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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第九章 第二回イベントに参加しました(後)
144/573

09-08 準決勝第二回戦・大将戦(前)

 二人の少年がステージの上で向かい合うと、騒がしかった観客プレイヤー達の声が止んだ。

 和風装束で身を包んだ茶髪の少年と、冒険者風の防具を身に纏った赤毛の少年。共に速さに自信がある、名の知れたプレイヤー同士。

 そんな彼等の、試合前の掛け合い。それを一言一句も聞き逃してなるものかという、観客達の心の声が聞こえて来るようだった。


 それは、決勝トーナメントに進出したチームの面々も同様だった。特にそういった雰囲気を醸し出すのは、【聖光の騎士団】の面々だ。


「忍者君が勝てば、決勝の相手は【七色の橋】。アーサー君が勝てば、【森羅万象】にもまだチャンスがある……か」

「延長戦、だね。一応は公式サイトにもそんな文面があったけど……まさか、本当に引き分け試合が出るとは思わなかったな」

 シルフィとベイルの会話に、ライデンが苦笑する。

「どっちが相手でも、厄介だね。ここまでの試合、予想外のオンパレードだったよ」

 特に【七色の橋】は……と付け加え、ライデンはジンに視線を向ける。


――見覚えがある……気がする。


 ライデンは、現実リアルでジンの姿を見た事がある……そう感じていた。

 その根拠は、ヒイロだ。彼は【七色の橋】のヒイロが、星波英雄クラスメイトだと気付く事が出来た。そんな彼の相棒的存在であるジンが、同じ学校の生徒だという可能性は高いと感じていた。


 そこまで確信していても、仁がジンであると気付けない事には理由がある。

 普段のライデンとギルバートは、昼休みの時間になるとすぐに外に出てしまう。そうして学食で食事をし、時間ギリギリまでゲーム話に花を咲かせるのだ。それ故に、仁と英雄が昼食を共にしている事に気付いていない。

 そして入学以降、仁はあまり活発さを失っていた。今でも英雄と昼食を共にする時以外の仁は、基本的に物静かに席に座っている事が多い。同時に英雄に女子生徒が群がるので、昼食以外はあまり突っ込んだ会話はしていないのである。


 それでもジンの髪型が黒髪の短髪であれば、彼の現実の姿を連想したかもしれない。ジンが口元を飾り布(マフラー)で隠していなければ、すぐに寺野仁だと気付けたかもしれない。

 しかし今はまだ、ライデン……そしてギルバートも、彼の正体には気付いていなかった。


 そしてギルバートは……この二人について情報が無いかと、掲示板を開いた。その中で、今一番伸びているAWO関連のスレッドを開き……目を見開いた。

 【魔弾の射手】戦の中堅戦以降から、ギルバートに対するコメントがいくつも書き込まれていたのだ。その内容がありもしない誹謗中傷ならば、ギルバートもスルー出来ただろう……しかし、書き込まれているのは大半が「ギルバートは、思ったよりも大した事がない」というものだった。


――ふざけるな……俺は……!! 俺は、AWOにおいて最速のプレイヤーだ……っ!!


……


 一方、既に敗退したチームもこのカードに注目していた。

 例えば、多くのプレイヤーと同様の感覚を持つ者達……【遥かなる旅路】。


「第一回イベントでランキングトップになったジン……大手ギルドのエースと呼ばれるアーサーか」

 唸るカイセンイクラドンに、他の面々も次々に意見を口にする。

「イベント動画に映ってた感じ、速さはジンの方が上か?」

「いや、その時にはアーサーが【スピードスター】を習得してなかったかもしれないだろう?」

「更に速くなってる……かも?」

 やんややんやと盛り上がる仲間達。そのやり取りは、ただ試合を観戦するのを楽しみにしているようにしか見えない。ギルドの中でもトップレベルのプレイヤーなのに……と、カイセンイクラドンは溜息を吐く。


