09-22 決勝戦・副将戦(前)
中堅戦の、ハヤテとアイネによる蹂躙劇。その衝撃的な光景に困惑していた観客達だったが、今現在は先程とは異なる困惑に見舞われていた。
その理由は当然、【七色の橋】のメンバーによるものである。
「ジン兄、ごめんて……」
「謝るのは僕じゃないでしょ?」
「反省してます、もうしません、多分」
「アイちゃん、本当に反省してる?」
ハヤテとアイネが、仁王立ちするジンとヒメノの前で正座させられていた。そりゃあ、困惑しても仕方がないだろう。
要するに、先の試合……舐めプとオーバーキル、最後の発言に対して注意を受けていたのである。
「決勝戦の後で、ちゃんと話をしないといけないな……」
「ハヤテさんもアイちゃんも、あそこまでするとは……意外と言えば意外ね」
ヒイロとレンのマスターコンビも、二人の行動は予想外だった。故に、どうしたものかと頭を抱えているのであった。
……
一方、【聖光の騎士団】。
「バランスが取れているね、彼等。ジンやヒメノが寛容な分、厳しい姿勢を示すのがあの二人な訳だ」
「あの歳で、進んで汚れ役を引き受けるとはね……中々に肝が座った子達だわ」
ハヤテとアイネに徹底的にやられた二人、ライデンとヴェイン。思う所が無いとは言わないが、彼等は【七色の橋】の二人が取った行動に肯定的だった。
「何でもかんでも赦されると思うなという、意思表示か」
アークの言葉に、ライデンは頷く。
「ジンやヒメノは、こちらの行動や言動を不問にしましたからね。そのせいで、彼等のギルドを甘く見てしまうプレイヤーが現れるかもしれない……”あいつらは人が良いから、このくらいの事をしてもすぐに許してくれるだろう”……とね」
「そんな連中から仲間を守る為に、苛烈な行動をあえて選択したというわけだねぇ。彼等の結束力は、やはり並大抵のもんじゃないっすわ」
そう言う二人は、どこか微笑ましいモノを見た様な表情だ。
そんな二人の様子に、セバスチャンが訝しげな視線で問い掛ける。
「あんな中高生やそこらの子供に、あんな態度を取られているのですが……腹立たしくは無いのですか?」
彼の質問に対し、ライデンとヴェインは呆気に取られ……次いで、「解ってないなぁ、君は」という顔をする。
「我々は【聖光の騎士団】だ、セバスチャン。より実力がある者が、上に立つギルドなんだよ」
「彼等に勝てなかった俺達が何を言っても、負け犬の遠吠えなのさ」
それは、ギルド創設から続く彼等の信条。より強いギルドを目指す為の、絶対的なルール。
セバスチャンは、その考え方に異を唱えようとする……が、その前にアリステラが口を開いた。
「彼等の言葉をよくお聞きになりましたか? ギルバート様の件だけならば、ああはならなかったはずですわよ?」
アリステラの言葉に、セバスチャンは動きを止めた。思い当たるフシがあったのだ。
「カノン様でしたか……あの女性に対する発言が、彼等の怒りの導火線に火を点けたはずですが。そう言えば、その発言はどなたが口にしたんでしたっけ?」
「い、いや……あれは別に、そういう意味じゃなかったんだが……」
「あら、執事の真似事はもうよろしいのですか? お・に・い・さ・ま?」
「ちょ、おま……っ!!」
これまでの鬱憤が溜まっていたのか、セバスチャンが自分の兄であると強調する様な発言をするアリステラ。
この大暴露に、セバスチャンは目に見えて慌てふためく。逆に、アリステラは心の底からスッキリしていた。やっとこの愚兄に、お灸を据えられたと言わんばかりだ。
そんな中、ギルバートは【七色の橋】の様子を窺っていた。その視線が固定されているのは……ジンだ。
彼は先程まで、ハヤテを叱っていた。何度か言葉を交わした後、仕方がないなぁ……という表情で苦笑するジン。そんな忍者少年と、意気消沈するハヤテの姿が兄弟の様にも見えた。
