アルト、女神からの謝罪
「有人、今良いかしら?」
「どうしたの姉さん?」
大学に向かう有人を呼び止める。
可愛い有人は愛用のバッグを肩から降ろし私を見た。
で、そのバッグは何?
私が贈ったのと違うわね、そういえば愛花のバッグと色違いじゃないの。
「姉さん?」
「ああ、ごめんなさい」
いけないわ、こんなやり取りしてる場合じゃない。
今日は私が有人から聞かなくてはならないのに。
霞の...そうアルトがミザリーに対して抱く気持ちを...
「早くしないと、杏は先に行っちゃったよ」
「大丈夫、直ぐに済むから」
焦れてるわね、本当は愛花に早く会いたいんでしょ?
分かりやすい子ね、私の事もちゃんと見なさい。
「どうしたの?」
「いいえ」
そんな上目遣いで私を見てもダメよ。
かなり嬉しいだけなんだから。
「顔が赤いよ、熱?」
「ち、違います!
慌てて顔を擦る。
完全にペースを乱されてるわ。
テーブルに用意していたカップにお茶を注ぐ。
手が震えて少し溢れたけど、まあ気にしない。
「はい」
「これは?」
「紅茶よ、どうぞ」
「え?姉さんが紅茶って」
有人は不思議そうに私を見る。
確かに普段はコーヒーだけど、この秘薬は紅茶に味が近いから一番入れやすいの、言えないけど。
「何してるの有人?」
「べつに」
有人は紅茶を鼻先に運びクンクンと臭いを嗅いでいる。
その仕草は子犬みたい、何て可愛いの!
「大丈夫よ、お酒は入ってないから」
「...うん」
一週間前、愛花の家で眠ってしまったのを気にしてるのね。
でも、お酒のせいじゃないよ。
今回また同じ事になるんだけど...
「美味しい?」
「まあね」
怪訝な様子の有人、味が前と同じなら余計か。
「......」
数分後、有人は目を閉じて動かなくなる。
間違いない、秘薬が効いてきたのね。
「アルト」
「...貴女は誰ですか?
アイカと話をしてた筈なんですが..」
「え?」
しまった、今の私は鶴野雫の姿だ!!
魔法を殆ど封印しているから偽装も出来ない、愛花は同じ顔だから問題無かったのね。
「私はシルコゥ...アイカは元の世界に戻りました...」
仕方ないので精一杯女神らしく振る舞う。
本当に女神なんだけど。
でもアイカの事を真っ先に聞くなんて、神に対する冒涜よ。
「女神様?
以前神託の時とお姿が、それに召されている衣服も、変わった服ですね」
「そ、それは時間が経ったからです。
女神は変わり続ける物なのですよ」
嘘だけど。
「そうですか、そういえばアイカも似た様な服を着てました」
「そういう物です」
またアイカか。
咳払いをしてアルトを見る。
見た目は有人だけど中身はアルトなのね、今の雰囲気も好き。
「それで何でしょう?」
「へ?」
「いえ、ですから私に何用ですか?」
「あ、アルト貴方に聞きたい事があるのです」
何て事、さっきから話しの主導権を取られてばかりじゃないの!
