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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第九章 第二回イベントに参加しました(後)
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09-10 準決勝第二回戦・大将戦(後)

 武技発動の構えを取るアーサーを前にしたジンは、懐からある物を取り出した。それは≪苦無≫だ。それは小苦無とも、飛苦無とも呼ばれる。

 これはカノンに提供された鋳型を使って鋳造された、投擲専用の消費アイテムである。

「はっ!!」

 手にした≪苦無≫をアーサーに向けて投げる。投げられた≪苦無≫はアーサーに命中しHPを削るが、そのダメージはたったの1ポイントだ。


 アーサーも、観客達も、ジンがヒットストップで武技発動の妨害を試みたと考えた。

 しかしそんな攻撃ではヒットストップはしない。彼の専用装備に付与された効果によって、武技発動時にスーパーアーマー状態になる為だ。

 スーパーアーマーとは、ゲームにおいて敵の攻撃による仰け反りを規定回数または規定ダメージまで無視して行動することができる状態の事だ。しかしながら、仰け反りを回避できてもダメージは受ける。


「効かねえよ……これで、終わりだ!!」

 いよいよ武技を発動するべく、駆け出したアーサー。ジンはもう一本≪苦無≫を取り出し、それをアーサーに向けて投擲する。


 そんなジンの様子に、アーサーは腹立たしさすら感じた。一度目の投擲で、無意味な事は解ったはずだ。それにも関わらずもう一度≪苦無≫を使うなど、おちょくられている気にすらなった。

「効かねえって言ってんだろ!!」

 その怒鳴り声は、一部を除く全てのプレイヤーの総意だった。


 しかしジンの狙いは、≪苦無≫でヒットストップを狙ったのではない。≪苦無≫がダメージを与えるかどうか、確かめる為だった。

 ダメージが通るという事は、≪苦無≫が刺さったという事に他ならない。


「【狐雷こらい】!!」


 アーサーに≪苦無≫が当たる瞬間、ジンは魔技発動のトリガーとなる宣言をしてみせた。

「はぁっ!?」

 ジンには、そういう技がある。それは第一回イベントの動画を見れば、誰にでも解る。その性能の詳細は解らずとも、麻痺効果を引き起こす技だとも解る。

 地面に刀を突き刺す事で発動する、特殊な技だと誰もが思っていた。


 しかし、見ただけでは解らない事もある。その中で最たるものは、発動条件だ。

 ジンのユニークスキル【九尾の狐】に由来する魔技は、全て≪刀剣≫または≪短剣≫属性を持つ武器で、特定動作を行う事で発動する。


【狐火】ならば、地面に武器を接触させる。これは、火柱が噴き上がるという性能に由来した条件と言える。

狐雨こさめ】ならば頭上に武器を向ける。これも、デバフを付与する雨が降り注ぐからだろう。


 そして【狐雷こらい】は武器が()()()()()()を中心に、半径5メートルに渡り電撃をはしらせる。接触する場所に、制限は無い。

≪苦無≫は、同種投擲用消費アイテムである≪投げナイフ≫等と同様に、≪短剣≫としても使用出来る。脆いしリーチも短いが、一応は≪短剣≫属性なのだ。


 ジンの目論見は見事に成功し、アーサーに触れた≪苦無≫から電撃が駆け巡る。

「な……っ!? ぐ……っ!!」

 アーサーは麻痺効果を受け、その動きを止められてしまった。


――麻痺させて、チマチマとダメージを与えようってか!? 悪くない手だが、そうはいかねぇぞ……!!


 連続して同じデバフを与えようとすると、効果発動率が下がる。この仕様は、ユニークスキルの魔技でも同様だ。

 何度も通用はしないし、そもそも当たらなければデバフは発動しない。【変身】したアーサーならば、避ける事は容易い。


 それに【変身】すると、元々のHPとは異なるライフ・AP(アーマーポイント)が得られる。APが無くならない限り、アーサーのHPは1ポイントも減らす事が出来ないのだ。


 予想外の攻撃ではあったが、所詮は悪足掻き……アーサーはそう考えたが、実際は違う。


 その証拠にジンは、麻痺したアーサーに攻撃を仕掛けていない。代わりに胸の前で、両腕を突き出して交差させている。

 次の瞬間、両腕を上下に振る様にして一回りさせ、右腕を頭上へ掲げるジン。左腕は胸の前で水平に構えている。ゆっくりと右腕を下げるジンは、アーサーから視線を逸らす事は無い。

 その挙動を見て、アーサーは一つの不安を抱いた。その挙動に、覚えがあったのだ。


――まさか、コイツのこれは……()()()()()……!?