忍者ジンとしても、寺野仁としても……彼のそんな表情を見た事は無かった。自分の記憶にあるのは、教室の窓際の席に着いて、ボーッと外を眺めている彼の姿だけ。そんな彼が、今はコロコロと表情を変えている。
その表情は生き生きとしていて、輝いて見えた。
――俺は思えば、寺野が事故で陸上を諦めた事しか知らない。
入学当初、同じクラスになった少年。明人から聞いたのは、”去年事故に遭って走れなくなった陸上選手らしい”という事だけ。
どれだけ、走る事に情熱を注いでいたのか。どれだけ、陸上を諦めざるを得なくなって悔しい思いをしたのか。どれだけ……自分の言葉が、彼を傷付けたのか。
それを思うと、心がどんよりと重くなるのを感じる。
――何が、神速だ。何が、騎士だ。
自分のつまらないプライドの為に、彼に放った言葉。それがどれだけ酷く、惨く、残酷なものだったか。それをギルバートは、改めて実感する。
だからこそ今、行かなければならない。彼に謝罪する為に……そして、彼の恩情に応える為に。
「……それじゃあ、私はいくよ」
一言だけ告げて、ギルバートはステージに向かおうとした。彼の言葉に、アリステラ・セバスチャン・クルスは冷たい視線を向ける。それを視界の端で確認したギルバートは、自分の居場所が失われた事を確信した。セバスチャンにその資格は無いのだが、彼はそこの所をまだ理解していないらしい。
本来であれば【七色の橋】に伝える必要の無かった、【聖光の騎士団】がどの様な編成で戦いに臨むのか。それをわざわざ相手に伝える羽目になったのは、ギルバートの暴挙があったからだ。
自分達はそのせいで相手に対策され、そして敗北した……そう思われても、無理は無いだろう。
彼の口にした”いくよ”という言葉は、様々な思いが込められていた。
決勝の舞台に上がる事……そして、ジンに敗れ去る事。更にもう一つ……【聖光の騎士団】を去る。そんな意味合いも込められていた。
しかし、それを良しと思わない者も、その場には居た。
「よし、ギルバート! しっかり暴れて来な!」
まだ興奮状態なのか、普段よりも豪快な言葉遣いでギルバートを激励するのはシルフィだった。
「期待しているよ、サブマス。思う所はあるだろうが、勝負は勝負だからね」
苦笑しながらも、ギルバートを応援する様な言葉を口にするベイル。
「頑張って下さい、ギルバートさん!」
可愛らしくガッツポーズをして、ルーはギルバートを激励する。
「申し訳ないんですが、いっちょお願いしますわ」
申し訳ないと思っているのか、居ないのか。ヘラッと笑うヴェインは、あくまでいつも通りだ。
「……ギルバート様、どうぞよろしくお願い致します」
まだ納得がいっていないものの、兄よりマシだと思ったのか。アリステラも、多少素っ気ないながらもギルバートを送り出す言葉を口にした。
「悪いね、後が無い状況になってしまって。頼りにしているよ、ギル」
親友は、苦笑しつつも申し訳なさそうにそう言った。
そんな仲間達の言葉に、ギルバートは歩みを止める。振り向く事はしない……出来なかった。振り向いたら、【ギルバート】ではなく【鳴洲人志】の顔になってしまいそうだったから。
現実では、冴えない高校生。特技も特徴も無く、熱中できるのはゲームくらい。そんな、ありきたりで特別さの欠片もない少年の姿を晒してしまいそうだったから。
そんなギルバートに、アークが立ち上がって歩み寄る。そして、その右手で彼の右肩に手を添えた。
「頼んだ、相棒」
その一言に、ギルバートは笑い出しそうになり、泣き出しそうになり、そして叫び狂いたくなる。様々な感情がごちゃ混ぜになり、気が狂ってしまいそうな激情がその胸の中に渦巻く。
――そう言ってくれるのか、アーク……最強の名を冠する君が、この俺に……。
――勝てるものか、あんな速さに特化した怪物に……。
――まだ、俺を仲間と思ってくれているのか……?
