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忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第九章 第二回イベントに参加しました(後)
141/573

09-05 準決勝第二試合・先鋒戦

 【聖光の騎士団】と、【魔弾の射手】の激闘。その興奮が冷めやらぬ観客達は、続く準決勝第二試合への期待を高めていた。

 なにせ一回戦では、両チーム共に速攻で相手チームを倒してしまったのだ。その戦い振りをじっくり見たいという欲求が募っているのも、仕方のない事である。


 そんな観客達の想いを汲んでいるのか、今回の司会進行を任された運営メンバー・アンナは早々に段取りを進める。

『それでは続きまして、準決勝第二試合に出場するチームをお呼び致します。まずは一回戦第三試合で【ベビーフェイス】チームを下しました……【七色の橋】チーム!』

 その名が呼ばれた事で、観客席から盛大な歓声が沸き起こる。それと同時に控室の扉が開き、【七色の橋】のメンバーが歩み出るのだが……観客席からの声援が徐々に縮小し、次いで困惑の声が上がる。


「うん、まぁそうなるッスよねぇ」

 和服の上には、タクティカルベルト。替えのマガジンを収めているのは、見た目に解る。右太腿にはFive―seveN型≪オートマチックピストル≫を収めたホルスター。担ぐようにしているのは、FAL型≪アサルトライフル≫。それは銃が主武装であると、一目で解る装備。

 それを誇示するかの様な登場をしてみせるハヤテだが、観客席の困惑にしてやったりという表情をしていた。


 しかしながら、観客が困惑しているのはハヤテの装備についてだけではない。確かにインパクトはあるものの、既に【魔弾の射手】……そして【桃園の誓い】のゼクスが公の場で使用しているのだ。真新しいと言うには、パンチが弱かった。

 ならば何故、観客が驚いたのか? それは、最後尾を歩く少女の装備を見たからだ。


「予想通りの反応ね、ハヤテさんの作戦通り」

「はい、上々の反応かと」

 レンとシオンの言葉に、ヒメノが苦笑いの表情を浮かべる。

「はい、これだったらインパクトありますよね!」

 そう、ヒメノだ。彼女がここぞという時に使用している、あの装備……二門大砲≪桜吹雪≫である。しかもそれを某ゲームのキャラクターの様に背負っているのだ。このインパクトは、絶大である。


「な、何あれ!?」

「凄く、見た事がある装備に似ているんですけど!!」

「ヒメノちゃんは○娘だったのかぁ……こいつはたまげたなぁ……」

「え、ってか、アレ……え、撃てるの? 大砲よね?」


 ジン達も本当は、ヒメノをこういった見世物のようにするのは本意では無かった。試合の中でちょろっと使って、すぐに仕舞って控え室に戻る……その程度のお披露目で良いと思っていた。

 しかしながらヒメノ自身が、フレンドであるレーナ達の為に一肌脱ぎたいと申し出たのだ。登場時から装備しておけば、印象は強いだろう……と。

 ヒメノの意思は固く、ジンですら説得し切れなかった。こうして、艦○もどきのヒメノさん進撃と相成ったのである。


 一気に観戦しているプレイヤー達の興味は、ヒメノの装備に向いた。銃がズルいなら、アレはどうなんだよ、的な感じ。

 これには流石のアンナも、呆然としてしまっていた。

『おーい、アンナー。進めてくれー』

 運営スタッフ専用のボイスチャットで、上司シリウスからの指示が飛んだ。この声は、アンナにしか聞こえていない。


『つ、続きまして……第四試合で【暗黒の使徒】に勝利しました、【森羅万象・A】チーム!』

 我に返ったアンナが、対戦相手となるチームの名を宣言。同時に歩み出て来る【森羅万象】の面々だが……やはり、視線はヒメノに向いていた。


「アーサー……あれ、ナニ?」

「し、知らないよ……あんなの、初めて見たし……」

 ハルからの質問に、アーサーはどもってしまう。致し方あるまい、意味不明過ぎるのだから。

「お、恐らくは銃と同じ系統の装備……だな。となると固定ダメージになるだろうが……どの程度のダメージを受けるのかは、解らん……」

「私の回復が追い付けば良いけど……」

 戸惑いつつも、冷静に分析するクロード。それに対して、シアが懸念事項を口にする。


「……見掛け倒しの可能性もあります。それに、我々には鉄壁の防御を誇るハルさんが居るじゃないですか」

 ムスッとした顔をしながら、そう口にするアイテル。その言葉と表情が裏腹なのだが、無理もないだろう。彼女にとってハルは恋敵であるが、同時に自軍における最強の盾なのだから。