 そう、自分が今の姿になる際にやろうとしていた、変身ポーズを想起させたのである。特撮ヒーローをイメージして、数種類考えついた変身ポーズ。いい歳してこれは無い……と、断念した変身ポーズだ!!

 そして同時に、彼の胸中に去来するのは戦慄。もしも、ジンが自分と同じスキルを持っていたら? 例えばジンの【分身】を、ヴェインが持っていた様に。自らも習得済みの【超加速】を、ギルバートやゼクスが持っていた様に。


 その予感は、次の瞬間で確信に変わった。左手と同じ高さまで下げた右手で、人差し指と中指を揃えて立てるジン。それは、テレビやマンガの中で術を使う忍者を彷彿とさせる。

「いざ……【変身】!!」


 ジンの宣言を受け、アーサーは表情を歪めた。ヘルメットに覆われて誰にも見られる事は無かったが、もしその顔を見られていたならば誰もが彼の内心を察する事が出来ただろう。


――やられた……っ!!


 焦りを感じるアーサーの目の前で、ジンは右手を地面に向けて振り下ろす。途端にジンの足元から破裂音が発せられ、黒い煙がその姿を覆い隠した。

 物語の中で忍者が使用する煙玉を彷彿とさせるそれは、アイテムによるものではない。【変身】の設定を行う時に選択できる、演出のエフェクトの一つだ。


 すると黒煙の中で、紫色の光が一度、二度と発生する。それが九度起こると、黒煙の中でジンが勢い良く一回転した。その動きによって発生するのは、紫色の風。その風によって黒煙が晴れ、ジンの全身が露わになる。

 身体を覆う漆黒のスーツに、忍装束をイメージさせる紫色の鎧。そしてカノンが製作した大手裏剣を背中に背負い、ヘルメットのアイマスク部分は狐の面の様な物になっていた。


 その姿を目の当たりにした観客席のプレイヤー達から、アーサーが変身した時以上の歓声が上がる。

「ジンも変身したぁっ!!」

「どこの特撮ヒーローだ、お前ら!! でもいいぞ、もっとやれぇっ!!」


************************************************************


「おぉぉ!! ジンさん……!!」

「こんなスキルも持ってたんだ!!」

「わぁ、凄いねー!!」

 観客席で戦況を見守っていた、【七色の橋】の新メンバー三人。その横で、ウンウンと頷いているロータス。

 そしてジンの相棒(PAC)であるリンは、主の姿を見つめ……薄っすらと微笑んでいた。


……


 そして【桃園の誓い】の控室でも、お祭り騒ぎになっていた。

「はははっ!! 本当に予想外の連続だ、ジン君は!!」

「んだよぉ、折角追い付けるかと思ったら……アイツは本当、まったくよぉ……!!」

 ケインとゼクスの言葉に、他の面々も口々に感想を言い合う。そんな中、唯一ギルドメンバーではないリリィは、モニターの中に映るジンを見てある事を考えていた。


――特撮ヒーローっぽい、面白い装備……やっぱり誰かが作ったのかな? ユージンさん?


……


 そんなユージンが居る、【魔弾の射手】の控室。そこで、一人の男がテンションを上げていた。当然、あの生産大好きおじさんである。

「素晴らしい……!! 最高だよ、ジン君!!」

 普段は穏やかで、どっしりと構えるような態度のユージン。しかし今は、ジンという少年が見せた新たな力……その姿を前にして、ヒーロー番組を見る子供の様に表情を輝かせていた。