――無理難題を言うのは勘弁してくれ……あんなスピード狂に付いていける自信なんて無い……。
――おれなんかのことを、あいぼうといってくれるのか?
立ち止まったまま、肩を震わせて沈黙するギルバート。そんな彼を急かす事無く、アークはギルバートの反応を待った。
そして、混沌とした自分の感情を一応は消化して、ギルバートは顔を上げる。
「……勝てる保証は無い」
それはこれまでのギルバートならば、決して口にしなかっただろう言葉だ。これまでのギルバートならば、確証の無い自信に満ち溢れていた。そして、なんだかんだでそれを成し遂げてしまう。そんな男の口から漏れ出た、初めての弱音である。しかし……。
「しかし、君が俺を相棒と言ってくれるなら……その期待に応えよう」
その言葉に口元を緩めたアークが、ギルバートの背を叩く。
「あぁ、期待しているよ」
アークが背を叩くと同時に、ギルバートはステージに向けて歩き出した。先程までは、一歩一歩が重く感じていた。だというのに、今は何故かいつもよりも軽く感じる。
そして、ステージに上がる階段を上り……その向こう側に、同じく階段を上るジンの姿があった。
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向かい合うジンとギルバート。その様子に観客も、トーナメントに進出したプレイヤー達も、運営であるアンナも息を呑む。
耳が痛くなるような静寂。どれくらいの時間、沈黙していたのか誰もが忘れるくらい、会場中が静まり返っていた。
そんな静寂の中、先に口火を切ったのは【七色の橋】を代表する忍者……ジンの方だった。一歩前に出て、真っ直ぐにギルバートを見据え……。
「さっきの試合、ウチの従兄弟とその彼女が済みませんでした!!」
そう言って、直角に腰を曲げて頭を下げた。
その行動に、会場全体が静まり返る。その心情を代弁するならば……「いや、そうじゃないだろ!!」であろうか。
予想外の反応に目を丸くして固まってしまったギルバートだが、何とか再起動して言葉を返す。
「……い、いや。まぁ……元の発端はこの私だ。謝ってくれるな、頼むから。いやマジで」
半分くらい、素を出してジンを宥めるギルバート。でないと、何だか居た堪れない。
なにせハヤテとアイネの怒りは、自分達に非がある。引き金がセバスチャンだったとしても、元々はギルバートの言動……更に言うと、ヒメノを襲ったマリウスの行動が発端なのだ。その怒りは正当な物であり、謝られては座りが悪かった。
「むしろ謝罪はこちらがするべきだ、頭を上げてくれ。お願いだから」
「許してくれるんですか?」
「俺の話聞いてた!? 許すも何も、元は俺のせいなんだけど!? 良いから、もう良いから!!」
完全に、素が出ているギルバート。しかしながら、会場は何だか緊迫したムードを霧散させられていた。
「ありがとうございます。ギルバートさんって、優しい人なんですねぇ」
「何この忍者!! 調子が狂う!! ねぇ、もっと俺に対して怒ろう!? 赤毛君みたくブチ切れようよ!! 酷い事言ったろ、俺!? バッチコイだから!!」
「え? いや、それについてはさっき話をしましたからね。あれで、僕は納得しましたし……」
「聖人君子ですか!? すげぇメンタルしてるな!! 鋼鉄なのか、君のメンタルは!! あ、勿論ちゃんとイベントの後で謝るから!!」
そんなコントの様なやり取りに、会場からは笑いの声が上がり始めた。緊迫感はどこへやら、何故だか微笑ましい空気に包まれ始める。
……
「全く……ジンらしいな」
「ふふっ、流石ジンさんです!!」
