10-01 いくつかの変化でした
あの第二回イベントから、一ヶ月。穏やかな高校生活を送る仁だが、二学期に入ってからは少し変化があった。
例えばそれは、学校の昼休み。午前の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴ると、生徒達は昼休みを満喫すべく動き出す。
「さーて、昼だー!」
「人志、うるさいよ」
仁と英雄が昼食の準備をする中、人志と明人がやって来る。人志の謝罪から、彼等の関係は親しいものへと変化。今では、一緒に昼食を食べるようになっていた。
机を四つくっつけて、食事を始める四人。他のクラスメイト達は知らない……この四人が、とあるVRMMOにおいて超有名なプレイヤー達である事を。
食事を始めると同時に、彼等の話題はAWOのものへと変わる。
「そっちのギルドは、もう落ち着いたのか? イベントの直後は大変だったらしいけど」
「一週間くらいは、ギルドホームの周りに人が集まったんだけどね」
「無反応に徹して、お引き取り願ったよ」
イベント直後は、優勝した【七色の橋】と関わりを持つべく集まったプレイヤーや、加入希望者……そして悪意をもって近付こうとする者達が、ギルドホームに押し掛けていた。
一月が経って、それもようやくある程度の沈静化を迎えたらしい。
「小規模はその辺、大変だよなぁ……」
「僕らなんかは、やっぱり人数が多いからね。大人数の中に突撃するのは、よほどの馬鹿か勇者だよ」
やはり【聖光の騎士団】には、無闇に絡んでくる者はいなかったようである。
「その間は生産してるか、変装してフィールドに出てたんだ」
「目立つもんね、和装」
「そういえば、シオンさん名義で浴衣を売りに出したんだって?」
「うん、即完売したよ」
和やかに会話する四人は、互いの近況について話を続けていく。
そんな四人を、クラスメイト達は不思議そうに見ていた。
「オタクの鳴州と、陰キャの倉守が……何で、星波君と……?」
「寺野君は、同じ中学だったから解るけど……二学期が始まってから、いつもだよね?」
「ってか、席変われ……私も星波君とランチしたいわ……!!」
そんな話をする女子生徒達だが、英雄に恋人がいると知ったらどんな事になるのだろうか。阿鼻叫喚の事態になるのは、間違いないだろう。
************************************************************
その頃、とある中学校。受験勉強に明け暮れる三年生の生徒達も、昼休みは思い思いの時間を過ごす。
そんな中、余裕のある生徒もいる。推薦で志望校への入学が内定している者や、そもそも勉強を諦めた者……そして受験に対して何ら不安を感じない、成績が優秀な者。
そんな成績優秀なカテゴリーに含まれる隼は、携帯端末で掲示板を眺めていた。
――ふーん、【聖光】と【森羅】がメンバー数三百人を越えたか。流石だねぇ……おっ? 【スピードスター】が手に入らない? これは……検証する必要ありかな。あ、ウチの販売してる浴衣も話題になってるな……。
AWOの現在の情勢を知るには、掲示板は実に役立つ。最もガセネタも多いので、情報の真偽を見極める必要がある。隼はその点に長けており、彼の持ってくる情報にはメンバーの信頼も厚い。
そんな隼に、一人の生徒が声を掛けた。
「相田、いつ彼女に会わせてくれんだよー」
声の主は、クラスでもお調子者で通っている生徒だ。然程親しいわけでもなく、学校以外で関わることも無い。
「それは断ったじゃんか。それに、あっちは女子校だから会えるタイミング少ないんだよ」
「いーじゃんか! ダブルデートしようぜ!」
「あれ、吉田って、彼女居たっけ?」
「いねぇ! 女の子、紹介して!!」
「やだ」
特別仲の良い友人は居ないが、誰とでも気楽に付き合う……中学での隼は、そういう生徒だった。
そんな中、話し相手の吉田というクラスメイトがある事に気付いた。
「なぁ、相田? あれ」
「うん?」
吉田少年から、手振りで扉の外を見る様に促される。視線をそちらへ向けると、ジッと隼を見つめる少年の姿があった。スラリと背が高く、顔立ちも整っている……中々の美少年だ。
「……誰だっけ?」
「知らんのかよ、隣のクラスの……えぇと、名前が出て来ない」
その答えは、いつの間にか歩み寄っていた当人から伝えられた。
「俺は、【浦田霧人】。少し商品の事で相談があるんだけど、時間を貰っても良いかな?」
含みを持たせた発言に、隼はピクリと反応する。
「俺は相田隼ッス、よろしく。場所を変えるッスか?」
