表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍者ムーブ始めました  作者: 大和・J・カナタ
第八章 第二回イベントに参加しました(前)
120/573

08-05 一回戦 第一試合・先鋒戦

 ステージに向かって歩くのは、【桃園の誓い】と【聖光の騎士団】。互いの表情は真剣そのもので、観客席から上がる歓声にも顔色一つ変えてはいない。


 ギルドとギルドの総力戦ならば、所属するプレイヤーの人数によって差があるだろう。しかし今回のイベントは試合に出るプレイヤーの人数を六人に限定した、決闘システムを前面に押し出したイベント。人数の差は加味されない。


 代わりに生まれるのはプレイヤーとしての力量差と、効率の差だ。大規模ギルドであればある程、効率的なレベリングや装備の向上に人手を割けるのである。

 特に装備強化は、大規模ギルド程有利である。ギルドメンバーが集めた素材は、本人が使用しない場合ギルド倉庫の備蓄に回る。塵も積もれば山となる……メンバー数が多い程、備蓄量は膨大となるのだ。

 そして、そんな恩恵を最も受けるのはギルドの中心となるプレイヤー……つまり、アーク達だ。


 しかしながら、プレイヤースキルについてはケイン達【桃園の誓い】も負けてはいない。彼等もまた、攻略最前線でその実力を知らしめたプレイヤー達だ。

 ケインとゼクス、イリスの三名。そしてダイス・フレイヤ・リリィ。この六名が、第一試合に参加するメンバーであった。


 ケイン達からすると、相手は攻略最前線を取り仕切る大規模ギルドのトッププレイヤー達。アーク達からすれば、自分達に匹敵する実力を持つプレイヤー集団。

 並び立つ両チームの間に、緊張感が迸る。


 ……


『大変長らくお待たせ致しました。これより、決勝トーナメント第一試合を開始致します。私から、出場チームのご紹介をさせて頂きます。まずは【聖光の騎士団・Ⅰ】チーム!』

 アンナの声が会場に響き渡ったその直後、観客席から歓声が上がる。その大半は、アークを始めとするトッププレイヤー達への声援。その中に一部の罵倒、嫉妬が含まれているのだが……それも、割合的には少ないものだ。


 そんな歓声を受けても、表情を変えずに【桃園の誓い】から視線を逸らさないアーク。

 逆に神速貴公子と名高い……名高い? ギルバートは、愛用の槍を掲げて観客席に向けて笑みを向けていた。

 そして、お嬢様騎士なアリステラ。彼女はスカート部分を摘んで、カーテシーをしてみせる。このくっ殺さん、ノリノリである。その傍らで胸に手を当てて一礼するセバスチャンも、見事な執事っぷりを見せ付けていた。

 フリーダムな三人の姿に、ライデンとクルスは苦笑しながら立っている。その様子から、緊張感等は然程無い様子だ。


『対するは【桃園の誓い】チーム!』

 アンナがチーム名を告げた事で、観客席のボルテージが上がる。【聖光の騎士団】が紹介された時と、大して差が無い歓声だ。

 それもそのはず、なにせ【桃園の誓い】には攻略最前線に参加していたメンバー……ダイス・フレイヤが所属しているのだ。更に、そんな二人に匹敵する実力を持つケイン・ゼクス・イリスも居る。そんな彼等は、揃って中華風の衣装に身を包んでいるのである。

 更にそこへ、有名なアイドルプレイヤーであるリリィがゲストメンバーとして参入。これで歓声が上がらないはずが無かった。


『それでは第一試合、先鋒戦! 参加選手、前へ!』

 アンナに促され、【聖光の騎士団】からはアリステラ・セバスチャン・クルスが前へ出る。アークとギルバート、ライデンは踵を返してステージから下がっていった。【桃園の誓い】側も同様で、ケインとゼクス、イリスがステージから下がっていく。

 つまり、先鋒戦に出場する三名はダイス・フレイヤ・リリィの三人という事になる。


「あら、先鋒戦から手強いですわね」

 チーム【桃園の誓い】のメンバー三人を見て、アリステラが表情を引き締める。それは無理もない事で、ダイス達はレンやシオン同様に攻略最前線で名を馳せたプレイヤーだ。【聖光の騎士団】に所属していなくても、その名を聞いた事があるくらいに強力なプレイヤーである。