星波兄妹は、ジンの姿に笑みを浮かべる。それでこそ、自分達のジンだと言わんばかりに。
「……後で、ちゃんと謝っとくか」
「ですねぇ……」
ハヤテとアイネも、ジンとギルバートのやり取りに毒気を抜かれてしまった。何で怒ってたんだろ、むしろ俺達のアレって意味あったのかな? みたいな感じで。
「全く、ジンさん……貴方という方は……」
「そう言っている割に、嬉しそうではありませんかお嬢様」
シオンの指摘通り、レンはジンの行動に終始笑みを浮かべていた。彼のその優しさが、在り方が微笑ましく……そして、眩しいから。
「……もう、あの子ったら」
「流石だね、ジン君……」
ミモリは可愛い弟分を、見守る様に微笑む。その隣に立つカノンは、例え結ばれなくとも愛する少年の姿に涙ぐむ。
……
観客席でジンを見守るヒビキ達は、いかにもジンらしいと笑っていた。勿論、良い意味で。
「やっぱり、ジンさんは懐が深いなぁ……」
「うんうん! 格好いいよね!」
「ふふっ、ヒメちゃんが羨ましいなぁ……あんな優しくて格好いい恋人がいて」
そんな普段通りの表情に戻った三人を横目に、リンは主の姿を目に焼き付けるかの如く凝視していた。
――主様……どうか、ご武運を。
声に出さなかったそれは、ジンを心から信頼し勝利を祈る言葉だった。
……
「彼は本当に、優しい子だね」
控え室から歩み出たのは、アロハシャツを身に纏った胡散臭いおじさん……ユージンだ。その後から、【魔弾の射手】のメンバーが姿を現した。
「頑張れ、ジン君……」
ジン達と親交の深いレーナが、アロハおじさんの横に並んで両手を合わせる。
「ねぇ、このままここで応援するのはどうかな?」
「……まぁ、それも良いかもね。このくらいなら、彼の邪魔にはならないでしょうし」
ルナの言葉に、後からやって来たジェミーが笑顔で頷いた。すると、その言葉を受けてシャインが目を輝かせる。
「なら、このままオーエンです!! そして誰も居なくなるです、控え室!!」
「シャイン、そのネタはコア過ぎるわよ」
呆れ顔で、ツッコミを入れるミリア。その後ろから、ディーゴ・ビィト・クラウド・メイリアも姿を見せた。
……
控え室の扉を開け、中華風の装備を身に纏った一団が姿を現す。【桃園の誓い】……【七色の橋】の、姉妹ギルドだ。
「俺達も、生で観戦するとしようか」
「よーし! ジン、こうなったらとことんやっちまえ!」
「頑張ってー! ジンくーん!」
特にジンと仲の良い、初代中華勢三人。
そんな声援を向ける三人の後ろに位置するのは、ダイス・フレイヤ・ゲイル・チナリ・リリィだ。
「これで終わるか、それとも大将戦につなぐか……」
「あぁ、お手並み拝見だな」
ダイスとゲイルは、ジンVSギルバートという好カードを観戦すべく集中する。
一方フレイヤは、リリィとチナリに向けて苦笑いを向けた。
「次こそは、ここまで来たいわね?」
「そうですね。その時もまた、一緒に出られたら良いのですが」
「はい。今回は出番が無かったし、次こそは……っ!!」
そんなプレイヤー陣を見て、マークとファーファは微笑んでいた。それは彼等がこの舞台を、心から楽しみにしているのだと察したからだ。
……
そして、控え室から出て来たのは【森羅万象】も同様だった。
「くくっ……ホント、調子狂うんだよなぁ……」
そう言って笑いを堪えるアーサーを、シンラが物珍しそうに見ていた。幼馴染の間柄である彼女は、アーサーが負けず嫌いな少年である事を知っているのだ。
故に彼女は、クロードに耳打ちする。
「……ね、ね。悔しそうじゃないわよ?」
そんなシンラの言葉に、クロードは笑みを浮かべて頷いた。その笑みは清々しい、一点の曇りもない笑みだ。
