転校生 岬 霞
「霞ちゃん、本当に一人で行ける?」
「大丈夫」
私が家を出ようとすると母が同じ事を何度も聞いた。
意識回復(転移)から1ヶ月のリハビリを終えた私はいよいよ今日から琴ノ浦高校に転校する。
私の手には高校への地図が握られている。
「霞ちゃんの制服捨てずに置いといて良かった」
母は私の制服姿を見て呟いた。
前の高校の制服は階段を転げ落ちた時の血が着いていた。
いや血だけではない。
服のあっちこっちを繕った跡があった。
母に聞いたが知らなかったと言っていた。
まあリハビリ1ヶ月の間に真相は分かったがな。
「霞ちゃん、その地図に書いてある記号みたいなのは?」
「私の世界の文字だ」
私は正直に言う。
「霞ちゃん・・・やっぱり変わらないのね」
母はなんとも言えない顔で私を見た。
この世界の文字は1ヶ月の間に勉強して一応読み書きは出来るようになったがやはり書き慣れてるのは異世界の方だ。
この地図は自分しか見ないのだから問題はあるまい。
「それじゃ」
家を出た私は駅から電車に乗る。
最初に電車を見た時はかなり驚いたが愛花から一応の知識は仕入れていたのでこれも1ヶ月の間に何とか乗る事は出来るようになった。
「ここか」
私は高校のある駅に降りて呟く。
同じ服を着た人間が大勢降りる中、私も降り立つ。
後は周りの人間に着いて行けばいいだろう。
歩く事5分立派な建物が見えてきた。
門柱に琴ノ浦高校と書かれている。
余り自信は無いが教えて貰ったものと同じ形だから間違いないだろう。
「先ずは職員室と言う所に行けば良いんだな」
職員室とは教官の詰め所と聞いた。
そこで私は案内を受ける手筈となっている。
「新入生かい?」
職員室を探して迷ってしまい建物の裏側に入ってしまった私が周りを見回していると後ろから声を掛けられる。
振り返ると軟弱そうな男がニヤニヤ笑っていた。
「いや違う。今日からここで世話になるものだ」
「へー転校生か、良かったら教室に案内しようか?」
軟弱な男は私の腕を掴んだ。
「結構だ。私は先ず職員室に行かねばならん」
「変な喋り方だな。
良いから来いよ、案内してやると言ってるだろ」
男は掴んだ腕に力を入れた。
そして嫌な臭いがした。
そう発情したあの男と同じ臭いが・・・(男はナツキでは無いが)
「離せ」
「いいねその顔、嫌がる顔もたまんねえな」
本性を現したようだな。
「お前どこかで見た事あるな」
「いやお前なぞ知らん」
「いやどこかで・・・」
男は何か考えている。
「思い出したぜ、お前岬だろ?」
「私を知っているのか?」
意外な言葉を言われた。
だが岬霞は以前この高校にいたと聞いているからそう不思議では無い。
「やっぱりか。また虐められに戻って来たのかよ」
男の表情は醜悪な物に変わる。
もう私の我慢も限界だ。
私は男の手を振りほどき距離を取る。
鞄から小さな棒を取り出した。
「なんの真似だよ・・・」
私が振りほどいた事が余程驚く事だったのか男の表情が変わる。
「ふざけやがって」
男は威嚇しながら近づいて来るが、大体の戦闘力は推測出来た。
「止めとけ、怪我をするぞ」
「煩い!また病院に送ってやる!」
男が叫びながら私に駆け出す。
またと言う事は以前に私を病院に送った事があるのか。
「なら遠慮は要らんな」
私は周りに人の気配が無い事を確認して男の攻撃をかわし至近距離から一撃を喉元に加えた。
男は叫ぶ事無く倒れた。
喉元の一撃だ声帯を潰したので叫ぶ事はおろか話す事さえ出来まい。
[剣姫]のスキルは失った私だがこれくらいの攻撃は何と言う事は無い。
「おい」
私は喉を押さえて踞る男の髪を掴んだ。
涙と鼻水で酷い顔だ。
「私は何もしていない・・・お前が勝手に倒れた・・・意味は分かるな?」
男の表情が恐怖に歪む。
「分かったか?次私に関われば・・・殺す・・・」
少し威圧気味に囁く。
「あれ?」
男は何度か頷くと白目を剥いて倒れてしまった。
辺りに異臭がする。どうやら気を失った挙げ句失禁したようだ。
「さて」
男を投げ捨て立ち上がった私は棒を鞄に仕舞い来た道を少し戻った。
「ミザリー?」
私は懐かしい声に振り向く。
「アイカ・・・」
そこには懐かしいアイカの姿があった。