 更に、前衛・後衛・支援役がしっかりと分かれておりバランスも良い。アリステラ・セバスチャン・クルスの表情から余裕が消える。


 対する【桃園の誓い】側も、【聖光の騎士団】古参メンバーであるクルスの盾職としての実力は良く知っている。そして、アリステラとセバスチャンといった新メンバーの実力も聞き及んでいた。

 アリステラは攻撃に特化したプレイヤーであり、それを支援するセバスチャンの技量も高水準。そこに盾が加われば、安定した立ち回りが可能だろう。


「こりゃあ、初っ端から厄介かもな?」

「一戦目が【聖光の騎士団】なんだから、解り切ってた事じゃない」

 軽口を叩き合うダイスとフレイヤ。リリィはその少し後ろで、自然体のまま佇んでいる。口調の割には、リラックスしている様だった。

 それが、アリステラにとっては腹立たしい。


「お嬢様、いつも通りに。私がお嬢様を支援致します。クルス様は、お嬢様と私の間に立って相手前衛を通さない様にして頂きたく」

 眼鏡を中指でクイッと上げながら、セバスチャンが二人に指示を出す。それは攻撃職・盾職・支援職が揃った際の基本的な配置だ。

「解っていますわ」

「了解」


 対する【桃園の誓い】チームは、特に会話による指示も無く配置取りを済ませる。ダイスが前に出て、フレイヤとリリィが後方に位置取った。

 三人は事前に、最低限の戦術を打ち合せるだけだった。散々、アークの募ったレイドパーティに参加して来たのだ。互いの力量やプレイスタイル、得意分野も苦手分野も理解している。


 互いに臨戦態勢に入った事を確認し、運営メンバーであるアンナが一つ頷いた。

 本来ならば、舌戦を繰り広げたり何なりするものと思っていたのだが……無いなら無いで、気が楽だ。ギスギスした会話の場合、進行がとても面倒なのである。


『それでは、一回戦第一試合……【聖光の騎士団】対【桃園の誓い】、先鋒戦。準備はよろしいですか?』

 アンナの言葉に、両チームのメンバーが頷きで返す。睨み合う三人と三人の姿。高まる緊張感に観客席からの喧騒も止み、静寂が訪れた。


 このイベントのメインとなる、PvPバトル。それがいよいよ見られるとあり、期待は高まる。

 しかもその初戦は、最高の知名度を誇る大規模ギルドチーム。対するは少数精鋭ギルドに加え、人気アイドルがゲスト参加した実力派チームだ。観客席に集まったプレイヤー達の視線は、一戦目から好カードとなったステージに釘付けである。


 場は整った。そう判断したアンナが、ゆっくりと右腕を上げ……。

『それでは……試合、開始!!』

 マイク越しに、開戦を宣言した。


************************************************************


 動き出すのは、同時。偃月刀を手に駆け出した青鎧の青年・ダイスと、白銀の鎧に身を包んだ金髪の美女・アリステラ。真っ直ぐに駆け抜け、得物を振り上げる。


 アリステラが前に出ると同時、クルスは前に出てセバスチャンを守る様に大盾を構える。【聖光の騎士団】チームは、アリステラにバフを注ぎ込んで圧倒する方針だ。支援職であるセバスチャンを守るのが、クルスの役割である。


 対する【桃園の誓い】チーム、フレイヤは魔法の詠唱を開始。しかし本来ならば足下に展開されていく魔法陣が、フレイヤの目前に描かれていく。

 そして、魔法陣に時折現れる光の球体。フレイヤはそれに手を伸ばし、タッチしていく。フレイヤがタッチすると球体が弾け、魔法陣の光が輝きを増していく。


「ほぉ……!!」

「速いっ……!!」

 両手で握ったダイスの偃月刀と、右手で握ったアリステラのショートソードがぶつかり合い、金属音と火花が発生。同時に、観客席からは歓声が湧き上がった。


 セバスチャンは詠唱を進め、まずアリステラに一つの支援魔法を放った。

「【アジリティアップ】」

 しかし、それだけではない。魔法の詠唱中である事を示す魔法陣が、セバスチャンの足下にもう一つ描かれているのだ。

「【バイタリティアップ】」

 ほとんどのタイムラグ無しで放たれた、二つの支援魔法。これは、普通ならば有り得ない。

 これは、セバスチャンが所有するレアスキルによるものだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――

