07-12 旅行に行きました その2
初音家の別荘にある、プライベートビーチ。招待された仁達は、そこで思い思いに過ごしていた。
「プライベートビーチって凄いな。一般的な海水浴場とは、やっぱり違う」
「そうなんですか? 私はこれまで海水浴とか出来なかったので、その辺りはさっぱりです」
手を繋いで波打ち際を歩く仁と姫乃は、そんなとりとめもない話でゆったりとした時間を楽しむ。
泳げなくとも、折角の海だ。気分を楽しむ事は出来る。二人の足元に寄せては返す波、独特な潮の香り、照り付ける太陽。普段とは違う散歩に、二人の表情も自然と綻んでいる。
「今くらいのシーズンだと、多分どこも混み合っているんじゃないかな。レジャーシートを敷いて、場所取りをしないといけないし」
レジャーシートの上に荷物や食料を並べ、ビーチパラソルを立てて拠点作り。その仕事は、大体が父親の仕事になるのだろう。
仁がそんな様子を説明すると、姫乃はにっこりと微笑む。
「成程……じゃあ仁さんの場合は、足の事があって大変ですよね。その時は、私も準備を手伝いますから!」
そんな言葉に、仁はドキッとさせられてしまう。
姫乃の言葉を掘り下げると、父親イコール仁と読み取れる。そして準備を手伝うとなれば、母親は姫乃という事になるだろう。つまり姫乃の言葉に込められた意味合いは、将来的に自分達の子供を連れて海水浴に行く時の事となるのだ。
仁としても、姫乃とは恋人同士である。だから、将来の事に思いを馳せるのは初めてではない。しかしながら、それを口に出されてしまうと……顔を見せるのは、気恥ずかしさだ。
「……う、うん。将来、ね」
仁が返せた言葉は、それが精一杯だった。流石に、その点を指摘するのは気恥ずかしい。しかし仁としても、そんな未来が来て欲しいと思ってしまう。故に将来、と言ったのだ。
その言葉を聞いた姫乃は、仁の様子に何か変な事を言ったかな? と内心で首を傾げ……仁の言葉に込められたニュアンスに気付き、自分の発言の意味に気付いた。それに思い至った姫乃の頬は、徐々に赤く染まっていく。
しかし、否定の言葉は口にしない。口に出来るはずがない。
「……は、はい……」
照れて俯きながらも、姫乃は了承の言葉を口にする。そんな姫乃の姿に、仁は愛しいという気持ちが胸いっぱいに広がるのを自覚した。
……
そんな甘々なムードが漂う仁達とは別に、他のカップルも夏の海を堪能している。
英雄と恋はひとしきり泳いだ後、ビーチチェアに腰掛けて談笑している。
「今までの夏休みも、恋はこういう風に過ごしていたのかな?」
「いえ、こうして友達を招くのは初めてですね。この別荘を訪れたのも、お父様やお祖父様が主催するパーティーのホスト側として出席する際に来たくらいです」
それはきっと、有名企業のトップや政界の大物などが来るのだろうな……なんて考える英雄。
こうして恋の事を知る度に住む世界、学んできた事、背負っている物の差を思い知らされる。
しかし英雄は、恋に釣り合わないから別れる……という未来だけは、阻止したいと思うのだ。だから彼には、将来の目標が出来た。
それはファースト・インテリジェンスに入社し、出世する事。そして恋に相応しい男と認めて貰い、彼女と結婚し、幸せな家庭を築く事だ。
その為、英雄はここのところ勉強にも力を入れている。夏休みの課題が終わった後も、時間を決めて様々な勉強をしているのだった。元々成績は悪くない英雄だが、更に上を目指すつもりらしい。
この事から、英雄の本気度が窺い知れるだろう。
ちなみに恋は、そんな英雄の目標を聞いている。それを嬉しく思う反面、無理をして欲しくは無い。それに固執してしまい、今の英雄らしさを失って欲しくないと思ってしまうのだ。
故に恋は、英雄にはこんな事を言ってある。
「勉強ばかりで放っておかれたら、拗ねちゃいますからね?」
恋としては今のまま、初音家に留まる事に拘っていはいない。星波家に嫁ぐ方が自然だとすら考えている。無論、英雄と家庭を築く事は恋にとっても将来の夢だ。
ちなみに恋の義兄は婿養子だが、それは姉や両親と話した上での決断だった。恋は知らないが、それは恋の為である。心を閉ざした恋にとって、家族……特に姉の存在は、必要不可欠。だからこそ、義兄は姉と恋の為に婿養子になったのである。
ちなみに家は兄が継ぐので、恋が嫁いだとしても問題は無い。
「先の事を考えるのは、悪くは無いのですが……今の事も、大事して下さいね?」