「テンション爆アゲになってる……」

「あはは、でも気持ちは解るかなー」

「ですです! 変身したジン、格好良いです!」

 そんなミリア・ルナ・シャインの会話の横で、レーナが口元を緩めていた。

「ふふっ……ジン君、君は本当に見ていて飽きないね」


 そんな盛り上がりを見せる控室で、唯一冷静に何かを考えていたのは。

「おじいちゃん、アレっておじいちゃんが作ったの?」

 その言葉の矛先は、ユージンだ。その呼称に表情を変えることなく、ユージンは笑ってみせた。

「違うよ、あれは僕の作った物じゃない。おそらくはカノン君……だろうけど、それだけじゃなさそうだね」


************************************************************


 既に麻痺状態から復帰したアーサー。しかし、彼はジンを警戒して身動きが出来ない。

 彼が懸念するのは、やはり【変身】の仕様。プレイヤーのステータスを強化し、APを得られるというこのスキルでジンを圧倒するつもりだった。

 しかし同じスキルを持っていたジンは、アーサーと同じく超強化された状態。そしてジンは、アーサーのAGIを越える速さを持っているのだ。


――速さはあっちが上……!! 技術だけで、コイツを越えないと……!!


 そんな全プレイヤーの注目を集めるジンは、変身を完了した時のポーズのままである事を考えていた。とはいうものの、アーサーを倒す策を考えているのではない。実は、本人は全く別の要因でテンパっていた。


――ヒメ、カノンさん……!! ポーズはやっぱり、無くても良かったんじゃあ……!!


 変身ポーズを考えたのは、どうやらあの二人だったらしい。つまりヒメノとカノンの意向に逆らえず、ジンはこの大舞台でやらかした次第である。ジンという少年、頑固に見えて実は流されやすいタイプなのかもしれない。

 ついでに言うと変身ポーズにも、忍者ムーブの様にいつか慣れる気がしてならない。


 そんなジンの視界の隅に、仲間達の姿が入る。ジンを応援する為に、控室から出て来たらしい。

「ジン、頼むぞ!!」

「ジン兄ーッ!! ファイトーッ!!」

「頑張って下さーい!!」

「ジン君ー!! ゴーゴー!!」

「ファイトです、ジンお兄ちゃん!!」

 ヒイロとハヤテが声を張り上げ、アイネとミモリ、ヒナが大きく手を振る。その傍らでレンは静かに頷き、シオンが黙ってお辞儀をする。


 そして、ヒメノとカノン。二人は手を繋いで、ジンを心配そうに見つめていた。その表情から、二人の内心をジンは悟る。自分達が作った変身用の装備が、ジンを勝利に導けるのかという不安を抱いているのだろう。


――大丈夫、そんな顔をしないで良い。


 ポーズを解き、ジンはゆっくりと体勢を整える。雑念を捨て、動揺を殺し、神経を研ぎ澄ませる。それは競技に臨む際、集中力を高める時のそれと同じ。

 相手アーサーの技量は確かに、ジンよりも上。しかし、ジンは技量だけで競うつもりは毛頭無い。


――走る事にかけては、誰にも負けない。


 再び小太刀≪大狐丸≫と≪小狐丸≫を手にし、姿勢を低く下げる。

「ヒメ、カノン殿……有り難く使わせて貰うでゴザル」

 その言葉に、ヒメノとカノンの表情が笑顔に変わる。そしていよいよ、ジンはアーサーに向けて構えを取った。


「【七色の橋】のジン……いざ尋常に、参る!!」

 その言葉を受け、アーサーも剣を構える。

「上等だ……!!」


 そして、同時に一歩踏み出し……二人の姿が、プレイヤー達の視界から消え失せてしまった。いや、実際には視界の中に居る。

 金属と金属が、激しくぶつかり合う音がする。ステージの上で、火花が散る。つまり他のプレイヤー達が視認できない位の速さで、二人は駆け抜けぶつかり合っているという事だ。


 当人達にとっては、周りがスローモーションになったように見えていた。しかし周囲に意識を向ける余裕など、無い。

「うおおぉっ!!」

「はあぁぁっ!!」

 アーサーの剣を避け、ジンが小太刀で斬り返す。ジンの小太刀を受け流し、アーサーが蹴りを繰り出す。その蹴りを躱したジンが、逆手に持った小太刀を振るう。小太刀を剣で受け止めたアーサーが、肩でタックルを試みる。体勢を低くしてそれを避けたジンが、両手の小太刀で擦れ違い様にアーサーを斬る。