スキル【マルチタスクLv3】

 効果:魔法詠唱を二つまで同時に行う事が可能。MP消費量をプラス40%。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 同時に二つの魔法詠唱を進められる、強力なスキル。セバスチャンが第一回イベント報酬のゴールドチケットで、運良く引き当てたスキルオーブだ。

 前衛のアリステラとの相性は最高で、支援職ならば喉から手が出る程に欲しいスキルだろう。


 しかし、この場に支援職はもう一人居る。

 白と黒のカラーリングを施された笛に唇を当て、旋律を奏で始めるのは現役人気アイドル・リリィ。

 公の場では初めて使用する、レアアイテム≪魔楽器・笛≫。これは魔法杖としての役割と同時に、レアスキル【魔楽器の心得】を使用する事の出来る数少ない装備だ。


 リリィが奏でるのは、味方のSTRとINTを10%上昇させる【行進曲マーチ】。これにより、ダイスとフレイヤのステータスが強化される。

 10%上昇は破格の性能だが、弱点もある。彼女が演奏を中断すれば、たちまちバフは消失してしまうのだ。その為、彼女の位置取りはフレイヤより少し下がった最後衛となる。


 そんなリリィの支援を受けたダイスと、セバスチャンの支援を受けたアリステラ。二人の攻防は激しさを増す。

 ダイスが偃月刀を突き出せば、アリステラがラウンドシールドでそれをいなす。反撃とばかりにアリステラがショートソードで斬り掛かるも、ダイスは偃月刀の柄でそれを弾く。


――手強い……流石、最前線プレイヤー……!!


 的確に攻撃を捌くダイスに、アリステラは賞賛の念を抱く。始めは【聖光の騎士団】に所属しなかった事を不服に感じていたが、それを忘れさせる程の技量。

 しかしアリステラは、負けるつもりは微塵も無かった。その理由は……。


――アーク様に、勝利を……っ!!


 そういう訳である。

 実は彼女、第一回イベントで東門の戦闘に参加していた。しかし終盤はジリ貧となり、彼女も危うく死に戻りする所だったのだ。

 そんな中、南門から東門に転移したアークに、彼女は助けられた。その時、自分を庇うように立つアークに一目惚れをしてしまったのだ。チョロい。


 イベントの後で、ランカーを【聖光の騎士団】が勧誘していると聞き、彼女はお声が掛かるのを待った。そして、念願叶ってスカウトが来たのである。彼女は喜んでスカウトを受け、ギルド内で実力を見せ付けて幹部メンバーとして認められたのだった。


 しかしながら、実力者は彼女の相対する面々も同様。アリステラとダイスがぶつかり合う間に、フレイヤの魔法が完成する。

「【バーニングカノン】!!」

 狙いはアリステラ……と見せ掛け、彼女を強化支援するセバスチャン狙い。放たれた紅蓮の炎が、セバスチャンに迫った。


 迫る炎の奔流を前にするも、セバスチャンは冷静に対処する。

「【マインドアップ】」

 盾職タンク役のクルスはセバスチャンからの支援魔法を受けると、彼を守るべく大盾を構えて防御態勢を固めた。

「【エレメンタルガード】!!」


 それは、フレイヤの目論見通りだと知らずに。

 アリステラは自分を狙われたと思い、咄嗟に距離を取ってしまう。射線に半身程度は入っていたのだから、無理もない。そうなると、アリステラが抑えていたダイスがフリーになるのだ。

 打ち合わせなどない、以心伝心のコンビネーション。最前線で何度も戦場を共にして来た、彼等だからこそ可能な連携である。


「【クイックステップ】!!」

 クルスがフレイヤの【バーニングカノン】を防いでいる隙に、ダイスがセバスチャンへと急接近する。クルスを強化して一安心……と、セバスチャンが息を吐いた瞬間。その目前にダイスが迫る様子が見えた。

