09-13 決勝の開幕でした
AWO第二回イベント……その決勝の舞台となるステージに向けて、二組のチームが歩き出す。その様子を見つめる観客席からは、盛大な歓声が上がる。正にお祭りムードだ。
しかし、一部のプレイヤー達は先程の光景に疑問を抱く。
「さっきの、一体なんだったんだろうな……」
「【七色の橋】がえらく殺気立っていたよな……?」
「ギルバートとジンが会話した後だったな……あの二人の間で、何かトラブルでもあったのかな」
ステージ上と違い、ジン達が対峙した場所は音声が拾われない。その為ギルバートの発言は、よほど近くの観客席でなければ聞こえなかった。故に、【七色の橋】と【聖光の騎士団】の間に何が起こったのか……観客達はそれを知らないのだ。唯一その会話を聞いていたのは、【七色の橋】の応援席に居た面々のみである。
その為、観客達は先の剣呑な雰囲気を邪推する。例えば、ヒメノを巡る三角関係……例えば、ジンの大切な人の仇がギルバート……例えば、ジンがギルバートの欲していたスキルを先に取った……例えば、マリウスと同じ事をギルバートがしようとした……等々、確証も何も無い憶測が飛び交う。
最も、確証が無いだけで近い憶測もあった……ジンの秘密をギルバートが暴露した、というものだ。
そんな野次馬根性な好奇の視線と、決勝という大舞台に対する期待の視線……そして、両ギルドの真の実力を測ろうという視線が集まる。
特に観客席で視線を細めるアレクは、【七色の橋】の秘密を暴きたいという考えが強い。その為、【聖光の騎士団】よりは【七色の橋】を注視していた。
――さっきは随分とお怒りの様だったが……何があったのかね。今は随分、落ち着いた様子だけどな。
アレクの見た通り、【七色の橋】の面々は落ち着いた様子を見せている。ヒイロを先頭に歩く姿は、決勝という舞台に向けての意気込みを感じさせるものだった。
先程の、今にも襲い掛かりそうな雰囲気とは大違いだ。
――ま、ギルバートが何か言ったんだろうよ……アイツは頭が足りてないからな。
同じギルドに所属する仲間に対して、随分な言い様のアレクである。チラリと【聖光の騎士団】に視線を向けると、ギルバートは普段の自信に満ち溢れた姿とは大きく異なる。
――ニヤケ面すら出来ないとは、よっぽどだなぁ……ま、後でギルド内で情報を集めりゃあ良いか。
同じ【聖光の騎士団】に所属しているのだから、情報を得る事に支障は無い。アレクはそう考え、視線を【七色の橋】に戻した。
――銃使いの赤毛に、薙刀を持ったポニテ娘……杖を持ったPAC。ここまではまだ良いが、残る二人……緑髪は無手? それに茶髪眼鏡は、戦槌……だけなのか?
ミモリとカノンの様子に、アレクは思考を巡らせる。【七色の橋】に所属するプレイヤーが、普通であるはずが無い。何かしらの、とんでもない秘密があるのではないか。そんな考えが頭の中を駆け巡る。
――情報は勝利に直結する……さぁ、お前らの本気を見せてみろ……!
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ステージ上で向かい合う、二つのチーム。いざ相手を前にすると、再び怒りが再燃しそうな【七色の橋】の面々。しかしジンの説得を受けて冷静さを取り戻した彼等は、激高する事は無かった。
逆に【聖光の騎士団】は、様々な感情を必死に抑えていた。ジンに向けての、申し訳ないという気持ち。そして事故によって障害を負い、選手生命を断たれた事に対する哀れみ。あとは一部の面々による、ギルバートに対する悪感情。
意識して真顔を保ち、粛々とした雰囲気で【七色の橋】と向き合う。
『それではこれよりアナザーワールド・オンライン、第二回イベントの決勝戦に移りたいと思います』
これまで通り、ステージ上に転移して姿を現したアンナ。しかしながら、どことなくその声に力は無い。
というのも、彼女も先のやり取りを見ていたからだ。ここまで円滑に進み、盛り上がりを見せていたイベント……その折角の決勝戦が、このような展開になってしまった事を残念に感じていた。
そんな中、一人の少年が一歩踏み出す。
「運営の方……少しだけ、時間を頂けないでゴザルか?」
その口調から、彼が誰だが丸分かりだろう。最早、AWOで知らない者はいないと言っても過言では無い、忍者ムーブするプレイヤー。
『……少しならば、構いません。ただし……』
「心得ているでゴザル。少しだけ、伝えたい事があるだけ故」
問題行為は起こさない、そんなニュアンスを滲ませたジンの言葉。それを受けてアンナは頷き、一歩下がる。
「さて、【聖光の騎士団】の方々。先程の件でゴザルが……」
やはりその事について言われるのだろう、そう思っていた【聖光の騎士団】のメンバー。ジンの言葉を、神妙な面持ちで待つ。
「拙者はもう、気にしていないでゴザル」
少しだけ≪九尾の飾り布≫を下げ、口元を見せるジン。その口元は笑みの形であり、挑発的にも見える。
そんなジンの言葉を受けて、【聖光の騎士団】の面々は訝しげな表情を浮かべる。