英雄に無理はして欲しくない、そんな恋の気持ちは解っている。だから英雄は、そんな恋の言葉に素直に頷いた。
「解っているよ。恋と過ごせる時間を、そして仲間達と過ごせる時間を大切にする。その上で頑張るよ」
「一緒に、ですよ?」
ビーチチェアから身を乗り出し、英雄に顔を近付ける恋。
先程まで羽織っていたパーカーは脱いでおり、白い素肌と青い水着が露になっている。先程まで泳いでいた為、濡れたその素肌が艶めかしい。
そんな恋人の姿に、英雄は煩悩に支配されまいと必死で理性を総動員しなければならないのだった。
……
「そーれ!!」
「はいっ! 音也!」
「ナイス、千夜ちゃん! えぇいっ!」
「させないッスよ!」
そんな賑やかな声が聞こえるのは、開けた砂浜に用意された簡易的なビーチバレーコート。隼と愛、音也と千夜でチームを組み、ビーチバレー勝負をしているのだ。
武道経験者の愛、活動的な千夜は実に生き生きとしている。同時に、隼と音也も中々に良いプレイをしていた。
隼の動きは、無駄に力を入れない動き方。この動きは、VRゲームで培ったものだ。体感型のフルダイブVRだからこそ、現実へのフィードバックもある程度見込める。
更に言うと、隼は身体を動かすのが嫌いではない。どちらかというと、好きな部類だ。理由は言うまでも無く、彼の敬愛する従兄弟の影響である。
肉体的にも平均より上、そして効率的な身体の動かし方。更に言うと、愛の前で格好悪い所は見せたくないという意思。それによって、自分達のコートに落ちそうだったビーチボールを見事に打ち上げた。
「ナイス、隼君!!」
すっかり敬語も抜け、君付けの呼び方……恋人同士の呼び方にも慣れた愛。更に言うと、このビーチボールで隼に対する評価が変わった。無論、上向きに。
根っからのゲーマーだと思っていたので、ここまで隼が動けるとは思わなかった。同時に、自分を的確にサポートしてくれる姿にキュンと来る。有り体に言えば、惚れ直してしまったのだ。
最初は水着姿という事もあり、少々動きがぎこちなくなってしまったのだが……今では恥ずかしさも抜け、生き生きと動いている。
愛がトスを上げ、隼がスパイク。見事、相手陣地に突き刺さったビーチボール。それを見て、千夜と音也が悔しがる。
「ぬあぁーっ! 隼さんと愛ちゃん強いーっ!」
地団駄を踏む千夜は、見るからに悔し気だ。いっそ、清々しいくらいの悔しがり方である。しかしながら、それも本気で楽しんでいるが故の事。勝敗はどうあれ、全力で楽しめれば良いのだろう。そういった所は、裏表のない快活な彼女らしい。
「大丈夫だよ、千夜ちゃん! 僕達だって、負けてないよ!」
それを宥める音也は、垂れ気味の目を精一杯吊り上げていた。その瞳に宿るのは、闘志。そんな真っ直ぐな視線も、隼や愛を本気にさせるのに一役買った。同時に可愛らしい容姿の中に潜む、彼の中の男らしさを感じさせている。でも可愛い。
ちなみに、上に着ていたパーカーは脱ぎ去り、その線の細い上半身が露わになっている。彼がそうした際に、隼と愛が思わず止めかけたのは内緒である。
「はーい、それじゃあサーブ権が移動しまーす!」
審判役を務める優が、手を隼と愛の方へと水平に伸ばす。そんな仕草と同時に、その胸元で何かが弾む。彼女はどうやら、着痩せするタイプだったようだ。
ちなみに、カップル対カップル……CvCとでもいうべきビーチバレーの審判役を、嫌な顔一つせずに務めている彼女。ニコニコと笑い四人の健闘を見守る姿は、彼女の名が示す通りの印象を抱かせる。
……
「はふぅ……次は私達の番ねぇ」
ビーチバレーの、前の試合。英雄と恋のコンビに、善戦するも敗れた和美と紀子は休憩中だ。ビーチパラソルの下に移動し、用意して貰ったスポーツドリンクで喉を潤していた。
「あ、足を引っ張って……ごめん、ね……」
申し訳なさそうに、紀子が項垂れている。というのも英雄・恋コンビとの対戦では、水着姿で動き回るのに慣れず、凡ミスを連発してしまったのだ。
しかし、敗北は紀子のせいだけではない。というのも……和美も手痛いミスを連発したのである。
「いやぁ、私もやらかしているしね? サーブは上手くいくのに、レシーブやトスは何で上手くいかないのかしら……」
そう、和美のサーブ精度はそれなりのものだった。しかしながら、レシーブやトスになると変な方向へと飛んで行ってしまうのである。更にはバランスを崩して転んでしまったり、一緒のボールを追い掛けて紀子に接触してしまったり……という具合だ。
