06話 「フロストバーゲンへの空の片道で」
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飛行開始からしばらくして
「退屈だな……。
空の上じゃやることないしな」
アインは、空の旅に飽きていた。
眼科に広がるのは、ひたすらの砂、土、砂、土。
なにも面白くない。
せめて森でもあれば、魔物の観察などを出来るのだが。
《あ、魔物来ましたよ》
「やっとか!
えーと、空間把握…………三十体ほどいるな。
む、殺気が半端無いんだけど。
種族はと…………鳥獣族か。
多分あるだろうけど、敵意あったら、能力の使用実験しようぜ!」
《ですが、鳥獣族は、技巧に優れている種族ですよ?
一人か二人は手元に残しておいたほうが、何かと役に立つと思います》
「そうなのか、分かった。
じゃあ、色々試すから、お前は確保して来てくれ」
《だけど、アイン様落ちてしまいますよ?》
「心配するな!
万物創成(仮)を使ってみるんだよ!」
にひひ、と真っ白な八重歯がいたずらにのぞいた。
ルシオには命がないのだが、命の危険を感じて早々に確保に向かう。
そして、ルシオの手から離れたアインはというと。
「万物創成(仮)使用…………と。
いっや怖いな。
落ちながら操作とか焦るじゃん!
俺が言い出した事だしまぁいいけど。
で、ルシオの翼再現と」
《私の翼を再現するとは…………考えましたね!
で、再現完了まで、約十秒ですね》
「かかるなぁ。
もう少し早く終わらせたいんだが。
落ちてしまうからなぁ!」
アインは、自身が落ちるときに発生する、空気抵抗による突風によって、目が乾きに乾いていた。
それに、充血した目で凄んでくるのだ。
ルシオはよく耐えている。
《完了。
では、実行します
一度再現したものは、次回から直ぐに使用出来ます。
ただし、もう一度読み込みを行いたい場合は、事前に仰ってください》
ルシオの声が頭に響くのと同時、アインの背中に立派な翼が現出した。
しかし、ルシオのものとは少し違い、色は黒色。
謎に大きさはそのまま。
材質は、なんだろうか?
普通の羽毛ではない。
黒曜石のような、光沢を放つ鉱石だった。
「重っ…………くない!?
接合部に違和感は…………無しと。
自由に動くんだな!
謎物質やばい!」
玩具を買ってもらった子供のようにはしゃぐアイン。
《鳥獣族が近づいてますから、早く準備終わらせてくださいよ》
「ちぇっ。
分かったよ!」
黒く輝く翼を羽ばたかせ、先程の辺りまで上昇する。
下を見れば、羽ばたく度に黒き旋風が巻きおこっていた。
これで十分戦えるんじゃないかと思いつつ、予定していた攻撃方法の再現を始める。
《はい。
完了まで、約二十秒です》
「やっぱ再現出来るのか。
楽しみだな」
何を再現するつもりなのか。
それは、彼にしか分からない。
いや、ルシオも知っているが。
そうしている間にも、鳥獣族が近づいている。
《完了。
今すぐ実行しますか?》
「まだだ。
鳥獣族が先に仕掛けてきたらだからな」
一応礼儀は尽くすのだ。
約束ごとは守る。
これ鉄則。
そこへ、ルシオから連絡が。
《ちょっと良いですか?》
「なんだ?
無益な殺生はするなよ?」
《いえ、そんなことしませんよ。
鳥獣族は、どうやら助けを求めているようですよ?
自分の村が襲われたと。
なので、助けてほしいと。
そういうことらしいです》
「んーー……。
仕方がないな。
今そこに向かう」
アインは、渋々話を聞くことを決めたようだ。
ただ話を聞くだけ。
大きく前傾姿勢をとり、翼を羽ばたかせる。
それは、ルシオよりも速かった。
「自分で飛んでると、そこまで具合悪くならないな」
意外なことにも気付くことが出来た。
まあ、しばらく自分で翔ぼうとは思うのだが。
「そういえば、この服も変えないとな……。
靴だってそうだし、髪の毛だって切らなきゃなんない。
やること多いなぁ……」
衣服は、ボロボロ。
靴は穴だらけ。
髪の毛なんて、放置しすぎてもうボサボサ。
まず身なりを気にし始めたアイン。
「そうだ、『世界之開拓者』を使えばなんとかなるんじゃないか?