気にしないはずがないし、そう簡単に受け流せる暴言では無かった。不慮の事故によって右足に障害が残り、選手生命を断たれた陸上選手。そんな彼が受けたギルバートの言葉は、怒りや恨みを感じても不思議ではなかった。
戸惑う【聖光の騎士団】の面々……特に、ギルバートに向けてジンは言葉を続ける。
「折角上り詰めた、決勝という大舞台。ギルバート殿が、現実の拙者を知っているのには驚いたでゴザルが……アーサー殿に先程言った通り、拙者は競技選手。お互いに全力で戦いたいでゴザルよ」
お互いにという言葉に、ギルバートが反応する。俯いていた顔を少しだけ上げて、視線をジンに向ける。
「全力を尽くしていない相手に勝利した所で、その勝利に意味は無し……でゴザル」
そんな中、ヒメノはジンの隣に並んだ。
「……私もジンさんと、同じ気持ちです」
その表情は今だ陰が差しているが、それでも【聖光の騎士団】……AWOにおいて二大勢力とされる十人を前に、背筋を伸ばしてハッキリと告げた。
「今は何も考えず、お互いに全力で競い合いましょう」
強張った表情だが、ハッキリとそう告げるヒメノ。幼さを残す少女……しかしその圧倒的な存在感は、本物のお嬢様であるレンにも劣ってはいなかった。
彼女がわざわざそう告げたのは、マリウス事件の件を指していた。【聖光の騎士団】が例の事件を引き摺っているのは、ヒメノに向ける視線で察する事が出来たのだ。
ジンが真っ向勝負を望むならば、ヒメノは彼と一緒に戦うのみ。だからこそ、彼女も感情を抑えて一言告げた。最愛の存在、その強い意志に寄り添う……それは、ヒメノの覚悟だった。
ジンとヒメノの背中を見つめるヒイロは、苦笑する。その言葉が、あまりにも二人らしかったからだ。
実利を取るならば、相手が罪悪感を感じたまま戦い、勝ってしまえばいい。そう考えても、不思議ではない。
しかし、ジンは競い合う相手が強ければ強いほど……そして速ければ速い程、燃えるのだ。それは間違い無く、競技選手としての性だろう。
そして、そんなジンの想いを汲む愛妹。ジンに対する想いの強さは、恐らく彼女のSTRよりも強いものなのだろう。
ハヤテとミモリは納得し切っていないものの、ジンとヒメノの事が誇らしかった。
相手を赦す寛容さ、正々堂々と真っ向勝負に臨む勇ましさ。その精神的な強さに、感動すら覚えていた。
レンとシオン、アイネは微笑みを浮かべてジンとヒメノを見守る。
メンバー全員が、仲間を大切にし合う【七色の橋】。だからこそマリウス事件も今回も、彼女達は怒りに震えた。
そんな自分達を止め、更には【聖光の騎士団】に対してもこうして真っ直ぐに向き合う。
ジンとヒメノ……この二人が、【七色の橋】の中心。彼女達は今回の件を受け、そう再認識する。
カノンはジンとヒメノの背中を見つめ、胸元で拳を握り締める。
人見知りの彼女の事、この大舞台に立つのは相当な心理的負担になる。それでもシリウスの提案に賛成したのは、怒り狂った状態だったからだ。
冷静になった今、緊張や不安はある。だが二人の背中を見て、一緒に行きたいという思いの方が上回った。
ジンとヒメノの姿を見て、ヒビキ・センヤ・ネオンは瞳を潤ませる。
自分達の大切な仲間、その堂々とした姿に心が震えた。そして自分達も、いつかあの場所に共に立ちたいと感じさせた。
……
言葉を失う【聖光の騎士団】に、ジンが苦笑しつつ声を掛ける。
「こっちだけ言うのは不公平でゴザルな、そちらから何かあるでゴザルか?」
そう言わなければ、このまま時間だけが流れてしまう。そう思っての言葉だ。
それはアークにも伝わっており、チラリとギルバートに視線を向けた。
――ここはやはり、当人から謝罪させるべきか? しかし、俺がそれを促しても……。
そう思っていると、徐にギルバートが顔を上げる。その瞳には、先程までは失われていた強い意思を宿していた。
「では、失礼して……先の発言についての謝罪を。済まなかった」
頭を下げるギルバートに、観客席からどよめきが起きる。彼が頭を下げるのは、これまでの彼のキャラクター的にもあり得ないと思われていたのだ。
「正式な謝罪は、試合後に改めてさせて頂きたい。どうだろうか?」
「構わないでゴザルよ」
ギルバートの言葉に、ジンは笑みを浮かべて頷いた。
「君達の心配りに、感謝する」
そう言うと、ギルバートはもう一度頭を下げる。
その姿を見守りながら、アークは違和感を感じる。ギルバートの瞳は、先程までともどこかが違うのだ。
しかし、確かにアークはギルバートのこの眼を見た事がある。記憶を遡り、ようやくアークは思い出した。
――あぁ、そうだ。ギルバートと出会った頃……強力な相手に立ち向かう時の、あの眼だ……。
ボスモンスターや、格上のプレイヤー……そういった強敵を前にした時に、ギルバートはこうした眼をしていた。いわゆる、挑戦者の眼である。
ギルバート……そしてアークやライデンも、忘れていた。最前線を突き進み、トッププレイヤーとなった事で忘れてしまっていたのだ。
――俺達の格が上という驕りは……捨てる。俺達が、挑む側だ……!!
