担任 鶴野 雫
「「失礼します」」
職員室の扉が開き中に2人の女生徒が入って来た。
「久し振り」
私が声を掛けると愛花が目を大きく見開いて驚いた顔に変わる。
「なぜあなたが・・・」
「アイカどうした?」
隣に居た岬さんが不思議そうな顔をする。
彼女は私の姿を知らないが愛花は私の気で正体が分かったのだろう。
「初めまして、今日からあなた達の担任の鶴野雫です」
「え、担任って岸川先生は?」
「岸川先生は別の学校に移って貰ったわ」
そう言いながら私は周囲に意識阻害のシールドを展開させる。
これで周りの職員には私達が見えない。
更に私達の存在が消えても不思議に思われないのだ。
「・・・ミザリー、女神様よ」
シールドの存在に気づいた愛花はミザリーに教えた。
「え?女神様?シルコゥ様ですか?」
「そうよ、久し振りねミザリー・・・いや岬霞さん」
「・・・はい、お久し振りです」
岬さんは困惑した表情のまま私に頭を下げたが愛花は私をただ見つめている。
何故ここに私が居るのかを考えているのだろう、相変わらず慎重な娘だ。
「ミザリーどうかな新しい体は?」
「は、はい少し混乱しましたが最近は慣れて来ました」
「そうみたいね、スキルを失っても流石は元剣姫ね」
「ご存知でしたか」
私が既にミザリーの行動を知っていた事をあっさり受け入れたみたいだ。
「女神・・・様」
「あら鶴野で良いわよ川上愛花さん」
「分かりました先生は何故ミザリーに酷い体を託したのですか?
女として納得できません」
少し睨むような目で私を見る。
相変わらず人が傷つくのを見過ごせない娘だ。
「だから治したんでしょ?」
「ええ」
「なら良いじゃない」
「しかし・・・」
「止めてアイカ!」
慌ててミザリーが間に入った。
「でもミザリー」
「良いの、それに相手は女神様よ」
「ミザリーは分かってるわね」
微笑みながらミザリーの頭を撫でてやる。
でも少し嫌みたいだね。
「それに愛花好みでしょ?」
「そ、それは否定しませんが・・・」
愛花の目が泳ぐ、図星の様だ。
「それで何故先生はここに?」
咳払いをした愛花は気を取り直して聞いた。
なかなか立ち直りも早いわね。
「分かったわよ。本題ね、明日アルトがこの高校に転校してきます」
「「ええ!?」」
「更に魔王も女の子として転校してきます」
「「ええ~!?」」
「最後に2人は記憶がありません!」
「「え?」」
流石に最後の事実はショックが大きかった様だ。愛花まで固まってしまった。
「い、一体どうして!?」
「それはね・・・」
激しく詰め寄る2人に私は経緯を説明する。
魂を見つけるのに150年掛かった事。
その間に2つの魂がくっついてしまった事。
仕方がないので2つ肉体にくっついた魂を転移させた事。
結果として2人の人間と元魔王が転移する結果になった事も。
「・・・アルトは何も覚えて無いのですか?」
愛花は悲しそうな顔で私に聞いた。
「いいえ愛花の事は少し、ほんの少し覚えています」
「え?」
「愛花を好きだった事を少しね、アルトは本当にあなたを守りたかったのね」
「アルト・・・」
愛花は涙を浮かべるが私の気は重くなる。
「岬さん、いえミザリー」
「はい」
「あなたと恋人だった事は覚えていません」
「覚悟はしてました・・・」
唇を噛み締めて堪える表情のミザリーだが本当に伝えなくてはいけない事はこれからなのよね。
「それどころか、あなたを憎んでいます」
「え?」
「それは・・・」
「『昔刺された』彼はそう言ってました」
「・・・」
「ミザリー!?」
真っ青になり崩れ落ちる岬さんを愛花が抱き止めた。
「どうしますか?アルトの記憶を消しますか?」
「い、いいえ消さないで下さい」
「ダメよミザリー、私が消すよ残酷過ぎるよ!」
「ダメ!!」
ミザリーは激しく愛花を止めた。
「愛花、記憶は消さないでおきましょう」
「女神・・・」
「ミザリー、あなたが本当に罪を償いたいならそれが良いでしょう。
でもミザリー、あなたの正体がミザリーである事は明かしてはダメよ」
「どうして・・・」
「彼を苦しめたいのですか?」
「苦しめる?」
「そうです。生まれ変わり、この世界に来たアルトに殺したのはあなたと正体を明かしては何になるのです?
