09-20 決勝戦・中堅戦
シルフィ達が【聖光の騎士団】チームの元へと戻ると、盛大な歓迎を受けた。
「ご苦労だった、三人共」
「やりましたわね! これでイーブンですわ!」
「ここから巻き返しですねぇ」
アークの一言を皮切りに、アリステラとヴェインが笑顔を浮かべながら続く。セバスチャンは黙して一礼……シオンの指摘が堪えたのだろうか。クルスは元から寡黙な青年で、黙って頷くだけだ。
「さぁ、中堅戦だ。頼んだよ、ライデン! ヴェイン!」
意気揚々と戻って来たシルフィが、ライデンとヴェインの背を叩く。激戦を繰り広げた直後で、まだ気が昂っているらしい。いつになくハイテンションな彼女に、二人は苦笑しつつも力強く頷いてみせた。
「任せておいて」
「ちょっくら行ってきますわぁ」
並んで歩き出す二人の背を見つめつつ、ギルバートは唇を噛み締める。
――これで副将戦までの試合が行われるのが、確定した……か。
副将戦を担当するのは、ギルバート。そしてその相手は……彼だ。その事を思うと、ギルバートは気が重くなるという心境を実感した。
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ライデンとヴェインがステージ上に上ると、そこには既に【七色の橋】のメンバーが待ち構えていた。
赤毛の少年・ハヤテ。そして黒髪ポニーテールの美少女・アイネ。カップルでの参戦である。
「どーもッス」
FAL型アサルトライフルを肩に担ぎながら、ハヤテが軽い口調で声を掛ける。隣に立つアイネは、黙って一礼した。
それに対し、ライデンとヴェインが軽く会釈をする。
「どうも」
「よろしくお願いするよ」
それ以上は互いに余計な会話をする事無く、黙して開始の合図を待つ。
ライデンもヴェインも、そしてハヤテも余計な情報を相手に与える愚は犯さない。故に静かに向かい合うだけだ。そんな両者を見つつ、アンナがマイクを手にMCを開始する。
『それでは両チームの紹介に移ります。まずは【聖光の騎士団】より、ライデン選手とヴェイン選手!』
その名が会場中に響き渡ると、一斉に観客達が沸いた。ライデンの堅実な魔法職としての実力と、ヴェインの見せた詰将棋の様な戦い。魔法職と斥候職という後衛寄りのポジションではあるものの、期待が高まるのも無理はないだろう。
『続けて【七色の橋】からは、ハヤテ選手とアイネ選手!』
ハヤテとアイネの紹介に、観客席からはまた一味違った歓声が上がった。ハヤテに向けられた女性陣からの声援と、アイネに向けられた男性からの声援である。
アイネが美少女なのは、最早言うに及ばず。そしてハヤテもまた、整った顔立ちをした少年である。銃撃の際に見せる鋭い視線は、敵だけでなく女性プレイヤーのハートも撃ち抜いていたらしい。
「……人気があるみたいですね、ハヤテ君」
「アイネもじゃん……だいじょーぶ、俺は結構一途ッスよ?」
歓声に紛れて、そんな会話をする二人。その会話は当然、観客席にいるプレイヤー達の耳にも届いていた。
「はあぁっ!?」
「まさかあの二人まで……っ!?」
「【七色の橋】の男子は全滅じゃないのよ!!」
「リア充の巣窟かよぉっ!!」
「……ハーレム状態じゃないだけ、健全だと思えるのは俺だけ?」
「ライデン! ヴェイン! やっておしまい!!」
一部の観客は一気に手のひらクルー、【聖光の騎士団】を応援するプレイヤーが増えた。現金なものである。
「……あら、ハヤテ君と腕を組んでみましょうか」
「そんなにヘイト稼がんでも良くない?」
「あっ、控え室から【暗黒】の人達が……」
ライデンの言葉に、全員が視線をそちらに向ける。
「……うわぁ」
ヴェインが引いてしまうが、無理もない。控え室の扉が僅かに開いており、そこから【暗黒の使徒】の面々が縦一列に顔を揃えているのだ。口からは、怨念じみた言葉が紡がれている。呪いのトーテムポールかな?
