10-03 廃墟の魔女でした
ハヤテが山の上の廃屋敷に赴いたのは、エクストラクエストに挑戦する為だった。情報が出回って、既に三日が経過している。それでもクエスト達成者が居ないのだから、難易度はそれなりに高いのだろう。
それでもハヤテは仲間達の為に、自分の為にユニークスキルを手に入れる……つもりだった。
しかしながら、二人のプレイヤー……そして倒れているプレイヤーの姿を見たハヤテは、ある事に気付いた。倒れている男性プレイヤーと、壁に寄っている二人の男性プレイヤー……彼等の右腕に、赤い布が巻かれているのだ。
――こいつら、多分【情報掲示板】の連中だろうな。ここで横入りしたら、俺だけじゃなくギルドまで叩かれるはずだ。
【情報掲示板】……それはAWO攻略に役立つ情報を集め、公開する事を目的とした掲示板だ。内容は武器の仕様やスキル考察、アイテム情報にレシピ公開など幅広い。そんな掲示板を利用するプレイヤーは非常に多く、ハヤテも時々お世話になっている。
そんなゲームの情報が集まる掲示板だが、当然ながら運営が管理している者ではない。そこに情報を書き込むのは、あくまでプレイヤーなのである。そんな【情報掲示板】の為に情報収集を主目的としているプレイヤーは、右腕に赤い布を巻くというルールがあるらしい。
そんな、【情報掲示板】の面々だ。マナー通りに先んじてクエストに挑戦するならばまだしも、横入りなどした日には大事になるかもしれない。その事が公になれば、一気にアンチが増える。自分だけならまだしも、大切な仲間にまで被害が及ぶのは見過ごせないだろう。
そんな事を考えていたハヤテの言葉を聞いた、二人の男……その内の一人が、ハヤテを睨む。
「イベントで優勝して調子づいたか? 順番くらい守れ、【七色の橋】のハヤテ!」
そう息巻いた男に、ハヤテは何でもないように頷いて返す。
「あぁ、順番がやっぱりあるのね。じゃあ俺は三番手かな?」
順番を守れと言われては、そうする他ない。自分の利益より、仲間の立場……そちらを選択するのは、仲間達の事を本気で守りたいと思っているからだった。
ついでに魔女のクエストがどんなものか、見学させて貰う……ハヤテはそう決めて、彼等がクリアしない様にと心の中で祈る。
「チッ……!! 次は俺が行く!! 先程ので、貴様の力量は大体見切ったからな!! 覚悟しろ、魔女!!」
魔女に向けて、威圧的に宣言する男性プレイヤー。感じが悪い……とハヤテが思うのも、無理はないだろう。
「……妾の力を見切ったとな? ならば汝には、手加減はいらぬという事か」
そう告げると、魔女は右手を横へと伸ばす。
「汝の勝利条件はただ一つ、妾の攻撃を百回凌ぐ事じゃ。受けても、避けても一向に構わん」
魔女の提示した条件……それは、何でもない内容に思える。しかしこのクエストが知れ渡って既に三日が経っている事を考えると、簡単なものではないのだろう。
ハヤテは壁際に腰掛けると、使用済みのマガジンに弾丸を込めながら観戦の構えに入った。
そんなハヤテを、クエストの順番待ちをしている男が横目で観察する。その視線は値踏みするような視線であり、友好的とは程遠いものだった。
当然、見られている事はハヤテも認識している。クエストの障害にならない様に、離れた場所に座るのもその為だ。後から彼等に「【七色の橋】のハヤテがクエストの邪魔をしたせいで、クリア出来なかった」などと吹聴されては、堪ったものではない。そういった点について、ハヤテは他人をあまり信用していないのだ。
「それでは参るぞ? 耐え抜いてみせい!」
魔女が放ったのは、単なる魔法攻撃。威力が低い代わりに、出の早い【ウィンドボール】である。クエストに挑戦している男の装備は、モンスター素材で製作したであろう鎧と盾。そして、禍々しいオーラを放つ直剣だ。
ハヤテは盾で受け止めるのだろう……と思っていたのだが、男は【ウィンドボール】を避けた。
――うん? あんなの、直撃してもカスダメじゃないの?
恐らく【情報掲示板】の構成員である彼ならば、装備も最大強化かそれに近い状態まで上げている。そんな彼が真剣極まりない表情で、ただの【ウィンドボール】を万が一でも掠らないように大きく避けた。それには、当然理由があるはずだ。
――もしかしてINT系の力かな?
