元魔王(ブラコンサキュバス) 鶴野杏
「可愛い」
後部座席で眠るお兄ちゃん、助手席から身を乗り出して凝視する。
「ちょっと杏、危ないわよ」
運転しながら姉ちゃんが怒るけど、
「それなら私も後ろに座らせてよ」
「それはダメ」
ほらね、仕方無いんだ。
「やっぱり杏を1人後部座席で有人をまた助手席に...」
「ダメ」
さっき兄ちゃんを助手席に座らせて事故やったの忘れたの?
「ちょっとよそ見しただけよ」
私の心を読んだな?黙って読むなよ!
「ちょっとだけ?
対向車線を飛び出して電柱に突っ込むまで気づかないのをちょっとだけと言いますか?」
本当死ぬかと思った、こんな事でまた死ぬのはごめんだ。
「ゴメンって、ちゃんと時間巻き戻したじゃない、ノーカンよノーカン」
「なら記憶も消してよ」
叫びながら電柱に突っ込む記憶は嫌だ。
「ダメ」
「どうして?」
「杏のサキュバス記憶まで消したら大変だから」
私欲かよ、ピンク女神め!
「そんな事より杏、貴女の話し方戻ってるね」
「話し方?」
「ええ、さっきまでは自分の事を妾って言ってたし」
その事か。
「魔力が昔の性格まで引っ張って来るみたい」
「そうなの?」
「上手く言えないけど」
馬鹿共に襲われた時、サキュバス分の魔力が戻ったんだ。
発情した雄の臭いに性の捌け口にされていた過去の記憶が重なり...まあそんな所だろう。
今はすっかり落ち着いて自分の魔力も感じない。
「ふーん」
姉ちゃんは納得顔、また人の心を読んだな?
心を隠蔽してやる、どうだ見えまい。
「ちっ!」
おい女神が舌打ちするなよ!
「それにしても兄ちゃん起きないね」
「うん、酷く混乱してたから愛花が強い催眠を掛けたみたい」
「...混乱か」
兄ちゃ...アルトは恋人をクズに奪われる体験をしたんだ。
人間の魂が暗黒世界に100年以上落とされても完全には消えなかった記憶、心の傷は途方も無かったって事か。
「兄ちゃん可哀想」
兄ちゃんを見つめる目が涙で滲む。
癒したい、そんな兄ちゃんを全力で癒したい(性的な意味を一部除いて)
「...本当に」
同じく涙を滲ませる姉ちゃんの横顔に怒りが沸く。
「だいたい姉ちゃんがクズに変なスキルを授けるから!!」
「だって勇者の楯になる人間は必要って思ったんだもん。命懸けで守る人間が!」
「掛けられた人間が迷惑だよ」
「だから恋慕の気持ちが無いと発動しない様にしたのよ。
無条件で人を操る魅了のスキルよりましでしょ?」
「確かにそうだけど」
でも少し恋慕しただけで気づけば愛する人を裏切った挙げ句刺したなんて霞も不憫だ。
「今なら絶対にしない、この気持ちを知った今なら」
「姉ちゃん...」
姉ちゃんは静かに目を瞑り胸に手を当て頷いた。
本当にそう思ったんだろうけど、
「姉ちゃん前!」
「あら~!」
眼前に迫るブロック塀、結局自宅に着くまで3回の事故をする姉ちゃんだった。
明日から電車通学で良いよ。




