07-13 旅行先でログインしました その1
AWOに初めてログインしたプレイヤーが訪れる場所、始まりの町の噴水広場。そこに、二度目のログインを果たしたセンヤとネオンが居た。
「いやぁ、やっぱりリアルだなぁ!」
「うん、仮想現実とは思えないよね」
二度目のAWOに感動気味の二人は、その場で初ログインする音也を待つ。今頃、アバターの設定をしている頃だろう。
ちなみに、集合場所は始まりの町の北門となった。その為、ジン達は徒歩でフィールドを歩いて向かっている。 これは初心者組三人と合流したら、早々にギルドホームに向かいたいから……そしてユージンの工房に寄り、ある物を受け取りたいからである。
センヤとネオンが道を覚えていると自信満々だったので、この様な予定となったのだった。
音也を待つ間、噴水の縁に腰掛ける二人。周囲に視線を巡らせて、改めてAWOの再現度について感想を言い合う。
「最初にログインした時に、シオンさんが出してくれたお茶やお菓子も美味しかったよね」
その時の味を思い出すかの様なネオンの言葉に、センヤはうんうんと頷いてみせる。
「あー、そうだね。味覚もしっかり再現されてて、ログアウトしたら何も食べられないんじゃないかって思っちゃったよ」
ゲーム内で飲み食い出来る様になると、現実世界での食事に支障が出るのではないか? と考える人は、VRドライバーが広く普及した今でも多い。
しかしながら、それは無用な心配である。VRゲーム全般の仕様として、ゲーム内での食事ではプレイヤーの満腹中枢を刺激しない。故にゲーム内でどれだけ食事をしても、現実世界でお腹いっぱいで食べられないという事は無いのだ。
ちなみにVRゲームが台頭してから、ゲーマーの肥満化が減少するというデータがある。これは肥満に繋がりやすい食べ物をVRゲーム内で食べ、現実世界では体に良い物を食べる傾向が増えた事が一つ。
そしてもう一つは、VRドライバーにはある仕様が存在するからだ。その仕様とは、健康維持を目的としたバイタルチェック機能である。
バイタルチェックの結果、プレイヤーの健康を著しく損なう可能性がある状態になると安全装置が作動。強制的にログアウトさせるのだ。
そうならない様に、ゲーマー達は健康を維持するべく不摂生を控えるようになったのだが……その理由がゲームの為なので、ゲーマーという人種の根底は変わっていないらしい。
……
そんな雑談をしていると、新たなプレイヤーがAWOにログインして来た。髪は現実よりも短めの黒髪で、線の細い体型。現実よりも少し背が高くなっているのだが……そこには触れないのが優しさだろう。
「おっ、【ヒビキ】かな?」
声を掛けられたプレイヤーが背後を振り返ると、そこには初期装備の見慣れた顔があった。その事に安堵し、表情を緩めた。ゲームにおいても、彼の美少女っぷりは健在である。
「えぇと、センヤちゃんにネオンさん……だよね?」
古我音也こと、プレイヤーネーム【ヒビキ】。初のログインに戸惑い気味な、センヤの恋人である。
ヒビキには全員のプレイヤーネームを伝えてあるので、誤って本名を呼ぶ……といった事は無い。最も、本名そのままのメンバーが三人程いるのだが。
「センヤちゃんもネオンさんも、髪の色を変えたんだね……似合っているけど」
青とピンクの髪色に変えている二人に、ヒビキは苦笑する。派手だなぁとは思うものの、言葉通り似合っている。
「性別とか顔はほとんど変えられないからさー、少しでも印象変えないとね」
「VRゲームから、本名や実際の容姿が知られる事はあるからね。注意しないと」
二人の言う通りVRMMOで出会った者達が、現実でトラブルを起こすという事例は悲しい事に存在する。