「あの負けず嫌いも、少しは成長したらしい。良いものだな、対等の……競い合える相手がいるというのは、な」
そんなクロードの言葉に、ハルは満面の笑みを浮かべた。
「うん……今のアーサー、すごくいい顔してる」
そんな幼馴染組とは異なり、件の三人組の内の二人。アイテルとシアは、ジンにジト目を向けていた。
「ギルバート、コテンパンにやってしまうのです……アーサーさんに勝ったジン、許すまじ……」
「こけろー、忍者こけろー……」
そんな二人を横目に、ナイルは普段通りだ。彼女は二人とは違い、ジンを応援していた。
――あの人は、お兄ちゃんと仲良くなれそうな人。だから忍者さん、頑張って。
……
一方、【遥かなる旅路】の面々。彼等も他のギルドに倣い、控え室から姿を見せた。
「若いって良いねぇ」
そう言って笑みを零すのは、カイセンイクラドンだ。その隣で、トロロゴハンがクスクスと笑う。
「あなたってば、老けたおじさんみたいよ?」
「実際、もうおじさんだ。彼等を見ていると、尚更そう思えるよ」
細められた視線は、未だにコントの様なやりとりを続けるジンとギルバートへ。
そんなギルドのトップを見て、ギルドメンバー達はニコニコしたりニヤニヤしていた。彼等の思いは、ある点で一致している。
――相変わらず、仲の良い夫婦だなぁ……。
……
その頃、【暗黒の使徒】の控え室。彼等は外に出て観戦するつもりは、無かった。というのも……。
「いけ好かないイケメン野郎だが、今だけは貴様を応援してやる!! ありがたく思えギルバート!!」
「潰せ!! リア充に鉄槌を!!」
「しかもメチャクチャ可愛い恋人とか許せねー!!」
「ジンをぶっ倒せ!! その後はヒイロだぁっ!!」
「アークなら!! アークならきっとやってくれる!!」
とてもとても、彼等らしく盛り上がっていた。ちなみに外に出なかったのは、先の中堅戦でハヤテとアイネにビビったせいである。正解を選ぶとは、中々にやりおる。
……
「ギルバートって、素はあんな感じなのな」
「割と普通……ってか、今のやり取りはウケた」
「不覚にも、ギルバートに親近感が湧いたわ」
「キャラ作りなんて誰でもやるし。相手はそもそも忍者やぞ」
素のギルバートは、思いの外普通に受け入れられていた。ジンの忍者ムーブを受け入れているプレイヤー達なのだ、不思議でも何でもないだろう。
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『……あのー、そろそろ宜しいですか?』
遠慮がちなアンナの声に、二人はハッとする。そういえば、これから試合だった。
「済みません、長々と……」
「ごめんなさい……んっ!! いや、失礼した」
今更、神速の異名を持つ高貴なる騎士の仮面を被るギルバートだが、とっても遅い。某駆逐艦ちゃんに、遅すぎると罵られても仕方無いくらいに。つまり、手遅れだった。
『それではご紹介致します。【聖光の騎士団】チームより、ギルバート選手!!』
その言葉に、ギルバートは黙って槍を掲げた。派手なリアクションも無く、軽薄な言葉も無い。そして、彼の表情は真剣そのものだった。
観客の歓声と、声援。その中にあって、ギルバートは普段と違う自分を自覚していた。
――身体が軽い、それに頭も冴えている。これなら……やれるかもしれない。
自分よりも速い相手、しかも同じ歳の少年が相手。そんな彼と、決勝戦の大舞台で戦うという展開。
挑戦者は自分であり、相手は強大。この展開に、ギルバートのVRMMOプレイヤー魂に火が点いたのだ。
――燃えてきた!!
