転校生 鶴野有人
「さあ今日から琴ヶ浦高校に行くぞ!」
いよいよ待ちに待った新しい高校での生活、前の高校は事故に遭った影響で全ての記憶を失った僕と妹の杏は環境を変えた方が良いと雫姉さんから言われ引越して来たのだ。
「さあ乗って」
「うん!」
「ありがとう姉さん」
僕と妹は姉さんの運転する車に乗る。
何故なら電車の乗り方も忘れてしまって家から学校まで2人共無事に着く自信が無いのだ。
「新しい学校か、学校生活ってどんなのかな?」
杏は嬉しそうな顔で何度も繰り返している。
「僕もだよ、学校の事は姉さんから聞いたけど学校そのものが全く分からないから」
「兄ちゃんも私と一緒で昔の事は覚えてないもんね」
「大丈夫よ、2人共1ヶ月で勉強も大分追い付いたからね」
不安な僕達兄妹に雫姉さんは運転しながら優しい微笑みを浮かべる。
確かに1ヶ月の間に僕も杏と一生懸命勉強した。
お陰で何とか学校の授業と言う物の遅れは無くなったと姉さんから言われたんだ。
「さあ着いたわよ」
街の景色を眺めていると車は大きな門を潜る。
慣れた手つきで姉さんは車を停め僕達は高校の建物に入った。
「それじゃ鶴野さん行きましょう」
「はい先生、兄ちゃん、姉さんまた後でね」
職員室に入り違うクラスになった杏は担任の先生に連れられ僕達と分かれた。
いつも僕にべったりの杏だけど学校の楽しさを姉さんから聞かされ期待に胸を膨らませているようだ。
「ここよ」
同じような扉が続く廊下を歩き、ある扉の前で立ち止まった。
「それじゃ行きましょう」
「うん!」
「あら『はい』でしょ?」
「あ、はい先生!」
「宜しい」
姉さんは優しく僕の頭を撫でてくれるけど少し恥ずかしい。
扉を開けると沢山の机が並んでいてその数だけの人がいた。
みんな姉さんを見て一斉に立ち上がり挨拶をして僕は圧倒される。
「はい、皆さんおはよう。連日だけど今日も転校生よ、さあ挨拶して」
僕は姉さんの隣に立ち家で練習してきたように元気な声を出す。
「初めまして鶴野有人です!これから宜しくお願いします!」
僕はクラスメートに頭を下げた。
女の子達から歓声が聞こえるが興味を持ってはいけない。
記憶を無くした僕は雫姉さんから女は狼と聞かされているからだ。
「それじゃ有人・・・じゃない鶴野君、川上さんの隣の席にね」
担任である雫姉さんから愛花さんの隣の席を指定される。
愛花さんに早く会いたいと姉さんに無理言ったから気を使って貰えたんだろう。(ありがとう!)
「鶴野有人です。宜しく」
「か、川上愛花です・・・」
僕は指定された机に荷物を置いて隣に居た川上さんに改めて自己紹介すると彼女は涙を浮かべた。
僕何か変な事したかな?
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ」
川上さんは涙を拭って僕を見て笑う。その瞬間頭の中に懐かしさが込み上げて来た。
何故だろう?僕は1ヶ月前に大変な事故に巻き込まれ全ての記憶を失ったのだが川上愛花さんの僅かな記憶だけはあるのだ。
いつ会ったかは分からない、でも僕は何処かで長く旅をした記憶が・・・
「アイカ・・・」
僕は思わず呟いた。
「あ、え?アイカって・・・」
川上さんが驚いた顔で固まる。
いけない僕の記憶はあくまで夢のような物で川上さんに無い筈だ。
「ごめんなさい、いきなり馴れ馴れしいよね」
「良いよ」
「え、でも」
「良いのよ・・・アイカって呼んで」
「あ、うん分かった。宜しくねアイカ」
何故かそう呼ぶのが自然な気がして僕はアイカと呼ぶ事にした。
「宜しくねアルト・・・」
「アルト?僕は有人だけど・・・」
「今だけはアルトって呼ばして・・・」
「良いよ、アルトって呼んで」
僕はアイカの言葉に心地よさを感じるのだった。