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02話 「全ては白紙に、その御霊は永劫に」

 少年は、手紙を見て愕然としていた。

 何か分からぬままに手足が震え、その目には涙が浮かぶ。

 一番信じたくなかった真実が今、少年の目の前にある。

 まっさらな未来が。


「は?

 ハハハッ。

 ふざけるなよ!」


 泣いたり笑ったり、様々な感情が少年の中に表れた。

 しかし、その矛先は見つからず、渦を巻き、自分自身を追い込んでいく。

 少年は、手紙を思いっきり上に投げて、地面にへたりこんだ。

 そして、耳を塞ぎ、目を閉じ、力なく崩れ落ちた。

 投げた手紙は、少年の頭の上にそっと乗った。


「うっうっうっ」


 そんな少年に、カミラは何もすることが出来ない。

 誰もいないことを知っていながらも、焦りから周りを見渡した。

 そして、襲い来る恐怖に精神を煽られながらも、息を整えて少年に話しかける。


「だから早かったのよ……。

 あんたが苦しむ姿が目に見えていたもの!」


 その言葉に少年は反応した。

 ゆっくりとカミラに向き直り、じっと見つめる。

 自分は一人ではないと。

 そう気付いたかのように。

 

 「少しでも大人になってからなら、その苦しみも少しは耐えられると思っただけよ。

 それなのにどうして!

 どうして見たのよ……」


 カミラは、母としてとても情けない顔をしていた。

 顔中、涙なのか汗なのか分からない液体でぐしょ濡れだった。

 そして、大きく鼻をすする度、乾いた液体が光を反射して視界に入る。


 それは、少年も一緒だった。

 悔やんでも悔やみきれないものがそこにはある。

 そこに他の人がいたならば、こう言うだろう。


「惨めだ」


 と。

 それでも、二人は変わらないだろうが。


 しかし、少年は地面に手をついた。

 関節を伸ばし、ふらつきながらも立ち上がる。

 その様子は、生まれたての小鹿のようだった。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「頼むから…………頼むから、先に逃げててくれ。

 俺にはやることがある」


 成すべき事があると。

 それにカミラを巻き込んではいけないと少年は思った。

 しかし、自己防衛さえもままならぬ自分には、カミラを守ることなど出来ない。

 彼女を逃がすしかなかったのだ。

 おもむろに走り出す。


「いや、一緒に……」


 カミラは少年に手を伸ばしたが、その手は届かない。

 瞬きする合間にも、どんどん二人の距離は広がっていく。


「二度と…………会うことは無いだろう」


 ぼそっとカミラに向けてそう言った。

 一つ一つの言葉を噛み締めるように。

 そして、少年は叫ぶ。


「運命なんて、くそくらいやがれ!」


 自分の運命を呪うように。

 世界を憎むように。

 天高く拳を突き上げた。

 

 その声に吸い寄せられるように、複数の竜が空から舞い降りて、少年を囲んだ。

 少年は、どうすることも出来ないが、せめて一矢報いようと考えた結果だった。


 しかし、怖いものは怖い。

 掲げた手は少しずつ下がり、体はガタガタと震えている。

 それでも、血が出るまで口を噛み、己を奮い起たせる。

 

「能力なんて必要な……」


――――ヒュウン。


「え?」


 少年の腹部に違和感が生まれた。


「あがぁっ、うっぐぁぁぁ!?

 ひっふっひっふっ……」

 

 一瞬遅れて、息も出来ない程に鋭い痛みが体を突き抜けた。

 傷口を掴んで少しでも痛みを紛らわそうとするが、鋭利な刃物のようなものが手に当たる。

 竜の尻尾だろうか。

 鱗が引っ掛かり、引っ張っても腹から抜けない。

 無理矢理に引っ張ったことで傷口が抉られ、更に痛みが酷くなる。


「痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁ!?

 ああぁぁ、あ?」


 腹に触れた手を見ると、じっとりと温かい何かで濡れている。

 ゆっくりと視線を落とすと、赤いそれが大量に溢れていた。


「血がぁ、血が!」


 普通に考えれば、それだけの痛みが走っているのだから、血が出ていてもおかしくない。

 というか、出ていない方がおかしい。 

 おかしいのだが、許容要領を越える痛みが彼を襲ったことで、正常な思考ではなくなってしまっていた。

 

――――ヒュウン。ヒュウウン。


 しなる鞭のように、多くの竜の尻尾が少年に突き刺さる。


「あ、あぁぁぁ……」


 痛みを通り越した何かで、少年の頭が一杯になる。

 だが、少年の生への執着は異常だった。


「まだだ…………まだ俺は立っているぞ」


 少年は、耳の奥まで血が入り、平衡感覚を失う。

 それでも、ゆーらゆらと振り子のように揺れながら、必死に体制を保つ。

 その身には耐えられないほどの痛みがはしっているはずなのだが、少年は何故か笑みをこぼしていた。


――――コォォォォォ。


 そして、それを見た竜達は、少年にとどめを刺すことを決めたようだ。

 それらは、鋭い牙の並んだ口を大きく開いた。

 そして、喉の辺りに赤い魔方陣が展開される。


 何故赤色かと言われれば、それはその魔法の属性が関係している。

 属性を均等に振り分けて魔方陣を作り出すのだが、属性が極端に偏ると、その属性の特性色が見えることがある。

 今回は、火属性が大きく偏よっているのだろう。

 それが答えである。


 竜の方の準備が終わったのだろうか。

 魔方陣が大きくなり、竜の口の前に設置された。


吐息ブレスなんてくらえば……)


