09-03 準決勝第一試合・大将戦
レーナの自爆が決め手となって、【魔弾の射手】側の勝利で終わった中堅戦。そしていよいよ、雌雄を決する大将戦へと移行する。
堂々とした様子でステージに向け歩くのは、【聖光の騎士団】を束ねる男・アーク。対する【魔弾の射手】を率いる女性・ジェミー。彼女の歩みは、その美貌も相俟ってランウェイを歩くトップモデルの様にも見える。
一回戦第一試合に続くギルドマスター同士の一騎討ちに、会場の期待は高まっていく。
「【聖光】は、また大将戦まで行ったな」
「【桃園の誓い】は少数精鋭の実力派、【魔弾の射手】は銃っていう特殊装備持ちだからな」
「アークさんの強さは本物だ。いくら銃とはいえ、勝負にならないんじゃないか?」
「しかし、ジェミーさんが見せた動きは只者じゃないと俺は見たね。あれはリアルで何かやってるんじゃないか?」
期待しながら予想を口にするプレイヤー達の中で、アレクは口元を緩ませていた。その手元には、システム・ウィンドウを表示させている。
――【聖光の騎士団】のサブマスターが、無様に負けたんだ。これは良いネタになるぞ……。
アレクは目的を同じくするプレイヤー達へのメッセージを送信し、掲示板を使って情報操作を試みるつもりだ。
これがうまく行けば、【聖光の騎士団】の評価を下げられる。自分達が行動を起こす時に、有利に働くと判断したのだ。
――ギルバートはプライドが高くて、分かりやすい奴だ。チヤホヤされると図に乗って、バカにされるとすぐに沸騰する。
プレイングスキルは目を見張るものがあるが、ムラがあり過ぎる。普段の彼は、ギルドのナンバー2として立派に活動している。しかし第一回イベントの時の様に、自尊心に傷が付くと感情的な面が浮き彫りになるのである。
――掲示板で自分が扱き下ろされたら、カッとなって暴走するだろう。相手が【七色の橋】か【森羅万象】かは解らんが……まぁ、せいぜい踊って貰おうか。
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会場中の視線を集め、ステージ上で向かい合う二人のギルドマスター。互いに得物を手にしていた。ジェミーはGr G3型≪アサルトライフル≫と、TMP型≪サブマシンガン≫……先の試合と同じ装備だ。対するアークは、≪聖印の剣≫と≪聖咎の剣≫……盾装備ではない。
「……よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
準備が整った二人は、短い挨拶でやり取りを済ませた。それ以降は、一言も発しない。
『両者、準備は宜しいでしょうか?』
アンナの問い掛けに、二人は頷きだけで返す。その視線は対戦相手に固定され、逸らす事は無い。
そんな二人の様子に、アンナは寒々しさを覚えた。まるで互いに、本気で殺し合いを始めるのではないかというくらいの気迫を感じたのだ。
『……準決勝第一試合、大将戦……』
そのアナウンスを受け、アークが双剣を構え腰を落とす。同時にジェミーも≪アサルトライフル≫を右手に、≪サブマシンガン≫を左手に携え臨戦態勢になる。
『試合開始!!』
開始宣言の直後、アークは地を蹴りジェミーへ向けて疾走する。
銃弾が飛んで来たとしても、怯まなければ相手に迫る事が出来る。それは先鋒戦で、アリステラが証明してみせた。
故にアークは、己の最も得意な距離……接近戦に勝負を運ぶ事を選択したのだ。
しかしながら、そんなアークの意図はジェミーも解っていた。そして銃の最適距離を放棄し、彼女もアークに向けて駆け出していた。
そんなジェミーを訝しみつつ、アークは距離を詰めていく。
「疾ッ!!」
アークは今、小手調べなどという愚は犯さない。最初から本気で、相手を仕留める為の剣を振るう。
振り下ろされた剣の腹に、左手の≪サブマシンガン≫をぶつけて軌道を逸らすジェミー。
更に彼女は、≪アサルトライフル≫を突き付けようとし……迫るもう一振りの剣に気付く。アークの左手にした≪聖咎の剣≫を、≪アサルトライフル≫のストック部で受けるジェミー。
すぐさま、アークの顎をそのスラリと長い右足で蹴り上げた。
「ぬ……っ!?」
蹴り上げられた事で、アークは強制的に上を向かされてしまう。