 アーサーの技量はジンより上。しかし、ジンは技量で勝負する事を諦めていた。代わりに自分の強みを前面に押し出し、自分の得意分野で相手を凌駕する事を選択する。

 速く走る事に掛けては、ジンは実力でも想いでもアーサーを上回っている。


「このっ……!!」

 小太刀を振り抜いた状態にジンに向けて、アーサーがジンに斬り掛かる。勢いのままに踏み込んだジンは、足を止めて振り返る必要がある……そうして体勢を立て直す前に、攻撃を当てて攻め立てる。それがアーサーの狙いだ。


 しかし、忍者ジンは止まらない。止まるどころか……更に、加速する。

「【天狐てんこ】!!」

 背後から迫るアーサーの気配を察したジンは、【九尾の狐】の武技を発動。足元に生み出された魔法陣を足場に、弧を描く様に空中を走る。

「なにっ!?」

 ちなみにジンは”空中を蹴って一回転し、アーサーをやり過ごす”というイメージを持ってこの曲芸じみた行動を実現した。その際にイメージしたのが、小学生時代にお世話になった鉄棒の逆上がり補助具である。全く、小学校は最高だぜ。


 アーサーは背中を狙われると思い、足を止めるのではなく更に駆け抜ける。そしてジンから距離を取った所で、進路を変えて迂回する。

 そんなアーサーを確認したジンは、背中に背負う大手裏剣を掴んだ。それは、カノンがジンの為に初めて製作した≪カノンの手裏剣≫だ。


ッ!!」

 ジンが投げた手裏剣は、勢いよくアーサーの進路に向けて飛ぶ。しかし飛び道具など当たらないとばかりに、アーサーは再び進路を変える。手裏剣を投擲したジンに向けて、真っすぐに駆ける。

 しかし、それもジンの狙い通り。ジンは腰に下げた≪シーカーロープ≫を掴み、そして放つ。

「そこだっ!!」

「しゃらくせえっ!!」

 ジンの放った≪シーカーロープ≫が、捕縛系アイテムだとあたりを付けたアーサー。それを、ジャンプして避ける。


 ≪シーカーロープ≫を放ったままのジンに向け、アーサーはヘルメットで覆われた表情を歪める。このタイミングで飛び道具を使うなど、隙を晒すに等しい行為だ。


――チッ……こんな凡ミスをするとは、やっぱ素人じゃねぇか……!!


 そう思い、苛立ちを覚えるアーサー。しかし、ジンが捉えようとしたのはアーサーではない。

「ハァッ!!」

 ジンが≪シーカーロープ≫を勢いよく引き寄せる……すると、アーサーの背中に衝撃が走った。彼のAPが削られ、体勢を崩す。


――何……っ!? 一体、どんな……まさか!?


 そう、ジンが≪シーカーロープ≫で捉えたのはアーサーではなく、≪カノンの手裏剣≫。アーサーが避けたと思って警戒する事をやめたそれを、≪シーカーロープ≫で引き寄せて命中させたのだ。


――何だ、コイツ……!? どうして、そんな発想が……!!