「不躾でごめんね。そうだね、そうして貰えると助かるかな」
……
屋上へと場所を変えた二人は、手摺の下に広がるグラウンドに視線を向けていた。食事を終えた生徒達が、食後の運動とばかりにサッカーに興じている。
「いきなり押しかけてごめんね。AWOの話なんだけど、良いかな」
「んー、内容次第ッスかね?」
何でもかんでも、受け入れる様な真似はしない。自分や仲間を切り売りする様な事には、絶対にさせない。そんなニュアンスを込めた隼の言葉に、霧人は一つ頷いてみせた。
「俺はAWOで、【カイト】っていう名前でプレイしているんだ。【七色の橋】のハヤテ君……で間違いないかな」
霧人が自分のアバター名を先に明かした事で、ある程度の礼儀は弁えていると判断した隼。頷いて、彼の言葉を肯定する。
「うん、俺が【七色の橋】の銃使い・ハヤテッス」
「こんなに身近に、トッププレイヤーが居たとはね……びっくりしたよ」
幾分、表情を緩める霧人。その様子を見ると、どことなく嬉しそうにも見えた。
悪い人物ではないかもしれないが、油断は出来ない……そう思い、隼は話の先を促す。
「それで、話って?」
「ダメなら、構わないんだけど……」
************************************************************
その日の放課後。初音女子大学付属中等部の校門前で、いつもの光景が繰り広げられていた。
恋人の帰りを待つ、二人の男子高校生。勿論、仁と英雄だ。守衛のおじさんとも、すっかり顔馴染みになってしまった。
「仁さん、お兄ちゃん!」
二人を呼んで、大きく手を振るのは姫乃。夏休み明けから、見た目で一番変わったのは彼女だろう。これまで使用していたVRゴーグルではなく、ファースト・インテリジェンスの新製品であるVRギアを着用しているのだ。お陰で見た目は近未来的なカチューシャをしている、美少女にしか見えない。
その後から、恋・愛・千夜・優が歩いて来る。旅行やVRMMOでの交流を経て、その距離感は夏休み前よりも近い。
「お帰り、ヒメ。皆もお疲れ様」
それぞれに挨拶を交わし、歩きながら談笑する。愛と千夜・優は電車通学の為、駅へと歩き出した。
これまではここで、恋も車で帰路に着いていたのだが……夏休み明けからは、彼女も星波家へと通い始めた。その為に、彼女は姉との約束のご褒美を『習い事の削減』にしたのだ。今は、土曜にまとめて受けることにしている。
そんな訳で二組のカップルが、仲睦まじい空気を振りまきながら星波家へと徒歩で向かう。
「お帰りなさい、四人とも。さぁ、上がって上がって!」
既に息子同然に可愛がられている仁と、娘同然に可愛がられている恋。二人も慣れたもので、挨拶をして星波家へとお邪魔する。
星波家の母・聖に挨拶をした後は、英雄の部屋で宿題の消化。真面目な四人であるから、すぐに宿題は片付いた。
「そういえば十一月、ウチの学校で文化祭があるんだよ」
「良かったら、皆で遊びにおいで」
仁と英雄のお誘いに、二人は笑顔で頷いてみせる。他校の文化祭が楽しみ……という事もあるが、恋人の学校で制服デートというのも中々に魅力的だ。
「絶対に行きます!」
「楽しみにしていますね」
こうして夕方まで談笑した後、仁と恋は自宅へと帰る。聖は夕飯を一緒に……と誘うのだが、二人も自宅で帰りを待つ人が居るのだ。無理には誘えないし、そもそも二人からしたら申し訳なさが先に立つ。
恋は、迎えに来た鳴子と共に車で初音家へ。そして仁は、徒歩で寺野家へ帰宅する。
************************************************************
一方、愛は途中の駅で降りる千夜・優と別れた後、最寄り駅で隼と落ち合う。
「お疲れ、愛」
「隼君もお疲れ様!」
すかさず隼の腕に、自分の腕を絡める愛。蕩けそうな笑顔を浮かべるそんな恋人に、隼の口元も緩んだ。
そうして二人は歩き出し、馴染みの喫茶店に入る。これが、夏休み以降の二人の日常になった。
「やぁ、いらっしゃい」
喫茶店のマスターも、常連となった二人を温かい笑顔で迎える。
「こんにちは、マスター」
「今日もお邪魔します♪」
この二人の仲睦まじい姿を眺めるのが、最近の秘かな楽しみとなったマスター。今日も今日とて、美味しいコーヒーで二人をもてなそうと準備を始める。
窓際の席に腰掛けると、二人は今日の出来事について話す。
「そっか、初音付属は来週が体育祭なんだ。ウチは夏前に終わっちゃったッス」
「結構、微妙な時期にやるのね……あ、十一月に仁さんと英雄さんの学校で文化祭があるって聞いた?」