 そうやって盛り上がるのは、歳若いプレイヤー達だ。そんな若年層の面々に、トロロゴハンが一喝する。

「次のPvPイベントでは、戦うかもしれないんだよ。しっかり見て、対策を考えるんだからね、アンタ達!」

 トロロゴハンのお叱りに、騒いでいなかった面々がウンウンと頷く。特にステージに立った四人は、真剣な表情だ。余程、準決勝のステージに立てなかったことが悔しいらしい。


「【森羅万象】としては後が無い、確実に白星を上げたいと思っているはずだ……となれば、アーサーも形振り構わずに本気を出すだろうさ」

「今のアーサーの、本気の戦い振りが見れる……って訳ね」

 並んで立つカイセンイクラドンとトロロゴハンは、モニターから視線を逸らずに会話している。

 そんな二人の姿に、他の面々もモニターを凝視するように見つめ始めた。


……


「はてさて、どんな試合を見せてくれるのかな……ジン君」

 愉快そうに告げるのは、ユージン。【魔弾の射手】のチームに、ゲスト参加した生産職である。彼は【七色の橋】を除けば、誰よりもジンとの関わりが深い男だ。


「……楽しそうですね?」

 そんなユージンにジト目を向けるのは、レーナである。

「おや? レーナ君は、ジン君がお気に入りかな?」

「変な意味ではないですけどね。あんな真っ直ぐな子、応援したくなるじゃないですか。彼を何かに利用したり、巻き込もうとしたら撃ちますからね?」

 ジト目が真剣な眼差しに変わったのを見て、ユージンは両手を上げる。


 そんな二人の会話を、他の面々は緊張の面持ちで見守っていた。

「レーナ、怖いもの知らず……」

「レーナちゃんらしいけどねー」

「本気で怒ったレーナは、私も怖いデス……」

 親友達ですら、この様子である。しかしながら、このまま緊迫感の中で観戦するのは勘弁願いたい。


 そう考えて割って入ったのは、やはりというかジェミーである。気苦労の多いギルマス役と言うべきだろうか。

「はいはい、そうギスギスしない。ユージンさんは、何でそんなにジン君を?」

 そんなジェミーの仲裁に、レーナは視線をユージンからモニターの中のジンに向ける。その様子を横目で見て、ユージンは穏やかな笑みを浮かべた。


「ははは、そんなのレーナ君と同じに決まっているじゃあないか。おじさんとしては、彼等の様な若者は応援したくなってしまうんだよ。特に……ジン君とヒメノ君はね」


……


 そして、観客席の一角。

「次はいよいよ、決勝だよ!」

「やっぱり、皆は凄いねぇ」

 笑顔で会話するセンヤとネオンは、既に勝ったつもりらしい。というのも、二人は何度もジンの戦いを見た事があるのだ。無理もないだろう。


 最高レベルのAGIを駆使した立ち回りは、正しく疾風怒濤。二振りの小太刀を振るえば、鋭い武技と多彩な魔技を披露する。

 彼女達は、ジンがダメージを受けた所を見た事が一度も無いのである。故に、絶対的な信頼を向けている。


 しかしながら、ヒビキは首を横に振る。

「油断できないよ……あのアーサーって人、かなり強いと思う」

 その言葉に、センヤとネオンが意外そうな顔をする。

「えー! ヒビキも、ジンさんの速さは知ってるでしょ? それに【九尾の狐】だってあるんだよ?」


 予選に参加する前に、モンスターを相手に()()を整えていたジン達。その戦闘には、ヒビキ達も参加していた。

 だからこそ、彼女達はジンがいつでも【九尾の狐】を発動出来る事を知っている。それを使用すれば、ジンは正しく最高最速。ただでさえ高いAGIが、二倍になるのだ。


 それでも、ヒビキは不安感を拭えない。

「……あの人は多分、何か武道の心得がある。ゲームのシステムじゃなくて、リアルの」


……


 一方、アレクは掲示板の様子を見て溜息を吐いていた。というのも、彼の仲間が書き込んだであろうコメントがあまりにも拙い物だったからだ。


――はぁ、この内容は【カイト】か……あいつはまだ、坊っちゃんだからなぁ……。


 そんな内心を表に出さないようにして、アレクはその少年に向けてメッセージを送る。『あまり熱くなるなよ』と。彼は頭は良いし度胸もあるが、肝心な所で熱くなる事があるのだ。故に、コントロールしてやる必要がある。