新しい分野を開拓……なんちゃって。
でも、今よりは増しになるよ…………な?
きっとそうだ。
おし、やってみるか」
脳内で、ルシオに命令。
そして、開拓者使用。
《身なりの開拓ですか?
どうなろうと知りませんよ?》
「今よりは増しになるだろう。
それより、お前無責任だな」
《では、能力『世界之開拓者』によって、我が主、アイン様に身なりの開拓を。
願わくば、最高の祝福を賜らんことを》
「無視かよ。
後でお仕置きだな」
まぁ、都合が悪いのだろう。
誰にでもそういうことはある。
《ひっ!?》
聞こえてしまうほどに、びびっているルシオ。
自業自得なので、可哀想とは思わない。
思ってはいけない。
これは愛の鞭なのだから。
「それにしても、何もおき……………た!?」
ポフン。
アホみたいな音を発てながら、細かな粒子になって俺の服は消えた。
「全裸になったぞ?
おい!」
これこそ新しい分野!
とばかりに、筋肉質な体を空中にさらす。
当然、寒い。
無防備な息子が縮こまっているではないか。
あぁ可哀想に。
《…………》
ルシオは、諦めたように沈黙する。
「お?
体の周りに魔方陣だと?
誰かに攻撃されているのか!?」
慌てて空間把握を確認するが、常時発動の時点で引っ掛からないはずがない。
しかし、全裸で死んでしまうというのも忍びない。
取り合えず、大声を張り上げる。
「うああああ!」
うん、虚しい。
誰もいないところで、一人で叫んでいるとは。
しかも、全裸。
犯罪者予備軍である。
「む、何か出ているな。
これは、煙?
煙幕か!
けほっけほっ……」
しかし、魔方陣から出てきたのは黒い煙。
あっという間にアインの体を包む。
その煙は、一つ一つの粒子が吸い付くように、体に付着する。
「気持ち悪……」
汗をかいて、肌に吸い付いた服のような居心地の悪さ。
一つ違うのは、それがとても冷たいこと。
「ふおおおぉぉぉ」
思わず変な声を出してしまった。
耳に息を吹き掛けられたときのような、絶妙な気持ち悪さ。
身震いしてしまう。
そして、少しずつ体の周りに広がる煙が消えてゆく。
そこに現れたのは――――
「服がある!?
もしかして、あの煙って『世界之開拓者』なのか?
だから、魔方陣があんなに……。
それに、こんな服着たことないや」
アインは、体の隅まで見渡す。
腕をあげ、腰を曲げ、胴を曲げ。
生地は薄いが伸縮性が抜群で、通気性が非常に良い。
全体的に白っぽく、スーツとジャージの中間のような感じだ。
「これ凄くない?
おい、ルシオ。
この衣服と、下着と、靴に付与効果ついてたりする?」
《おお、成功なさったのですか!?
いやぁ、信じてましたよ!
アイン様なら必ずやってくれましょうと!》
「いや、無視したよな?