「……無視しよう」
「それが良いッスね」
ライデンとハヤテがそう言って、視線を逸らす。関わり合いになりたくない……そんな思いが共有され、試合前だというのに謎の連帯感が生まれた。
『……始めてしまいましょう。各々方、準備は宜しいですか?』
「はい」
「大丈夫です」
ライデンとヴェインは、既に頭を切り替え済みらしい。共に、涼しい顔で返事をしてみせた。それはハヤテ・アイネも同様らしい。
「お願いするッス」
「宜しくお願い致します」
双方の返答を受けて、アンナは頷いてみせる。
『それでは決勝戦・中堅戦、試合開始!!』
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一歩前に出て、ハヤテを庇う様に立つアイネ。薙刀を構える姿は、惚れ惚れするくらいに綺麗なものだった。
その立ち姿を見て、ヴェインは内心で感心する。
――ほぉ……このお嬢さん、手強いな。
構えだけ見て、それを見抜けるヴェインも大概である。彼は即座に、彼女が薙刀を実際に学んだ事があると察した。
更にその後方、銃を手に姿勢を低くするハヤテ。その眼を見た瞬間、彼の内心に気付く。
――すげぇな、この子。殺気がビンビン伝わって来る……冷静にブチ切れてるって訳かい。
ジンとギルバートの件で、ハヤテが未だに怒り心頭の状態なのだと解ったヴェイン。しかしながらそれを押し殺している様子を見て、警戒レベルを引き上げた。
「じゃあ良いかい、ヴェイン」
ライデンの呼び掛けに、ヴェインはニヤリと笑ってみせる。相手が強ければ強い程、燃えて来る性質なのであった。
「アイアイサー」
そう返して、ヴェインは地を蹴り駆け出した。
「……参ります」
スッと目を細めたアイネが、向かって来るヴェインに一歩踏み出す。
アイネがその動作を終える前に、ヴェインは彼女に向けて≪煙玉≫を投擲した。地面に当たって≪煙玉≫が破裂すると、白い煙がフィールドに広がる。
スキルの恩恵によって、ハヤテとアイネの姿がヴェインには見えている。二人は煙の中で、周囲の様子を窺っていた。
――さぁ、避けられるかい!
ヴェインは心の中で叫びつつ、その場から左へ移動すると身を屈める。すぐにクロスボウをアイネに向け、トリガーを引いた。
ヴェインが矢を放った事を察したアイネの判断は、非常に的確なものだった。
「【クイックステップ】」
サイドステップで左に移動したアイネは、薙刀を構え直して前傾姿勢を取る。そのまま前に出て煙幕を抜け、ヴェインかライデンに迫る算段だろう。
その後方に居るハヤテは、アイネとは逆側へと走っていた。迂回しながら煙幕をやり過ごし、アイネの援護射撃をするであろう事は想像に難くない。
ヴェインはアイネの身体が向いている方向へと、クロスボウを向けた。彼の予想通り、アイネは前進して煙幕内を駆けている。
攻撃を気取られない様に、武技を用いない通常射撃。その矢が、煙幕を抜けた直後のアイネに襲い掛かる。
「はっ!」
しかしアイネは迫る矢に対し、薙刀を振るって難なく弾いた。
――お見事……っ!! しかし、それ以上は行かせない……!!
アイネはそのままヴェインを無視し、ライデンに向けて疾走している。ヴェインはそうはさせまいと、アイネを追撃する為にクロスボウに矢を装填し……そこで、悪寒を感じる。
危機感を抱いたヴェインは、自ら煙幕の中へと飛び込む。その瞬間に銃声が鳴り響き、ヴェインの頭があった場所を銃弾が通過した。
――マジかよ!? 煙幕の中で俺の位置に気付きやがったのか!?
煙幕の中でも視界を遮られないヴェインは、足音を殺しながらハヤテを探す。ハヤテはすぐに見つかったが、彼は既にヴェインに向けて銃口を構えていた。≪アサルトライフル≫を構えるハヤテの眼と、ヴェインの眼がぶつかり合う。
――こいつ、見えている……!!