「ん……やれる、はず」

 アイテルの言葉に、頷いて同意してみせるナイル。断言しないのは内気な彼女らしいが、それでも前向きな発言をしているとも取れる。


 そんな二人の言葉に、アーサーやクロードは頷いてみせる。そして、戸惑いは心の内に隠して堂々と歩みを進める。


……


 ステージ上で向かい合う、両チーム。アーサーの視線は、やはりジンに向いている。

「……忍者、アンタはどの試合に出るんだ」

 その言葉は、相手に戦略を明かせと言っているようなものだ。流石にそれは踏み込み過ぎである。

 しかし、相手はジン。ヒイロ達に目配せをしてみると、皆が皆頷いてみせた。これは彼等のアイコンタクトであり、「言っちゃってもいーい?」「おk」というやり取りである。


 仲間達の了解を得たジンは、アーサーに向き直る。

「拙者は大将戦を担当するでゴザルよ」

 その返答に、アーサーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。というのも、彼は中堅戦を担当する予定なのだ。


──この忍者、恐らくアーサーに迫る速さだ。いかに私でも、分が悪いかもしれん。


 流石のクロードも、アーサーと試合をすると苦戦を免れない。一応、戦績は勝ち越しなのだが……それは、アーサーをよく知っているからである。

 彼と同等の速さで、予想外の動きをされたら? 苦戦どころか、敗北もあり得る。


 クロードは一つ頷いて、ニッと笑った。今ならば、まだ間に合う。このタイミングでステージに上がったメンバーの中ならば、入れ替えは融通が効かせられるのだ。

 ちなみに【魔弾の射手】対【遥かなる旅路】でカイセンイクラドンがメンバーチェンジを申し入れしたのは、控えメンバーとの入れ替えだったから。


「それは奇遇だな……うちの愚弟も、大将戦を担当する。一つよろしく頼むとしよう」

 そんなクロードの言葉に、他のメンバーが驚きの表情を見せた。

「ふむ……成程。アーサー殿、どうぞ宜しくお願いするでゴザル」

「え? あ……お、おう……よろしく?」

 予定と違う担当に戸惑いつつ、アーサーはジンの挨拶に応じた。


 こうして大将戦は、ジンVSアーサーとなる事が確定した。そんな会話を耳にしていたプレイヤー達が、期待通りの好カードに盛り上がりを見せる。

「速さ自慢対決か……!!」

「超高速バトルになるんじゃね!?」

「やべえ、ワクワクしたきた!!」


 そんなどよめきの中、【森羅万象】側は動揺を見せる者もいた。

「ちょっと、クロードさん! 良いんですか!」(小声)

「問題無いだろう、シンラも忍者にはアーサーを当てるつもりだろうし」(小声)

 小声で叫ぶという器用な真似をするアイテルに、クロードは至極真面目な顔で返す……小声で。


 実際にシンラは、中堅戦をジンが担当すると予想していた。そこで対抗し得るアーサーを中堅戦に配置していたのだが、目論見が外れたのだ。

 故に、クロードの機転をモニターで見ていたシンラは、控え室で親指を立てていた。グッジョブ! の意味を込めたサムズアップである。


 何だか観客が盛り上がったり困惑したり盛り上がったりして、何がなんだかのアンナさん。しかし職務に忠実な彼女は、さっさとイベントを進めてしまおうと決心。段取りは勢い、盛り上がっている内がベストなのだ。