その隙に、ジェミーは≪サブマシンガン≫の銃口をアークの胸元に突き付け、引き金を引く。連続した発砲音、アークのHPバーがグッと減少する。
更に、彼のHPバーには状態異常を示すアイコンが浮かび上がった。そのアイコンが示すのは、毒状態。≪ポイズンポーション≫を仕込まれた銃弾だったという事だ。
「【ヒーリングファクター】」
アークのスキル発動宣言を受け、その身に纏った鎧が眩く輝く。即座にアークの毒状態が解消され、更に継続小回復のバフを受けた。
同時に彼は右手の≪聖印の剣≫の柄を、ジェミーの≪サブマシンガン≫に叩き付ける。
銃口を逸らした際、発射された弾が二発ほど鎧部分に当たった。その際に受けた衝撃と、HPバーが示すダメージを見たアーク。彼は内心で、銃の仕様を理解した。
――肌部や布部に当たると固定ダメージ、金属製の鎧等でダメージは半減か。そして盾ならば、ダメージを通さない。
≪サブマシンガン≫を逸したアークは、≪聖印の剣≫の切っ先をジェミーに向ける。狙いはジェミーの肩だ。勢い良く突き出した剣先は、ジェミーを貫こうと迫る。
ジェミーはその剣先が自分の肩に触れる前に、≪アサルトライフル≫を振るった。その≪アサルトライフル≫の先にはタクティカルナイフ風の短剣が取り付けられている。
――ナイフ? この状態で、【短剣の心得】の武技も使用出来るのか?
アークはその可能性を考慮し、武技の発動は慎重に行うべきと判断。更に通常攻撃でジェミーを攻め立てる。
アークの振るう双剣を、ジェミーは紙一重で躱していく。その動きから、彼女のステータスが然程低いわけではない事が窺い知れる。
もし彼女のステータスが低ければ、アークの剣撃は既に彼女の柔肌を傷付けていただろう。
――レベル40は無いな。恐らくは30前後、といったところだろう。ステータスは恐らく、AGIとDEX重視だな。
コアなVRプレイヤーであるアークは、おおよそのレベルやステータスビルドを動きで悟る事が出来る。これは誰にでも出来る芸当ではなく、私生活の半分近くをVRゲームに費やしている彼だからこそなのだ。
振り下ろした剣を躱され、返礼の≪サブマシンガン≫による掃射。しかし≪サブマシンガン≫の銃弾は、殆どがアークの鎧に防がれてしまう。≪サブマシンガン≫の弾丸は固定ダメージが10であり、鎧に当たってしまえば半減して5となる。
アークのHPは228で、双剣でそれぞれプラス50。更に鎧でプラス50となっており、合計HPは378という高数値。故に、≪サブマシンガン≫の威力では然程ダメージを与えられていない。
更には鎧のスキルである【ヒーリングファクター】で、減少したHPが小回復していく。その回復量は一秒に全HPの1パーセントというものだが、決闘において継続回復という能力は大きなアドバンテージ。苦労して減らしたHPが回復していくという光景は、相手に精神的なプレッシャーを与える。
しかしながら、ジェミーに勝ち目が無いわけではない。≪アサルトライフル≫の固定ダメージは50と高い数値であり、装弾数は20発。≪サブマシンガン≫も30発と装弾数が多く、それらを短時間に撃ち込む事が出来れば大ダメージを与えられるのだ。
アークの攻撃を避ける度に、ジェミーの動きが鋭く……そして無駄のないものになっていく。バフも無く、特殊なスキルでもない。レベル相応のステータスと、素の身体能力だけでアークの猛攻を掻い潜っている。
ジェミーの動きが良くなっていっているのは、対峙するアークが誰よりも実感していた。
当てられる……そう思った一撃が、紙一重で避けられる。追い詰めたかと思いきや、予想外の動きでそれを避けられる。
ステータスやVRへの慣れは、アークの方が上……それは間違いない。しかしながら、それでもジェミーを落とせない。
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アークの横薙ぎの連撃を、後方宙返りで避けるジェミー。その動きに、会場中から歓声が巻き起こった。
「おいおい、何だよあの動き!」
「スキル……じゃないよな?」
「あんな動きが出来るスキルあるなら欲しいわ」
観戦しているプレイヤー達は、ジェミーの動きを見て絶賛していた。