満面の笑みで話題を出す愛に、隼は笑顔を浮かべた。
「うん、志望校の文化祭だし行くつもり。愛、一緒に行ってくれるかな?」
「ふふっ、勿論。文化祭デート、ね」
そうしてしばらく談笑している中で、話題は今日の昼休みの事になった。
「そうそう、皆にも後で話すんだけど……隣のクラスに、AWOをやっているヤツが居てね。それで……」
************************************************************
AWOにログインし、全員が揃った【七色の橋】。センヤ・ネオン・ヒビキも、すっかりギルドに馴染んでいた。
大広間に集まったメンバーに、ハヤテから伝えられたのは依頼だった。その内容は……。
「刀を売って欲しい……か」
そう、ハヤテと同じ学校のAWOプレイヤー・カイトからの依頼は『刀を購入したい』というものだった。
「既に浴衣も売り出しているし、やっても良いかなとは思うんスけどね。まずは、皆に意見を聞いておきたいッス」
第二回イベントの後から売り出し始めた、【七色の橋】の浴衣。十着を取引掲示板で販売し始めたら、即完売するという事態になった。それ以降、縫製チームでは浴衣の生産も日常作業に含まれるようになっていた。
「そうだな……まず、販売ルートだけど……」
ヒイロが視線をカノンに向けると、申し訳なさそうにカノンが頷く。
「原則、取引掲示板限定で」
「ですね」
「異議無しです」
この【七色の橋】は仲間第一、利益追求など二の次である。こういった点は、しっかりエンジョイ勢らしい部分だろう。
「それなら販売しても構わないと思うけれど……ユージンさんは、何か仰ってましたか?」
レンの問い掛けに、ミモリが苦笑する。
「ユージンさんは『自分で販売はする気が無いし、流通させるかどうかは【七色の橋】に任せる』だそうよ」
その言葉に、センヤが首を傾げる。
「ふーん? 何でユージンさん、刀を売らないのかな? こんな良い装備なのに」
疑問の言葉を口にしながら、自らの腰に差した打刀をポンポンと叩く。彼女の使用している物は、カノンが製作した≪カノンの打刀≫である。
その理由は、シオンの口から説明された。
「刀のレシピを手に入れた切っ掛けが、ジン様だからとの事です」
それはまだジン以外のメンバーが、ユージンと知り合っていなかった頃の事だ。ユニークシリーズ手に入れた直後、ユージンへ装備の作成を依頼したジン。その時ジンの小太刀を鑑定した事で、ユージンは刀のレシピを手に入れたのである。
ちなみに、ドロップ・店売り・クエスト報酬のアイテムは【鑑定】でレシピを得られるが、プレイヤーメイドのアイテムは【鑑定】してもレシピを得られない。
そして現状、プレイヤーメイドではない刀を所有するのはわずか数名。風林火山陰雷のユニークスキル保有者である、ジン・ヒメノ・シオン・ケイン……そして謎の人物・ユアンだ。
ちなみにレンも、ユージンに≪魔扇≫を【鑑定】させている。こちらは現在、ユージンが研究中らしい。
つまり刀は、ジンのお陰で作れるようになったと彼は考えているのだ。故に、その流通はジン達がするべきという意向である。
「成程……義理堅い方ですね」
「出会ったのが、ユージンさんで良かったよね」
ネオンとヒビキの言葉に、他の面々も頷いてみせる。この【七色の橋】にとって、ユージンというプレイヤーと出会えた事は幸運な事だった。
もし彼に出会っていなければ、このギルドがあったかどうかも解らないだろう。
ちなみに販売を開始した【七色の橋】製の浴衣だが、事前にユージンの許可を得た上で販売している。
流通に関してはお任せするというスタンスを貫こうとしたユージンだが、それではジン達も納得は出来ない。なにせ、製作に使用している≪型紙≫はユージンが用意した物なのだ。
故にヒイロ・レン・シオンとユージンによる協議の末、売り上げの三割をユージンに支払う形で決着が付いている。
ともあれ、方針は固まった。そこでヒイロは全員に向け、決を採る。
「では、刀の販売は行うって事で良いかな?」
ヒイロの総括に、反対意見は出なかった。結果、刀はいくつかの種類を数本ずつ売り出す事となる。ちなみにカイトへは、ハヤテが窓口となって直売する方針となった。
……
ジン達は早速、売りに出す為のアイテムを生産するべく工房へ向かった。
「それでは、浴衣以外の和服も製作してみる事に致しましょう」
「「はーい!」」
シオンの言葉に、アイネとセンヤが笑顔で返事をする。この三人が、裁縫を主に担当しているのだ。サポートは、PACのロータスである。