火が点ったアークの戦意は、彼の眼差しや姿勢にも影響を及ぼした。
刑の執行を待つ囚人のような雰囲気は消え去り、絶対王者といった普段の空気ともどこか異なる。
「俺からも、良いだろうか?」
一歩踏み出して、アークはそう告げた。ジン達【七色の橋】が頷いたので、軽く会釈して言葉を続ける。
「先の件について、俺からも謝罪させて欲しい」
そう言って頭を下げようとするアークを、ジンが止めた。
「待つでゴザル。気持ちだけ受け取るので、それ以上は不要でゴザルよ」
アークは当事者ではないし、【聖光の騎士団】のトップ。そんな彼が衆人環視の前で頭を垂れるのは、余りにも影響が大き過ぎる。口の悪いプレイヤーが、面白可笑しく囃し立てる事もあり得るのだ……無論、話には尾ひれを付けて。
そう考え、ジンはアークを止めた。
ジンの配慮に気付き、アークはもう一度会釈をするに留めた。それはアークだけではなく、ライデンやシルフィ達もである。
会釈をしなかったのは、アリステラ・セバスチャン・クルスだけだ。この三人はまだ、自分達の方が格上であるという意識が残っていた。
「ジン……君の言葉通り、全力で行かせて貰う」
その言葉を告げ、アークは一歩下がった。それに頷いて、ジンとヒメノも歩を下げる。
再び一列に並び、向かい合う二つのチーム。
『……では、進めても宜しいでしょうか?』
話は付いた、そう判断したアンナが両チームに確認の声を掛ける。それに対する返答は、戦意を宿した両チームからの力強い頷きだ。
――異様な空気が消えた……話す事を許可して良かったわ。なら、後は盛り上げるだけね。
イベンターとしての責任感が強いらしく、アンナはここから巻き返しを図るつもりらしい。
『それでは改めて、ご紹介させて頂きます。まずは【桃園の誓い】チームと【魔弾の射手】チームに勝利して、決勝まで駒を進めた……【聖光の騎士団・Ⅰ】チーム!』
徐々にテンションを上げるようにして、最後にはチーム名を力強く宣言する。そんなアンナのチーム紹介に、観客席から拍手と歓声が沸き起こった。
ここまでは準決勝までと同じアナウンスだが、アンナはここで更に言葉を付け加える。
『第一回戦では、先鋒戦にクルス選手とアリステラ選手・セバスチャン選手、中堅戦はギルバート選手とライデン選手、大将戦にアーク選手が出場し、激戦を繰り広げました!』
これまでにないMCに、観客席のボルテージが上昇していく。
『準決勝戦は、先鋒戦でヴェイン選手・シルフィ選手・アリステラ選手、中堅戦にギルバート選手・クルス選手、大将戦がアーク選手。こちらも激しい戦いの末に、決勝戦への切符を手に入れました!』
これまでの試合を振り返るようなアナウンスに加え、この後の試合での見所について言及する。
『これまでの試合に参戦していなかったベイル選手とルー選手ですが、決勝は全員が参戦します! 果たしてどのような試合を見せてくれるのか、楽しみですね!』
そんなアンナの呼び掛けに、ノリの良い観客達が「ウォォォッ!!」と拳を突き上げて応える。
『対するは【ベビーフェイス】チームと【森羅万象・A】チームに勝利し、決勝に進出した【七色の橋】チーム!!』
【七色の橋】の名をアンナが告げた事で、更に会場中に歓声が響き渡る。
『一回戦は先鋒戦にてジン選手・ヒイロ選手・ヒメノ選手、中堅戦でレン選手とシオン選手が出場、二本先取で勝利しました!』
そんなアナウンスに、観客席では「それも瞬殺でな!」という野次が飛んだ。
『準決勝では先鋒戦にヒメノ選手・レン選手・シオン選手、中堅戦にはヒイロ選手とハヤテ選手、大将戦でジン選手が出場し、接戦の末に決勝へと進出しました!』
先の準決勝を観戦していたプレイヤー達にとって、最後のジンVSアーサーの戦いは名勝負と呼ぶに相応しい試合だった。故に、アンナのMCに対しての歓声と拍手は更に大きくなっていく。