 アーサーはジンの動きを読もうと頭をフル回転させているが、この超高速戦闘の中では思考が追い付かない。故にジンの攻撃を躱し切れず、被弾が徐々に増えていく。


……


 ジンの奇策を受けて以降、アーサーは警戒を緩めない。ジンも同じ手は食わないだろうと判断し、通常攻撃の応酬で迎え討つ。

 すると時折、二人が動きを止める事が増えて来た。激しい攻防の中、ジンもアーサーも少しずつ攻撃を躱し切れない。それ故に、一度息を整える意味で立ち止まる。

 その度に、二人の頭上に表示されるAPが減少しているのが傍目からも見て取れる。よりダメージを受けているのは……アーサーの方だ。


 その姿を確認した【森羅万象】のメンバーも、控室から出て来てアーサーに声援を贈る。

「アーサー! 頑張れ!」

「落ち着いていけば、大丈夫よ~!」

「アーサーさん、私達がついています!」

「後で何か御褒美あげるから~! 頑張って~!」

「お兄ちゃん……っ!」

「お前なら出来るぞ、アーサー!」

「冷静に行け!」


 仲間達の声援を背に受け、アーサーは奥歯を噛み締める。そんな彼の耳に、最愛の少女の声が届いた。

「アーサー! ファイトーッ!!」

 ハルの声を耳にしたアーサーは、剣を強く握り締める。彼女の前で、無様な姿を晒す事だけは我慢ならない。

「負けない……俺は、絶対に……!!」

 搾り出す様なその声に、ジンは自然体で返した。

「負けられぬのは、拙者も同様。仲間の想いを背負うのは、お互い様でゴザル」

 忌々しい……そう思ったアーサーは、ジンを睨み……そして、言葉を詰まらせた。


 小太刀を構える紫色の忍者。その背後に、彼の仲間の姿が見えた。誰もが必死の表情でジンを見守っており、心の底から応援しているのだと察するに余りある。

 そんな視線を背に受けるジンの気迫が、不思議と伝わって来る。

 相手は小規模ギルド。速さしか取り柄の無い素人。内心で下していたそんな彼に対する評価が、誤りだという事に気付く。


「あぁ、そうかよ……だが、勝つのは俺だ」

 ゆっくりと、剣を構えるアーサー。それに応じる様に、ジンも腰を更に落とす。

「そうはいかぬでゴザル。技量は貴殿の方が上でも、走る事にかけては……誰にも遅れは取らない」

 タイミングを合わせたかの様に、二人は同時に駆け出した。互いの間合いに入るのは、一瞬。


 我武者羅に剣を振るうアーサー。無我夢中で小太刀を振るうジン。互いの攻撃が激しさを増し、APの減少が加速していく。

 その結果、先に集中力が尽きたのは……アーサーだった。

「くうぅっ!!」

 尋常の勝負において、その隙を突くのは当然の事。ジンは勝負を決めるべく、必殺の一撃を繰り出す。


「【一閃】!!」

 アーサーの胸元に叩き込まれる、ジンの【一閃】。

「ぐぅっ……!!」

 しかし、これで終わりではない。ここからが最速忍者の真骨頂なのだ。

「【スライサー】!! 【デュアルスライサー】!! 【一閃】!!」

 流れる様な連続攻撃、それも目にも止まらぬ速さのそれ。アーサーはダメージを蓄積させ、鎧のAPをどんどん失っていく。


「【サイクロンスライサー】!!」

「く……そおぉっ!!」

 回転しながらの武技攻撃で、ついにアーサーのAPが枯渇した。そしてAPを失い【変身】が解かれ始めたアーサーの首筋に、ジンの小太刀が迫る。


「【一閃】!!」

 アーサーはクリティカルヒットの衝撃を受け、吹き飛ばされる。地面を転がりながら【変身】が解かれ、そのアバターが露わになった。

「う……っ!! くそっ……!!」

 その光景に対する反応は、それぞれだった。【森羅万象】のメンバーからは、悲鳴。【七色の橋】のメンバーからは、歓声。そして観客席からは、思い思いの声が上がった。


……


 アーサーのHPは半分以下まで減っており、切り札の【変身】も破られた。対するジンは【変身】状態を維持しており、ステータスが強化されている彼の方が優勢。この状況で、アーサーが勝つ術は無いに等しい。

 しかし、それでもアーサーは立ち上がって剣を構えた。その瞳に宿る戦意は、微塵も薄れてはいない。


――負けない……例え負けるとしても、最後まで足掻いてやる……!!