運動神経が微妙に悪い……それが和美という女性のスペックであった。
そんな二人を見て、鳴子は苦笑した。
「メリットもデメリットもない、ただのお遊びです。勝ち負けよりも、皆様との交流を楽しむ事がよろしいかと」
穏やかな表情で、そうして励ます鳴子。そんな年上女性の言葉に、JD女性二人は顔を見合わせ……そして、苦笑する。
「確かに、鳴子さんの言う通りね」
「うん……大事なのは、皆で楽しむ……だね」
表情に明るさが戻った二人を見て、鳴子は内心で安堵する。恋の招待客である彼女達……いや、他の面々もそうだ。
そんな重要なお客様を招いておいて、元気を無くさせてしまうなどメイドの名折れ。ゲームの中ではないので、そもそもメイドではないのだが。心は常に、恋のメイドなのだろう。
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午後一番で到着したので、仁達は海水浴を夕方まで楽しむ。そして別荘へと戻り、海水でベトベトになった身体をシャワーで洗い流した後でダイニングルームへ。
「……で、何で俺がこの席に?」
英雄が座るのは、長いテーブルの奥。所謂、上座だ。一人で座るのではなく、恋と並んで座っている。
「ギルマスだからですね」
「ここは恋の家の別荘なんだし、このポジションは恋だけになるんじゃあ……」
恋人とはいえ、余所様の別荘。そこで我が物顔をして上座に座る様な、そんな英雄ではない。
しかしながら、恋は引かない。
「一人で座るのは何となく嫌なので、未来の旦那様の予行演習がてら巻き込もうかと……」
「皆の前で何を言ってくれているのかな!?」
そんな会話を聞いた、初音家の使用人の皆様。恋に聞くのは憚れる為、同じ立場である鳴子に視線が向く。そんな視線を受けて、鳴子はコクリと首を縦に振った。
「……っ!!」
感激のあまり、目を潤ませるメイドさんが居た。恋達に見えない様に、小さくガッツポーズをする執事さんが居た。涙が流れぬ様に、上を見上げる料理人が居た。胸に左手を当てて、右手を大きく広げている髪の長い男がいた。あれ、祝え! のポーズじゃないかな。
ちなみに鳴子も、テーブルに付いている。食事は他の使用人と共に摂ると言ったのだが、恋や他のメンバーから却下されたのだった。恋や初音家の使用人からしたら本当は駄目なのだが、鳴子は【七色の橋】のメンバーだ。ならば仲間として同席するべき、というのが仁達の総意だった。
「はい、砂糖吐いても良いですか!」
「仁さんがそれをおっしゃいますか?」
日頃、糖度の高いやり取りをしている仁と姫乃。この二人だけには、言われたくない。
「負けてられないよ、音也!」
「千夜ちゃん、僕に何を求めているのさ……」
一方、最も付き合いの長いカップルはあっさりと彼氏側が却下した。そんなやり取りには甘さよりも、深みを感じさせる。
「こ、この流れは私達も何かしらの……」
「愛、別にそんな必要ないから。勝負でも、フリでもないから、これ」
謎の使命感に突き動かされようとしている愛を、隼が冷静に止める。彼としては使用人さん達の視線が気になるので、バカップルばかりと思われたくはなかった。ちなみに、二人も既にバカップル認定されているのは内緒だ。
「賑やかねぇ、ふふふ」
「……良いね、こういうの……まだ、慣れないけど……」
「私にも、良い人が出来ないかしら……まぁ、このままでも今は良いけれど」
相手の居ない女性陣三人……和美・紀子・優。三人はとりあえず、食事が始まるまではこのドタバタを楽しむ事にしたらしい。
結論を述べると、最終的には祭りになった。年頃の若者達向けに、相当な料理が用意されていた事もあり……そして恋からの命令もあって、使用人達を交えての立食パーティーが催されたのだ。
ちなみに、恋の命令とはこれだ。
「心配をかけてきた皆さんとも、この時を分かち合いたいと思います。なので、今日はビュッフェ式でパーティーとしましょう? お父様達には、内緒で」
これ命令じゃなくて、ただのワガママですね。しかし、二つ返事でそれを受け入れる使用人さん達。理由はただ一つ、恋が初めてワガママを言ったからである。
……
そんな立食パーティーが終わり、各々が部屋に戻る……かと思いきや、そんなはずもない。各々の部屋に戻る前に、恋から一つの提案があったのだ。
「千夜ちゃん、優ちゃん、それに音也さん。部屋に、ヒメちゃんの付けている物に似た物があったと思います」