『決勝にはアイネ選手・ミモリ選手・カノン選手と、PACのヒナ選手も参戦します! 決勝戦は、果たしてどの様な組み合わせで来るのでしょうか!』
観客席の盛り上がりは最高潮に達しており、決勝に向けての期待感が膨れ上がっていく。
……
なんとか、上手く盛り上げる事に成功した。そう判断したアンナは、段取りを進めようとマイクを口に運ぶ。しかしそこで、観客には聞こえないように通信が入った。それは彼女の上司……シリウスからだ。
『アンナ、グッジョブ。それと折角だ、決勝の変更点を説明してくれるかい?』
盛り上げるのに必死でうっかりその事を失念していたアンナは、少し頬を赤らめて小さく頷く。同時に、上司のアドバイスに感謝した。
『それではいよいよ決勝ですが、決勝戦はこれまでと違い五試合となります!』
シリウスの提案した決勝戦の内容……それは五試合三本先取による決着だ。
先鋒戦と中堅戦、そして大将戦は変更無し。先鋒戦と中堅戦の間に、次鋒戦が加わる。そして中堅戦と大将戦の間には、副将戦が追加される。
これは一般的な、団体戦の五人制と同じ呼称だ。とはいえ試合に参加する人数は十人なので、内容は別物になっているのだが。
『次鋒戦は先鋒戦同様に三人、副将戦は大将戦と同様に一人が出場となります!』
この振り分けにより、十人全員が参加する五試合が成立する。次鋒戦と副将戦を三人・一人に分けたのは、副将戦だからだろうか。
最初から、このルールにしておけば良かったのではないか? という声が観客席から上がるが、これには一応理由があった。
そういった声が多いのを確認したからか、ステージ上に一人の青年が姿を見せた。当然、シリウスだ。
『折角の決勝を純粋に楽しんでもらう為に、今上がっている疑問を解消しておこう。最初から五試合にしなかったのは、イベントに参加する敷居を下げる為だ』
最低人数六人で済む三本勝負の方が、イベントに参加するチームを増やせると判断した。事実、最終的には百を越えるチームが予選に参加したのだが、その内の半分近くは十人未満のチームだったのだ。
『そんな訳で、決勝のみの試合形式にした訳だ。勿論決勝に参加する二チームが、十人揃ったチームだった場合に限りだがね』
それに対する反応は様々ではあるものの、否定的な意見はあまり上がらなかった。
『ボス、折角ですし何かコメントを』
アンナの無茶振りに、シリウスが溜息を吐く。お前もか……という顔である。
『ボスって呼ぶなっつーのに、お前らは……それだと俺が討伐対象みたいだろうが』
そうブツブツ言うシリウスに、観客席から笑いが起きる。アンナとシリウスによる、場を和ませる為のコントだと思ったのだろう。実は、普段通りの光景なのだが。
意図せず観客からの笑いが取れたシリウスは、向かい立つ二つのチームに視線を巡らせる。
『これが今回のイベント、最後のバトルだ。両チーム共に、大いに競い合い……そして楽しんでくれ』
シリウスからの言葉に、しっかりと頷くプレイヤー達。それを確認したシリウスは、一歩下がってその先の進行をアンナに委ねる。
『それでは決勝戦、先鋒戦に参ります。参加選手はステージ中央に留まって頂き、他の選手はステージ外で待機をお願い致します』
その指示を受けた両チームは、先鋒戦に参加するメンバーを残して下がる。その行き先は控え室ではなく、ステージ外縁……自チームの応援席の前だ。
ステージに残るメンバー……即ち先鋒戦に参加するメンバーを見た観客達が、期待に胸を膨らませる。
【聖光の騎士団】側からはアリステラとセバスチャン、そしてクルス。【七色の橋】からはレンとシオン、そしてカノンが戦闘態勢に移行していた。
次回投稿予定日:2021/2/13
これがウチの主人公とヒロインです。(ドヤ顔)
次回は掲示板回となります。
その後、決勝戦・先鋒戦に突入致します!