例えばレベル10の魔法職が【ウィンドボール】を使ったならば、ここまでオーバーに避ける事は無いだろう。
ならば、【七色の橋】の魔法職であるレンが放った【ウィンドボール】ならどうだろうか? 死に物狂いで避けなければ、掠っただけでも確殺される。
だとすれば、望んでいたユニークスキルでは無いかもしれない……ハヤテはそんな事を考えた。
すると魔女の魔法を躱し切れず、男が一撃被弾した。彼が重装備で動きが素早くないのもあるが、床に転がるワイングラスを蹴って動揺したからだ。それは、丁度十発目の【ウィンドボール】だった。
男は一瞬、顔を青褪めさせたが……自分の受けたダメージを見て、安堵の溜息を吐いた。
そんな男の様子を見て、ハヤテは妙だと感じる。
――……ダメージは、普通だな。あの人、一割も削れてないじゃん……何をそんなに、緊張しているのか……何か、あるのか?
そんな男の様子を、魔女は愉快そうに眺めていた。
「おやおや、見切れたのでは無かったのかのう?」
そんなおちょくるような言葉を向けて来た魔女を、男は歯を食いしばって睨み付ける。
「おぉ、怖い怖い……そんなに睨め付けられては、手元が狂ってしまいそうじゃ」
そう言うと、魔女が再び【ウィンドボール】を放ち始める。
……十二発、十三発。男は必死に魔法を避ける。
十六発、十七発。プレッシャーを感じているせいだろうか、男の動きが精彩を欠き始める。
十九発目をギリギリで回避した所へ、魔女の二十発目の【ウィンドボール】。男の足に、魔法が当たった。
「ッ!?」
その瞬間、男のHPゲージを見たハヤテは目を疑った。先程の倍は、HPが削れたのだ。
――明らかにさっきとは違う!? クリティカル……いや、それならエフェクトが変わるはずだ!!
「チッ!! 俺が……この俺が、そう簡単に倒れると思うなよッ!!」
ヒートアップした様子の男に対し、魔女はクツクツと笑いながら魔法陣を展開していく。
「ほほう、それはまだまだ楽しめるという事かのう? しかしながら、後も閊えておる……故にそろそろ、本番といくぞ?」
魔女の放つ【ウィンドボール】……その狙いが、先程よりも精密さを増し始めた。男は必死にそれを避けるが、徐々に動きが鈍っていく。
――放っているのは、確かに【ウィンドボール】だ。INT値が上昇しない限り、ダメージ値がこんなに変動する筈が無い。INTが徐々に上がるバフ? 違う……だろうな。バフならバフアイコンが点灯するから、パッと見で解るはずだ。
「……やはりこの程度か。つまらぬ、貴様も疾く失せよ」
魔女はつまらなそうに鼻を鳴らし、男に向けて【ウィンドボール】を更に放つ。神経を擦り減らしたせいか、男はその攻撃の全てを避け切れなかった。更に三発の【ウィンドボール】を喰らった所で、HPを全て失い倒れ伏してしまった。
……
「さて、次は誰じゃ?」
もう一人の【情報掲示板】の男と、ハヤテに視線を巡らせた魔女。その表情に浮かぶのは、嗜虐的な笑みだ。
ハヤテは男が先に魔女のクエストに挑むのだろうと、腰掛けたままの態勢だ。しかし、当の男は何かを考え込んでいる様子で動きを見せない。
「どうした、怖気づいたかえ?」
挑発的な言葉で煽って来る魔女……しかしその語気は先程よりも強めで、内心では苛立っている様子だ。
「ええと、お兄さん? あちらのお姉さん、おこみたいなんですが? 行かないッスか?」
次は男の番であり、彼が魔女の機嫌を損ねてクエスト失敗になったとしよう。何かの間違いで、自分までエクストラクエストに挑戦できない……なんて事態は避けたい。故に、ハヤテは【情報掲示板】の男に声を掛ける。巻き添えはゴメンなのだ。
すると、男はハヤテに視線を向けた。
「【七色の橋】のハヤテさん。取引をしませんか」
予想外の言葉に、ハヤテは警戒心を高めた。
「内容次第ッスね。どんな取引ッスか」
怪訝そうな反応を見せたハヤテを見て、男はニッコリと微笑んで見せる。
「内容を話す前に、少々お待ちを……」
そう言うと、男は魔女に向けて向き直る。