特に多いのは、ストーカー被害。容姿と何気ない会話から得た情報を元に住所を絞り込み、居場所を特定してストーカー行為を行った末に傷害事件に発展したというニュースが、一年程前に話題になった。
そういったトラブルを避けられるのは、第一にプレイヤー自身が注意する事である。名前や容姿を可能な限り変え、不用意に個人情報を明かさない事……これが一番の自衛となるのだ。
「まぁ、私らを狙うような人はそうそう……」
そうそう居ないはず……センヤがそう言い掛けたところで、三人に向けて声を掛ける輩がいた。
「ねぇねぇ、そこの君達。新人さん?」
「可愛いねー、学生さんかな?」
「俺達、【ベビーフェイス】っていうギルドを作っててさ。そこそこ強いプレイヤーなんだけど……一緒にフィールド行かない?」
「色々と教えてあげられるよ。あ、回復アイテム持ってる? 少し分けようか?」
「ほら、君達は三人で俺達は五人じゃん? パーティ組めるのって八人までだからさ」
言っている側から、チャラチャラした雰囲気の五人組が湧いて出た。
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その頃【七色の橋】のギルドホームから、北門に向かう道中。ヒメノのシステム・ウィンドウに、メッセージが届いた。
「あ、ちょっと待って下さい。メッセージが……あれ?」
差出人を見ると、相手はネオンだった。どうしたのかと、メッセージを開くのだが……。
「あの……三人が、見知らぬ人達に絡まれているみたいです……」
その言葉を聞いた他の面々は、何とも言い難い表情でため息を吐く。それは”絡まれている”という言葉の意味を、正確に読み取ったからだ。
センヤとネオン……そして外見は美少女と言って差し支えない、しかし性別は男であるヒビキ。そんな三人をナンパするプレイヤーが居たのだろう。
初心者プレイヤーを懐かせて、自分達の言いなりにする。そんな邪な考えを持つプレイヤーは、今も昔も変わらず存在するのだ。
「よし、それじゃあ……ジン」
「了解でゴザル」
ヒイロが名前を呼ぶと、ジンは万事心得ているとばかりに腰を落とす。
一刻も早く、三人の所へ向かう必要がある。そうなれば真っ先に名前が挙がるのは、自分だと解っていたのだ。
それに、ジンは第一回イベントでの知名度がある。そんなジンがヒビキ達を自分の仲間と言えば、相手は大人しく引き下がるはず。そんな訳で、最適任はジンだった。
「うん、頼むよ」
「任された! では……お先でゴザル!!」
地を蹴って駆け出したジンは、真っ直ぐに始まりの町へと駆け抜けていく。そのスピードは非常に早く、ヒイロ達からはその背中があっという間に見えなくなってしまった。
「よし、俺達も急ごう」
「そうッスね!」
ヒイロとハヤテの言葉に、他の面々も頷いてみせる。そして、ヒイロを先頭にして走り出した。
……
紫色のロングマフラー≪闇狐の飾り布≫を靡かせてフィールドを疾走するジンは、その場に居たプレイヤー達の目を引く。
「うおぉっ! 忍者さんだ!」
「おおぉっ!! ジンさーん!!」
「はええぇーっ!!」
「なになに!? 何かのイベント!?」
走る際にかけられる、そんな声。それがふと、陸上選手時代の頃を思い出す。
今かけられている声とは違うが、たくさんの人達の声援を受けて仁は走っていた。
――何だか懐かしいな。オリンピックは、もう無理だけど……!!
掛けられる声にテンションが上がったジンは、更にもう一段階上の加速を開始。そしてスキルの力を発動し、【ハイジャンプ】で始まりの町の民家……その屋根の上へ。
屋根から屋根へと飛び移り、噴水広場を目指して疾走する。
――僕は今、大切な仲間達と……ヒメの為に走れる……っ!!
