01-12 交流を深めました
アッキドウジとの死闘から一夜明け、ジン達は十九時にAWOにログインした。日曜である為、他の面々の都合的にも良い時間だったのだ。
始まりの町の噴水広場に集まった五人。まず、ジンが話を切り出した。ちなみに現在は、始まりの町の中……安全地帯であり、他のプレイヤーの目もある。なので、忍者ムーブは封印中だ。忍者ムーブの際はマフラーで隠されている、口元も出していた。
「ユージンさんからOK出たよ!」
その言葉に、レンとシオンもホッとした様子で頷いた。そんな二人を見たヒイロとヒメノは、ユージンと面識がある為こう思っていた。
――まぁ、ですよねー。
ユージンは変わった風体ながら気持ちの良い人物で、ジンだけではなくヒイロやヒメノにも親身になって接してくれる人物だ。ヒイロ的には”優しいおじさん”であり、ヒメノ的には”素敵な大人の男性”である。ちなみに、ジン的には”生産大好きなおやっさん”だ。
ともあれ一行は、ジンを先導役にユージンの工房へと向かう。
「そう言えばレンさん。髪の色と瞳の色以外は、現実と同じなんですね」
現実世界のレンを知るヒメノが、考えに考えて見つけ出した話題がそれであった。
「それはヒメノさんもでしょう?」
「難しい設定は、苦手でして……」
「私もです。もう少し弄れば良かったと後悔したのですが、ここまで育てたキャラクターを作り直すのが勿体無いと思ってしまいますよね」
「あ、それ解ります。ここまで育てちゃうと、リセットは勿体無くて出来ないなって」
中二女子コンビは、仲良く談笑していた。殿を務めるシオンが、うんうんと頷いている。気分はさしずめ、娘とその友達を見守るオカンだろうか。シオンさん、まだ二十五歳なんですが。
さて。そんな五人が居るのは、不特定多数のプレイヤーが集まる場所である。
始まりの町の噴水……それは死に戻ったプレイヤーの転移先であり、新人プレイヤーが最初に訪れる場所。更に言えば、始まりの町とフィールドを繋ぐ門がある場所なのだ。つまり、数多くのプレイヤーがその場に居る。
そんなプレイヤー達の中にあって、ジン達は当然の如く目立つ。忍者にイケメン剣士、そして一撃必殺少女。これだけでも目立つのに、トッププレイヤーとして名を馳せるお嬢様とメイドが居るのだ。目立たないはずが無い。
「おい! あれ、レン様じゃね!?」
「シオンだ、初めて見た……本当にメイド服着てんのな」
「っていうか、アレって忍者……? 小太刀二刀流?」
「一撃必殺少女が居るぞ……何だよあのメンツ、何もかもがおかしいだろ!」
「一緒に居る剣士は誰かしら? 結構、イケてるわね……」
今夜、掲示板は盛大な祭りとなるであろう。
……
そんなこんなで談笑しつつ、五人はようやくユージンの工房へと辿り着いた。工房の扉を開けると、カウベルが鳴る。
「ユージンさん、こんばんはー!」
ジンが声を掛けると、奥からアロハシャツを身に纏ったユージンが姿を見せた。
「や、待っていたよ。おっと、そちらが新しいお友達かい?」
いつもの人の良さが滲み出る笑顔で、ユージンが五人を迎え入れた。
そんなユージンに面食らっていたレンとシオンは、ハッとした様子になる。どうやら、ユージンの風貌に面食らっていたようだ。
「お初にお目に掛かります、私はレンと申します」
「私はレンお嬢様の付き人を務める、シオンと申します」
礼儀正しい自己紹介と一礼に、ユージンは笑顔で頷いた。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。僕はユージン……見ての通り、しがない生産職人です」
胸に手を当て、芝居がかった仕草で一礼するユージン。普通ならば気障ったらしい仕草なのだが、妙にユージンのそれは自然とキマっていた。
「それでユージンさん、ダンジョンの報告も兼ねてちょいとお話が」
早速本題を切り出すジンに向き直ると、ユージンは笑顔を浮かべながら手を差し出した。
「まぁまぁ、慌てないで。今お茶の準備をするから、適当な所に掛けて待っていてくれるかな。色々、積もる話がありそうだしね」
確かに、今回の一件を話すのならば長丁場になりそうだ。
ジン達は素直に、ユージンの言葉に甘える事にするのだった。
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「二つ目のエクストラクエスト……君達の言う通り、特定のステータスに主眼を置いた可能性が高いね」