「次に貴女の試練に挑戦するのがどちらか、話し合いの時間を頂きたい」
男の言葉を受けて、魔女は切れ長の目を更に細めた。
「ほう? まぁ良い、ただし妾をあまり待たせるな……強制的に追い出されたくなければな」
「ええ、わかりました」
軽く魔女に会釈すると、男はハヤテに向き直る。
「お待たせしました。私の名前は【ジェイク】と言います……あなたもお察しの通り、【情報掲示板】の構成員です」
「どーも、【七色の橋】のハヤテッス。で、取引ってなんッスか」
ハヤテが話を先へ進める様に促すと、ジェイクは笑みを深めて頷いた。
「こちらからお出しする条件は先に挑戦する権利を譲る事です。代わりにあなたがエクストラクエストをクリア出来たら、報酬の情報を提供して頂きたい」
その言葉に、ハヤテは思考を巡らせる。これは決して、対等な取引とは限らないのだ。
ジェイクがもし、魔女の攻撃を百回凌げる力量を持っていたとしよう。彼が先にクエストクリアしてしまったら、エクストラクエストの特性上ハヤテは挑戦する機会を失う。つまり、ここまで来て目的の報酬を得られないという事態になる。
ジェイクがその力量を持つという前提で言えば、この取引は対等に近い条件と見て良いだろう。
しかし、ジェイクがその力量を持っていないとすれば? ハヤテがクリアした場合、彼は情報だけを手に入れる事になる。そうなれば、ジェイクの【情報掲示板】としての目的は達成される。更に言うと魔女の試練を通して、ハヤテの情報を手に入れる事にも繋がるのだ。
リスクとリターン……それを考慮して、ハヤテは口元を歪める。
「オーケー、乗ったッス」
例え相手の思う壺だったとしても、ここで引き下がる訳にはいかない。エクストラクエストの報酬には、それだけの価値があるのだ。
「取引成立ですね。それでは、どうぞ」
「あいあい……後で文句は言わないッスよね?」
「勿論です」
にこやかに微笑むジェイクが道を譲るように下がり、ハヤテは魔女に向かって歩き出した。
……
「話はまとまった様じゃの」
「俺は、ギルド【七色の橋】に所属するハヤテ……お待たせして、申し訳ないッス」
ハヤテの言葉に片方の眉を上げると、魔女はニヤリと笑う。
「ほぉ、それなりに弁えておる様じゃな……妾は【カゲツ】じゃ、覚えておくが良いぞ」
カゲツと名乗った魔女は、スッと手を伸ばすとハヤテに人差し指を向ける。
「小童。今ここで引き下がるならば、痛い目を見ずに済むぞ?」
それはカゲツなりの、ハヤテに対する気遣いなのだろう。
しかしながら、ハヤテに対しては逆効果だ……そんな言葉を向けられてしまっては、ゲーマーとしての魂に火が点くのである。
「まさか。ここまで来て、尻尾巻いて逃げるなんて出来ないッスよ。それに……俺は結構、出来る子っスよ?」
両手に得物を構えたハヤテが、カゲツに不敵な笑みを向ける。
右手にはFAL型≪アサルトライフル≫……その銃口の下に括り付けられているのは、≪ユージンの小刀≫だ。
そして左手に備えているのは従兄から贈られたFive-seveN型≪オートマチックピストル≫。こちらの銃口にも、カノンによって鍛造された≪カノンの小刀≫を備え付けてある。
「ならばよかろう! 妾を失望させるでないぞ、小童!!」
カゲツがそう言うと、ハヤテの目前にシステム・ウィンドウがポップアップする。
『エクストラクエスト【魔女の試練】を受領しました』
嗜虐的な笑みを浮かべたカゲツが、魔法陣を展開。先程までと同様、【ウィンドボール】を放つ。ハヤテはひらりとそれを避け、カゲツの次の出方を覗う。
カゲツが更に【ウィンドボール】を放つも、ハヤテはそれを順調に回避する。そうして九発目までを避けた所で、カゲツの攻撃が変化する。
――やっぱりね。十発目ごとに本気を出して、当てに来ているな。
先程の男が挑戦している様子を観察していたハヤテは、カゲツの魂胆に気付いていた。九発までは同じリズム、タイミングで魔法を撃っていたのだ。そして、十発目でリズムを変える。狙いも相手の動きを先読みし、回避行動を終えたその瞬間を狙っていた。
