剣士・アルト
勇者ナツキ率いるパーティーは魔王ツゥ・ブアーンと最後の戦いを繰り広げていた。
魔王が復活した当初魔物達の勢いは凄まじく、物凄い速度で人類を蹂躙し世界が征服されるのも時間の問題かと思われた。
しかし女神シルコゥの神託を受けた王国は異世界より勇者と聖女を召喚する事に成功した。
召喚された2人に加えて王国最強の剣士と謳われる俺アルトと剣姫ミザリーを加えた勇者パーティーが結成された。
旅立った俺達は世界中で魔物を倒してまわり、ここに魔王と勇者パーティーの最終決戦となったのだ。
「セイント・アロー!!」
「グア!!」
聖女の手から放たれた光が無数の矢となり魔王の体を貫く、昏倒した魔王に決定的な隙が生まれた。
「貰った!」
俺は王国より下賜された聖剣を振りかぶる。
しかし次の瞬間、脇腹に経験した事の無い痛みが走った。
「…何故だミザリー…」
幼馴染みで元婚約者のミザリーに呟いた。
「死ねアルト」
脇腹に刺さった剣を更に奥に突き刺すミザリーは歪んだ笑顔を浮かべた。
「何故だ…」
ミザリーの剣が引き抜かれ大、量の血が脇腹から噴き出す。
剣姫のスキルを持っているミザリー、確実に俺の急所を貫いていた。
「アルト!!」
聖女アイカが俺に駆け寄って来た。
「死なないでアルトしっかりして……」
アイカは俺の脇腹を抑えてヒーリングをしてくれる。
たがミザリーの剣も魔王を倒す為に王国から下賜された聖剣だ。
聖剣で受けたダメージはいかなる治癒魔法も無効化させる効果がある。
「何故?何故なの?」
傷口が塞がらず、大量の血が流れ続ける俺にアイカは呆然としていた。
「どんな気分だアルト、元恋人に殺される気分は?」
ミザリーの腰に手を廻して下卑た笑みを浮かべる勇者ナツキ。
踞る俺を蹴り飛ばす。
力が入らない俺は床を転がった。
「止めて!!」
アイカはナツキの前に立ちはだかった。
「どけよアイカ」
「嫌よ!」
「どけ!」
ナツキはアイカの頬を張り飛ばす。
勇者のスキルを持つナツキに叩かれたアイカは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、床に体を打ち付けた。
あまりの衝撃に気を失ったのか、動かなくなる。
「止めは俺がしてやるよ、勇者様に止めをしてもらえるなんて素晴らしい名誉だろ?」
「何故だ...お前は世界を救う勇者だろ?」
朦朧とする意識の中、ナツキに聞いた。
「バーカ、俺はこの世界に召喚された勇者だ。
この世界がどうなろうと興味無いね!
これから魔王を操り俺が影の魔王になるんだ。
俺様が世界を征服して専用のハーレムを創るのさ!」
ナツキは両手を掲げ、酔いしれた様に笑う。
女神様はどうしてこんな奴に勇者を...
「ミザリー、お前...」
「さようならアルト」
表情を変えず、口許だけが笑っているミザリー。
寒い..痛みが感じなくなってきた。
頭に今までの思い出が甦る。
剣姫のスキルを神託された婚約者ミザリー。
俺は彼女の盾になる為、死にもの狂いで剣の修め、勇者パーティーに入った。
しかし、いつしかミザリーは勇者に魅せられ、俺は棄てられた。
目の前でミザリーは勇者と口づけを交わし、更に旅の途中から夜な夜な勇者との喘ぎ声まで聞かされた。
たが俺は勇者パーティーを抜ける訳にはいかなかった。
聖女アイカはこの世界に召喚されて以来必死で人類の為に魔法を使い、魔物を倒し自らも傷ついていた。
戦いを知らずに来たアイカはこの世界を救う為血味泥になりながら戦ってくれた。
俺はアイカを励まし、共に笑いあった。
そんなある日、俺は夢の中で突然女神から神託を受ける。
そして1つの魔法と召喚者の帰る方法を教わった。
アイカを無事に帰す方法、魔王を倒す事。
だから俺はパーティーを抜ける事は出来なかった。
「あばよ!」
勇者の大声に俺の意識は覚醒する。
ナツキが勇者の聖剣を俺の心臓目掛け、突き刺さそうとしているのが見えた。
「今だ!」
最後の力を振り絞り、ナツキの剣を避ける。
奴の横を走り抜け、魔王の体にしがみついた。
「何のつもりかなアルト君?」
余裕の笑みを浮かべたままナツキは見せつけるようにミザリーの唇に吸い付いた。
「ハナセ...」
「駄目だ、お前だけは始末する。人類為、聖女の為にな」
魔王は呻きながら俺を振りほどこうとする。
もう俺には魔王を倒せる力は残ってはいない。
最後の手段、女神から授かった俺が使える只1つだけの魔法を口ずさむ。
掴んだ生き物を確実に殺せる魔法。
どんなに蘇生魔法を施しても生き返る事は出来ない。俺も相手も永遠に...
「止めてアルト!!」
アイカの叫び声が遠くに聴こえる。
「残念だったなナツキ、魔王が死んだらお前は元の世界に戻っちまうんだろ?」
「何故それを?お前まさか?」
ようやく事態が飲み込めたナツキはミザリーから唇を離し、慌てた様子で俺に剣を振りかぶる。
「アイカありがとう、君がいたから俺は最後まで戦えたよ...」
ナツキの剣が届く前に俺の魔法が先に起動する。
ここで俺の意識は....消えた。