ジンの【九尾の狐】とシオンの【酒呑童子】は、どちらも特定のステータスが高いプレイヤーのみが手に入れられる仕様だった。恐らくは、他のステータスに依存したクエストも存在するのだろう。
「あとスキルの説明文を見ると、”風林火山”に沿ったスキルなのかなーって思うんです」
何事かを考え込むユージンが、その言葉を受けて口元を吊り上げた。
「その可能性はあるね。ただ、実は風林火山って創作と考えられているって知っているかい?」
歴史に詳しくないジンは、そうなの? と目を丸くする。それはヒイロも同様である。ヒメノとレン、シオンは表情を変えない所から、既に知っている様だ。
「孫子の旗に記されていた文章が、風林火山の由来でね。『故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆の如し』から引用したとされているんだ」
そんなユージンの説明に、レンが頷く。
「ジンさんの【九尾の狐】は『移動する時は風の様に早く』という意味ですね。シオンさんの【酒呑童子】は『敵の奇策や陽動に惑わされず、陣形を崩さないのは山の様に』です」
「正しくAGIとVITだね。僕の予想だと、火はSTRかな」
それは、ヒメノに向けた言葉だった。STRに全てを賭けるヒメノだ。そのスキルを手に入れたいと思っている事を、ユージンは見抜いていた。見た目もスキルも、お揃いが良い。ヒメノはそういう少女だった。
何かしらダンジョンの情報が入ったら、連絡を取り合う……という事で、エクストラクエストの情報については話を終わらせた。
「それで、だ。シオン君は、製作の依頼で来たって事で良いのかな?」
「そうですね……素材が三つありまして、これで製作の依頼が出来ればと存じます」
シオンが取り出したのは、アッキドウジからドロップした≪アッキドウジの毛髪≫である。名称的には微妙なのだが、貴重な素材である事は間違いないだろう。
「ふむ、これなら……そうだ。シオン君が良いならば、今の装備に合わせてメイド服とエプロン、ブーツが作れると思うけど、どうかな?」
「……ありがとうございます、是非」
一瞬迷ったものの、シオンは力強く返答する。
数分後、シオンの要望を受けたユージンがデザインを進めていく。
「……見事なデザイン画でございますね、ユージン様はプロの方でしょうか?」
ユージンのデザイン画を見て、思わず口を挟んでしまうシオン。彼女は本来ならば、その必要がある時しか発言しないのだ。それでも口を挟んでしまったのは、ユージンのデザイン画がハイクオリティだった為である。
「いいや、僕のは単なる趣味でね。ちなみにこっちはヒメノ君の装備」
もう一枚のデザイン画も見たレンとシオンは、思わず唸ってしまう。ゲームの中であっても、女の子はファッションにうるさいのである。
ひとまずレンとシオンも、ユージンとフレンド登録を交わす。
「レン君も何かしら製作をして欲しい時は、是非とも僕に依頼して欲しいな。使う人が決まっていない装備より、フレンドさんが使う装備を作る方が楽しいしね」
「はい、その時は是非お願いしたいと思います」
「ユージン様とのコネクションが出来たのは、本日の最大の収穫かもしれませんね」
今回生産するのはシオンの新装備……そして、ヒイロの服と防具、ヒメノの服と防具だ。
「完成したら、また連絡を入れるよ」
「解りました」
「ユージンさん、よろしくお願いします!」
……
「そういえば、ガチャはやったの?」
ユージンの言葉に、ジン達はガチャの件を思い出す。
「いえ、これからですね」
「それなら、ここでやっていかない? 僕も興味あるし、ここなら他のプレイヤーには出た品の内容が知られないからね」
工房には窓があるが、外からは見えない仕様になっている。これは町中であれば、どの建物も同じ仕様だ。
「では、お言葉に甘えましょうか」
レンとシオンも、ユージンの提案に賛意を示す。ジン達のフレンドという事もあるが、ユージンならば口外したりはしないと考えたからだ。
彼は生産職人であり、生産の腕もそうだが信用度も重視される。信用を損ねるような真似はしないだろう。そんな信頼感が、ユージンからは感じられる。
「チケットの半券部分を千切れば、チケットの効果が発動します。この様に」
レンが自分のチケットを千切ると、チケットが消失する。同時に、光が集まってオブジェクトが生成された。
現れたオブジェクトは、スキルオーブが中に入った大きな箱だ。残念ながら、外側からは何のスキルオーブなのかは解らない。どこからどう見てもガチャボックスです、本当にありがとうございました。
「これ、完全にあのガチャガチャだよね」