「……ふむ」

 アーサーの姿を見て、何かに納得した様に頷いてみせるジン。システム・ウィンドウを開き、【変身】を解除する為のボタンをタップした。

 ジンが身に纏っていた外装は、光の粒子になって消滅した。その光景に、観客席からどよめきが発生する。


 しかしジンの行動に対して、一番衝撃を受けていたのは当然、アーサーだ。

「な……っ!?」

 ジンが【変身】を解いた事で、アーサーは驚愕すると同時に怒りを覚える。ジンが自分の事を舐めている、そう感じてしまったのだ。


「何の真似だ、忍者……!! 【変身】抜きでも、俺に勝てるって言いたいのか……!!」

 剣を構えながら、アーサーはジンに向けて怒りを向ける。その怒気を受けて尚、ジンは自然体で構えた。

「……拙者にとっては、譲れない面もある。この選択について、他人にとやかく言われる筋合いは無いでゴザル」

 アーサーを見下すでもなく、馬鹿にするでもない。ジンの表情は真剣そのものだ。

「では……参る」

 先に駆け出したのは、ジン。有無を言わせないその行動に、アーサーは歯嚙みしながらも駆け出した。


 小太刀を振るうジンの速さは、やはりアーサーよりも速い。技量でジンを押し戻そうとするも、逆に押されていく。

「……くっ!?」

 そして、徐々にアーサーのHPが減少していく。これはジンが、アーサーの動きに慣れつつある証拠である。

 逆にアーサーの剣は、ジンに当たらない。その尽くを躱し、ジンはアーサーを斬り付ける。


 アーサーが本調子ならば、こうはならない。彼の技量はジンを上回っており、冷静に対処すれば捌けるはずの攻撃だった。

 切り札を破られ、心を乱したが故の劣勢。この状況は、窮地にあっても冷静さを失わなかったジンと、自分が格上と驕ったアーサーだからこその結末だった。


「このぉっ!!」

 焦ったアーサーは、ジンに向けて剣を振るう。しかしその攻撃は、これまでの様に狙い澄ました様な剣では無い。そして、そんな破れ被れの攻撃を受けるジンではなかった。

 甲高い金属音が、ステージ上で鳴り響く。それはアーサーの剣を、ジンの≪小狐丸≫が弾いた事で発生した音だ。


「さぁ……終幕でゴザル」


 アーサーの耳に、その声が不思議な程にハッキリと聞こえた。

 剣を弾かれたアーサーの懐はがら空きで、ここで攻撃を躊躇う理由も無い。尋常の勝負で隙を晒せば、その身に刃を受けるのは至極当然。

「【一閃】!!」

 クリティカルヒットとなったその一撃で、アーサーのHPが大幅に減少。残るHPは、全てが消失した。

「……俺が、負けた……?」

 膝を床に突き、呆然とした表情のアーサー。そしてそのまま、彼はうつ伏せに倒れ込む。

 目まぐるしく攻守が入れ替わる、正に激戦と呼ぶに相応しい一騎討ち。そんな決戦を制したのは、ジンだった。


************************************************************


『準決勝第二回戦、大将戦……勝者、【七色の橋】!! よって準決勝第二回戦、二本先取で【七色の橋】の勝利です!!』

 アンナによるアナウンスが会場に響き渡り、次いで割れる様な歓声が上がった。大規模ギルド【森羅万象】を、イベントランカーが集まる少数精鋭ギルド【七色の橋】が打ち破る……という展開に、会場は大盛り上がりだ。


 逆にステージの上で、緊張感が漂う。HPが1だけ回復して立ち上がったアーサーは、ジンに向けて厳しい視線を向けていた。

「……何故、【変身】を解いた? 譲れないモノって、何だ……! 場合によっちゃ、絶対に許さない……!!」

 そんなアーサーの怒気を受けても、ジンは自然体だった。小太刀を鞘に収めると、ジンは口元を隠していた≪飾り布≫を下げる。


「僕が君と、対等な条件で戦いたかったからだよ」

 アーサーに向けて、初めて素の口調で話すジン。忍者ムーブをしていないジンに少し驚きつつ、アーサーは言葉を返す。

「普通に喋れるなら、そうしろっての……!! 第一、真剣勝負の世界で対等もクソもあるか!!」

「君にとっては真剣勝負がそういうものであっても、僕にとってはそうじゃなかった。僕は……陸上競技の選手だったからね」

 そんなジンの告白に、アーサーが言葉を詰まらせる。


 陸上競技は、厳格なルールの下に行われるスポーツ。一つ一つの記録を出すまでに、クリアしなければならない条件がいくつも存在する。フライングスタート、ラインオーバー等は許容されない。

 そういった条件下で、繰り広げられる選手達の競い合い。それは確かに、()()()()()()()()だ。


「【変身】状態での戦いは、あの時点で決着がついた……それが僕の考えだった。後は、もう一度君と生身で競い合いたかった……まぁ、アバターだから生身っていう表現もアレかもしれないけど」