――ま、どうせカイトのコメントは流れるか。何せ……この二人の試合なんだから、な。


 視線の先には紫色のマフラーを靡かせた忍者と、赤毛の少年剣士。この二人の対決は、実に見応えがありそうだ。アレクはそう思い、観察の体勢に入る。


************************************************************


 ステージの上に立つ、ジンとアーサー。しばし無言の時間が流れ、最初に口火を切ったのはアーサーの方からだった。

「覚悟は良いな、忍者。この試合、俺が勝つ」

 自分の速さに、そして強さに対する自信。そして後がない現状、仲間達の為にもこの試合を制してみせるという強い意志。試合に向け、アーサーの闘志は最高に高まっている。


 それに対するジンの返答は、気負いの無い自然体のものだった。

「負けられないのは、拙者も同じ。負ける気はないでゴザル」

 その言葉に、アーサーはムッとした表情になる。しかしそれ以上は何も言わず、黙って腰に佩いた剣を抜いた。


 アーサーの剣は美しい装飾を施された、両刃の直剣だった。その刃は半透明のクリスタルの様で、降り注ぐ太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 これまでの【森羅万象】の戦闘から、アーサーも何かしらのレアスキルやレア装備を持っていても不思議ではない。ジンは、注意深くアーサーを観察する。

 しかしながら、それはアーサー側も同様である。


――二本の刀……長さからして、小太刀か。服に付いている手裏剣や苦無は、やはり投擲に使うのか?


 VR・MMO歴の長いアーサーは、ジンの装備を観察して推測を立てていた。近接攻撃だけでなく、投擲による攻撃も警戒する。

 投擲系の攻撃に用いるのは、消費アイテム。手裏剣や苦無がそれだろうと推測し、更に考えを巡らせる。


――普通の投擲アイテムは、小さいダメージを与える程度のものだが……こいつらの事だ、市販品よりも威力は高いな。


 しかしながら、投擲系の攻撃はアーサーに効果が薄い。何故なら彼は純粋な前衛職で、弓矢の様に照準を定める事も、魔法の様に詠唱する事も無い。ヒットストップを狙う様な隙は無いのだ。そしてアーサーのAGIならば、投擲攻撃を躱す事など造作も無いのだ。

 故に、警戒すべきはジンのAGIの高さ……そして彼が所有している、レアスキルだと判断した。


――開幕から、全開で畳み掛けてやる。


 選択するのは、接近しての近距離戦闘。アーサーのビルドと装備は、それに長けている。自分のステージに引き摺り込み、自分のペースで戦いを優位に進める考えだ。


 しかしアーサーは、全ての力を出し切るつもりは無かった。彼は自分が勝ち、この後の延長戦でも【森羅万象】が勝つ事を疑っていない。自分の技量と仲間への信頼が、その根拠となっている。