『それでは先鋒戦に参ります。参加者以外は、一度お下り下さい』

 そのアナウンスを受け、先鋒戦メンバー以外がステージから下がる。ステージの上に残ったメンバーに、観客席から更なる歓声が上がった。


「わー、凄い盛り上がりですね」

「ヒメちゃんのそれを、早速見れるっていうのもあるんじゃない?」

「まぁ、後は……こちらもあちらも女性が揃っているからでは無いでしょうか」

 【七色の橋】の先鋒戦メンバーは、ヒメノ・レン・シオン。主砲コンビと要塞メイドの三人だ。


「おぉー、似ている編成だねー! 盾と魔職と弓職!」

「……負けられませんね」

「アイテルー、顔怖いよー? ほらほら、スマイルスマイル」

 対する【森羅万象】は、ハルとアイテル、そしてシア。【暗黒の使徒】戦と同じ編成である。

 似通った編成の戦いに、観客達の期待は更に高まる。


『それでは両チーム、準備はよろしいですか?』

 アンナの確認の声に、双方から肯定の返事が届く。それを聞き届けたアンナは、高らかに手を掲げた。

『それでは、準決勝第二試合・先鋒戦……試合開始!』


************************************************************


 試合開始宣言と同時、まずは互いの壁役が一歩前に出る。シオン、ハル共に鉄壁を誇る盾職だ。

「先手必勝……まずは、貴女です」

 鋭い視線でヒメノに狙いを定め、アイテルが弓に矢をつがえる。引き絞った弦がキリキリと音を立てた。

「【ホーミング】」

 放たれた矢が、物理法則を無視した軌道を描いて飛ぶ。大きく迂回して、ヒメノの左側面へ飛来した。


 しかし、それを許さない【七色の橋】の鉄壁メイド。

「甘いですね……【展鬼てんき】」

 分割された盾は三人を囲む様に展開され、盾と盾の間にはダークグリーンの光の膜。その光膜がアイテルの矢を受け止めてみせる。


「広範囲防御……!!」

 歯噛みするアイテルに対し、ヒメノはお返しとばかりに砲門を向ける。

「今度はこっちの番です! 砲撃開始!」

 二門の砲塔から轟音が轟き、同時に放たれた砲弾。それが、【森羅万象】チームに向かって飛んでいく。


「よっこいしょ!!」

 ハルが手にした大盾で、その砲弾を受け止める。しかし一発、二発と受け止める事には成功したが、着弾の衝撃により後退させられてしまう。

「わわっ……ノックバック!?」

 銃系統の共通仕様により、盾で受けられるとダメージは通らない。しかし砲系統となると、衝撃によるノックバックが付与される。その事を知らなかったハルは、思わぬ展開に困惑を隠せない。


「さぁ、行きますよ……【ファイヤーアロー】」

 その隙を見逃すはずもなく、レンが魔法攻撃を発動。ハルが最前衛の位置に戻る前に、後衛職二人を倒そうと攻める。

「そうはさせない! 【セイクリッドスフィア】!!」

 しかしながら、シアの判断は早かった。ハルが後退した瞬間に魔法の詠唱を変更し、自分とアイテルを守る為の防御魔法を発動。これにより、レンの攻撃を防いでみせる。


 動揺しつつも、アイテルは次の行動に移っていた。魔法を発動した直後のレンに向け、武技を発動する。

「これでどうです……【スパイラルショット】!!」

 風を切り裂きながら、レンに向かって飛んでいく矢。だが、彼女には最強の盾が傍らに控えている。

「させません」

 涼しい声で呟いた和風メイドが、盾で矢を受け止める。【スパイラルショット】特有の多段ヒットを受けても、その表情は変わらない。


──回復役シアさんがいるこちらの方が、長期戦に向いているはず……このまま盾役から落とせば……!!