「そらよっと!」
ハヤテは回避行動を完了する……と見せかけ、その場を飛び退く。本気で当てに来たカゲツの【ウィンドボール】を、すんなりとかわしてみせた。
「……ふっ」
ハヤテの動きに合わせ、カゲツは更に【ウィンドボール】を放つ。先程の男に対する物よりも、狙いが正確でリズムも速い。
――遊んでいるな、この魔女……ま、それでもクリアするけど。
次々と飛んで来る魔法攻撃を、ハヤテは的確に避けていく。FPSゲームで鍛えた見切りと、先読み……それがここで功を奏した。
魔法を放つ時に向ける人差し指の方向で、射線を読む事は可能。そして攻撃のリズムを変える際、カゲツの表情が明らかに嗜虐的なものになる。
このエクストラクエストに求められるのは、洞察力と判断力だ。そしてクエストである以上、攻略法は必ず存在する。
……
六十発を過ぎると、更に攻撃間隔が速くなる。そうなると、流石のハヤテでも回避が厳しくなって来た。
そしてついに、七十発目で攻撃を避け切れずに【ウィンドボール】が肩を掠める。それによってハヤテのHPが減ったのだが……その減少した数値が、思いのほか多かった。
――レンさんの【ウィンドボール】並み……? さっきの奴が喰らったのより、少しばかりダメージ量が多いか?
ハヤテのステータスや装備は軽装で、VITやMNDは程々だ。言うなれば、特筆する程のものではない。そんな彼にしてみれば、掠っただけで八割のHPが削られたこの状況……これは脅威という外無かった。
しかしながら、ハヤテは自分の予想が当たっていると確信する。それはカゲツの【ウィンドボール】……攻撃に隠された、特殊な力についてだ。
その力を得られたならば……今まで抱えてきた弱点を一つ、克服出来る。そう確信すると、ハヤテは気合いを入れ直した。
しかしここで、初めてカゲツが攻撃を止めた。
「くくく……ここまで保ったのは、貴様が初めてぞ!」
気分が高揚しているのか、心底愉快そうにカゲツは笑う。これはハヤテが初めて被弾した事で、挑発するAIの行動パターンなのだろう。その隙にハヤテは一本のポーションをポーチから取り出して、一気に煽る。
――さぁ、こっからがハヤテさんの腕の見せ所ッスよ……!!
ポーションの瓶を投げ捨てるハヤテに向けて、カゲツが人差し指を向けた。
「さぁ、小童……残り三十発、凌ぎ切ってみせよ!!」
そうして放たれた、【ウィンドボール】。それに対するハヤテの対応は、これまでとは打って変わる。彼が取ったのは回避行動ではなく……射撃体勢。
「じゃ、本番ッス!!」
そう言って銃を構え、引き金を引いたハヤテ。屋敷の中に響き渡る銃声、薄暗い部屋を照らすマズルフラッシュ。放たれた弾丸は淡い光を帯び、カゲツの【ウィンドボール】と衝突する。
そうしてぶつかり合った銃弾と魔法の玉は、小さな破裂音と共に消滅した。
「なに……っ!?」
ハヤテの行動に、カゲツが目を見開く。
その表情を見たハヤテは、ニッと口元を歪めた。
「厄介、厄介……防御は無意味、回避も困難。エグい試練を用意したもんッスね……」
そう言う割に、ハヤテは楽しそうに笑っていた。その表情に、カゲツが切れ長の目を吊り上げる。
「なら、撃ち落としゃあ良い。単純な攻略法ッス」
ハヤテが飲んだのは、≪HPポーション≫では無い。ミモリが製作した、攻撃に水属性を付与する≪水精霊の涙≫という薬系消費アイテムだ。
ちなみにこれは魔法属性攻撃を持たない戦士系のプレイヤー御用達のアイテムであり、第二エリアのNPCショップでも取り扱われている。
このポーションの効果で銃弾に水属性を付与し、魔法攻撃とぶつければ【スキル相殺】が成立するのである。
とは言えハヤテが言う程、単純な攻略法では無い。【スキル相殺】を成立させる為には、武器や魔法の中心を正確に捉える力量が必要になる。
止まった的を狙うならば、それを可能とするプレイヤーは少なくはないだろう。しかし、その的が動いているとするとどうだろうか。動く的の中心を捉えるのは、言葉で言う程簡単ではない。