 ならば、決勝で当たるのは【聖光の騎士団】。DKCドラゴン・ナイツ・クロニクル時代から、トップ争いを繰り広げるギルドだ。

 その戦いに備えて、出来るだけカードは温存しておく。しかし必要とされているのは確実な勝利であり、戦況次第では随時切り札も使っていく。

 その判断が出来るだけの決断力も、彼の強みの一つだ。


 睨み合い、無言のままの両者。その様子に、段取りを進めても問題無いとアンナは判断した。

『それでは両者、準備は宜しいですか?』

 アンナの問い掛けを受け、二人はようやく口を開いた。

「あぁ」

「問題無いでゴサルよ」


 二人の返事を受け、アンナは右手を掲げる。

『それでは、準決勝第二回戦・大将戦……』

 会場中が静まり返り、アンナの開始宣言が下される瞬間を待つ。誰もがステージ上で向かい合う二人から、視線を逸らす事が出来ずにいた。

『試合、開始!!』


 アンナが開幕を告げたその瞬間、彼女の目前で火花が散った。

『……へっ?』

 試合開始宣言をしたら、早々に運営が集まるモニタールームに転移していたアンナ。しかし彼女が転移しようとしたその瞬間、二人のプレイヤーは相手に向けて駆け出していた。そして丁度アンナの目前で彼等は交錯し、すれ違う瞬間に剣と刀がぶつかり合った。


 赤い髪を揺らすアーサーと、紫色のマフラーを靡かせるジン。彼等は互いに背を向けた状態で静止している。その場所は丁度、先程まで相手が構えていた場所だった。


 我に返ったアンナが、慌てる様にステージ上から転移する。同時に振り返ったジンとアーサーが、姿勢を低くして得物を構えた。

「チッ!!」

 舌打ちしつつ、アーサーが先に動いた。その速さは他のプレイヤーとは一線を画し、目で追うのが困難なレベルである。


 向かってくるアーサーに対し、ジンは構えつつ待ち構えた。そして振り下ろされたアーサーの剣をサイドステップで躱し、右手の小太刀を振るう。

「くっ……!!」

 勢いのままに地面を蹴り、飛び込む様なフォームから前転。その攻撃を躱し切ったアーサーは、ホッと一息吐こうとし……そこで彼の本能が、警鐘を鳴らした。


 アーサーが回避行動を取った先、つまり彼の眼前。そこに、ジンが居た。

「【一閃】!!」

「【クイックステップ】!!」

 ライトエフェクトを纏いながら迫る小太刀の刃に寒気を覚え、アーサーは必死になって駆け出す。


――何だ、今の……!! 何か特別な事をした様には、見えなかった……!!


 思考しつつも、アーサーは足を止めたりはしない。

 向かう方向は、ジンから見ると右手側。つまり、今【一閃】を放ち刀を振り切っている側だ。距離を取って攻撃を回避し、武技発動後の技後硬直を狙って攻撃する算段。

 対人戦のセオリーであり、同タイプのビルドである相手に有効な手。


 しかし、ジンには【達人の呼吸法】という技後硬直を緩和するスキルがある。更に言うと、【一閃】の技後硬直は武技の中でも短い部類になる。【一閃】の技後硬直はあっという間に終わり、ジンは身体に自由が戻るのを感じた。

 しかし体勢はそのままに、技後硬直の最中である様に見せかける。狙いはカウンターによる、クリティカル率を上げた【一閃】。迫るアーサーを視界の端で捉えたジンは、静止したまま左手の≪小狐丸≫を強く握る。


 技後硬直を狙うアーサーと、カウンターを狙うジン。二人がそれぞれの射程距離に入ろうとした瞬間……。

「……チッ、誘われたか」

「……引っ掛からないでゴザルか。流石、手強い」

 互いに動きを止め、警戒の姿勢に入った。


 アーサーがそのまま突っ込んでいれば、ジンの【一閃】によるカウンターが命中していただろう。

 しかしながらアーサーは、ジンの表情と構えている様な体勢を見逃さない。何かがあると悟り、接近するのを中断した。

 ここでジンがカウンター攻撃に出ていれば、空振りの上に技後硬直に囚われる事になる。それは致命的な隙となるだろう事は、想像に難くない。アーサーの接近が止まった瞬間、ジンもまたカウンター攻撃を中断して警戒の姿勢を続ける。


 そのまま睨み合うかに思われたが、二人は互いに自ら前に出る事を得意とするプレイヤー。相手に主導権を渡さぬ様に、ひたすら駆け抜ける戦闘スタイルである。

「いざっ!!」

「行くぞ!!」

 示し合わせたかの様に、二人は全く同時に駆け出した。似通った戦闘スタイルだが、完全に同じとはならない。真っ先に思い至るのは、ステータス値の差。次に保有スキルの差、そして装備の差だろう。


