愛花は決意する。
「急にすみません」
「どうしたの川上さん」
卒業が迫ったある日、私は職員室に鶴野雫を訪ねた。
「話をしたいのです」
「分かった」
私の顔を見て雫は右手を軽く上げた。
結界を張ったのだ。
これで外部からは完全に遮断され、外の時間も止まり気がねなく話す事が出来る、
「で、何かな?」
雫は先を促す。
心を読める彼女だが隠蔽のスキルを持つ私の心までは読めない。
私が何を言うつもりなのか予想出来ないのは不満なのだろう。
「アルトについてです」
「アルトの?」
「はい」
驚いた目で私を見る雫、アルトって名前だけでこれ程狼狽えるなんて。
「...で?」
咳払いをした雫、誤魔化しても遅いよ。
「このままじゃ駄目なんです」
「駄目?」
『何が?』って顔だな。
「私だけ幸せになるのが」
「それって、つまり」
察しが良い、さすがは女神。
「霞も、杏も、そして私も限界なんです...」
「限界?」
「はい」
私はスキルを外し心の中を雫に晒した。
口にするより私の心の声を直接聞いて欲しい。
(感情を圧し殺し私を祝福する霞。
自分だけ暗黒世界に落ちアルトを救おうとする杏の気持ちが痛い程分かってしまう事が)
「...私に何を?]
雫は真剣な目、いつもの雰囲気は無くなっていた。
「私のスキルを全て消して下さい、それと私を含めてみんなの異世界の記憶も」
「は?」
雫は絶句して私を見た。そんなに意外かな?
「それをしたとして、貴女はどうする気?」
「聖女のスキルが消えれば私は元聖女アイカから普通の川上愛花に戻れます。
不便はありません、だって魔法なんか元々この世界に無いのですから」
「で、みんなの記憶を消すのは?」
核心だ、大きく深呼吸をして心を落ちつけた。
「アルトや杏、霞は元々この世界では一度死んでしまった人間です。
でも貴女によって甦った、精神を引き継いで」
「それが愛花の願いだったからでしょ?」
「そうでしたね」
確かに望んだ。
そして今望んでるのは、この先の事。
「だから記憶を消してやり直したいのです。
私は川上愛花、普通に鶴野有人を好きな高校三年として」
「それで岬霞と鶴野杏の異世界の記憶を消してあげたいと」
「はい、正々堂々と鶴野有人を好きな人間として」
「勝負したい...か」
雫は私の言葉を継いで溜め息、この先負担を掛けてしまうのは分かっているのだけど。
「結論から言うね」
「はい」
真剣な眼差し、嘘や偽りは私には通じない。
雫の言葉を待った。
「今の私には貴女のスキルを取り上げる事は出来ないの」
「出来ない?」
意外な事を、だって私にスキルを授けたのは女神シルコゥ、貴女じゃないか。
「ごめんね、この身体じゃ聖女の力を奪えないのよ」
「...嘘?」
「鶴野雫の身体を離れて本来の姿、女神シルコゥに戻れは出来るけど」
「それじゃ一旦女神に」
「駄目なの」
「駄目?」
雫は悲しそうに首を振った。
どうしてなの?
「憑依は一回だけ、同じ人間には二度と入れない。
精神が崩壊して鶴野雫が廃人になっちゃうから」
「それじゃ違う人に入れば?鶴野雫以外の人に」
「それも駄目なの」
「どうして!?」
「鶴野雫として人生を生きたいから」
「はあ?」
思わず声を荒らげてしまう。
私より遥かに長い時間を生きてる女神が、こんなのは些細な事では無いのか!
「ごめん、ごめんね愛花...」
「雫?」
雫は辛そうに頭を下げる。
目には涙が、一体どうして?
「...女神失格よね」
「そんな」
自嘲気味に雫は呟いた。
もはや一人の人間にしか見えない。
「私も分からない、何が正解なのか、この世界では正しい道が見えないの」
独り言の様に雫は続け、私は黙って聞く。
「女神が人に愛情を持つ事は無い、でも私は持ってしまった。
有人...いいえアルトにね」
それは知っていた、まさかここまでとは...
「杏の苦悩も霞の悩みも分かってる。
そして愛花、貴女が霞の為に記憶を何度も消して死なない様にしてるのもね」
知ってたのか。
霞はアルトを裏切り、身体を許してしまった後悔、それでもアルトに寄り添い生きていたいと願っている。
闇に落ち自殺を防ぐ為、何度も危ない所で一部記憶を消して来た。
最近は落ち着いたみたいだけど。
「人の時間は短い、貴女はこの世界の人間。
またこの世界で生まれ代わる、でも私や杏、霞...そして有人は違うの。
死んだら元の世界に戻るしかない。
私は女神に、霞は裏切った女ミザリーに、アルトと魔王ツゥブアーンは暗黒世界へと。
でもその前にやるべき事がある筈なの、そうならない為にね」
「それって?」
一体どうするの?
「これ以上は言えない」
強い言葉、雫の心は完全に隠された。
さすがは女神といった所か。
「だから今はこの世界に居させて、鶴野雫として」
「分かりました」
何も解決しなかった。
しかし雫は女神として何かをやろうとしている。
それがアルト達を救う事になるのなら...
『今はこの時間を生きて行こう、アルト達と』
そう考える事に決めた。