そうとしか思えないヴェインは、足音が発生するのも構わずに駆け出した。アイネを狙う余裕は無い……そう判断したヴェインは、ハヤテとの撃ち合いを決意する。
――こいつ、同じスキル持ちか……!! 厄介な奴だな。それなら……!!
「【分身】!!」
ライデンの援護をする為に、速攻でカタを付ける必要がある。故にヴェインは【分身】を発動させ、ハヤテを一気に落とすと決めた。
しかしハヤテも、そんなヴェインの行動は織り込み済みだ。煙の中にあっても、彼は正確にヴェインの動きを察知していた。
「【アサルトバレット】」
構える直前のNPCヴェインの頭部が、ハヤテの弾丸によって撃ち抜かれる。
分身によって召喚されるアバターを再現したNPCのステータスは、本体の半分となる。ヴェインのレベルは32であり、そのHPは112。つまり分身体の隊のHPはその半分の56となる。
FAL型≪アサルトライフル≫の固定ダメージは30であり、【アサルトバレット】の効果で”固定ダメージプラス20”という強化がされた弾丸は50の固定ダメージを与える。
一撃で落ちはしない。しかし、ハヤテの得物は≪アサルトライフル≫だけではない。
「もう一発だ」
続け様に、Five-seveN型≪オートマチックピストル≫の弾丸がNPCヴェインを襲う。こちらの固定ダメージは10。通常の射撃でも、NPCヴェインのHPを刈り取ってみせた。
……
「【ウィンドボール】」
迫るアイネに対し、ライデンは発動の早い魔法で迎撃を開始した。冷静に対応してはいるが、内心では危機感を抱いていた。
アイネはその攻撃をサイドステップで躱すと、再びライデンに向けて走り出す。
純粋な前衛が居ない編成の為、ヴェインが相手の動きを封じるつもりだった。ハヤテとアイネが足を止めている間に、更にヴェインが注意を引き付ける。その間にライデンは大威力魔法を完成させ、その攻撃で一気に勝負を付けるつもりだったのだ。
しかしながら、ハヤテとアイネはそうさせてはくれなかった。
――それなら、チマチマ削るのが確実か? いや、まさか。
ライデンは心の中で、この先の方針を定める。アイネは純粋な前衛であり、接近されては厄介だ。だから、接近させずに仕留める。
アイネの素早さはそれなりだから、AGIは平均レベル。矢を弾く等の腕前から、技量……DEXに多くステータスを振っている。STRは考えるだけ無駄だ、接近はさせないのだから考慮しない。薙刀ならば魔法杖として使用は出来ないので、INTは低いだろう。
問題は、VITとMND……それを確認する必要がある。
短時間でそこまでを判断し、ライデンは【ウィンドボール】を選択し放ったのだ。それに対するアイネの対応は、ライデンからすれば予測範囲内だった。
「【スティングスラスト】!!」
槍系統の突進技【スティングスラスト】。それは一般的な槍使いが用いる接近と攻撃を兼ね備えた戦術であり、ギルバートやダイスも多用しているものだ。
――しかし【スティングスラスト】は直線的で、回避は容易い。技後硬直している間に、畳み掛けようか。
アイネの薙刀、その切っ先で動線は読める。その進路上から飛び退いたライデンは、着地と同時に魔法詠唱を開始する。アイネの技後硬直が終わる前に放てて、尚且つダメージが最も高いのは【ライトニングジャベリン】だった。
一般的な武技の技後硬直やクールタイムは、全てライデンの頭に入っている。彼もまたコアなプレイヤーの一人であり、その知力でトッププレイヤーの座に上り詰めたのである。
その判断は的確で、ライデンに回避されたアイネは薙刀を突き出した状態のまま静止してしまう。
――それでも相手は【七色の橋】、侮りはしないよ……。
何かあると考えて、ライデンは魔法杖をアイネに向けた。
「【ライトニングジャベリン】」
魔法を放って、安心し切るなど三流。そう考えるライデンは、アイネの動きを注視する。彼女を警戒するという判断は、またも正解だ。
「【一閃】!!」