 この中で、ステータスは特に重視される。数値はそのまま力となるのがゲームの世界、当然といえば当然だろう。そして保有スキルと装備によって、ステータス値が更に補強される。それがAWOのシステムだ。


 また、装備……特に得物となる武器の差も無視は出来ない。攻撃速度・射程・威力は、戦況の有利不利に直結する。

 この戦いの場合、その要素が非常に浮き彫りになっている。

「……くっ、間合いが……!!」

 ジンは二振りの小太刀で果敢に斬り掛かるが、相手の武器の方が長い。技量さえ追い付けば、一方的に斬り付けられる状況にある。


 とはいえ、アーサーも余裕というわけではない。

 自分の懐に飛び込もうとするジンの動きを、捉える事が出来ずにいる。その理由は自分が剣一本なのに対し、相手が二刀流である事が大きい。更に小太刀は取り回しが良く、素早い攻撃に適している。

 そして、何より……。


――くそっ!! 認めたくないが……っ!!


 ジンの方が、アーサーよりも速いが故に。

 しかしながら、二人の間にはもう一つ……戦況に大きく影響する要因があった。


************************************************************


 戦闘開始から、五分が経過した頃。互いに一歩も引かない、剣と刀の攻防を繰り広げるジンとアーサー。

 速さと手数ではジンが勝っているのだが、間合いではアーサーが勝っていた。しかしそれだけで、ジンの猛攻を凌げるはずもない。


「はっ!! せいっ!!」

 両手の小太刀を振るい、アーサーを攻め立てるジン。しかし、その表情は芳しくない。

 逆にアーサーは、冷静にジンの攻撃をいなしていく。その動きに無駄はなく、剣を振るった後はそのまま構え直す。一部の隙も無い、見事な動作。

「……っらぁ!!」

 ジンの動きが鈍れば、アーサーが鋭い斬撃を放つ。持ち前の速さを駆使して回避するジンだが、ここまで攻撃が当たらない状況は覚えが無い。


――速さじゃない、うまさだ……!! 彼は、僕よりもずっとずっと高い技量を持っている……!!


 VR・MMO歴の差。そして現実での経験の差が、天秤をアーサーに傾けつつある。

 ジンの攻撃に慣れてきたアーサーは、その狙いや動きを先読みしている。ジンが攻撃するだろう場所に当たりを付けて、そこに武器を振るえば受けられるという訳である。


 口で言うのは簡単だが、当然の如く容易な事ではない。これもアーサーが、幼少期より剣術道場に通っていた事が影響している。

 ゲームでの独学ではなく、現実での師事。それが今、アーサーにとって大きなプラスに働いている。


――姉貴に無理矢理やらされた剣術だけど……まさか、こんな所で感謝する羽目になるとはな……!!