 生への執着が異常な状態になって冷静さを欠いていても、少年は現実を見ることが出来る。

 したがって、竜の吐息ブレスをくらえばどうなるかなど一目瞭然だ。

 骨までこんがりと焼き上がり、灰さえも残らないだろう。

 

 しかし、竜が都合よく待ってくれるはずもなく。

 それは放たれる。


「くそがぁぁぁぁぁぁ!」


――――ゴォォォォォォォ。


 空気さえも焼けてしまう、灼熱の業火が少年を襲う――――はずだった。

 吐息ブレスは、少年に届く前にまず、放たれてさえいなかった。

 空中で、あるものに遮断されて。


「俺は死んで……………ない?

 一体何故……ってこれは!?」


 少年は、宙に浮かんでいた。

 いや、地面が焼失したと言ったほうが正しいか。

 地面は大きく焼失し、周りにいたはずの竜の姿が消えていた。


「俺は何をしたんだ?」


 少年は答えを求めて、自問自答を始める。

 これまでの行動を思い返しても、特に問題点はないはずだと。

 そう確信してから、不定形だった疑問の形は、はっきりとした。


「俺がやったわけじゃあないか……。

 まぁ、分かりきったことだが」


 分かりきったことを、探偵が事実を見つけたときのように口に出す。

 そして少年は、顎に手を当ててうなり始めた。


「しかし何故、俺なんかに手を貸したんだ?

 メリットなんて何一つ無いだろうに」

 

 そう、メリットがないのだ。

 少年には、対価として提供できる、知恵も、力も、財力もない。

 なのに、手を貸す訳がないのだ。


「まぁ、後少しの命なんだから考えたって無駄か……。

 って痛くない?」


 今更だが、少年はあの激痛が消えている事に気づいた。 

 それはおかしい。

 あの痛みは消えるはずがないのだが、結果としては消えている。

 それは、ある一つの確定した事実を示す。


「もう本当に死んじまったのかぁ。

 だって、こんなに身体が楽なんだもんな。

 あんな傷だらけになったのに、痛くないわけが無いからな」


 少年は、長い溜め息を吐いた後、ペタペタと自分の身体を触って調子を確かめる。

 特に異常は無いのか、また元の体勢に戻る。


「すぅ~~はぁ……。

 この、焦げてしまった肉の残り香が、何とも耐え難い苦痛を――――天国ってこんな臭いするのか?

 いいや、そんなわけないだろ!

 ってことは、誰かが俺を助けてくれたのか……」


 少年は、誰もいないので、自分でノリとツッコミの二役をこなす。 

 虚しさを感じながらも、だまって割りきる。

 そして、同じ言葉を繰り返す。


「誰もいないのに……。

 誰もいないのになぁ」


 トホホ、と涙がこぼれそうなほど寂しい少年だった。

 しかし、あることに引っ掛かる。


「ってあれ?

 誰もいない?

 なんか引っ掛かるんだけどな…………」


 何が引っ掛かっているのかは分からないのだが、何かが頭の奥で引っ掛かっていた。

 確実に、何かが。

 そして次第に、霧に覆われていたような記憶はクリアになっていく。


「そうだ、カミラ養母さんは!?」


 それは、忘れるはずの無いことだった。

 だが少年は、忘れていることさえ忘れていた。

 そんなことあるはずがない。

 あからさますぎるのだ。

 つまりのこと…………


「能力を使われた、ってことか」


 それしかない。

 だが、先程からの一連の謎、全て共通点がない。

 自分で考えながら、そのおかしさに驚愕するほど。

 

「カミラ養母さんは魔物を操れるから、大丈夫だろうけど………。

 あ…………」


 とうとう気付いた。

 少年に現在力を貸している人物は未だ分からないが、加害者は明白だった。

 まさか、とは思いながらも、その可能性を否定することはない。

 それしか考えられないからだ。

 

 思えば、カミラには一切魔物は手出ししていない。

 魔物を寄せ付けなかったのだろうか。

 ――否、そうではない。

 複数の魔物を操ることなど、造作もないはずだ。


 では、なんだというのか。

 それは――――


「これってまさか、全部仕組まれてたのか?

 犯人がカミラ養母さんだってのは予想がつくというか、それ以外に無いだろう。

 だが、何故?」


 そう、これこそ最大の謎だった。

 犯人は分かっても、動機が見つからない。

 そして、本人は何処かへと消えた。

 もう、詮索のしようがない。

 

「まぁ、そのうち分かるだろうけど、こっちは直ぐに分からないと困るな」


 少年が目を落としたのは、先程から変わらない地面。

 そして、自分を覆う謎の障壁だった。

 時間がかかりそうで、思わず肩を落とした少年だったが、案外早く答えは見つかった。


――――キィィン。


「いっつうぅぅ~!?

 なんだ?

 この頭に響く感じは?」


 最初は、激しい耳鳴りがした。

 しかし、それは次第にはっきりとした<声>となる。


(話を聞け!

 なぁ、話を……)


「は?

 誰だよ?」






 これが二人、いや、一人と一匹の竜の出会いである。

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