「レーナさんも凄かったけど、この人もすげぇな……」
「素人の動きじゃないな……リアルで何かやってる?」
「あれ、俺にも出来んのかな……ちょっと練習してみよ」
銃という特殊装備を使用している事に対する悪感情は、だいぶ薄れつつある。
……
そして【七色の橋】の控え室。
「【魔弾の射手】のメンバーは全員、動きが良いよね」
ジンがモニターを食い入る様に見ながら、そう呟いた。
「動き……か。確かに、洗練されているって感じかな」
ヒイロも、ジンの言葉に賛同する。
モニターの中で、アークの激しい攻撃を紙一重で躱すジェミー。先の【遥かなる旅路】戦や、準決勝の先鋒・中堅戦でも、【魔弾の射手】は無駄の無い動きを見せていた。
「あと、銃の扱いが上手い。最適距離を把握出来ているし、接近されても反応できている。ステータスは並かそれ以下だけど……こういう戦闘行動、手慣れてる感じッスね」
ハヤテの評価は、熟練のVR・FPSプレイヤーである彼らしい着眼点だ。
「ハヤテ君、もしかしたら【魔弾の射手】はFPSプレイヤーだったのかな?」
「どうだろうね……謎が多いよ、あのギルド」
ハヤテとアイネはレーナ達との面識はあるものの、ジン達に比べて親交が浅い。そのせいか、もし自分が彼等と戦う事になったら……という視点で試合を観戦していた。
「それにしても……あれだけ弾丸を用意するのは大変だったんじゃないかしら?」
そう口にするのは、ミモリだ。生産職人の彼女は、弾丸という流通していない消費アイテムを用意する事の苦労をよくよく理解している。
「……生産職人が、ギルド内に居る……もしくは……」
弾丸を作る事が出来る生産職人に、協力を仰いでいる。カノンが口を噤んだ理由は、全員が理解している。
頭に浮かぶのは、自分達とも関りが深い生産職人だ。【魔弾の射手】と親交があり、銃についても良く知っている人物である。
「【桃園の誓い】にリリィ様がゲスト参加した様に、ユージン様も【魔弾の射手】にゲスト参加しているのかもしれません。恐らくは、何らかの対価を支払う契約ではないでしょうか……格安で」
「良い方ですものね、ユージンさん」
シオンとレンのやり取りに、全員がウンウンと頷く。交友関係にあるプレイヤーに対しては、何かと便宜を図るのがユージンという男だ。彼ならば……と予想するのは、ジン達にとっては容易い事だった。
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双剣士と銃使いの激闘は、開始から十五分が経過していた。これまでの試合と比較すると、長い時間である。アークの攻めをジェミーが躱し、ジェミーの反撃をアークが防ぐ。そんな攻防が続いていた。
ジェミーは替えのマガジンをベルトに備えており、システム・ウィンドウを開かないで済む様にしている。しかもリロードは回避行動に組み込まれており、アークの攻撃を躱しながら銃にマガジンを装填し直している。宙に放り投げたマガジンを、手でキャッチする事無く銃に装填した際には、観客席から驚嘆の声が上がった。
しかしながら、アークと違いジェミーには制限がある。銃の弱点とも言える要素……それは残弾切れだ。替えの弾が心許ないジェミーとしては、いい加減流れを引き寄せなければならない。
「……仕方ない、か」
小さく呟いて、ジェミーは脚に力を込める。そして≪サブマシンガン≫を腰のホルスターに収め、≪アサルトライフル≫を空中に放り投げると、一気に地面を蹴りアークに向けて踏み込む。
「っ!?」
予想外の接近によって、アークの動きが一瞬鈍る。その動揺を見逃さず、ジェミーはアークの右腕を掴む。更にはアークの背に回り込み、彼の右腕を捻じり上げた。
「ぬ……うっ!?」
アバターとはいえ、再現されているのは人体そのもの。人体の構造が精密に再現されたこのゲームでは、関節技なども有効な攻撃・捕縛の手段となる。
「悪く思わないでね」
感情を窺い知れない、冷え切った声がアークの耳に届く。その声を、言葉を聞いたアークは、彼女がこれから何をするのかを察した。
――動きを抑え込んだ状態で、一方的に攻撃をする……か!! しかしこの動き、この技量……始めから、そうする事も出来たのでは……!?