 ジンの攻撃を捌きつつ、アーサーは機を見計らう。ジンを倒すには、彼の速さを何とかしなければならない。そのタイミングを活かす機会は、恐らくそう何度も訪れない。


「く……っ!!」

 何合、何十合ほど打ち合ったか。ここで初めて、ジンの集中が揺らいだ。五分に渡る高速の斬り合いは、流石のジンでも神経を擦り減らしていたらしい。

「そこだっ!!」

 気合いの籠もった声と共に、アーサーが鋭い踏み込みを披露する。一瞬とはいえ、意識の空白を突いた踏み込み。ジンにはまるで、瞬間移動をされたようにすら思えた。


 そして、突き出された剣。その攻撃を、ジンはバックステップで避ける。紙一重で避けられたはずの剣先。しかし、ジンの喉元にダメージ痕が刻まれる。

「ぐ……っ!?」

 ジンのHPバーの一割程が削られ、それを見た観客席から多種多様な声が上がる。


 現実と違いゲーム内ならば、喉元を刺されても死には至らない。呼吸する事にも支障が無ければ、痛みで転げ回るような事にはならない。

 しかし、ジンがダメージを受けた事には変わりない。動きが止まり、アーサーに追撃の隙を与えてしまう。

「【クインタプルスラッシュ】!!」

 アーサーはこのまま勝負を決めようと、武技を発動してジンに迫った。


 迫るアーサーを見たジンは、その両足に力を込めた。

「【クイックステップ】!!」

 今度もまた、ギリギリで回避が間に合うかに思われた。しかし、ジンの肩に新たなダメージ痕が刻まれる。


――今のは……いや、さっきのもだ。何故、避けた筈なのに斬られた……!?


 ジンは確かに、アーサーの剣を避ける事に成功している……見える部分は。アーサーの剣≪征伐者の直剣≫は、目で見える鋼の刀身に加えて透明な刃が存在しているのだ。

 モンスター相手では通用しないが、対人戦では攻撃の間合いの認識を狂わせる。ジンが避け切れないのは、それが理由である。


 アーサーの【クインタプルスラッシュ】は、一撃目が僅かに掠った程度。その為、ジンはそのまま距離を取って態勢を整える事に成功した。

 技後硬直が終わり、悠然と剣を構えるアーサー。だが、内心は穏やかではない。ジンがアーサーの技量と避け切れない剣に危機感を抱いている様に、アーサーもまたジンの速さに歯嚙みしていた。


――第一回イベント、ランキング一位……か。悔しいが、認めるしかないな。コイツは、()()俺より速い。


 速さには、絶対の自信があったアーサー。【スピードスター】を習得しそのスキルレベルを上げた事で、ギルバートにも対抗出来ると考えていた。

 しかし、ジンのAGIは自分を上回っている。それが解らないアーサーではなく、そして相手の力量を認めない程愚かではなかった。


――この剣と、【スピードスター】。それだけで勝てる程、甘くは無い……か。仕方ない、負けたら何にも意味が無い。


 アーサーはジンの実力を肌で感じ、彼の事を認めつつあった。だからこそ、最後まで使わないでおこうと思ったスキル……それを使う事を決断する。

「……面白いモン見せてやる、忍者。せいぜい驚いてくれよ?」

 そう言って、アーサーは剣を床に突き刺す。


――今の俺の速さで敵わないなら……更にギアを上げるだけだ!