 弓使いにとっては、相性の悪い相手である盾職。だがアイテルには、相性など関係が無い。手慣れた動作で矢筒から矢を三本抜き取ると、それを同時に弓につがえて弦を引き絞る。


「【ワイドショット】!!」

 同時に放たれた三本の矢は、シオンの頭上目掛けて飛ぶ。無論、外したのではなくわざとだ。

「【ホーミング】!!」

 三本の内の一本が、軌道を変えた。残る二本の矢はそのまま通過して行くが、軌道を変えた一本はシオンの肩に命中する。


「よし……はっ!?」

 アイテルは攻撃が当たった事に満足気に頷いてみせたが、シオンの頭上に表示されるHPバーを見て目を見開いた。何せ、HPが全然減っていないのだ。

「な、なんて硬さ……ハルさんと同じ、VIT極振りなの……!?」


 呆然とするアイテルに対し、ヒメノが狙いを定める。

「行きます!! 【スパイラルショット】!!」

 唸りを上げて飛ぶ矢がアイテルに迫るが、その前に大盾を構えたハルが立ち塞がる。

「【ストロングガード】!!」

 アイテルの攻撃をシオンが防いだ時の様に、ヒメノの攻撃をハルが防ぎ切ってみせる。耐え抜いてみせたハルだが、HPバーは少しばかり減少していた。砲撃と違い矢の攻撃は、盾で受けてもダメージが通るのである。

 更には盾の耐久値を確認して、ハルは目を見開いた。耐久値が二割も減っているのだ。


──一撃で、ここまで……!? 凄い……!!


 予想外の苦戦を受け、シアは必死に考えを巡らせる。ハルの【リヴェンジ】、アイテルの【ホーミング】を活かすにはこのままでは駄目だ。

「アイテルはヒメノ、ハルはシオンを狙って! レンは私が相手する!」

 相性の有利不利を覆すだけの力がある……そう思っていたものの、それは相手も同じ事。ならば、相性が関係無い相手……同じポジションの相手とならば、負けない。シアはそう考えた。


 彼女の根拠は、自分達が最前線級のプレイヤーであるという自負。プレイヤーレベル、スキル熟練度、プレイヤースキルならば、小規模ギルドになど負けない……そんな、大ギルドのトッププレイヤーであるというプライドから来ていた。

 しかし、その目論見が的中するかは別の話である。


……


 シアはレンを睨み付け、魔法を行使する。魔法職同士の戦いはMP管理と、最適な属性選択……そして何より、魔法発動までの詠唱時間の効率化。

「ここで使わされるとは……ねっ!! 【クイックスペル】!!」

 シアの発動した【クイックスペル】は、MP消費量が二倍になる代わりに詠唱時間が半分になる【支援魔法の心得】で会得出来るバフだ。MPが少ない場合、一気にMPが枯渇してしまう。


 しかしシアはMP増加を備えたアイテムを複数所持しており、少しは余裕がある。

「純粋な魔法勝負ですか……良いでしょう」

 レンはシアの挑戦を、真っ向から受ける姿勢だ。魔扇を両手にする姿は優雅であり、尚且つ堂々としていた。そんなレンの余裕すら感じさせる姿勢に、シアは警戒度を高める。


 ――相手は【聖光】のレイドパーティに参加していた、最前線の魔法職!! 油断はしない!!


 魔法職同士の戦いとなれば、必要なのは手数と速さ。シアが選択したのは詠唱速度と射速に長けた、光属性の魔法だ。

「【ライトボール】!!」

 風魔法に一歩劣るものの、詠唱の早い【ライトボール】。それが、【クイックスペル】の効力で詠唱時間が半減。結果、たった2.5秒で魔法が発動する。光属性の球体が、レン目掛けて飛んで行く。


 それに対し、レンは左手に持ったアイテムを投げた。そして、右手の魔扇でそれを仰ぐ。

「【ガイアウォール】」

 シアの【ライトボール】は、レンの発動した【ガイアウォール】によって防がれてしまう。


「え……っ!?」

 シアは油断などしていない。にも拘らず、レンはあっさりと自分の魔法を防いでみせた。詠唱をしていないのに、何故レンは【ガイアウォール】を瞬時に発動出来たというのか?