超スピードで駆け抜けて、噴水広場はもう目前。そんな広場にある噴水のすぐ側に、センヤとネオン……そしてヒビキらしき姿を見付けた。そんな三人を、五人の男達が通せんぼするように囲んでいる。
「では、いざっ!!」
屋根を強く蹴り、男達の背後目掛けてジャンプ。そのまま自由落下して、ジンは狙った位置にピタリと着地する。
その際に発した衝撃で、大きな音が広場中に響き渡る。迷惑そうに男達を見ていたプレイヤー達も、突然の出来事に唖然としていた。
衝撃音に驚いた男達は、慌てて振り返り……そこに立つジンの姿を見て、表情を引き攣らせた。
「て、てめぇ……あの時の……っ!!」
「こ、こいつ……また俺達の邪魔をしようと……っ!?」
そんな台詞を口にする男達は、ジンを忌々しげに睨む。
――あれ? 何かこの人達に見覚えが……。
何処で会ったっけ? と思案するジン。そこで、第一回イベント……その開催直前の記憶まで遡り、合点がいった。
――あぁ、イベント開始前に絡んで来た連中か。
ジンの記憶通り、彼等はヒメノ達を引き抜こうと声を掛けてきた五人組だった。第一回イベントでヒメノ達にスルーされた、あの五人組である。更に言うとイベント中に嫌がらせをしようと思うも、ジン達の実力を目の当たりにして日和った五人組だった。
「「ジンさん!!」」
センヤとネオンは、闖入者の正体がジンだと気付いて表情を綻ばせる。
「ジンさん、助けに来てくれたんですね!!」
ヒビキも同様に、嬉しそうに笑顔を浮かべた。どこからどう見ても、美少女にしか見えない。これは絡まれるのも無理はないと、ジンは内心で苦笑する。
ジンの乱入に驚き狼狽えた五人の包囲が緩んだ事で、隙間が出来た。その隙間を通って、三人はジンに駆け寄る。
「お待たせ、三人共。迎えに来たでゴザルよ」
優しく微笑み、駆け寄ってきた三人を庇う様にして立つジン。そんなジンに、五人組の表情が歪む。
「この子達は、拙者の仲間でゴザル。仲間に何か、用でゴザルか?」
ジンの言葉を受けて、一人の男が前に出た。五人組のリーダー格である、ローウィンだ。
「一位になったからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
一度のみならず、二度もナンパの邪魔をされたローウィン。彼は気が立っており、周りが見えていない様子だ。多くのプレイヤーが、ジンと相対する自分達を注視しているのだが……それによって自分達の評価が下がる事に、思い至っていないらしい。
そしてローウィンは、他のメンバーが来ていない今がチャンスだと思った。こちらは五人、あちらはジンと初心者三人というおまけ付き。
「丁度いい、身の程を教えてやらァ……決闘でな!!」
そう言って、ローウィンはシステム・ウィンドウを操作していく。すぐにジンと三人の名前を選択し、決闘申請を送信する。決着方法は、時間無制限の完全決着モード……全滅するまで決闘が終わらない、潰し合いである。
その表示を見た中学生組三人は、顔を引き攣らせた。思いもよらぬ展開に、不安で胸がいっぱいである。
そんな三人の表情に溜飲を下げるローウィンが、ジンを煽るべく大声で叫ぶ。
「イベントランキング一位様は、断ったりしねぇよなぁ!?」
ここまで言えば、ジンは逃げられない……そう判断した。風向きが自分達に向いていると判断した、ローウィンとその仲間達。その表情は愉悦の笑みを浮かべている。
しかし、ジンは逆に呆れ顔を浮かべていた。
「え、断わるでゴザルよ?」
一刀両断したジンの言葉に、ローウィン達もギャラリーも……初心者三人組も、絶句した。
ローウィン達的には、多勢に無勢でジンをボコボコにしてやる! という展開だった。
初心者組やギャラリー達は、そんなローウィン達をジンが圧倒する王道展開になると思っていた。
しかし、ジンは……。
「何故だ!! 怖気づいたのかよ、忍者!!」
「いや、何故だって……そちらは五人で、こちらは四人。そもそもの条件がフェアではないでゴザル」
「え……あ、いや……それは……」
流石は元・陸上選手。フェアでない条件に、ド正論で物言いだ。それを聞いていたギャラリーは、それもそうだな……と頷く者が多い。
そしてジンの追求は止まらない。
「更には、見るからに初心者のこの子達を巻き込むとか……お主ら、恥ずかしくないのでゴザルか?」
「「「「「……確かに」」」」」
ギャラリーが声を揃えて、首を縦に振る。旗色が悪い事に気付き、ローウィン達はたじろいだ。
そんなローウィン達に、ジンは溜息を吐く。面倒だけど、後腐れなく叩きのめすべきか? と考えたのだ。
「一対一なら、相手になるでゴザルよ? それか拙者の仲間がすぐに追い付くはず、五対五でやるでゴザルか?」