アイネは【スティングスラスト】を放つ際、ライデンの表情から避けられると確信していた。接近中にライデンの動きをよく確認し、追撃の一撃を放つつもりで居たのだ。
更にはライデンの【ライトニングジャベリン】を、【一閃】で掻き消してみせる。
とはいえ、ノーダメージとはいかなかった。射速の早い【ライトニングジャベリン】故に、魔法の中心部分から【一閃】の軌道がズレてしまった。故にアイネは、若干のダメージを受けてしまったのだ。
――【チェインアーツ】に【スキル相殺】か……成程ね、彼女もそれを扱えるプレイヤーだったわけか。
驚きと感心、そして確信。今のダメージは本来の威力の三割程度であり、彼女のHPゲージの減少を見れば最大HPがどの程度か……そして、MNDがどのくらいかを逆算できる。
――彼女は、異常性能の持ち主ではないな。
そう結論付けつつ、ライデンは【サンダーボール】の詠唱を進めていた。【一閃】の技後硬直時間は解らないが、【スティングスラスト】の技後硬直はまだ二秒程ある。
その間に放つなら、【サンダーボール】が最適解。これで麻痺してくれれば、儲けもの。後は、簡単な作業……そう判断していた。
「【ラウンドスラスト】!!」
アイネの技後硬直が、デフォルトのままならば……確かに、彼の予測通りだっただろう。
――何ッ……!? おかしい、例え【スティングスラスト】がレベル10だとしても、技後硬直は四秒!! 【一閃】とやらの技後硬直と合わせたら、それ以上のはずだ!!
困惑するライデンの胸元に、赤いダメージエフェクトが刻まれる。しかし、それで呆然と立ち竦むライデンではない。攻撃の勢いに身を任せ、そのまま自分の身体をその流れに沿って動かしてみせる。その勢いのままに地を蹴って、地面を転がりつつ距離を取る。
何故ならば、相手は【チェインアーツ】の使い手。距離を取って、彼女の間合いから逃れなくてはなるまい。
距離を取る事に成功したライデンは、【ウィンドアロー】で牽制をする。三本の風矢がアイネに向けて飛ぶも、アイネはそれをクルリと一回転しつつ回避してみせる。
――何だ、今のは……!! もしかして【達人の呼吸法】か? 成程、それがあったか……。
その予測が外れているとは、ライデンは思いもしない。何故ならば、アイネはわざとそうして立ち回って居るからである。
……
一方、ヴェインとハヤテ。こちらはまだ、お互いにノーダメージのままだった。とはいえ、動きが無い訳ではない。
二人は激しく動き回り、相手の攻撃を尽く避けていた。既に【分身】によって召喚されたNPCヴェインは撃ち倒され、本体しか残っていない状態である。
ハヤテは同タイプのビルドであり、似たような戦術を使うプレイヤー……ヴェインはそう判断した。
「チッ……やり難い、ねっ!!」
小さく舌打ちしながら、ヴェインが消費アイテムを投擲する。一つは≪煙玉≫で、一つは≪閃光玉≫である。
ハヤテは≪アサルトライフル≫で煙玉を撃ち、上空で破裂させる。次いで左手の≪オートマチックピストル≫の引き金を引いた。
狙いは≪閃光玉≫ではなく、ヴェインだ。ヴェインはハヤテの目を眩ませようと、≪閃光玉≫を撃ち抜くべくクロスボウを構えた所だった。
「く……っ!!」
慌てて方針転換し、ヴェインはその場から飛び退く。彼が飛び退いた直後、ハヤテが放った弾丸がヴェインが居た空間を横切った。
――さっきは眉間、今度は心臓……!! 殺意高めだね、オイ!!
そう考えつつ、ヴェインはフードを深く被って目を守る。もう、≪閃光玉≫が地に落ちる所だった。
そして≪閃光玉≫が床面に触れ、その効力を発揮するその瞬間。
「【クイックステップ】!!」
ハヤテが前傾姿勢で、駆け出した。
ハヤテが【クイックステップ】を発動させた……声でそれを確認したヴェインは、危機感を覚える。ハヤテは銃に刀を括り付け、刀として使うという戦いを見せていた。足を止めてはならない……そう判断し、ヴェインはサイドステップでその場から離れようとする。
そんなヴェインの右首筋を、ハヤテの振るった銃剣が掠める。
――あっぶな!! しかも、狙いは首かよ!!