 予想外の事態に、シアは混乱し始めていた。


……


 一方、シオンとハルの戦いは拮抗していた。

「【一閃】!!」

 シオンの大太刀≪鬼斬り≫から放たれる【一閃】を、ハルは手にした大盾で受け止める。クリティカルが発動して尚、彼女のHPは殆ど削れなかった。


「刀専用の武技でしょうか? やっぱり、格好良い……でも、こっちだって!! 【ナックル】!!」

 そう言うと、彼女は盾を持っていない右拳を握り締めて一歩踏み込んだ。そうして放たれたハルの右ストレートは、シオンの≪鬼殺し≫で受け止められる。STRは然程高くないらしく、シオンのHPは全く削られていない。


 だからこそ、シオンは警戒する。第四試合で見せた、ハルの一撃……【暗黒の使徒】のギアを、一気に瀕死状態に追い込んだ攻撃がある。

 その正体が、もしもジンの予想通りだとしたら? 自分のVITでも、耐え切れるかは解らない。


 盾職タンク同士の対決は、互いに様子見をしながらの殴り合いになっていった。


……


「【パワーショット】……!!」

 ヒメノを狙ったアイテルの矢が、一直線に飛んで行く。しかしそれは、威力を上げる代わりに射速が落ちる技である。

 ヒメノは二門大砲≪桜吹雪≫を装備しており、その見た目から相当な重量があるのは明白。故にAGI減少がかかっていると思ったのである。

 しかしアイテルの矢を、ヒメノは軽々と避けて脇差≪大蛇丸≫を抜いた。


――何故、あんなに速く……!? それに、この距離で刀……!?


 実はヒメノの≪桜吹雪≫は、四神スキルが付与されている。≪朱雀の宝玉≫による【軽量】はパッシブスキルであり、装備重量が軽量化されているのだ。見た目に反して、その重量は脇差≪大蛇丸≫程度になっている。


 そしてヒメノがここで弓矢を使わないのには、理由がある。

 というのも、アイテルの動きから彼女はそれなりのAGIを持つ事が解った。()()()()()避けられるのは、とある事情からよろしくないのだ。


 故に、選ぶのは物理攻撃ではなく魔法攻撃。弓矢使いのヒメノだが、彼女には魔技を放てるユニーク装備がある。

「【炎蛇えんじゃ】!!」

 ヒメノが放った、炎の蛇。技後硬直を狙ってのそれは、絶好のタイミングだった。


 しかし、アイテルはそれを軽やかなステップで回避する。技後硬直が通常よりも短いのは、彼女が得た【達人の呼吸法】というスキルのお陰だ。軽装甲の弓使いであるアイテルは、回避性能を高める事で生存力を高めたプレイヤーであった。


 体勢を整えたアイテルは、口元を笑みの形に歪める。ヒメノの注意の外からの攻撃……()()()()【パワーショット】だった。

「【ホーミング】」

 自分を警戒させる為、弓に矢をつがえるアイテル。それは勿論ポーズである。

 ヒメノが避けた矢は、スキル効果を受けて軌道を変えてみせた。コロシアムと観客席を隔てる壁に当たる直前で、矢は軌道を変えて上昇。そのまま弧を描く様に飛び、ヒメノの頭上から襲い掛かる。


 予想外の方向からの攻撃……ヒメノは自分に向けて狙いを定めるアイテルを警戒し、避けたはずの矢には気付かない。アイテルはそう考えた。

「……はっ!!」

 しかしヒメノは、頭上から降って来た矢をあっさりとサイドステップで避けた。まるで上から矢が襲い掛かるのが、解っていたかのような動きで。それも、相当な重量の≪桜吹雪≫を装備したまま。