 最後は冗談めかして言うジンに、アーサーは微妙な表情をしていた。言いたい事は解らなくもないが、完全には納得できない。

「それを言ったら……試合開始から終了までが、一競技じゃないのか?」

 アーサーの言い分は最もだ。そんな指摘に、ジンは苦笑する。

「他のプレイヤーだったら、そう割り切れたかもしれないけどさ。君の場合は、ちょっと違ったんだ」

 それは、ジンにとってある意味でアーサーを特別視していたが故の事だった。


「あれだけ速く走れる君だったから、フェアな条件で戦いたかったんだ」


 それはアーサーを甘く見ていたからではなく、アーサーを対等な存在と考えていたからこそ。自分と競い合える存在だと、認めていたからこその決断だった。

 要するにアーサーとの戦いで、ジンの競技選手としての魂に火が点いたのだ。


 そんなジンの言葉を受けて、アーサーは解ったような解らないような感覚に陥りかけ……そして、頭を振った。

「俺には理解は出来ないけど、お前の顔を見たら……本音で言っているのは解ったよ。怒鳴って悪かった」

「構わないよ。考え方なんて、人それぞれだし……まぁ、僕が君と本気で勝負をしたかったっていう事だけは、信じて欲しい」

 ジンの真剣な表情を受け、アーサーは苦笑で返す。

「疑っちゃいないさ……もう、な。次やる時は、俺が勝つ」

「……うん、また戦おう。次も負けない様に、僕ももっと速くなる」


 先程の険悪な雰囲気は霧散し、どことなく爽やかな空気感が漂う。それが照れ臭かったのか、アーサーは意図的にジンにジト目を向けてツッコミを入れた。

「腕も磨けよ、お前。速さ頼りじゃないか」

「うっ……そうだね、それも鍛えていかないと……」

 そんな会話の押収に割って入るように、拍手の音が響いた。それは【七色の橋】と【森羅万象】のメンバーから始まり、そして観客席のプレイヤー達にも広がった。控室から、トーナメントで敗退した者達も姿を見せ、拍手に加わる。


「……そういや、ステージ上での会話って……」

「……会場全体に、聞こえるんだっけ……」

 一気に羞恥心が湧き上がり、二人は顔を見合わせた。


――とりあえず、今日はこれで。

――話の続きは、次の機会に。


 視線で語り合い、同時に踵を返す二人。激戦の末に、アイコンタクトする仲になってしまったのだった。河原で殴り合ってユウジョウ!! みたいなものだろうか。


 ステージから降りる前に、アーサーがジンに振り返る。

「ジン!!」

 それは、アーサーが初めてジンのアバターネームを呼んだ瞬間。そして、ジンを認めた瞬間でもあった。

「……俺らに勝ったんだ、次も勝てよ!! 次の金メダルは、俺らが貰うけどな!!」

 それは、アーサーなりの激励。それを受けて、ジンはしっかりと頷いて返した。


……


 ステージを降りたジンを出迎えた、【七色の橋】の面々。その表情は一様に笑顔だ。

「お疲れ様です、ジンさん!」

 ジンの胸に飛び込む様に、ヒメノが駆け寄る。それを受け止め、ジンは笑みを零す。

「ありがと、ヒメ。それに、カノンさんも」

 ヒメノとカノンが製作した、【変身】時専用装備。それが無ければ、ジンは敗北していた。

「うん……役に立てて、良かった……」

 様々な感情を胸の内に秘めつつ、カノンは笑顔を浮かべてみせた。


「ジンさーん!!」

「お疲れ様ですー!!」

「カッコ良かったです!! 流石ですっ!!」

 観客席の手摺から、身を乗り出す様にして手を振る三人のプレイヤー。今回は参加メンバーに加わらなかった、【七色の橋】に新加入した三人組だ。その脇にはリンとロータスが笑みを浮かべながら控えている。