嘘はいらん」
《…………。
どうやら、それらの衣服などは全てアイン様の魔力で織られているようです。
それによって、不快感を感じることなく過ごすことが出来るよう、サイズなどはアイン様に対応しています。
なにより凄いのは、その衣服などは全て計り知れない強度を持つことです。
並みの衝撃では、かすり傷ひとつ付かないでしょう》
「……。
俺、やっちゃいけないことしたのかな?」
アインは、衣服などの性能がえげつないことに驚いた。
能力を弾くなんて、ルール違反にも程がある。
これを手に入れたのが自分で良かった、と心から安堵した。
「『世界之開拓者』てやばいな。
あんま使わないようにしよっと……」
謎の能力の、謎のぶっ壊れ性能に恐怖を覚えたアイン。
そっちの方が良いだろうと、ルシオも相づちをはさむ。
《はい、そちらの方が宜しいかと》
「では、髪はどうするか。
こんなに小汚ないと、相手に失礼だろうし……」
《鳥獣族の村にも、散髪屋はあるはずです。
あらかた片付いたら、よってみましょう》
「そうだな」
散髪屋かぁ……。
いつも、カミラがざんばらに切っていたので、楽しみだ。
頭を洗うのだって、週に一回ほど。
奴隷のような、生活だった。
手の豆なんて、何度潰したか。
爪なんて、何回割ったか。
骨なんて折ろうと、自然治癒。
今までは、それが普通だった。
なんか、臭いな。
うん。
湿っぽいし。
話戻そうか。
そうして、しばらく翔んでいると、遂に鳥獣族の群れが見えてきた。
「あれが鳥獣族か。
なんか思ってたのと違うな?」
アインが最初に感じた違和感は、的中した。
近付くにつれ、それらの姿は鮮明になっていく。
「うわぁ……、血だらけじゃん。
装備ボロボロだし。
だけど、見るからに俺より強いやつばかり。
助けになるのかな?」
もっと高貴な感じを予想していたのだが、どれも、ボロボロに朽ちている装備を着用していた。
中には、翼が歪に切れていたり、脚が無いものもいる。
酷いものだと、鳥の生命線であるくちばしまでが割られていた。
しかも、戦士であろう者達の体はかなり鍛えられており、アインはひけをとりまくっていた。
あるものは、翼以外は獣。
翼を含めて鳥のようなもの。
様々な者がいた。
遠目からアインが近付いて来るのが分かったのか、彼らは、此方を向いて敬礼をした。
「めっちゃ歓迎されちゃってさぁ……」
嫌々ながらも、ここまで頼りにされてしまうと力を貸したくなるのである。
上から目線という訳ではないのだが、可哀想というかなんというか。
翔ぶスピードを更にあげた。
《来ましたね。
一番前に居るのが、族長らしいです》
「了解した」
アインは、族長に向けて翔ぶ。
族長は、下半身は獣。
上半身が、鳥となっていた。
顔は人間のようなのだが、手まで人間のようだと…………。
きもいとか言っちゃいけないな。
彼は、その役割を担うにしては随分と若い気がした。
もっとお年寄りでも良いような……。
まぁ、自分の価値観を押し付けるのはよくないわな。
黙っていることにした。
アインは、族長のもとへ着いた。
止まりかたが分からなかったが、彼らの周りを一周する形でスピードを落とした。
「私は、鳥獣族族長、セルケイと申します。
此度は突然の救援に応じてくれまして、大変ありがとうございます」
深々とアインにお辞儀するセルケイ。
族長としての誇りは無いのだろうか。
それとも、そんなものより守るべき者があるとでもいうのか。
後者だと願いたいな。
「救援というと?
私達は、フロストバーゲンに向かっている最中です。
偶然あなた達を見かけ、様子を見に来た次第ですが」
偶然を装い、話す。
自分の能力をひけらかすつもりはないのだ。
「そうですか……。
私は、高魔力所持者がこちらの方へかなりのスピードで近づいていたので、つい」
申し訳なさそうに謝ってくる。
いや、謝られても困るのだが。
「ちなみに、救援を頼んだのは、何処にですか?」
この質問をしたのは、面倒事を避けるためである。
ヤバイやつらが来たり、これからの事にも役立つ。
我ながら、良い質問をしたと思う。
「はい、レイズの大森林に住んでいる、長命族です。
彼らなら、力も魔力も十分だと思いまして……」
なるほど。
長命族と来たか。
彼らは、魔法や武道の適正が優れている。
しかし、他種族との馴れ合いはあまりしないと聞いたが。
「では、いつ頃来る予定でしょうか?」
「それが、使者が帰って来ないのです。
心配で見に来たのですが……」
事件性がかなり高い。
というより、確定だろう。
「ルシオ、見に行ってくれるか?」
《はい、アイン様》
彼なら、十分な戦力だろう。
何しろ、非常に稀有な存在なのだから。
「では、代わりにこの俺、アインが救援として向かおう」
戦士であろう後ろの者達がどよめいた。
なにしろ、一人で向かおうというのだから。
「あ、ありがとうございます。
敵は、死龍王。
古代龍です」
最初は何かの間違いかと思った。
しかし、聞こえてしまったのだ。
「は?」
よって、最初の難関は、古代龍討伐となりました。