁ、そう不貞腐れるなよ。カノンの作った刀を正攻法で入手出来るだけでも、良い収穫なんだからさ」
カイトを宥めるように、アレクは声を掛ける。歳若いメンバーではあるが、彼はカイトを高く評価しているのだ。
「アイツの鍛治職としての腕は、間違いなく上位ランカーに入る。それは第三回イベントで解るだろうよ」
その言葉に、カイトはようやく落ち着いた様子に戻った。
「……あぁ、そうだな。済まない、感情的になってしまった。しかし、俺達の息が掛かったプレイヤーとなると……いや、待てよ?」
そこで、カイトはある事を考える。
「どうした、カイト?」
「あぁ、もしかしたら程度の策なんだが……」
その詳細をメンバー全員に伝えると、アレクが笑みを深める。
「……成程ね、それは試してみる価値はあるかもしれないな」
次回投稿予定日:2021/4/15
【悲報】
アレク達の仲間が【桃園の誓い】にも潜入してしまいました。