 彼等のすぐ側まで歩み寄って、手を振るジン達。


 そこへ、十人のプレイヤーが歩み寄る。それは控室から出て、ジンとアーサーを称える拍手に加わっていたチーム……大規模ギルド【聖光の騎士団】のトップ十人だ。

 先頭に立つアーク。一歩下がった位置に、ギルバートとライデン。その更に後ろに他のメンバーが並ぶ。

 この後にぶつかり合うチーム同士が、決勝を待たずして向き合っている。この光景に、観客達もざわめいている。


「久し振り……だな、【七色の橋】の諸君」

 アークの挨拶に、ヒイロが一歩前に出る。

「えぇ、御無沙汰しています」

 【七色の橋】と【聖光の騎士団】が接触するのは一カ月と少し前、マリウスがヒメノを襲ったあの事件以来だ。その事を思い出したのか、ヒメノの表情がわずかに強張る。


「あの時の事は、今でも申し訳なく思っている。しかし試合となれば、我々は本気で行かせて貰う」

 アークにとってマリウス事件は、忸怩たる思いを呼び起こす一件だった。しかし、今回はイベントでの決闘だ。そこで手心を加える様な事は、決して無い。

 それを伝えるのは、先のジンとアーサーの会話を受けての事。【聖光の騎士団】を率いる者として、【七色の橋】と全力で戦いたいと思ったからだ。


 アークの言葉に、ヒイロは笑みを浮かべて頷いてみせた。

「えぇ、真剣勝負ですからね。全力でやり合いましょう」

 そんなヒイロの言葉に、アークは仄かに口元を緩めた。しかしすぐに口元を引き締め直し、真剣な表情で最後の一言を口にする。

「決勝戦、楽しみにしている」

 そう言って踵を返し、歩き始めるアーク。他の面々もそれに続くのだが、そこでジンが一歩前に踏み出した。


「ギルバートさん!」

 自分の名を呼ばれ、ギルバートは歩みを止めた。同時に一瞬、肩がピクリと跳ねる。

「決勝の試合でぶつかったら、その時は宜しくお願いします!」

 ギルバート……AGI重視のプレイヤーであり、アーサーと何度も競い合った事があるトッププレイヤー。先のアーサー戦の様に、血沸き肉躍るような高速戦が出来るかもしれない……そんな期待が、ジンにはあった。


 しかし、ギルバートにとってはそうではなかった。

「うるさいっ!!」

 思わぬ言葉に、ジンは面食らう。【七色の橋】のメンバーも、【聖光の騎士団】のメンバーも、何事かとギルバートに視線を向ける。


 普段の彼ならばジンの言葉を、いつものロールプレイで受け流しただろう。しかし、掲示板で扱き下ろされ……そして認めたくない現実を突き付けられ、その心は荒れ狂っていたのだ。

 何故ならば、彼は理解していた……理解してしまったのだ。【変身】したジンもアーサーも、ギルバートより圧倒的に速い事に。


 そしてもう一つ……。

「ふざけんな……お前なんて……!!」


 ジンは、≪九尾の飾り布≫を下げて口元を露わにした。そしてステージの上で、陸上競技選手だったと明言した。

 それ故に、ギルバート……鳴洲人志は、気付いてしまったのだ。


()()()()()()()()()()()()()!!」


 【七色の橋】の忍者・ジンが、事故で右足に障害を負ってしまったクラスメイト・寺野仁である事に。

次回投稿予定日:2021/2/3


とうとう【変身】のお披露目です!


そしてギルバート、やらかしました……。

平常モードのギルバートならば、ここまで感情を爆発させる事はありませんでした。

つまりこの暴走は、アレクの謀略通りという事です。


この暴言がどの様な結末を生むのか、ご期待下さい。

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― 新着の感想 ―
あ、地雷踏んだとゆうか踏み抜いてマントルまで突入した
[良い点] 忍者がニンジャに変身! 背中に巨大手裏剣を背負ってるのも良い! 投稿されたのが去年(2023年)だったら、ギ○ツと被って危なかったのを回避できたのは、作者様のAGIのお陰か、【なろう】神…
[一言] ギルバートやらかしましたね…。いくら掲示板で叩かれたとしても、リアルの事を持ち出して八つ当たりとは…( ̄~ ̄;) 【七色の橋】のメンバーや【桃園の誓い】【魔弾の射手】のメンバーやユージンさん…
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