女神シルコゥ~これからするべき事
「一体どうして...」
異変に気づいた私達が部屋に入ると、ベッドの上で杏と有人が手を握り締めたまま崩れ落ちる光景が飛び込んで来た。
部屋に漂う僅かな魔力。
それは間違いなく杏...魔王ツゥ・ブアーンの物。
私はベッドに横たわる杏と有人の身体を触った。
「ダメか...」
「どういう事?」
「見たままよ、杏は有人と逝ってしまったわ」
愛花に告げる。
彼女だって、この状態を見れば直ぐ分かるだろうに。
二人は暗黒世界に行ってしまったと。
「そんな...」
霞は力無く崩れ落ちる。
私もそうだ、本当は泣き叫びたい。
こんな辛い事がどうして...
「雫...どうしてなの?」
杏と有人の身体にシーツを被せた愛花。
振り返る瞳には絶望と怒りが滲んでいた。
「ごめんなさい」
愛花に頭を下げる。
これは私のミスだ。
まさか杏が魔王として復活を、そしてこんな事をするとは考えていなかった。
「杏...いいえ、ツゥ・ブアーンは魔王として復活しかけていた」
「え?」
「それって!?」
愛花と霞の表情が驚愕に変わる。
杏と有人の亡骸を見つめる二人。
表情は安らかで、小さな笑みを浮かべていた。
「この魔力の残滓、間違いない...
あの子は自分が魔王に覚醒するのを...自我を失うのを恐れて、この世界から...アルトを連れて...」
「シルコゥ!!」
愛花の平手が私の右頬を叩く。
凄まじい威力、完全に我を忘れていた。
咄嗟に身体強化を掛けて無かったから、私の首は捻切れていただろう。
「魔力は奪ったって!
もう杏は魔王になる事はないって言ったじゃないか!!」
「...それは」
確かに言った。
間違いなく奪った筈だった。
しかし、歴代魔王の中でも最強ランクだったツゥ・ブアーン。
その潜在能力は女神である私の想像を遥かに越えていたのだ。
「ふざけるな!!
やっとアルトと幸せになれる...みんな一緒に...そう思ってたのに」
再び愛花が右手を振り上げる。
いいよ、こんな事で赦されるなんて思わない。
いつも冷静な愛花が我を忘れる程、怒っているのだ。
...いや、私もだ。
私も自分が許せない。
女神でありながら、1人の人間を愛してしまった。
1人の女としてアルトとの愛に溺れ、果てない幸せを追い求める余り、周りが全く見えなくなっていたのだから。
「アルトを、アルトを返してよ!!」
「愛花、止めろ」
数回の殴打を受け、倒れた私に馬乗りで胸ぐらを掴む愛花。
その手を握り、止めたのは霞...ミザリーだった。
「シルコゥ様...もう何も出来ないのですか?」
ミザリーはゆっくりと愛花の腕を離しながら尋ねる。
異世界で取り返しのつかない過ちを犯してしまった彼女。
それだけに、私がやってしまった今回の失敗を冷静に受け止めていたのかもしれない。
「ミザリー...」
「もう無理よ...全部終わりよ」
踞り、泣きじゃくる愛花。
聖女の力を持つアイカには、この状況が絶望的だと分かってしまうのだろう。
自分の力だけでは、だが...
「一つだけ方法がある」
「「本当に?」」
熱い視線で私を見つめる二人。
だが、本来の方法では無いのだ。
私が考えていたシナリオでは。
「残された方法は一つ。
上手く行く保証は全く無いけど」
「教えて下さい!!」
「早く言って!」
急かす二人を見ながら一つ深呼吸をする。
これから先、どうなるか分からない、ただ一つの道。
「時間を巻き戻すの」
「「巻き戻す?」」
「アイカが異世界に召喚された、あの時によ」
「あの時...」
遠い目をしながらアイカか呟く。
異世界に召喚されたアイカと契約したあの時。
「そうよ、聖女として勇者と一緒に召喚された時にね」
「召喚された勇者...」
苦い記憶だろう。
あの時、アイカは同意してなかった。
...そう、実際に二人分の契約を結んだのは、あのクズだった。
「まさか...その勇者って」
ミザリーの顔色が真っ青になる。
その脳裏に浮かんで来た男に絶望の記憶が呼び覚まされているのだろう。
「ナツキよ...」
「アイツか」
そう吐き捨てるアイカ。
対するミザリーは奥歯を鳴らしながら固まってしまった。
「再び異世界...アルトとツゥ・ブアーンが居る元の世界に戻る。
今回のタイミングはツゥ・ブアーンが魔王に覚醒した時よ」
「どうして?早すぎませんか?」
アイカの質問はもっともだ。
しかし、理由があった。
「魔王に、杏に再び殺戮をさせたくないの」
「シルコゥ様...」
「私は一足先に異世界へ戻る。
そして、貴女とナツキを召喚させる様、王国に神託を下す」
「あの...私は?」
「ミザリー、貴女は元の世界に再び戻るのよ。
アルトが生きていた頃の世界にね」
「本当ですか!?」
ミザリーの瞳に喜びが浮かぶ。
しかし、問題はこれからなのだ。
「ただ、貴女達の記憶は失われる」
「え?」
「記憶が?」
「ええ、前回の記憶。
そして、この世界で過ごした3年間の記憶がね」
「そんな...」
「なんとかならないのですか?」
ショックを受けている。
気持ちは痛い程分かる。
ミザリーはまたナツキに操られてアルトを裏切ってしまうかもしれない。
だが、これはどうにもならないのだ。
本当なら魔王が倒された時からしか、やり直せない。
だが、この世界から巻き戻すなら話は別の筈。
保証は無い。
失敗するかもしれない。
だが、それに賭けるしか方法が無いのだ。
「時間を巻き戻るのは、そういう事なの」
二人に話す私の言葉が上ずる。
これ以上の干渉は出来ない。
どのみち、私は幽閉されるだろう。
世界の禁忌を重ねるのだ、永遠に閉じ込められるのも十分予想される。
先の無い途、私は覚悟を決めた。