確かにあった、と頷く三人。
「あれ、お父様達の会社の新商品なんです。医療器具のVRギアと違って、フルダイブ専用の物になりますが」
はぁ、そうですか……と頷く三人。
「来年の春頃に、発売を見込んでいまして……そのテスターを、してくれませんか?」
そんな恋の申し出に三人は驚いて、目を丸くした。
恋の言葉に込められた意味合いは、二通り。一つは額面通り、テスターをして欲しいからだ。
VRのテスターとなると、ターゲット層はやはり中学生以上の若者がメイン。そしてその感想や要望の生の声を、恋を通じて身近な存在から聞ける。これはファースト・インテリジェンスとしても、都合が良いのだ。
更に付け加えるならば見ず知らずの相手よりも、信頼の置ける相手にテスターを依頼するのが望ましいのである。
そんな説明に納得する三人は、もう一つの理由について問い掛ける。理由は解り切っていたのだが。
もう一つの理由とは当然、一緒にAWOというゲームを共に楽しむ為である。
千夜と優は、VRドライバーを購入すべく貯金を進めていた。それは音也も同様だ。恋はその事を先日、千夜から教えて貰っていた。
それらの事情をハッキリと説明した恋は、三人に向けて微笑みかける。
「私達と、冒険しませんか?」
その言葉に、千夜と優が折れかけたのだが……音也は違った。
「えぇと、名前で失礼します。恋さん、その返答は両親に確認を取ってからでも構いませんか?」
千夜と優は戸惑い気味だが、音也は真剣な表情を崩さない。
「それは確かに、その通りかもしれませんね」
音也の意見に、恋は頷いてみせる。それを認めた音也は姿勢を正し、真っ直ぐに恋に向けて意見を伝えていく。
「はい。僕達からしたら高額な物ですし、もしも引き受けるとしても……その場合は、しっかりとした手順を踏むべきだと思うんです。僕達は自力で生活する事なんて出来ない、子供ですから」
そんな音也に、恋は良い印象を抱く。欲に流されず、筋を通す姿勢は高得点だ。気弱そうに見えて、中々にしっかりしているらしい。
「解りました。ではご両親へのご説明には、私達もちゃんとした社員を連れてご挨拶に伺う様にしましょう」
「それも含めて、両親には相談します。ただまぁ……ありがとうございます、お気遣いは嬉しいです」
言葉通り、恋の気持ち自体は嬉しいと思っている。だからこそ音也も、改めて感謝の言葉を告げるのだった。それもまた、恋としては評価に値する態度だった。
「うん、千夜ちゃんの彼氏は素敵な人ね」
「あ、あげないよ!?」
慌てて音也を抱き締める千夜なのだが、自分の胸元に音也の頭を抱えるようにしていた。音也の顔が真っ赤に染まり、茹でダコの様になっていく。
そんな二人の姿に苦笑し、恋は英雄の腕に自分の腕を絡める。
「そんなつもりは無いわ、私は英雄さんのものだもの」
そんな恋の言葉に、こっそりホッとする英雄がいたのだが……指摘するのは、野暮だろう。
そして、そんなやり取りを見ていた姫乃と愛は……。
「隼君、やっぱり私達も……」
「仁さん、何かしらした方が良いでしょうか?」
「「ヤメテ」」
彼氏を苦悩させるのだった。
さて、そんな混乱の中にあっても、恋は提案を別の切り口からする事にした。
「それでは、この旅行中はデモ機の試用という事でどうですか? 万一壊したりしても、私の責任で賠償などは要求しません」
「う……そこまでするのって、何か理由が……?」
めげない様子の恋に、何かあるのかと問い掛ける音也。しかし、その理由は単純明快。
「ログインボーナスを途切れさせたくないですし、二度目の大型イベントが近いのです」
自分達だけログインして、三人を放置するのは気が引ける。それが隠された三つ目の理由であった。
そこまで言われては、固辞するのはよろしくない。音也はそう判断した。諦めて、旅行中だけはと恋の言葉に甘える事にするのだった。
それに喜んだのは、当然千夜だ。
「音也も、初ログインだー!」
「戦力にはならないと思うけど……その、よろしくお願いします」
ログイン後の行動について打ち合わせを行い、それぞれ自分に割り当てられた部屋でログインをする事に。
こうして仁達は旅行先でも、異世界への転移を果たす事になるのだった。
糖度の高い話を書くの、結構大変っすわ。
でも幸せそうなジン達を書くのが好きなので、やめられない止まらない。
あれ? 使用人にウォズいなかった?
次回投稿予定日:2020/11/25