アルト(元)婚約者 岬霞
鶴野雫から杏が襲われたと聞き、私と愛花と有人の3人は視聴覚室に駆け付けた。
部屋の扉の前に着くと凄まじい異臭と呆然とする笠井夏樹がいた。
「笠井、よくも!」
有人が夏樹に迫る。
その動きは懐かしいアルトの物だった。
『ミザリー来い!!』
剣を失っても諦めず戦うのが王国兵士の努め、素手のアルトと私は毎日訓練をしたね。
訓練が終わって飲む冷えた果実水は格別で、アルトは私の分をいつも...
「...み、霞ってば!」
目を瞑り懐かしい光景を思い出していると肩を揺すられていた、
「愛花?...」
目を開けると愛花が不安そうに私を見ていた。
「霞しっかり!」
「...ありがとう」
懐かしい思い出が消え失せ忌まわしい臭いが私を襲う。
糞尿の臭いに混じった性臭、忘れる事の無い生臭い精液の臭いだった。
「アル...有人は?」
有人が居ない事に気づき愛花に尋ねる。
「...酷く混乱していたから眠らせたの。
雫に頼んで保健室に転移させたからベッドで休んでるわ」
愛花の表情が暗い、この臭いが不快なんだろう。
「そう...で、奴等は?」
視聴覚室に先程杏を襲った男達の姿が見えない。
床や壁には精液や糞尿が飛び散った跡だけが残されていた。
「それも女神に頼んで警察署に転移させたの、携帯のデーターに沢山の写真が残されていたからそれを体に括り着けてね」
「写真?」
写真って確か機械で写した絵だったな。
「女の子を襲って写真で脅してたみたい」
愛花の身体から怒りを感じる。
異世界に居た時も、食い物にされた弱者を見た時こんな感じだった。
...いや待て、あの時愛花はいつも、
「奴等を殺したのか?」
「殺したらそれで終わりじゃない」
冷えきった目をした愛花。
この世界では多少の理不尽で殺しては不味いのだった。
「肛門の筋肉と性器を完全に壊しただけよ」
「壊した?」
「一生オムツが手離せないでしょうね」
何故か私の尻にも冷たい物を感じる。
「さっきの惨状は杏が?」
話題を変えよう。
「雫が言うには魔王とサキュバスの記憶が戻ったそうよ」
「そうなのか?」
杏は異世界の記憶が消えていたと聞いていたが何かのきっかけで戻る事があると言う事か。
「大丈夫なのか?」
不安だ、奴は最強にして最悪の魔王ツゥ・ブアーンだ。
「どうだろ?でも雫は『絶対に危害は無い雫の名に懸けて保証する』って」
「まあ女神が言うなら安心なのだろう、しかし...」
女神が魔王と何を話し合ったのだ?
向こうの世界の人達が聞いたら卒倒するぞ。
...向こうの世界か。
「...アルト」
また先程の光景が甦る。
有人の記憶が戻ったらどうしよう?
その時は一言詫びて死ぬ決意が固まっていた筈なのに...嫌だ。
この世界で有人と再会してから毎日が楽しいんだ。
有人と愛花が結ばれるのは構わない(本当は寂しいが)
でも有人と離れたく無い!
どんなに恨まれても良い、蔑まれても罵られても。
「...霞」
「すまない」
気づけば涙が溢れ、愛花に肩を抱かれていた。
「浄化」
愛花が呟くと瞬く間に部屋の汚れが消えてゆく。
「さすがだな」
「ありがとう」
愛花は凄い、こんな力を持っていながら殆んど自分の私欲に使わない。
いつもの教室の掃除はちゃんと道具を使うし。
「ん?」
「ああ、忘れてた」
廊下に出ると1人の男が床に倒れていた。
顔を見る間でも無い。
全身の骨を有人に砕かれ、眼球まで飛び出した屑の姿だ。
死んでる様に見えるが僅かに聞こえる呼吸音、しぶとい奴め。
「どうする、殺すか?」
「いいえ、記憶を見たけど直接は無関係だったみたい」
「そうか」
意外だ、良い機会なのに。
「全く無関係とは言えないけどね」
愛花はそう言いながら屑にヒールを施すと奴の身体が元に持っていく。
「今回の記憶も消しといたわ」
今回の記憶?
「何故?奴は変な物を見たのか?」
「違うけどね」
愛花はまた暗い顔をした。
気になるが聞かない方が良いのだろう。
「行こう、有人が起きた時に私達が居ないと可哀想だよ」
「そうだな」
有人の顔を思い出すだけで暖かい気持ちになる。
愛花も同じなんだろう。
私達は笑顔で保健室に向かった。