装備やスキルの差を考慮しなければ、それは実にフェアな条件だ。そして良い装備を手に入れるのも、強いスキルに育てるのもプレイヤーの強さに直結する。そこを考慮し始めると、完全なフェアなど成立しないのだ。
そんな一般的にはフェアな条件を提示するジンに、ローウィン達の顔が歪んでいく。
「ふざけんな、イベントランカーのくせに!」
「ハンデありで良いだろうがよ!」
「恥ずかしくないのか、お前!」
ジンは強いのだから、ハンデがあって然るべき。そんな無茶苦茶な……と思わないでもないが、つまるところそういう事。
「それで身の程をだのと言われても? 言葉を返すけれど、お主達……恥ずかしくないでゴザルか?」
念を押す様に、ジンが問い掛ける。その表情は呆れ返ったという内心が、ありありと浮かんでいた。
「うるせぇ! 決闘申請を受けろっ!!」
「断わるでゴザル。拙者、無益な戦いは好まぬ故」
既に、初心者三人組は自由に動ける様になった。ならば、ここに留まる必要は無いだろう。
「では、ホームに向かうでゴザルよ。遊べる時間は限られるし」
「そうですねー」
「ヒビキ、皆の姿を見たら驚くよー!」
「う、うん……あの、ジンさん? 本当に、あの人達良いんですか?」
ヒビキだけは、ローウィン達の怒りの形相に「良いのかな?」と思ってしまう。しかし、ジンは朗らかに微笑んで頷いた。
「逃げるのか、忍者ァッ!!」
そんな怒声が、ジンの背中に向けられる。しかしジンは振り返る事なく、三人を先へと促す。
「はいはい、そう思うならそれで良いでゴザルよ」
手をヒラヒラと振って、三人と北側の通路へ向かう。
すると、ジンが足を止めた。無論、ローウィン達に向き直る為ではない。
「ほら、ヒビキ殿。あそこに皆が居るでゴザル」
通路の先に、仲間達の姿が見えたからだ。ヒビキの肩に手を置き、逆の手で仲間達の姿を指差す。
「あ……!! 本当ですね!!」
ローウィン達の事など、忘却の彼方。現実で先程まで同じ時間を共有していた面々の姿に、顔に笑みを浮かべるヒビキ。
ジンがその背中を優しく押すのを合図に、四人は和気藹々と歩みを再開する。
そんなジン達の姿を見送り、ギャラリーはローウィン達に視線を向ける。
「ぷっ……ダサッ」
「喚いて終わったな、あいつら」
「そもそも、忍者さんに相手にされてないし」
「何で相手して貰えると思ったのかね?」
「超ウケるー」
そんな揶揄する声に、顔を真っ赤にしたローウィン達は逃げる様にその場を立ち去った。
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始まりの町の北側、ユージンの工房を目指すジン達。ユージンからある物を受け取ったらギルドホームへ向かう予定だ。フィールドに出るのは、その後である。
というのもログイン前に話し合い、三人も【七色の橋】に加入する意思を固めている。そこでまずは、ギルドメンバー登録を済ませるのだ。
ギルドメンバーに登録する方法は、始まりの町の騎士団詰め所かギルドホームにあるポータル・オブジェクトを使用する。その二箇所以外では、登録は出来ないのだ。
ちなみに登録権限は、ギルドマスターによってメンバーに付与される。【七色の橋】で例えると、ギルドマスターであるヒイロが許可すればジンやヒメノもその権限を持てるという事だ。
今現在は、メンバー全員が登録権限を持っている。
「さて、それでヒビキのビルドは……」
「STRとVIT、あとDEX中心の構成です!」
両手に装備している≪初心者のグローブ≫を見ると、ヒビキが格闘タイプの近接職である事が窺い知れる。見た目は美少女な彼が格闘タイプとは、中々にミスマッチだ。
その戦闘スタイルを選んだ理由は、センヤから齎された。
「ヒビキ、こう見えて格闘技好きだもんね」
「こう見えては余計だよ、センヤちゃん!?」
小柄で細身で女顔の彼からすると、男らしさを感じさせるモノが憧れの対象になるらしい。
「そう言えば、皆さんみたいな和装は……」
エクストラクエスト報酬で製作された、ジン・ヒイロ・ヒメノ・レン・シオン・アイネの和装。相応の素材を元に製作された、ハヤテ・リン・ヒナ・ロータスの和装。これらは全て、ユージンが製作した物だ。
ちなみにアイネの装備だが、エクストラクエスト【剣聖の試練】をクリアしてすぐにユージンに依頼の話を持って行った。その時には多少の時間は取れるとの事で、製作を引き受けてくれたのだ。
ユージンに頼った理由は、彼の持つスキル【合成鍛冶】に頼りたかったのが最大の理由である。これまで使用して来た装備と、ユニーク素材を融合させて新たな物を製作したい……そんなアイネの要望があったのである。
