剣姫ミザリー~運命に抗う
「ミザリー、こっちだ」
「分かった」
王都に向かう街道から外れ、私とアルトは山間の険路を進む。
何かに導かれる様に先を行くアルト。
その歩みに一切の躊躇いが無かった。
「ここらで良いか」
鬱蒼と繁る森を抜けると一面に広がる草原に出た。
アルトは荷物を降ろし、私を見る。
「ありがとうミザリー」
「ううん」
強い決意を秘めたアルトの目。
辺境に住む私とアルトは恋人同士。
半年前に婚約を済ませ、幸せを噛み締めていた。
しかし2ヶ月前、突然アルトに異変が起きた。
いや、異変は私にも起きたのだ。
毎夜の様に繰り返す悪夢と、アルトに対する違和感。
その悪夢は目覚めると殆どを忘れてしまう。
意味が分からぬまま、日々が過ぎた。
アルトは日を追う毎に余所余所しくなり、私もどうしてか彼と過ごす時間が心苦しく、申し訳ないような気持ちになった。
そんな時、王国から魔王が復活したとの知らせが来た。
剣姫のスキルを持つ私と王国最強の剣士と謳われるアルト。
私達は魔王討伐隊として召喚されたのだ。
王命とあっては逆らえない。
私達は旅の身支度を整え、1ヶ月前に故郷を後にした。
王都まであと少しとなった今朝、アルトは目覚めると、
『行かなくては』
そう言うと街道を外れ...ここに辿り着いた。
「来たな」
「え?」
突然アルトが草原の一点を見つめる。
その視線の先に1人...いや一匹のサキュバスが現れた。
「久しいの」
「そうだな」
親しげに会話をするアルトとサキュバス。
呆気に取られる私を他所に1人と一匹の会話が続いた。
「...よくここが分かったな?」
「まあな」
「どうしてここが?」
「それを聞くか?」
「そうじゃな...」
本来の私なら、サキュバスなんか斬って捨てるが、身体は動かない。
これはただのサキュバスなんかではない。
途轍も無い魔力を内包しているのが分かった。
「久しいの霞...いやミザリーか」
「...なに?」
私にサキュバスが語り掛ける。
その瞳に息を飲んだ。
なんて悲しそうで、愛おしい目をしているのだろう。
「ツゥ・ブアーン、ミザリーは記憶がまだ」
「そうか...忘れておるんじゃな」
寂しそうに呟くサキュバス。
『ツゥ・ブアーン』
アルトが言ったのはサキュバスの名前か?
どうしてかサキュバスの名前をアルトが知っているのだろう?
それに記憶とは何だ?
聞きたい事が溢れて来る。
しかし、私の疑問は声に出せなかった。
「その方が幸せかもしれん...」
「そうだな」
悲しそうに頷く2人。
もうサキュバスを一匹と呼べなくなっていた。
「...ねえ、教えて」
必死でツゥ・ブアーンと呼ばれたサキュバスに声を掛けた。
「何をじゃ?」
「わ...私は一体何をしたの?」
「何をとな?」
私の質問に驚いた視線で見るツゥ・ブアーン。
その視線はアルトに移った。
「言える訳ないだろ...」
「...そうか、妾からも言えぬ...」
静かに首を振る2人に怒りが、いや焦りが込み上げた。
「教えてよ!
こんなのおかしいわ!!」
「ミザリー...」
私を止めようとするアルトの手を振りほどく。
「だってそうでしょ?
アルトは急に変になっちゃうし...
私だって...頭の中で...変な記憶が...あり得ない...」
悪夢の正体がはっきりと脳裏によみがえって来る。
それは私がアルトを裏切り、別の男に抱かれ、最後に...アルトを刺し殺す物だった。
「...それが未来に起きる真実じゃ」
「そんな...」
ツゥ・ブアーンの言葉に崩れ落ちる。
真実である筈が無い。
現に私はアルトを愛している。
この先、こんな事が起きる訳が無いのだ!
「信じるも、信じないも、お主次第じゃ。
全ては聖女アイカと会って確かめるが良い。
アイカはお主より記憶が残っておるじゃろうて」
「...アイカ?」
『アイカ』
その名前を聞いた途端、涙が溢れる。
胸に熱い物が込み上げ、先程までの絶望から救われた気持ちになった。
「魔王である妾の友...いや掛け替えの無い恩人と言っても良いの」
『聖女が恩人?』
『ツゥ・ブアーンが魔王なの?』
『剣を抜かなくては!』
...私の身体は全く動かなかった。
「話は以上じゃ、アルト行くか」
「...そうだな」
アルトと魔王はゆっくりと歩き出す、その足元が光輝いた。
これは、転移魔法!!
「待って!!」
必死で叫ぶが、私の身体は全く動かない。
「すまぬ、これは運命、いや約束なのじゃ。
姉ち...女神シルコゥとのな...」
「女神シルコゥ?ゼン・ザイン様で無くて?」
この世界で信仰されている女神はゼン・ザイン様だ。
シルコゥなんて女神は...シルコゥ?
シルコゥ様...
「これ以上は言えぬ!
早く行け!!
そして早くアイカと共に妾の元に来るのじゃ!」
混乱する私に魔王が叫んだ。
もうアルトの姿は見えない、僅かに見える魔王の姿しか。
「運命には逆らうの!
同じ過ちを繰り返さないで!」
「同じ過ち...」
ツゥ・ブアーンの口調が、そして声も変わる。
聞き覚えのある声に...
「抗うのよ!
そして魔王である私を倒すの!」
「ツゥ・ブアーン...貴女はもしかして杏?」
「待ってる...霞...ごめんなさい...」
消え行く魔王...杏の目に溢れる涙が光っていた。