「運営は多分狙ってるな」
これでどんなスキルが出るかは、完全にランダムだ。とりあえずジン達も、自分のチケットを使ってガチャボックスを呼び出した。
「では、やってみましょうか」
レンに促され、ジンとヒメノ・ヒイロもハンドルを回す。
「あ、出た」
取り出し口にコロンッ……と転がり出てきた、スキルオーブ。普通の青いスキルオーブと違い、真っ白なスキルオーブだ。
「白のスキルオーブ? 初めて見た」
そんなジンの発言に、思わずヒイロが大声を上げてしまう。
「白だって!?」
「えっ!? 何!?」
そんなヒイロに驚くジンだが、他の面々を見ると全員揃って驚いた表情をしていた。その理由が解らないジンは、戸惑いを隠せない。
衝撃から落ち着いたユージンが、苦笑しながらその理由を説明する。
「ジン君、それは十個しか存在しないスキルオーブだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
ユージンの説明によると、白いスキルオーブは数量十個に限定されるウルトラレアのスキルオーブだという。ちなみに普通のスキルオーブは青で、レアは黄色。スーパーレアのスキルオーブは赤らしい。
「だとしたら、黒は……」
「ユニークスキルのオーブ……かもしれませんね」
レンの言葉に、ジン達も頷く。一つしかない、特別なスキル。ジンとシオンが手に入れたその黒いスキルオーブは、恐らくユニークスキルを表すのだろう。
ガチャボックスの取出口に転がったままの、白いスキルオーブ。それを見て、シオンが首を傾げる。
「プレイヤーを現す、人の絵柄ですね。それが二つ描かれています」
「どんなスキルだ、ジン?」
スキルオーブを取得した本人には、ポップアップで名称が現れているはず。そう思って問い掛けるヒイロだが、当のジンはスキルオーブを確認すると……微妙な引き攣り笑いになった。
その様子に、他の面々は怪訝そうな顔をする。
「ジン……? もしかして、ハズレか?」
戸惑うヒイロに振り返ると、ジンは首を横に振る。ハズレではない、少なくともハズレではないのだ。ただこれがジンの手に渡る事で、既に言われている自分のキャラクター性が更に固定されてしまうだろう。
「【分身】だって……」
その言葉に、その場に居る面々の表情が一変した。ヒメノは歓喜の表情に……そして、他の四人はジンと同じ引き攣り笑いになったのだった。
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スキル【分身Lv1】
説明:東洋の地で遥か昔に編み出された秘技。
効果:プレイヤーと同じ姿形のNPCを召喚する。プレイヤーのステータス-50%、NPCのステータスはプレイヤーのステータス-50%。発動後、60秒でNPCは消失する。再発動可能まで120分。
習熟度が偶数時、召喚数が1ずつ増加する。
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ガチャの結果は、それぞれに収穫がある結果となった。
手に入れたスキルは、ヒメノが【合成魔法】、レンが【狙撃の心得】、ヒイロが【盾の極意】だ。そこでヒメノとレンがスキルを交換し、互いに現在のスキルを伸ばす方向性になった。
そしてアイテム。ヒメノは≪大騎士の大盾≫を手に入れ、レンが≪精霊の指輪≫を入手。そしてヒイロが≪桜の髪飾り≫を出した。レンはそのままに、ヒメノとヒイロがアイテムを交換。
こうして、三人は終始和やかにトレードを済ませるのだった。
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スキル【狙撃の心得Lv1】
説明:遠距離武器の習熟度を示す。
効果:遠距離武器による攻撃時、STR+5、DEX+5。
習熟度が向上すると、新たな武技を習得する。
スキル【合成魔法Lv1】
説明:魔法に複数の属性を付与する高等魔法技能。
効果:二つの魔法を選択。魔法合成を行うと、合成した魔法は魔法一覧に登録される。合成時の消費MPは、選択した魔法の消費MPの合計値×2となる。
スキル【盾の極意Lv1】
説明:盾の習熟度を示す。
効果:盾による防御時、VIT+5、MND+5。
習熟度が向上すると、新たなパッシブスキルを習得する。
装飾品≪桜の髪飾り≫
効果:HP+5、MP+5
装飾品≪精霊の指輪≫
効果:INT+5、MND+5、MP+10
武装≪大騎士の大盾≫
効果:VIT+5、MND+5、HP+10
