魔王ツゥ・ブアーン~みんなの為に...
話し合いから2ヶ月が過ぎた。
姉ちゃんと愛花から何度も説得され、ようやく私は兄ちゃんの精を吸い取る事に同意したのだが...
「杏、準備は良い?」
「うん」
深夜の自宅マンションで姉ちゃんが念を押す。
隣の部屋では兄ちゃんが眠っている。
今日は愛花と霞も呼んでの夕食会をした。
愛花は兄ちゃんに睡眠魔法を掛けたので、夕食会の途中に寝てしまったのだ。
「杏、お願いね」
「大丈夫だよ愛花」
愛花は複雑な顔で私を見た。
心中穏やかで居られる筈が無い。
これから私がする事は赦されざる行為なのだから。
「頼む...」
「分かってる霞」
伏し目の霞。
その表情は窺い知れない。
自身の過ちと、これから始まる新たな希望に悩んでいるのだろう。
「愛花、ここから私1人で。
それと部屋に静寂をお願い」
兄ちゃんの部屋へ入る前、愛花にお願いをする。
これから私がする事を見せたり、音も聞かれたくなかった。
「どうして?」
「...お願い」
「分かった」
頭を下げる。
困惑した表情の愛花は姉ちゃんと霞を見て、静かに頷いた。
「さてと...」
魔法が包まれた部屋。
1人、扉を閉めた。
これで、室内の音が漏れる心配は無い。
...発情した兄ちゃんの声も、一切。
「兄ちゃん...」
ベッドに眠る兄ちゃんの頬に、そっと触れてから立ち上がった。
「さて、始めるとするかの」
魔力を全身に滾らせ、上着を脱ぎ、下着姿になる。
露出が多い程、全身から発するフェロモンも大量に発散されるのだ。
忽ち薄い霧が部屋を包む。
自分で分かる濃密な臭い、これを嗅いだ男は皆、例外無く発情する。
そして獣と化すのだ、一匹の性獣に...
「すまぬ」
ベッドに眠るアルト、器を手に、ある部位へ手を伸ばす。
直接は触れない。
ただ、精を吐き出させる位なら...
「...秘術が効いておらぬのか?」
予想外の事態だ。
アルトの身体に全くの異変が無い。
これでは精を出させる事が出来ない。
「やむを得ぬ」
意を決し、直接触れるべく手を伸ばす。
ここで止めるのは簡単だが、それは出来ない。
これは私が出来る最後の恩返しなのだ。
大好きな愛花達に残す、たった一回、最後の...
「...止めろツゥ・ブアーン...」
「え!?」
突然右手を握られる。
驚く妾をアルトが見つめていた。
「起きておったのか?」
「ああ、お前の気配でな」
どうしてじゃ?
愛花の睡眠魔法は決して解く事は出来ぬ筈。
異世界でも、妾以外には絶対の効果があったのに。
「一体なぜ?」
「何年一緒だったと思っているんだ?
最近は魔力耐性もお前と同じになったみたいだ」
「そうなのか」
妾の魔力は復活して来たのは分かっていたが、アルトと魂が一体化していた150年の間に、そんな事が起きていたとは...
「まさか、愛花達の世界に来ていたなんて」
「なんじゃと?」
意外な言葉に息を飲む。
まさかアルトは有人の記憶を?
「この前からな。
愛花とシルコゥ様に会ってから、有人の記憶が流れて来た」
「そうだったのか」
秘薬を飲まされ、有人の中に眠るアルトが呼び覚まされた。
そんな事になってしまったのか。
「お前...死ぬ気だな」
「どうしてそれを?」
静かなアルトの言葉。
決して覚られない様に心を隠していた筈だ。
「言ったろ、お前と一体化していたんだ。
魔王に戻っている今は尚更だよ」
「アルト...」
考えている事が全てアルトの心に繋がっている。
つまり、今までの経緯も全て...
妾が魔王として復活しようとしている事も。
そうなってしまったら、この世界は破滅していまう事も全部....
「俺達はこの世界に来ては行けなかったんだ」
「そんな事は無い!」
「ツゥ・ブアーン...」
「そんな事無い!
この世界で過ごした3年は掛け替えの無い、素晴らしい時間だったじゃないか!
だから...だから...」
それだけは言って欲しく無かった。
夢の様な楽しい日々、これを否定する事だけは聞きたくない。
「すまない...」
「いや」
アルトは静かに頭を下げた。
「それしか方法が無いのか?」
「妾が...この世界から消えるしか無い」
アルトの精を器に取り、そのままこの世界を去る。
それで世界は救われるのだ。
それが妾の願いだった。
「暗黒世界に帰るのか?」
「うん...」
「俺も連れて行ってくれ...」
「何を言うの兄ちゃん!?」
サキュバスの魔力が解け、杏に戻っていた。
「このままじゃ、誰も幸せにならない。
霞...ミザリーは例え子を持っても、罪の意識に苦しみ続けるよ。
愛花も、女神様もだ」
「そんな事は」
「無いと言いきれるか?」
「分からないよ...未来なんて...」
未来は分からない。
今こうしている事が奇跡の積み重ねなんだ。
悪いのは魔王だった、私1人。
だから消えるんだ...
「誰も悪くない、ただお前は魔王としての運命に従っただけだ。
愛花達はお前を倒し、俺はお前と共に倒れた。
それだけなんだ」
「兄ちゃん...」
「違うよ、俺はアルトだ」
「うん、アルトだね」
説得は出来ない。
アルトの瞳はそう言っていた。
「私の手を」
「分かった」
差し出されたアルトの両手を握りしめる。
残された魔力を一気に循環させた。
「ごめんね」
「いいよ」
最後にもう一度だけ、みんなに会いたかった。
本当は全てを消し去り、何もない...
幸せを掴みたかった。
目の前が霞んで来る。
どうやら消えるんだ...この世界から...私達が...
「杏!どうして!!」
最後に愛花の声が聞こえた。