情け容赦の無い攻撃に、ヴェインは顔を顰めた。しかしながら、無傷とはいかないまでも致命的な隙を晒さずに済んだ……ヴェインはそう判断した。してしまったのだ。
「【アサルトバレット】」
ハヤテは斬った感触から、ヴェインが何処にいるのかを予測。目を潰されて尚、彼を狙って≪アサルトライフル≫の引き金を引いた。
「ぬ……っ!!」
銃撃がヴェインの右太腿に当たり、動きが止まってしまう。
「まだまだっ!」
ヴェインに攻撃が当たった……それを確信したハヤテは、≪アサルトライフル≫と≪オートマチックピストル≫の両方を使って弾丸を撃ち放つ。
「ヴェイン……ッ!!」
距離があった為、アイネとライデンは≪閃光玉≫の効果を受けていない。ハヤテの攻撃で、ヴェインのHPがみるみる内に減少していく。
――このままでは、まずい!!
ヴェインの援護に行きたい……しかし、アイネがそれを許さない。短縮された技後硬直とは、こんなにも厄介なものなのかと実感させられるライデン。
ヴェインを助けるべくそちらに走っても、アイネのAGIはライデンより上。背中を向ければ、彼女の薙刀の刃がライデンを斬り裂くだろう。
――くそっ、彼女の動きを止められれば……そうだ、あまり利口な方法じゃないが……っ!!
ライデンは腰のポーチに手を伸ばし、一本の瓶を手に取る。
「そらっ!!」
デバフアイテムの投擲……アイネはそう判断し、横に避け……そして、それが≪MPポーション≫である事に気付いた。
してやられた……そう思ってライデンに視線を向けると、彼はハヤテに向けて魔法杖を構えていた。
「【ウィンドボール】!!」
彼の魔法杖≪古代樹のタクト≫と傍らに浮かぶ≪失われし魔導書≫の相乗効果で、詠唱はあっという間に完了。ハヤテの背中に向けて放たれた【ウィンドボール】が、そのHPを削る。
「ハヤテ君ッ!! この……ッ!!」
アイネが薙刀を振るうが、その一撃をライデンが難なく躱す。先程までと比べたら、その攻撃は読みやすかった。
「っと……!! 恋人を傷付けられて、怒らせてしまったかな!!」
その言葉を聞いたアイネの表情が、険しくなる。その様子を見て、ライデンは内心でほくそ笑んだ。
「それにしても、君の恋人は臆病なのかな? 君を矢面に立たせて、自分は銃を使うだなんて……普通、逆じゃないかい?」
その言葉に、アイネの視線が更に鋭くなる。
ライデンの発言は、意図的なものだ。挑発する事で、アイネを自分に集中させる。
立て直しさえすれば、ヴェインはそう簡単には落ちない。
ライデンはギルドマスターでも、サブマスターでも無い。参謀役であり、【聖光の騎士団】の頭脳だ。必要ならば汚れ役もこなすし、卑怯者と罵られても平然と受け流してしまえる。
本来ならばサブマスを務めるだけの能力がある彼がそうしないのは、そういった立ち位置の為である。
アークは当然の事、ギルバートも最前線で味方を牽引して鼓舞する事に長けたプレイヤー。そういった存在をフォローし、尚且つ敵対者を誘導する。綺麗事だけでは成しえない事を成す、それがライデンのやり方だ。
それがギルド全体の利益になるならば、彼は泥塗れになっても笑い飛ばす……ある意味で、アークやギルバートよりも恐ろしい男である。
とはいえ、そういった存在は珍しくはない。何せ……彼等の相手である【七色の橋】にも、そういう男が居るのだから。
「さて、頃合いかな。アイネ、そろそろ片付けようか」
いつもより一、二段階は低い声色で、ハヤテがアイネに呼び掛ける。
「了解、じゃあ……本気を出すわね」
先程の、険しい表情は一瞬で霧散した。代わりにアイネの顔に浮かぶのは……冷たさすら感じさせる、涼し気な表情である。
「それでは、お覚悟を……【クイックステップ】」