『続いて【七色の橋】チームより、ジン選手!!』
最初は瞬殺、次はアーサーとの名勝負を繰り広げた忍者ムーブのプレイヤー。第一回イベントでは、貢献度ランキング第一位の猛者。そしてアーサーやギルバートとのやり取りで、その懐の深さと真っ直ぐな面を明らかにした少年。
その彼の名が響き渡り、会場中から歓声と拍手が巻き起こる。
――大会の、決勝……か。それだけでも結構、燃えるんだけどね……。
この大舞台に立つ事に対して、そして相手がギルバートという有名なプレイヤーである事に対しての緊張は無い。それどころか、やってやるぞという思いがどんどん強くなっていく。
トレードマークである、首元のマフラー……≪九尾の飾り布≫に手を伸ばし、そして口元を隠す様に上げる。
それはジンが全力を出す時の合図。そして、彼の忍者ムーブが入るスイッチだ。
――さぁ、走るぞ……誰よりも、速く!!
『それではお二人とも、準備はよろしいですか?』
アンナの問い掛けに、二人は得物を手にして答える。
「無論だとも!!」
「整っているでゴザル!!」
戦意を滾らせる両者の返答に、アンナは頷いて片手を上げる。
『それでは決勝戦・副将戦!!』
ギルバートが愛槍≪スピア・オブ・グングニル≫を振るい、腰溜めに構える。ジンが右手の≪大狐丸≫を引き、左手の≪小狐丸≫を突き出す。
最初から、全速力の戦いになる……そんな予感を、誰もが抱いていた。
『試合、開始ッ!!』
……
開始宣言と同時、アンナは即座に転移。ジンVSアーサー戦の事もあるのだ、無理もない。
「【グングニル】ッ!!」
先手はギルバート。オーラの槍を飛ばす、≪スピア・オブ・グングニル≫の武装スキルを発動する。ジンがこれを喰らうとは思っておらず、どちらに避けるかをしっかりと観察する。
相手の動きを見て、行動パターンを確かめる。これはPvEだけではなく、PvPでも重要だ。
ギルバートはジンという相手を攻略すべく、全身全霊で副将戦に臨んでいた。
対するジンは先の試合で、ギルバートのその攻撃を既に見ていた。直線的な攻撃であり、ダメージ判定も広くは無い。
故に最小限の動きで、ギルバートの【グングニル】を避ける。
「そこだ、【クイックステップ】!!」
ジンがサイドステップで横に飛んだ瞬間、ギルバートは【クイックステップ】を発動した。一気に距離を詰め、槍の間合いギリギリの位置に移動する為だ。
――彼の武器は小太刀……ならば、種類は短剣系だろう!! 間合いは俺の方が広い!!
ジンに迫り、射程範囲内に捉えたギルバート。着地した直後のジンに向けて、槍を突き出した。
「はぁっ!!」
そんなギルバートの攻撃を、ジンは全て見ていた。ギルバートの判断力、行動力に感心しつつも、彼は全てを観察していた。
――速くて鋭い。アーサーさんとは、違った速さだ。
そう思いながら、ジンは地を蹴る。
「【ハイジャンプ】!!」
高く高く飛び上がったジンは、ギルバートが自分を見上げているのを確認した。彼の表情は真剣そのもので、本気で戦いに臨んでいるのが解る。
――そう来るのは、予測済みだ!!
ギルバートは高く飛び上がったジンの、次の動きを予測しつつ槍を構える。
≪スピア・オブ・グングニル≫の武装スキルは、MPを消費する事で使用可能。そのスキルにはクールタイムや技後硬直は無い。故に連発が可能だ。
「【グングニル】!!」
飛来する飛ぶ槍のオーラ。それを認識したジンは、九尾のスキルを発動する。
「【天狐】!!」
足の裏に展開された魔法陣を足場にして、空中でジャンプしたジン。オーラの槍撃を難なく躱わされたその姿に、ギルバートは目を細めた。
――それも予測しているッ!!