きっと彼は苦しみミザリー、あなたを許すでしょう。あなたは其れを望みますか?」
「望みません・・・」
「それで良いの?」
「良いのよ、愛花。アルトが生きている。
その事だけで私は満足よ」
「・・・分かったわ」
愛花はミザリーの優しく肩を抱いているが、まだあるのよね。
「愛花」
「はい」
「アルトの現在の姿見る?」
「見たいです!!」
愛花は鼻息荒く私に迫る。
「はい」
私は携帯の待ち受け画面を見せた。
「「ええ!?」」
2人は声を合わせた。
分かるよ、その気持ち。
「「か、可愛い・・・」」
愛花とミザリーは声を合わせた。
そこに写っていたのは小柄な美少年。
背丈は160cm程で髪はもちろん黒髪、少し長めの髪型で目はパッチリした大きな瞳。
細身の体つきは女の子にも見える。
「それが今のアルト、鶴野 有人よ」
「鶴野有人、鶴野って?」
「そう、この世界では私の弟よ、でも血は繋がってないの」
「それって?」
「ええ彼は鶴野の家に養子に来たの」
「詳しいですね」
愛花が不思議そうに聞く。
「鶴野雫の記憶ですよ」
「鶴野雫は死んでないのですか?」
「ええ、アルトを見張るため体を借りました」
「生きてる人の体を乗っ取るなんて酷くないですか?」
愛花は私を睨むが真相を告げる。
「彼女は死のうとしてました」
「は?」
「愛する弟と妹を事故で同時に失い絶望したのでしょう。私が体を乗っ取る直前には崖から身を投げようとしてました」
「愛するって?」
流石は愛花、少しの言葉も聞き逃さないね。
「ええ、鶴野雫は女として鶴野有人を愛してました。同時に鶴野杏も鶴野有人を愛してたみたいですね」
「鶴野杏?」
「この人よ」
私は携帯のフォルダーを開き雫、有人、杏の3人並んで微笑む写真を見せた。
「・・・綺麗ね」
「うん凄く綺麗ね、しかも可愛い」
やっぱりそうなるよね。
予想通りの反応だ。
「でも鶴野杏は魔王でしょ?」
「元魔王ね」
「魔王って女ですか?」
「あの魔王は婬魔が変異したものだから女よ」
「・・・・・・暫くはこっちね」
「ええ」
頷き会う2人だけどアレはどうするのか?
「ねえ」
「なんですか?」
「あのバカは?」
「バカ?」
「ナツキよ」
「あんな奴は良いの」
「ええ、気に障れば殺すだけだから」
「まあ貴女達が良いなら良いんだけど・・・」
私はナツキの現在を知っている。
なかなか愛花が愉快な事をしていた。
殺さない迄も制裁は行っていたのだ。
「さあ、教室に行きましょう」
私は2人から携帯を取り上げた。
「ああ・・・」
「もう少し・・・」
「我慢しなさい、明日には本物に会えるでしょ」
そう言いながら意識阻害のシールドを外した。
時間も巻き戻して今から教室に向かう。
アルトの見張りとしてこの世界に来た私だが意外と楽しい事になりそうな予感がしてきた。
「雫の記憶のせいかな?」
私は小さく呟いた。