「な……っ!!」

「遅い!! 【スティングスラスト】!!」

 偃月刀を突き出して、更に加速するダイス。セバスチャンはその攻撃を躱す事適わず、そのHPを大きく削られてしまう。


「それ以上はさせませんわよ!!」

「単身特攻とは、いい度胸だ……!!」

 アリステラとクルスは、ダイスをセバスチャンから引き剥がす……と見せかけて、ふた手に分かれた。

 アリステラはそのまま、フレイヤとリリィを倒すべく駆けていく。盾職のクルスは、ダイスからセバスチャンを守るべく走った。それは彼我の相性を考慮しての、無難な采配。


 たが、彼等はもう少し警戒すべきだった。アリステラが後衛二人を押し切れると判断したのは、彼女達が遠距離攻撃と支援魔法しか使用していないから。直接的な攻撃力は、無いに等しいと判断したからだ。

 何よりも、リリィの魔法がバフだけだと思い込んでしまった。


 リリィの奏でる曲調が代わり、その対象がアリステラになった。その曲名は【子守唄ララバイ】で、効果は単体に対する睡眠状態異常を与えるというもの。効果範囲が3メートルと短いが、発生確率は高い。

 その効果を受けてしまったアリステラが足を止めると、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。


「流石……っ!!」

 リリィの策が成功した事を確信したダイスは、クルスの接近を認識しつつセバスチャンと相対する。

「数の上ではまだ互角、それに貴方は支援魔法を失っておられる!」

 二人の言葉に、ダイスが口の端を吊り上げる。

「知らないって事は怖いねぇ」

 ダイスはそう嘯きながら、クルスのハンドアックスによる攻撃を避ける。


 その隙を突いて、セバスチャンがダイスにハイキックを繰り出す……が、ダイスはその靴の先端に鋭い針が隠されている事に気付いていた。恐らくは状態異常……猛毒か麻痺状態に陥る薬が塗られた仕込み針。

 それを躱しつつ振るった偃月刀が、セバスチャンの腹を切り裂く。

「……くっ!」

 苦々しげに表情を歪めるセバスチャンに、ダイスはふと思う。


――こいつ、ホンモノの執事じゃないな……シオンさんなら主を放置しないし、もっと自分の感情を抑えてる……。


 本物の従者を知るダイスは、セバスチャンがロールプレイをしているのだと見抜いた。それがどうしたと言えばそれまでなのだが、見抜いてしまった。

 ちなみに、シオンも本物のメイドではない。付き人ではあるけれども。


 ともあれ、セバスチャンの攻撃を捌いたダイス。攻撃行動を完了した事により生まれた、ほんの一瞬の硬直。その隙を見計らって、クルスが行動を起こした。

「隙ありだ!!」

 ダイスの背後から斬り掛かるクルスだが、ダイスは内心で溜息を吐く。


――相変わらず、馬鹿正直だなぁ……叫ばなきゃあ、奇襲になるのに。


 とはいえ、彼の装備は騎士然とした装備だ。わざわざ掛け声で攻撃を知らせるのは、彼の中では騎士道的な何かなのか。騎士道的不意打ちなのかもしれない。

 ただ、背中から斬り掛かるのは騎士としてはアウトな気もする。

 何はともあれ、その攻撃を避けようとして……ダイスは動きを止めた。その視界の端に、ある人物の姿が映ったのだ。


「【サンダーウォール】」

 その言葉の直後、ダイスとクルスの間に雷の壁が立ちはだかる。それにクルスのハンドアックスが触れた瞬間、彼の身体に電撃が走った。

「しま……っ!!」

 麻痺状態となったクルスは何とか動こうと身体に力を込めるが、システムによる状態異常効果を気合いで突破出来るはずもない。


 フレイヤによる援護で、ダイスはクルスを気にせずセバスチャンを仕留める事が出来る。

「こいつで決めるぜ!! 【ミリオンランス】!!」

 【長槍の心得Lv10】で会得出来る、怒涛の連続突き。そんな凶悪な攻撃がセバスチャンを襲い、彼のHPはあっさりと消失してしまった。セバスチャンはその場に倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。


「く……っ!!」

 悔しそうに表情を歪ませるクルスは、尚も動こうと身体に力を込める。しかし、まだ麻痺状態は継続中だ。

 そして目だけを動かしてフレイヤの方を見ると、彼女は魔法を詠唱していた。その魔法陣の色と描かれていく魔法陣の複雑さから、それがどんな魔法なのか一目で理解出来た。


――高威力魔法攻撃!! 麻痺状態は、あと五秒……!! 私が動けるようになる方が早い……いや、あの本は……!?