ちなみに鍛冶作業はユージンだけでなく、カノンとヒメノ・アイネが補助に加わっての作業となった。縫製はユージンにシオン・レンが加わって、新装備製作を行った。
その結果、完成したのが現在のアイネの装備である。ヒイロの物と同様、ジン達の装備に見劣りしない性能を有している。そして、その見た目もまた美しい装備に仕上がっていた。
ちなみに見た目に合わなかったせいか、片肌脱ぎはやめたらしい。
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装備≪聖装・花鳥風月≫
説明:≪くたびれた剣聖の騎士服≫を使って製作された装束。
効果:MND+10%、MP+10%【自動修復】
装備≪聖鎧・清風明月≫
説明:≪罅割れた剣聖の鎧≫を使って製作された鎧。
効果:VIT+10%、HP+10%【自動修復】
武装≪聖刀・鏡花水月≫
説明:≪罅割れた剣聖の刀≫を使って製作された薙刀。
効果:STR+10%、DEX+10%【自動修復】
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そんな【七色の橋】の共通装備、代名詞とも言える和装だ。ギルドに加わるならば欲しいと思うのは、至極当然だろう。
「はい。そう仰られると思いまして、既に製作をしてございます」
そう言って、シオンがシステム・ウィンドウを開く。そこには和風装束が表示されていた。男性用の、ジン達の物と似た和装……そして、ヒメノの物と酷似した巫女風の和装だ。
「ユージン様から頂いたレシピと型紙で、私が製作致しました。ユージン様の物には劣りますが、店売り品よりは性能も上になることを保証致します」
シオンの言葉に、初心者三人が「おぉ~!!」と感心した。
実際に、シオンが製作した和装は見事な出来だった。当然ながらユージンの物と比較すると、意匠に少しばかり差異はある。ジン達の身に纏う物が個人に合わせた専用とするならば、シオンの製作した物は万人が着こなせるといった感じだろうか。
どちらも優れたデザインと性能を持ち、優劣を決めるのも烏滸がましいと言って良い完成度だ。
「サイズは合わせなくても良いんですか?」
キラキラした目で和服を見ていたネオンの質問に、シオンが頷いてみせる。
「ゲームの装備品ですので、サイズが合う合わないは考えなくても大丈夫です。自動的に、最適なサイズに変化してくれます」
「へぇー!!」
「流石ゲーム!!」
初心者組は、非常に嬉しそうにしている。
その後ろで、これを聞いてもいいのか? とばかりに挙動不審になっているのは、女子大生コンビだ。
二人はまだ、ユージンに和装製作を依頼していなかった。それは自ら製作するか、それとも依頼するかを決めかねていた為だ。
シオンは二人が自作する方向で心が傾いているのを察していた。まずはベースを製作し、後から自分の好みにアレンジしていけば良い。ならば、ミモリとカノンの分も……と考え、二人の分も用意したのだった。
そんな二人の様子に、シオンは内心で微笑ましく思いつつ助け舟を出す。
「ミモリ様とカノン様の分、センヤ様・ネオン様・ヒビキ様の分で五着となります。アレンジや追加の装飾をお求めの際は、皆様と一緒に出来れば幸いです」
その言葉に、ミモリとカノンの表情が明るくなる。自分達の分も製作してくれた事に対する嬉しさと同時に、これで【七色の橋】のメンバーとして足並みを揃える事が出来るという喜びがあった。
「ありがとうございます、シオンさん」
「あ、あの……た、大切にします……ありがとう、ございます」
「そうだ! シオンさんにお礼を言わなきゃ! ありがとうございますっ!」
「本当に嬉しいです! ありがとうございます!」
「僕の分まで、ありがとうございますシオンさん!」
五人から向けられた感謝の言葉に、シオンは柔らかく微笑んで返す。その笑顔は、やはり嬉しそうな表情だ。
「≪飾り布≫はユージン様が既にご用意して下さっております。早速、受け取りに参りますか?」
そう、ユージンの工房に向かう理由はそれだった。彼に新メンバーが増える旨をシオンが話し、和服を製作すると伝えたのだ。すると彼は、≪飾り布≫は自分が製作すると申し出たのである。お祝いとして、一品くらいはプレゼントを……という事らしい。
その言葉に、五人はますます嬉しそうな表情で肯定の意を示した。
――これだけの性能を持つ装備を作る為に、空き時間にログインしてレベル上げをした甲斐があったわね。
人知れず、仲間達の為に努力していたシオン。その苦労が報われ、彼女自身も嬉しそうにしているのだった。