つまりハヤテがやった事……それは、所謂”離れ業”なのである。
更に【ウィンドボール】を放つカゲツだが、魔法の発動よりもハヤテの銃撃の方がわずかに速い。
「奇怪な真似を!! しかし……」
彼女の魔法攻撃は、水属性を帯びた弾丸によって尽く撃ち落とされていく。それは彼女が初めて体験する現象であり、興味深いものだった。
「くくっ!! くははははっ!! そのような方法で妾の攻撃を凌ぐ者は、初めてだっ!! 面白い……面白いぞ、小童っ!!」
「そうかいっ!! それなら、とことん楽しんでくれっ!!」
魔法と銃弾の撃ち合いは、激しさを増す。そして、ハヤテが試練達成まで残りは五発となった。
「……小童、ここからの魔法はこれまでとは違うぞ?」
そう告げると、カゲツは右手を広げて突き出した。すると、彼女の人指し指に小さな風の玉が生まれる。更に中指を立てると同じ様に、風の玉が出現した。
「……どっかで見た事あるなぁ」
ハヤテの脳裏に、昔少年漫画で連載されていた冒険物語に登場する炎と氷の怪人の技が浮かぶ。読んだ事は無いが、長い年月を経た今もネット上でネタとして使用されている描写なのだ。
そして、カゲツの五本指の先で渦巻く風の玉。
「さぁ、耐えて見せよ!!」
カゲツの言葉と同時に、五つの極小【ウィンドボール】が発射された。
「チィッ!!」
ハヤテは引き金を引いて、五つの風玉を撃ち抜こうとする。最初に狙った二つの【ウィンドボール】は、【スキル相殺】で撃ち抜く事に成功。しかし先程までの【ウィンドボール】よりも小さく、銃の反動を抑え込んで魔法の中心を撃ち抜くのは困難を極める。結果、残り三つの【ウィンドボール】は健在だ。
「【クイックステップ】!!」
三発を同時にかわすには、流石に武技を発動せざるを得ない。技後硬直を懸念して封じていた【クイックステップ】を、ここで初めて発動させた。
全力で駆け抜けたハヤテは、三つの【ウィンドボール】を確かに避ける事に成功した。
だが、放たれた最後の攻撃はそれで凌げる様なものではなかった。
ハヤテが避けた三発の【ウィンドボール】が、空中で静止する。不気味な程に、ピタリと止まった風の玉。ハヤテがチラリとカゲツに視線を向けると、彼女はハヤテを見て嗜虐的な笑みを顔に貼り付けていた。
広げて突き出したままの、カゲツの指……それをハヤテに向け直すと、【ウィンドボール】が再びハヤテに向けて飛んでいく。
――マジですかぁっ!! くそぉ、そういうのはもっと早く言っといてよ!!
幸いだったのはカゲツのAIが、最後の攻撃の性能を明かす為に”溜め”を備えていた事か。【ウィンドボール】が再びハヤテに接近するタイミングで、【クイックステップ】を使用した事による技後硬直が解けた。
ハヤテは身を投げ出す様に、横に跳んで攻撃を避ける。銃を構え直す隙が無かったのが、痛いところだった。
文字通り、地面を転がったハヤテはその勢いのまま立ち上がり、再び静止した【ウィンドボール】に向けて銃を構えた。両手に銃を携えた状態でこれだけの動作をしてみせるのだから、ハヤテの身のこなしも相当なものだ。
しかし、射撃体勢を万全に整えるには至らなかった。かろうじて一発の【ウィンドボール】を相殺するも、残る二発は健在だ。
銃を撃つと同時に駆け出したお陰で、ハヤテは残る二発の【ウィンドボール】を避ける事が出来た。しかし、そこで彼にとって最悪の事態が訪れる……≪水精霊の涙≫による、水属性付与のバフ効果が途切れたのだ。
――アテが外れた……!! 最後の五発の事を知ってれば、もうちょい何とかなったんだけどなぁ……!!
ポーチの中に≪水精霊の涙≫はあと二本あるが、この状況で使用するタイミングは無い。ただの射撃では【スキル相殺】は発動せず、カゲツの【ウィンドボール】の威力に耐えるだけのHPも残ってはいない。
そんなハヤテに向けて、そのHPを吹き飛ばそうと【ウィンドボール】が再び迫る。
――やばい、かも……!!
次回投稿予定日:2021/4/1
五指疾風球かな?
某少年の大冒険、作者は連載真っただ中で見てました。
アレは名作。