 クルスは麻痺が解除されると同時に、フレイヤへ接近して一気に倒し切ろうと思案。しかしフレイヤの側に浮いている本を見て、分が悪い事を理解する。

 その本に、彼は見覚えがあった。魔法職ならば誰もが求めるであろう、ある効果を有するレアアイテムなのである。


―――――――――――――――――――――――――――――――

武装≪失われし魔導書≫

 効果:詠唱速度+10%

―――――――――――――――――――――――――――――――


 魔法のランクが上がれば上がる程、詠唱時間は長くなる。しかしアイテムやスキルの中には、詠唱速度を上げて魔法の発動を早める性能を持つものが存在する。

 その中でも、プラス10%という強力な効果を有するレアアイテム……それが≪失われし魔導書≫だ。


 その効果によって、クルスの麻痺が解ける前にフレイヤの魔法が完成する。

「【インフェルノ】!!」

 フレイヤが魔法を放った瞬間、ステージ上に灼熱の業火が広がる。

 魔法を発動させる位置をしっかり計算し、クルスだけではなくアリステラも攻撃範囲に入る様に微調整。リリィはしっかりと効果範囲外に居るあたり、フレイヤの魔法の技量が窺い知れる。


「はぁ……危ねーな、フレイヤ! 俺を巻き込む所だったぞ!」

 ダイスはしっかりと効果範囲内に入っていたので、慌ててその場から離脱。ギリギリの所で【インフェルノ】から逃れる事に成功していた。

「貴方の足なら、間に合うのが解っていたもの」

 涼しい顔でそうのたまうフレイヤに、ダイスは盛大な溜息を吐いた。

「さいですか……」


 そんな二人の姿に、リリィは薄っすらと笑みを浮かべる。アーク主催のレイドパーティに参加していた頃と、今の二人は全く印象が違うのだ。

 ダイスはまるで傭兵の様で、誘われたから参加しているだけ……といった感じだった。フレイヤもフレイヤで他のプレイヤーとの間に壁というか、踏み込めるのはここまで……といった線引きをしていた様に思える。

 しかし目の前の二人は自然体であり、今の姿や表情が本来のダイスとフレイヤなのだろう。そう感じさせるくらいに、二人は生き生きとして見える。


 それが、少しだけ羨ましく思えた。アイドルという立場上、彼女はありのままの自分を曝け出す場が少ないのだ。

 学校でも、仕事の場でも……そしてAWOの中でも、彼女はアイドル・度会瑠璃として振る舞わなければならない。自分で選んで進んだ道なのだが、それでも思う所が無いわけではなかった。


「おーい、リリィ。聞こえてるかー?」

 ダイスの呼び掛けに、リリィは意識を思考の海から引き戻す。

「相手は三人共、戦闘不能。つまり……」


 フレイヤの言葉を引き継ぐ様に、アンナが決着が付いた事を宣言する。

『一回戦第一試合・先鋒戦、勝者【桃園の誓い】チーム!!』

 その宣言を受けて、会場は歓声と熱気に包まれた。ステージに立つダイス・フレイヤ・リリィに向けて、祝福や称賛の声が贈られる。


 HPを全て失って倒れていた【聖光の騎士団】の三人は、試合終了宣言と同時にHPが1だけ回復。その場で立ち上がり、【桃園の誓い】チームメンバー三人に向き直る。

 敗北した三人は、悔しそうな表情を浮かべて対戦相手を見ていたが、黙って一礼すると踵を返して控え室へと歩いて行く。


 そんな三人を見て、ダイスはふぅ……と息を吐いた。

「流石は【聖光】、地力も技量も高かったな……」

「相性に救われたわね……」

 実は試合中、余裕を見せていた三人。しかしそれは表面上の物で、内心ではギリギリの状態であった。


 アリステラはダイスに匹敵する技量の持ち主であり、クルスの堅さは【聖光の騎士団】でもトップクラス。更に支援要員のセバスチャンは、バフも練度が高い上【マルチタスク】によって続々とバフが上乗せされる。