先程までよりも、更に鋭い踏み込み。突然のアイネの変化を目の当たりにし、ライデンは背筋を冷たいモノが駆け抜ける様な感覚に襲われる。
そして、ライデンの首筋に薙刀の刃が押し当てられた。
「……はっ!?」
アイネの尋常ではない雰囲気に呑まれ、思考を飛ばし掛けたライデン。自分が既に詰みに入り掛けている事に気付き、何とかしようと思考を巡らせ始めるが……時は既に、遅い。
「【一閃】」
先程までより鋭く、そして容赦の無い一振り。その一撃がライデンの首を通り抜け、ダメージを与える。
当然、首が切断されてポロリと落ちる事も、彼の息が出来なくなる事も無い。だが、首を切断されるという不快感は早々味えるものではなく……その感触に、ライデンは顔を顰めた。
しかし、当然これで終わりでは無い。アイネは無言で薙刀を振るう……その刃には武技発動を示すライトエフェクト。
「な……ッ!?」
今度は顔面。眉より少し上を、アイネの薙刀が通過する。
しかしながら、ライデンはそれどころではなかった。武技名を口にせずに、その効果を発動させる……そんな事は有り得ない、そう思っていたのだ。
彼は知らない……アイネの持つユニークスキル【百花繚乱】の存在を。
その正体は【百花繚乱Lv4】で得られる、パッシブスキル【宣言破棄】の効果である。武技名の宣言を省略する代わりに、その威力が半減するのである。
流れる様な動きで、アイネは薙刀を振るう。既にライデンのHPは危険域で、武技を使わなくとも倒せる所まで減っていた。
「終わりにしましょう」
しかしながら、アイネは手心を加えない。オーバーキルと解っていて尚、最大威力の攻撃【ミリオンランス】を放った。
「……侮った、か」
そう言いながら、ライデンは目を閉じた。これで、ライデンは戦闘不能となったのだ。
そんなアイネの猛攻が始まった辺りから、ハヤテもヴェインを追い詰めていた。
「ちぃっ!! 手を抜いてたってワケかい!!」
叫びながら放たれたヴェインのクロスボウの攻撃を、ハヤテは紙一重で避ける。そうした回避行動と同時に、銃口をヴェインに向けて引き金を引いた。
「それが何か?」
そんな言葉と共に発射された弾丸は、ヴェインの肩口に命中。固定ダメージを着々と与えていく。既に彼の体の至る所に、弾痕を思わせるダメージエフェクトが表示されていた。
――くそっ……さっきまでと違って、何処を狙っているか全く解らねぇ!!
ヴェインの困惑も無理はない。先程までは、ハヤテの銃口の向きや視線で何処を狙っているのか、判断していたのだから。
しかし今、ハヤテの視線も銃口の向きもてんでバラバラ。それでいて、正確にヴェインの体を弾丸が捉えていく。彼からしたら、不気味と言わざるを得なかった。
そもそもハヤテは、元FPSプレイヤー。それも大会で入賞する腕前であり、高い技量を誇る銃使いなのである。
更に彼は、殺気を察知するというプレイヤースキルを持ち合わせていた。【漆黒の旅団】に襲われた際も、それがあったからこそ二人はPKされずに済んだのだ。
そんな彼が、殺気を撒き散らして戦うだろうか? 相手に気付かれてしまう程の、強烈な殺気を。
つまりは先程までの殺気は、ハヤテの演技だった。急所を執拗に狙った攻撃も、フェイクである。
ヴェインは、それに気付けなかったのだ……あまりにも強く、そして真に迫る物があったから。
既に一ドット分のHPしか残っていないヴェインを、ハヤテはつまらなそうな視線で見る。そして愛用の銃を……ジンから贈られたFive―seveN型≪オートマチックピストル≫を向けて引き金を引く。
「はい、お疲れさん」
最後は、眉間を撃ち抜かれたヴェイン。その衝撃のまま、彼は仰向けに倒れて戦闘不能となった。