そしてミモリ・レン・ネオンは、ポーションの調合の準備を進める。
「とりあえずは、普通のポーションを作りましょうか。新しいポーションを作りたいと思っているだけど、材料の方も不足しているし……」
ミモリの言葉に、ネオンが目を丸くした。
「新しいポーション? そんな事、出来るんですか?」
新鮮な反応を見せるネオンに、レンとミモリが笑顔で頷く。
「えぇ、一応は出来るそうよ。勿論、改良もできるわ……ユージンさんの≪ポイズンポーション≫なんかは、改良された品みたいね」
「私も、第二エリアで手に入った素材で≪水精霊の涙≫っていうポーションを製作出来たんだけどねぇ……ユージンさん、どうやって永続効果なんて持たせたのかしら?」
ミモリとレンの解説に、ネオンも興味が湧いたらしい。ちなみにこちらの補助には、魔法職としてヒナが加わっている。
さて、そして鍛冶スペース。取引掲示板で流通させる為の、刀造りをいよいよ開始するのだが……まず、どんな刀を売り出すか。その選定を一任されたのは、やはり鍛冶職人として名を馳せるカノンだ。
「まず、作るなら……これ、かな?」
カノンが作業台の上に並べたのは、三振りの刀だ。
「打刀に小太刀……そして大太刀。長剣・短剣・大剣に該当する刀、だね」
ヒイロの言葉に、カノンは頷く。
「その内、薙刀なんかも流通させても、良いけど……まずは、基本のこの三つで良い……と思うんだ」
カノンの言う事も最もで、いきなり全てを流通させる必要はない。三人は、納得して首肯してみせた。
「い、一応だけど、レシピは作っておいたから……これで、やってみて貰える、かな?」
鍛冶や調合のレシピは、簡単な物ならば鑑定スキルを使用すると手に入る。そしてそれ以外にも、プレイヤーが自分で作成する事も可能なのである。使用材料や製法などを手動で入力し、保存するとレシピは完成する。そのレシピ通りに製作すると、同等の性能が宿るアイテムを製作できるのだ。
ちなみにレシピを元にして、アレンジを加えたりする事も可能。ユージンから譲渡されたものは、全てアレンジが加えられたお手製のオリジナルレシピである。
しかしレシピの作成に失敗すると、完成しても性能が落ちた物だったり、製作自体が失敗する事もある。オリジナルレシピを作れるという事は、一流の職人プレイヤーの証明と言っても過言ではない。
「それじゃあ、まずは俺達がやってみようか」
「オッケー、やろうか!」
「今回は俺も、こっち側を手伝うッスよ~!」
ヒイロ・ジン・ハヤテが、レシピを手に作業台に向かう。STRが一番高いヒイロが大太刀を担当。ジンは小太刀、ハヤテが打刀を担当する。カノンは三人の監修だ。
鉄を打つ音が響き渡り、カノンの指示も熱を帯びる。
「ジン君、それだと厚みがあり過ぎるよ!」
「御意にゴザル!」
「ハヤテ君、少し斜めになってる!」
「ウッス!」
「ヒイロ君はもっと力を込めて!」
「了解!」
普段の内気な姿と打って変わって、激しい指示が飛び交う。こんなカノンの様子にも、既に慣れた【七色の橋】のメンバー。驚く事なく指示に従い、鍛冶に集中する。
低ランク装備ならば、ここまで複雑な工程は必要ない。しかし刀はランクもそれなりに高く、手を抜けばナマクラしか出来ないのである。故にカノンの指導にも熱が篭ろうというもの。それに応える三人も、また一心不乱に鍛冶鎚を振るう。
そうして出来上がった刀は、カノンとしても満足のいく出来に仕上がっていた。
「うん、良い感じ……これなら、販売しても大丈夫……だね」
薄っすらと微笑みながら、太鼓判を押すカノン。その評価に、三人はグッとガッツポーズだ。
更にカノンとヒメノも鍛冶作業に加わり、三種類の刀を十本ずつ作成。裁縫班も五着の和装を完成させ、販売価格について相談していく。
「浴衣よりも、実用性があるからね。値段はあっちより上げて良いんじゃないかな」
「刀の方は、一般的な剣と同じ値段には出来ないッスねー。今の相場って、どんなもんなんだろ」
「まだ出回ってないアイテムですから、少しは利益を乗っけて良いんじゃないでしょうか?」
様々な意見が交わされ、本格販売に向けて準備を進めるメンバー。祭りの準備をしている様な雰囲気で、誰もが楽しそうな表情を浮かべている。
そんな中、全員のシステム・ウィンドウから着信音が鳴る。これは、メールの受信を報せる音だ。
「何だろ……運営メッセージか」
「なになに……うん? 魔王?」
次回投稿予定日:2021/3/25
新章突入でございます。
さてさて、魔王が登場することとなりますが、どんな魔王なのか?
どうぞお楽しみに!
・2021/7/23 レシピの入手法について追記。