 対する【桃園の誓い】はダイスが三人の注意を引き付けている内に、フレイヤの魔法で彼等を分断させる必要があった。リリィは演奏中であり、笛を奏でながら回避するのは困難を極める。


 それでもすんなりと策が嵌ったのは、事前に作戦をいくつも立てていたからだ。それは【聖光の騎士団】のメンバー振り分けを、予測しての事だった。


 大将戦は、ギルマスであるアークを据えるのは確実。そうなると中堅戦は、サブマス・ギルバートと参謀のライデンと予想した。

 中堅戦の別パターンは、アリステラ・セバスチャンコンビ。そしてシルフィ・ベイルコンビと予想はしていた。共に前衛と後衛がハッキリ分かれたコンビである。バランスも良い。


 しかしながら、【聖光の騎士団】はトップクラスのプレイヤーが集う実力主義を掲げるギルド。二つのコンビが挑んだとしても、ギルバートとライデンを下すとは考えにくかった。

 そうすると二つのコンビに、斥候・ヴェイン、盾職・クルス、魔法職・ルーの中から一人を加える事になる。または、この三人を組ませる。これが一番、可能性が高かった。


 そう判断した【桃園の誓い】は、複数パターンの戦闘を想定。作戦を立てて、それが実行に移されたという訳だ。

 アリステラは強力な前衛だが、攻撃に傾倒しているタイプ。防御力も程々で、状態異常への耐性は低い。

 クルスは、物理・魔法防御力が高めの盾職だ。ダメージ効率を考えると、フレイヤの高威力魔法でダメージを与えていくのが一番楽である。

 そしてセバスチャンは、支援型という事もあり接近すれば御しやすい。


「ボス攻略でも、ここまで作戦で悩まなかったがなぁ」

「ある意味、ボスみたいなものじゃない?」

 そんな二人の会話に、リリィは思わず笑い声を漏らす。

「ふふっ……あっ」

 笑ってしまった事に、リリィが思わず気まずそうな顔をする。


 しかしダイスとフレイヤは笑みを浮かべたままだ。

「笑っていいんだぜ? 何せ、俺等が勝ったんだからな」

「リリィちゃん、固い表情ばかりだと折角の美人が台無しよ? 折角だし、観客席に手でも振ってファンサービスしておいたら?」

 βテスト時代からの付き合いである三人は、近過ぎず遠過ぎずの距離感を保っていた。

 しかし、今は三人で共に勝利をもぎ取った。それ故かダイスとフレイヤの口調も素が出ており、普段よりも柔らかい。


 レイドパーティに参加していた頃と、そんな距離感は変わらない。それが少し懐かしくもある。しかしながら、あの頃よりも心の距離が近付いた気がする。

 そんな二人の様子に、少し嬉しさを感じたリリィ。フレイヤの提案に頷き、さらりと反撃する。


「では、お二人も付き合って下さい。私だけが手を振ったのでは、悪目立ちするでしょう?」

「んー……ま、良いけどな」

「ふふっ、了解よ」

 そんな会話を交した三人は、仲間の下へに戻るべく身体を控え室の方へ向ける。そして三人同時に手を上げて、観客席に向かって手を振った。

 有名なプレイヤーである三人の様子に、観客席から盛大な歓声と拍手が巻き起こる。興奮の最中にあって、三人は笑顔を浮かべて控え室へと入って行くのだった。

次回投稿予定日:2020/12/25

サンタさん来るかなー←

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] □リコンチャラ夫とチョロイン多い!?
[良い点] 先鋒戦桃園の誓いの勝ち次はギルバート達ですか、ライデンのフォローが光る試合になりそうな予感が…私は桃園の誓いを応援します。 [気になる点] なんちゃって執事のセバスチャン。ロールプレイが甘…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