銃弾を全身に浴びて倒れたヴェインと、刺し傷・切り傷だらけで倒れるライデン……誰が見ても、オーバーキルだったのは一目瞭然だろう。その光景を目の当たりにし、会場は不気味な静寂に包まれた。
そんな雰囲気であろうと、この光景を作り出した二人にとっては知った事では無かった。
「本当はあのロンゲか執事を殺りたかったけど、まぁ今回はこれで良しとすっか……」
「……物足りないけれど、仕方が無いわね」
無表情で、吐き捨てる様に言うハヤテ。穏やかな笑みながら、目が笑っていないアイネ。
何故、二人はこんな事をしたのか? それは当然、ジンやヒメノを始めとする仲間達の為だ。
ギルバートの暴言を受け、それでも全力を尽くして戦う事を選んだジンとヒメノ。そんな二人の意向に従う事に、否は無かった。
しかし二人の寛容な言葉を受けていながら、【聖光の騎士団】のメンバー……セバスチャンが、カノンに対して無礼な言葉を吐いたのだ。
【七色の橋】のメンバーは優しい性格の持ち主が多い。その中でも群を抜いているのが、ジンやヒメノだろう。
その優しさと純粋さは、尊いものである……と同時に、危うくもある。それに付け込もうとする輩が、今後現れるかもしれない。ハヤテはずっと、それを危惧していた。
ジンの意向を受け、一旦は矛を収めていたハヤテだったが……セバスチャンの暴挙を見て決断した。
勘違いされては困る、釘を刺す必要がある。【七色の橋】が、何でも赦してやると思ったら大間違いだ。迂闊に手を出したらどうなるのか、知らしめなければなるまい。
結論として言うと、ハヤテはこう考えた。【聖光の騎士団】の参謀・ライデンと、爪を隠していた能ある鷹・ヴェイン。この二人ならば、見せしめにするには丁度良い。
この決闘イベントならば、合法的に潰す事が出来る。それ以外では、犯罪者プレイヤーになるのを覚悟で潰すか、決闘を申し込んで潰す以外に方法が無いのだ。
そうして対抗出来る、負けていない、勝てるかもしれない……と思わせておいて、蹂躙する。その蹂躙を以って、【七色の橋】が何でもかんでも赦してやる甘いギルドでは無いと知らしめよう。舐めて掛かったら、手痛いしっぺ返しが待っていると痛感させよう。
他人に批判されても、別に構わない。自分一人が泥を被る事で、仲間を守れるのならば本望だった。
仲間達は、きっと自分を止めるだろう。だから、この事を話さない。汚れ役は自分一人で良い、そう考えたのだ。
しかしハヤテは、アイネだけには自分の内心を明かした。共に出場する相棒であり、最愛の恋人にだけは打ち明けておく必要があると思ったのだ。
ハヤテの話を聞いたアイネは、それを止めた。しかし止めたとは言っても、「そんな事をしなくていい」とは言わなかった。
一人ではやらせない。泥を被るならば、自分も一緒に被ると言ったのだ。
アイネの真剣な表情に、ハヤテは説得を諦めざるを得なかった。そして万一、アイネが誹謗中傷に晒されるならば、自分がどんな手を使っても守ると誓うのだった。
その結果ライデンとヴェインは、今回のイベントで最も凄惨な倒され方を晒す事となるのだった。勝利宣言がされていない為、彼等は未だに地面に転がっている状態だ。
二人はその視線を、ステージ外で待機する【聖光の騎士団】に向けた。
「俺達の仲間を傷付ける奴は、徹底的に潰す。肝に銘じとけよ、お前ら」
「もし万が一、次があれば……こんなものでは済ませません」
そのまま、勝利宣言を待たずに踵を返してステージ外へと歩き出す二人。その様子に、慌ててアンナが転移して来た。
『決勝戦・中堅戦! 勝者【七色の橋】!』
そんな勝利宣言を受けても、会場に集まった観客は困惑の声を上げるのみだった。
次回投稿予定日:2021/2/28
中堅戦は【七色の橋】が何でもかんでも容赦するギルドじゃないぞ、という部分を示す戦いでした。