ジンが避ける、そう確信して放った【グングニル】。それを回避してみせたジンの軌道を確認し、更にその進行方向に向けて再度【グングニル】を放つ。
「【グングニル】ッ!!」
だが、それもジンは対応してみせる。
「はっ!!」
しかし、それを更にジンは回避。二段目の【天狐】で、追撃の【グングニル】を避けてみせた。
――多段ジャンプ!! なんて羨ましい力だッ!!
そんな感想を抱きつつ、ギルバートはジンの挙動に意識を集中する。二段目だけではない、そんな確信があった。
「次はこちらでゴザル……いざ、飛燕の如く!!」
三段目のジャンプを発動し、ギルバートの居るポイントへと急接近。その手に構えた小太刀に、ギルバートは強いプレッシャーを感じる。
「【一閃】!!」
「【クイックステップ】!!」
ジンの放った【一閃】を、ギルバートは【クイックステップ】で回避。そして、効果時間の内に再びジンに迫ろうと軌道を修正する。
そして、ジンが技後硬直に囚われる瞬間を狙う……のを中断し、ギルバートは足を止めて槍を構えた。
「【グングニル】ッ!!」
ジン達の使う【一閃】という武技は、クールタイムが短い。正確な時間は解らないが、手痛い反撃を受ける可能性が高い。故に、接近は危険。
そう判断したギルバートは、間合いの外から【グングニル】で牽制する事を選択。オーラの槍撃が、ジンを刺し穿とうと迫る。
「【クイックステップ】!!」
一直線に迫る【グングニル】を、ジンは【クイックステップ】で避けてみせる。ここでようやく、二人は静止した。
試合開始宣言から、一分も経っていない。そんな高速戦闘、激しい技の応酬、戦いの駆け引き。それは雌雄を決するこの舞台に相応しい、高度な戦いだった。
……
二人の戦いを目の当たりにし、観客席はどよめく。
「はやっ!! ヤバッ!!」
「忍者さん、マジ忍者……」
「ギルバートさんも、負けて無いぞ……」
「さっきのアーサー戦より、動きが鋭くなってないか……?」
「すげぇよ、この試合!!」
その様子を見ていた【森羅万象】のアーサーは、ジンの動きを見て苦笑した。
「アイツ、俺との試合の反省を生かしやがったな……」
そんなアーサーの言葉に、アイテルがススス……ッと距離を詰めつつ質問する。
「反省、ですか? それは、どの様な?」
「アイツは今まで、自分より速い相手に出会った事が無かったんだろうさ。だからあまり先読みとか、VRMMOプレイヤーとしての戦術的な部分には疎かったんだろう」
アーサーの言葉に、他のメンバーは「え、アレで?」という顔をする。
しかし、アーサーは確信を持ってジンの動きを評する。
「でも、俺との試合で同じ領域で走れる相手との戦いを体験した。その時に失敗した点を反省して、それを次に生かしやがったのさ。これまでのギルバートの戦術を思い出し、そしてその動きを予測した……チッ、器用な野郎だ」
舌打ちし、吐き捨てる様な台詞。しかしながら、その表情はどことなく楽しそうであり……そして嬉しそうだった。
それに気付いたクロードが、ニッと笑いながら声を掛ける。
「楽しそうだな、アーサー」
どことなく、からかう様な言い方。しかしアーサーは反抗するでも、否定するでもなく素直な気持ちを口にした。
「あぁ、楽しいよ……でも次は、俺があの舞台に立つ。その方が、もっと楽しそうだからな」
そう断言するアーサーの表情は、どことなく幼さを感じさせる。その初めて彼が見せる表情に、アーサーガールズがキュンッ☆としてしまうのだが、それは余談である。
次回投稿予定日:2021/3/3
ジンが目立つ場所に来るじゃろ?
そうすると、大体その場が爽やかな空気になるんじゃ。
空気清浄系主人公(忍者)。