動きを抑え込まれたアークの背部で、ジェミーは更なる追撃に出る。放り投げた後落ちて来た≪アサルトライフル≫を、その場から動く事無くキャッチしたのだ。そのままアークの背中……鎧に覆われていない部分に、銃口を押し当てた。
「【アサルトバレット】」
固定ダメージに数値を上乗せする、【銃の心得】の武技。≪アサルトライフル≫のダメージは30であり、それに10%のダメージが上乗せされる。結果、アークは33ポイントのダメージを喰らってしまう。
更に引き金を引くジェミーに対し、アークは力づくで逃れようとする。だが締め上げられた腕は、現実同様に力を込めにくくなっていた。VRでも現実でも、こうして抑え込まれるのは初めてだ。その為、どうすれば逃れられるのか思い付く事が出来ない。
「……くっ!!」
手段は一つだけある。それは、一日に一度だけ使用出来る力を発動する事だ。しかしそれは最後の切り札であり、ここで使うべきかどうか? これが準決勝である事が、判断を鈍らせる。
≪アサルトライフル≫の弾丸を撃ち尽くしたジェミーは、≪サブマシンガン≫に持ち替えた。このままでは、HPを削り切られる。
――形振り構っていられない……俺も、彼女も……!! ならば……致し方あるまい!!
ここで敗北すれば、自軍の敗北……決勝戦も何も無い。そう判断したアークはついに、最終手段を使う事を決断した。
「【インヴィンサブル】!!」
武技発動の宣言と同時、アークの全身が光を放つ。白い輝きは彼の白銀の鎧と相俟って、聖なる光という印象を与えた。同時にアークは、自由なままの左手に握る≪聖咎の剣≫を天に掲げる。
――何か手がある……? でも、そうはさせない!!
ジェミーはトドメを刺すべく、≪サブマシンガン≫の引き金を引いた。それと同時に、アークが≪聖咎の剣≫に封印された魔法を発動する。
「【ヴォルテックス】!!」
それは雷属性魔法における最強の魔法であり、天から降り注ぐ無数の落雷。それがジェミーと、そしてアーク自身に襲い掛かった。
激しい雷光と轟音に、観客席のプレイヤー達も思わず目を閉じてしまう。
十秒近くに渡る落雷の猛威が収まり、煙が徐々に晴れ始める。ステージの上に立つのは、一人。その傍らに対戦相手が倒れ伏していた。
立っていたのは、白銀の鎧を身に纏う長身の美丈夫。
「……俺の勝ちだ」
静まり返った会場に響き渡る、アークの短い一言。次の瞬間、会場中から盛大な拍手と歓声が巻き起こる。
堂々と立つアークの身体を包んでいた白い光は、既に消滅していた。そしてアークのHPバーだが、スキル発動前から全く減っていない。
これは彼だけが持つスキルオーブ……ユニークスキル【デュアルソード】の熟練度が最大になった時に手に入る、強力無比なスキルである。
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魔技【インヴィンサブル】
説明:己を鍛え上げた勇者にのみ与えられる、無敵の力。
効果:消費MP100%。10秒間、一切のダメージ及び状態異常を無効化する。一日一回のみ使用可能。
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広範囲を攻撃する魔法【ヴォルテックス】でジェミーに大ダメージを与え、尚且つ自分が生き残る。その為には、切り札であるこのスキルを使用するしかなかった。
決勝戦で対峙する相手が誰になるのかはまだ解らないが、このスキルを使ってしまったのは大きな誤算である。しかしながら、ここで勝てなければスキルを温存しても無意味だ。アークはそう判断し、切り札の発動に踏み切った。
更に、アークの持つ双剣にはあるスキルが最初から備わっていた……それは【マジックシーリング】というスキルだ。
それはライデンによって封じられていた魔法を発動させた正真正銘の切り札である。
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武装スキル【マジックシーリング】
説明:魔法を封印し、行使する事が出来る聖なる武器にのみが得られる神の加護。
効果:武器に魔法スキルをストックする。ストックの際は、武器の所有者のMPを消費する。発動時はMPを消費しない。ストックする魔法は、パーティメンバーのものに限る。
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激戦が終わったステージ上に、アンナが姿を現す。アークとジェミーの間に立った彼女は、アーク側の手……左手を掲げ、決着を宣言した。
『大将戦、勝者【聖光の騎士団・Ⅰ】チーム! 従って準決勝第一試合、二対一で【聖光の騎士団・Ⅰ】チームの勝利です!!』
続いていた歓声と拍手が、アンナの宣言を受けて更に大きくなる。アークとジェミーがステージ上から控え室へと戻るその時まで、それが収まる事は無かった。
次回投稿予定日:2021/1/18
アークは一日一回だけ、完全無敵になれる男でした。