「聞きたい事?」
「そうです...ミザリーの事です」
「...ミザリーですか」
アルトの顔が苦痛に歪む。
寝取られた恋人の事なんか聞きたくも無いだろう。
しかし、ちゃんと話しをしなくてはダメだ。
霞...ミザリーが犯してしまった過ちの原因には私の失態もあるのだから。
「ミザリーがどうなったか知りたくありませんか?」
「知りたくないです」
冷たく突き放すアルト、気持ちは痛い程分かる。
でもアルトはミザリーに全く興味が無い訳では無いだろう。
裏切りに対する憎しみ、そして激しい苦悩が表情から見てとれた。
「...ごめんなさい」
「お止め下さい!どうしてシルコゥ様が謝られるのですか?」
頭を下げる私にアルトは慌てる。
女神が人間に頭を下げるなんて考えられない事。
でも私はアルトに、そしてミザリーにも大きな苦痛を与えてしまった。
「ミザリーが貴方の元を去り、バカに抱かれたのは私がクズに与えたスキルのせいなのです」
「バカ?」
「勇者ナツキの事です」
いけない、バカやクズって言っても分からないわよね。
「そうですか、では勇者に与えたスキルとは?」
アルトは身をのりだし私を見つめる。
やはりどうしてミザリーがああなったのか知りたいのだろう。
「勇者に与えたのは傀儡です」
「傀儡...それは一体?」
「傀儡はある条件を満たした人を意のままに操るスキルです。
一度掛かると自分の意思は失くなり、相手の成すがままの行動をとってしまうのです」
「...そんな...だからミザリーは勇者に...」
「勇者の壁になれば、安易な気持ちで...私は霞にとんでもない事を」
「霞?」
「...ミザリーです」
いけない、混同した。
「そうだったのですか...」
アルトは上を見る。
上は天井だが、アルトには漆黒の空間に見えているだろう。
「傀儡の条件とは?」
やはり聞くか。
隠したかったが、真実は全て話さないと。
「...恋慕の情です」
「成る程...」
上を見たままアルトは呟く。
ショックだろう、結局ミザリーは自分以外の男に靡いた事が原因なのだから。
「アルト、ミザリーは決して勇者に抱かれる程の恋慕の情を抱いた訳では無いのです。
勇者のスキルは最強の強さを与える物、だから剣姫のミザリーは...」
「分かってます、勇者より弱い俺ではミザリーは...」
「...アルト」
違う、そうじゃない!
心の傷が一層開いてしまうじゃないか、なんて言ったら良いの?
「ミザリーの傀儡は解けたのですか?」
ポツリとアルトが口を開いた。
「ええ、勇者が消えると同時に」
「そうですか、ミザリーはどうなりました?」
「激しい後悔、そして絶望から死のうとしました。
自分の意思は無くても記憶だけは残ります。
アルトを裏切り、勇者に抱かれた事、そして貴方を刺した事も」
「...ミザリー」
アルトは静かに目を瞑る。
彼の胸に去来する物はなんだろう?
ざまあみろ?
いや愚か者か?
「俺も同罪です」
「まさか?」
アルトの言葉は私の予想していた物では無かった。
私は長い時間を生きてきた。
人間の考える事は大体想像が着くのに。
「俺もアイカを愛しました」
「愛した?」
「ミザリーへの当て付けはでは無かった。
それより前です、俺達の世界を守ろうと必死で戦ってくれているアイカの姿に、だから俺も同罪です。
ミザリーと違い俺はアイカを抱いたりはしなかった。
でも、ミザリーの恋慕が責められるなら俺も...」
そうだったのか。
アルトは早い段階から愛花にそんな気持ちを。妬けたよ、愛花。
「ミザリーを赦せますか?」
「シルコゥ様...」
「ミザリーを赦し、また愛せますか?」
言いたくないが、アルトの意思は確認しないと。
「分かりません。
赦す事は出来るかもしれない、ですが、もう一度愛する事は難しいです...」
「アイカの存在ですね」
「...はい」
静かに頷くアルト。
そこはもっと悩んでよ。
「アルト?」
アルトは突然固まってしまった。
どうやら時間切れの様だ。
固まっている有人を抱き締める。
なんて可愛いの、こんなに苦しめてしまって、ごめんなさい。
「有人...」
「こら!!」
「な、愛花?」
突然部屋に飛び込んで来た愛花。
有人の唇まであと少しだったのに!
「杏と霞は?」
「私のマンションに寝かして来たわ。
まったく油断も隙も無いんだから!」
真っ赤な顔をした愛花。
怒りから?いいえ違うわね。
「聞いてたのね」
「...うん」
やはりか、こんな話を聞いたら仕方ないわね。
「...どうしよう?」
今度は泣きそうな顔をする愛花。
気持ちは分かる。
ならば、先に進まないと。
「愛花」
「...何?」
「有人と結ばれなさい」
「はあ?」
「有人と1つになるのよ!!」
これから始まる。
それしか道が拓かない、杏も霞も...そして私もだ。
「ち、ちょっと雫どういう事」
これからの事を考える私の耳に愛花の言葉は入らなかった。