「えっ!?」

 ヒメノがあっさりと回避した事で、アイテルの表情が驚愕の色に染まる。それはごく短時間の事だったが、アイテルにとっては致命的な隙だった。

「そこっ!! 【風蛇ふうじゃ】!!」

 再び≪大蛇丸≫の切っ先をアイテルに向けつつ、ヒメノは魔技を発動。風で形作られた蛇が、アイテルを目掛けて襲い掛かった。


「く……ぅっ!?」

 【炎蛇えんじゃ】と異なり、その攻撃速度は速い。アイテルは避ける事が出来ず、【風蛇ふうじゃ】に噛み付かれてしまう。

 更にヒメノは、魔技を発動する。彼女の目的はアイテルへの攻撃では無く……拘束である。

「からの……【蛇口だこう】!!」

 風の蛇はそのまま消えず、アイテルに絡み付いて動きを封じる。無論、それで終わりではない。そのまま召喚主ヒメノの待つ方へと、獲物アイテルを引き摺っていく。


「な、何!? こんなスキル……知らない……っ!!」

 そしてアイテルが、ヒメノの射程距離内に入る。ヒメノは手にした≪大蛇丸≫を構え、致命の一撃を放った。

「【一閃】!!」

 激しいライトエフェクトを伴う、渾身の一撃。STR極振りプレイヤーであるヒメノの【一閃】を、軽装甲のアイテルが耐えられるはずもない。そのHPが目に見えて減少していき、そしてゼロに達する。


……


「アイテル!?」

「まずい……ハルッ!!」

 アイテルの戦闘不能を受け、ハルとシアが危機感に駆られる。無言でアイコンタクトを交わすと、シアが魔法の詠唱に入る。その魔法陣は純白の光で、聖属性である事が窺える。


「蘇生させるつもりですね……でも、そうはさせません」

 レンがシアの魔法詠唱を止めるべく、手にした≪伏龍扇≫を構える。そして懐から取り出した御札を放り投げると、≪伏龍扇≫を振るった。風に煽られた御札は光を放ち、次いでその効力を発揮する。


 この御札は、【神獣・麒麟Lv2】で会得出来る魔技【術式・符】で作成された物。効果は、任意の魔法を御札に封じ込めるというものだ。

 メリットは≪魔扇≫の属性を持つ装備で仰ぐだけで、効果が発動する事。デメリットは御札を作成する際に消費するMPが三倍になる事と、御札作成には詠唱時間が三十倍になる事だ。

 レンはイベント前から、この御札をせっせと作成して来ていた。いざという時に、こうして即座に発動出来る様に。


 そして放たれた魔法は、【ロックジャベリン】。岩で出来た武骨な投槍が、シアを貫くべく飛んで行く。

「なんちゃって……【セイクリッドスフィア】」

 しかしながら、シアの発動した魔法は蘇生魔法では無く防御魔法だった。レンの【ロックジャベリン】は、シアが発動した光のドームによって防がれてしまう。


「アイテルッ!!」

 そして、倒れたアイテルの傍らに駆け寄ったのはハルだ。シアが蘇生魔法を使うと見せ掛け、ハルもそれを守る為に動く……と見せかけてシオンの気を引いた。そしてシオンがレンの魔法発動に意識を向けた瞬間に、進路をアイテルに向けたのだ。


「させません!!」

 ヒメノの矢が、ハルに向けて放たれる。その攻撃がハルの左肩に命中するも、彼女のHPは四割程度減るだけで済んだ。ヒメノがSTRに極振りしている様に、ハルもまたVITに極振りしているのだ。

 【八岐大蛇】を持つ分だけヒメノのSTRが上回っているが、一撃死しないだけの耐久性能をハルは持っていた。

 そうしてハルが≪ライフポーション≫をアイテルに振り掛けて、彼女を庇う様に盾を構える。その背後で、ゆっくりとアイテルが立ち上がった。


「申し訳御座いません、私の判断ミスです」

 眉間に皺を寄せるシオンに、レンは頭を振る。

「私もまんまと引っ掛かりましたから。それよりも……仕切り直しですよ」

「はい、お嬢様」

 相手の動きを警戒しつつ、ヒメノに駆け寄るレンとシオン。シアもまた、ハルの下へと駆け寄って構える。


「シア、アイテル……アレを、やろう」

「……仕方ない、かぁ」

「決勝まで温存したかったですが……やむを得ませんね」

 盾を構えるハルに、シアとアイテルが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。しかし他に手段は無いと判断した二人は、渋々頷いてみせる。