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さて、そしてジンなのだが……ジンはスキルが【分身】、アイテムが≪壊れた発射機構≫をゲットした。≪壊れた発射機構≫が何なのか、イマイチよく解らない。
「ジン君、そのアイテムは?」
「≪壊れた発射機構≫っていうんですけど……よく解らないんですよね」
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≪壊れた発射機構≫
効果:無し
スキル:【空欄】
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アイテムの詳細を見ても、何も解らない。ジンもユージンも、首を傾げてしまう。
「壊れた……というアイテムは、以前にも一度見掛けた事が御座います」
そう言い出したのは、シオンだ。ジン達は、シオンの言葉に耳を傾ける。
「ドロップしたのは現在、攻略の最前線に立つと称されているプレイヤーの一人です」
「あぁ、思い出しました。確か、【ライデン】さんでしたね。そのアイテムを売却した所、ダイヤコインになったと言っていました」
ダイヤコインとは、ゴールドコインとは異なるアイテムだ。有料の課金アイテムを購入する際に消費されるゲーム内通貨である。
だとすれば、この品は売却用のアイテムだろうか。誰もがそう思ったが、ユージンだけは真剣な表情でウィンドウを見ていた。
「いや、これは修理する事が出来るかもしれない」
そう言うと、ユージンはジンに一つの提案をした。
「ジン君、僕にこれを預けてみないか。失敗したら、店で買い取る金額を支払うよ」
いつになく真剣なユージンに、ヒイロやヒメノは驚いた。いつもは飄々とした彼が、こんなに真剣な表情をするところを初めて見たのだ。
「了解です、必要な素材とかあれば言って下さい」
ジンの答えは、まるでそれが当たり前の様な言葉。正に、即決だった。
「ありがとう、ジン君。全力で取り掛かるよ」
「あ、先にヒイロとヒメノさん、シオンさんの装備からで大丈夫ですよ」
「心配要らないよ、そっちは明後日までには仕上げよう」
自信満々で言い切るユージン。
流石のレンやシオンも、その言葉には驚きを隠せなかった。
「そ、そんなに短時間で出来るものなのですか?」
戸惑い気味のレンの質問に、ユージンは笑顔を浮かべてみせる。
「ヒイロ君とヒメノ君の装備は、昨日今日と少しずつ進めていたのさ。シオン君は新規作成だけど、今は他に依頼も無いからね。最優先で製作に取り掛かれるんだよ」
どうやら、事前に手を付けていたようだ。その辺りの抜かりなさは、ユージンらしいとジンも納得するのだった。
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ユージンに依頼をして、工房を後にしたジン達。工房を出てすぐに、ヒメノが全員にある提案をした。
「折角ですので、フィールドで新装備や新スキルを試しませんか?」
ヒメノの提案に、ヒイロとジンは笑顔で頷き返す。しかし、レンとシオンは申し訳なさそうに断りの言葉を切り出した。
「申し訳ありませんが、私達はここでお暇します。クリアせずに、残ってしまっているクエストもありますので……」
考えてみれば、レンとシオンは常に行動を共にするパーティメンバーではない。今回は、エクストラクエストの為に一時的にパーティを組んだだけだ。
「あ、そうですよね……ごめんなさい」
寂しそうに謝るヒメノに、レンは苦笑する。
「今度は、予定を合わせてパーティを組みましょう。そうそう、他のエクストラクエストの攻略も付き合いますよ。お互いに連絡を取り合う約束ですもの」
今日の申し出は断ったが、レンはヒメノ達とパーティを組む事を楽しいと感じていた。
同じ年頃の女子とゲーム内で遭遇するのも初めてだし、こうして談笑した覚えもこれまでは無かった。
それに、レンから見てもヒメノは性格が良い少女だ。今後も会話や、協力プレイをしたいと思っている。ヒイロはヒイロで、誠実そうな性格の男子だ。ジンも忍者ムーブはどうかと思うが、それ以外では信頼に値する人物だと感じていた。
つまるところ、レンは三人の事を気に入っているのだ。
そんなレンの言葉に、ヒメノは表情を綻ばせる。
「はい、是非お願いします!」
「はい、約束です」
そう言って小指を差し出すレン。ヒメノもすぐにその意図に気付き、自分も小指を差し出して絡めた。
五人でまた、町中のプレイヤーの視線を集める日は……そう遠い未来の話では無いだろう。
まだデレないレン様。