「これが俺の切り札だ……【変身】!」

 その掛け声は、スキル名を宣言する事も兼ねていた。眩い光がアーサーから放たれ、その光が収まった時……彼の姿は、銀と赤の鎧を身に纏った姿へと変貌していた。


 ステージ上で起こった変化に、観客席はどよめいていた。彼等の視線を集めているのは、ステージ中央に立つ少年だ。

 活発そうな赤毛の少年のアバターは、今は全身を鎧に覆った姿へと変貌している。


……


「……今、【変身】って言ったよな?」

「あ、あぁ……」

「で……あの姿になったよな?」

「せ、せやな……」

「ガチで変身したぞ、あいつ……」


 日曜日の朝に放映されるスーパーなヒーローを連想させる、銀と赤を基調とした鎧姿。観客プレイヤー達の興味は、アーサーの見せた新しいスキルに集中していく。


「そのスキル……」

 真剣な表情で、アーサーに向けて口を開くジン。そんなジンの様子に、アーサーは一つ息を吐いた。

「コイツを使う所まで、いくとは思わなかった……お前は、素の状態では俺より速い」

 そう言うアーサーの表情は、ヘルメットに覆われて見ることは出来ない。しかしその声色から、苦々しいといった表情をしているのは容易に想像出来た。


「だがここまでだ。この姿になった俺の方が……お前よりも速い!!」

 アーサーが駆け出すと、一瞬の内にジンの懐に潜り込む。既に攻撃態勢に入ったその姿に、ジンは危険を察知した。

「【クイック……」

 回避すべく、ジンは【クイックステップ】を発動しようとする。しかし、アーサーはそれを許さない。


「遅い!!」

 ジンの腹部に、鎧で覆われたアーサーの脚から繰り出された蹴りが叩き込まれる。ジンのHPが減少し、その身体がくの字に曲がった。

「ぐ……っ!?」

 そんなジンの姿を見て、観客席から悲鳴が上がる。


「お前は、確かに速い。けどそれだけだ!」

 アーサーはそう言いながら、左腕でジンを掴み引き摺り倒す。そして右の手に持つ剣を振りかぶり、それを振り下ろした。

 ジンはかろうじて二振りのの小太刀でそれを受け止めるが、STR値はアーサーの方が上。アーサーが力を込め、頭上で受け止めたはずの剣が押されてしまう。アーサーの剣が左肩に食い込み、ジンのHPがまた減ってしまった。


「戦い方がなっちゃいないんだよ……!! 速さに頼った戦術だから、こうして自分より速い相手には為す術が無くなる……!!」

 その言葉に、ジンは何も言い返さない。ひたすら、アーサーの剣を押し戻そうと力を込める事で精一杯だった。

 アーサーは、そんなジンを蹴り付ける。更にHPを削られながら、ジンは地面を転がっていく。


 ダメージを重ねたジンは、仰向けに倒れてしまう。身体のあちこちに浮かぶダメージエフェクトから、次に一撃喰らえばジンのHPが枯渇してしまうと察する事ができる。

 アーサーもそう思ったのか、剣を構えて口を開いた。

「立て、忍者……これで、終わりだ」

 最後は武技でケリを付ける……アーサーがそう考えているのは、一目瞭然だ。


************************************************************


「ジン……!!」

「……まずい!! ジン兄……!!」

 ヒイロとハヤテが、焦りの表情でモニターを凝視する。その胸中に訪れるのは、後悔。自分達が勝っていれば、引き分けていなければ……という考えだ。


 その焦りが、他の仲間達にも伝播する。

「ジンさんより速いなんて……」

「想像もした事が無かったわね……」

 アイネとレンの呟きが、【七色の橋】全員の胸中を代弁していた。


 AGI極振りで、尚且つユニークスキル【九尾の狐】を保有するジン。ユニークスキルのレベルも10に達しており、そのAGIは二倍。

 その圧倒的なジンのAGIを超える事が出来るとは、到底思ってもみなかった。


 そんな中、ヒメノとカノンだけは落ち着いた様子でモニターを見つめている。その表情に焦りの色は無い。

「……使う、よね?」

 カノンの言葉に、ヒメノはハッキリと頷いてみせた。

「攻撃を受けてしまって、【九尾の狐】の強化率がリセットされていますから……対抗するには、アレしかないです」


 攻撃を回避するごとに、一度につき1パーセントステータスを強化する武技【九尾の狐】。攻撃を喰らってしまった事で、溜めに溜めた強化率が0パーセントにリセットされてしまっている。

 しかしヒメノとカノンの二人は、まだジンに勝ちの目があると信じて疑わない。


「【変身】を持っているのは、ジンさんも同じですから」

次回投稿予定日:2021/1/31


ヘシン!! おっと、オンドゥル語が……。

作者は特撮とか好き過ぎて、前々作『刻印の付与魔導師エンチャンター』でも変身描写入れてます。

これは多分、そういう性癖です(キリッ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 口より手を動かしてたらもう勝ってたのに…若いそしてダサい
[一言] 変身出てきた時、刻印の思い出しながら読んでたらあとがきにも書かれてた。自分も変身好きです
2021/01/30 10:11 しおりすぐ無くす読書好き
[一言] 変身ですか最初はパワードスーツかと思ったんですが描写を読み進めたらガチでライダーの方でしたありがとうございます。次回はジンくんが変身するとのことなので今から楽しみでしかたありませんね。
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