「それじゃあ……突撃ッ!!」

 盾を前に突き出しながら、真っ直ぐ【七色の橋】チームに向けて突進するハル。その行動に、観客達が困惑する。無理もないだろう……盾職が後衛の守護を放棄して、相手に突進するなど意味不明なのだから。


 その後方で、シアは魔法の詠唱を進めていく。その魔法陣は大きく複雑な物で、高位の魔法であることが傍目にも解る。

 勿論、それを傍観するのは愚策。ヒメノは弓矢ではなく≪大蛇丸≫を構え、レンもヒットストップを狙って魔法詠唱を開始する。


「【風蛇ふうじゃ】!!」

「【ウィンドボール】!!」

 二人の放つ攻撃が、真っ直ぐにシアへと向かっていく。その前に立ちはだかったのは、アイテルだ。

「させないっ!!」

 アイテルは、ある消費アイテムを地面に叩き付ける。それは十秒間だけ、半径五メートルにバリアを張る≪守護の甲羅≫という特殊なアイテム。

 これは第一回イベントのレイドボスである玄武の素材を使って作成出来る、レアな消費アイテムだ。その為か、生み出されたバリアは黒と緑が混じった亀の甲羅の様にも見える。


 更に攻撃すべく、ヒメノとレンは武器を構え直すが……その視界に、突撃して来るハルの姿が入り込んできた。

「おぉぉ……っ!! 【チャリオットバッシュ】!!」

 武技のライトエフェクトを纏った盾を突き出しながら迫るハルの行く手を、シオンが遮る。

「そうは参りません……【ストロングガード】」

 物理防御力を上げたシオンが、大盾≪鬼殺し≫でハルの突進を受け止める。


「それじゃあ、これはどうする?」

 バリアの中で詠唱を完了したシアの口元が、笑みの形に歪む。

「【ルミナスエンド】!!」

 発動したのは、光属性魔法における最高の威力を誇る魔法攻撃。その攻撃範囲は広く、シオンのみならずヒメノとレンも攻撃を受ける位置にいる。そして、味方であるハルも……だ。

 フレンドリーファイアはダメージが軽減されるとはいえ、放たれたのは高威力の魔法攻撃。無防備な状態でそれを喰らえば、ハルとてただでは済まない。


「み、味方を巻き添えに!?」

「くっ……!! 【展鬼てんき】!!」

 驚くヒメノを尻目に、シオンは広範囲を防御する【酒呑童子】の武技を発動した。≪鬼殺し≫が分割され、ヒメノ・レンを守る様に包み込む。


「広範囲を防御する場合、デメリットがあるのが定石……大方、VIT減少でしょう」

 そう口にしつつ、弓に矢をつがえるアイテル。それは【弓矢の心得】における、最大威力を誇る攻撃だ。

「その状態で、これに耐え切れますか? 【スパイラルショット】!!」

 放たれた矢は、唸りを上げてシオンに迫る。それを受け止めるシオンは、盾を持った腕に力を込めた。


 【七色の橋】とハルに降り注ぐ光の雨と、多段ヒットする強力な矢の一撃を受け切ったシオン。そのHPは、危険域まで減っていた。

 【酒呑童子】で上昇していたVIT値が、【展鬼てんき】の効果で50パーセント減少していた。そこへ立て続けに高威力の攻撃を浴びせられたのだ、無理もないだろう。


 しかし、【森羅万象】の攻撃はそこで終わりではなかった。

「【リヴェンジ】!!」

 ハルの手に持った大盾が、赤黒いオーラを帯びていた。


 それは彼女の持つ大盾≪反逆者の大盾≫のスキル。自分が受けた攻撃の数値を、自分の攻撃に上乗せするという強力無比な効果を持つ。その代わりに、彼女のステータスはVIT以外の数値が初期値になってしまうというデメリットがある。


 そんな彼女のHPも、既に危険域。なにせ【ルミナスエンド】は、彼女のVITでは軽減し切れない威力なのだ。HPが高いので、ギリギリで耐え切れたのである。

 これは、シアと何度も試行錯誤した結果。本来ならば、シアの最大威力の【ルミナスエンド】は、魔法威力を上げるバフを発動した上で放つ。つまり、ハルが耐えられるギリギリの威力に調整していたのである。


 そんな連携によって放たれる【リヴェンジ】の一撃が、シオンに打ち込まれる。

「く……っ!!」

 流石のシオンもその一撃を耐え切る事は出来ず、HPがゼロに達してしまう。

 その光景に、観客席からは悲鳴にも似た声が上がる。同時に上がるのは、歓喜の叫び声。【七色の橋】を応援するプレイヤー達と、【森羅万象】を応援するプレイヤー達。両者の悲喜交交ひきこもごもの声が、会場に響き渡る。


 アバターの身体から力が抜け、膝を付くシオン。それによって、彼女の影に隠れて見えなかったヒメノとレンの姿が【森羅万象】チームの視界に入る。勝利を確信した彼女達の表情は、すぐに困惑の表情へと変わった。何故ならば……

「【侵掠しんりゃくすること火の如く】」

 弓に矢をつがえ、真紅のオーラを纏ったヒメノの姿がそこにあったのだから。


―――――――――――――――――――――――――――――――

武技【八岐大蛇Lv2】

 効果:物理攻撃を連続で成功させる度にステータスが1%上昇。最大で100%まで上昇。物理攻撃が失敗すると効果はリセットされる。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 スキル【八岐大蛇】の、最後の武技。ジンの【武技・九尾の狐】同様、スキル名を冠したステータス強化。その名を示すように、ヒメノの身体を包むオーラは八つ首の大蛇を象っている。

 そしてヒメノは、珍しく厳しい視線を向けて武技名を口にした。

「【シューティングスター】」


 ヒメノの真正面に居て、大盾を構えていたハル。真っ先にその攻撃に晒された彼女の身体が、ヒメノの矢の衝撃で吹き飛ばされる。

「は……? え……っ!?」

 吹き飛ばされた事でダウン状態になったハル、その後方で技後硬直に陥っているアイテル、そして呆気に取られているシア……【森羅万象】の三人に向けて、無数の矢が殺到する。


 高いVITを備えたハルのHPが、ヒメノの矢によってあっさりと食い破られていく。アイテルは一本目の矢を食らった瞬間に、そのHPが儚く散った。迫る矢を受ける術も、躱すだけの機動力も無いシアも同様だ。

 身体のあちこちにダメージエフェクトを刻み付けられた【森羅万象】の三人が、同時に地面に倒れ伏す。


 その光景を目の当たりにした観客達が、一気に言葉を失った。【森羅万象】が盾役のシオンを倒し、後衛職のヒメノとレンが成す術なく敗れる……そんな予想をしていたのだ。

 それを覆す、圧倒的な火力。全てを引っ繰り返した、暴虐の流星群。その一部始終に、誰もが呆然とするばかりであった。


「……使っちゃった」

「そうね、でも仕方ないわ。ヒメちゃんがやらなかったら、私がやっていたもの」

 予選の会場へ、【七色の橋】が遅れて現れた理由はこれだ。切り札発動時の効果を高める為に、予めフィールドでモンスターを相手にしていたのである。


 ヒメノとレンの、穏やかな会話。場違いなそれに、観客達は意識を取り戻す。それは司会のアンナも同様で、慌ててステージ上へと転移した。

『準決勝第二試合、先鋒戦……勝者、【七色の橋】チーム……!!』

次回投稿予定日:2021/1/25


スキル名と武技名共に【八岐大蛇】ってわかりにくいので、フレーバーテキスト部分をユニークスキル【八岐大蛇】とか、武技【八岐大蛇】に変えました。

これでもわかりにくい? すんまそん……(´•ω• `)

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすがのヒメノちゃんでした一撃必死少女の異名に偽りなし。ハルちゃんもシオンさんを落とすなどトップギルドの力を見せてくれました。よき試合でした。 [気になる点] 出場メンバーは予め運営に報告…
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