道中②
馬車が完全にとまり、わたしとリジーは顔を見合わせた。
外がやけにうるさいようだ。何かのトラブルだろうか。どうやら人の怒声のようで、何やら不穏な気配が伝わってくる。
「・・・リジー、下りてくるわ」
「お嬢様、いけません」
馬車のとびらを開けようとするわたしの腕を、リジーはしっかとつかんで止めた。
「でも・・・」
この馬車の構造上、一度外に出ないと御者のダニエルと意思疎通はできない。
「わたくしが降りますわ。お嬢様はここでお待ちくださいませ」
リジーはきっぱりいうと、わたしを押しやって外に出た。
わたしはしばらく、馬車の中でぽつねんと座っていたが、ドアを開けて馬車から飛び降りた。
「コンツェンのお嬢さんがおでましだ!」
男たちの声に、リジーとダニエルがこちらをふりむく。
「お嬢様!中でお待ちください!」
「われわれにお任せください!」
リジーとダニエルが口々に言う。
ここはデルラントという小さな村に入る少し手前の道だ。コンツェンの領地外の村だが、近隣のため交流があり村の代表者とは顔を合わせたこともあった。もちろんわたしは叔父の後ろについていっただけなのだけど。
馬車を止めているのは若い男たちのようだった。皆、身なりがぱりっとしているように見えた。なんというか、若い農民たちの服装にしてはキレイすぎる気がした。
彼らの手に、武器らしきものがないことにひとまず安堵した。しかし見たところ八名もいる。若い男が複数いるのもある意味脅威だった。貴人の往来を邪魔するのは法で罰せられることだが、この男たちは分かってやっているのだろうか?
「ごきげんよう。デルラントの若い衆のみなさま。わたくしに何か御用でしょうか?」
男たちの前に行き、ドレスの裾を少し持ち上げて礼をし、にこやかに尋ねた。
男たちは皆わたしと同じくらいか、少し上くらいの歳に見えた。本当に何の用かしらと思ってしまう。
「ナリア・コンツェン殿か」
やけに背が高く、がっちりと体格の良いリーダー格っぽい男が前に出てきた。わたしの全身をなめるように見て、顔の、頬の傷を確認してあざけるように鼻を鳴らした。
「貴殿の領ではゼウスの者たちを優遇し、先住民である我々の同胞をないがしろにしている!弁明はあるか!」
突然居丈高に怒鳴られ、わたしはびっくりした。なんて失礼な人なのかしら。
「ずいぶん礼儀正しい方なのね。あなたはわたくしをご存知のようですけれど、わたくしは残念ながらあなたとは初対面ですわ。まずはお名前をうかがってもよろしいかしら?」
むっとする顔をする男にわたしは微笑んで見せた。
「おれの名は・・・ゴードン・イーストという。さあ、名乗ったぞ。貴殿の番だ!」
他の若い男たちもぎらぎらした目でこちらをみている。
「ゴードンさん。お名前を聞かせていただいてありがとうございます。わたくしも質問にお答えしますね。答えはノーです。わたくしの領ではすべての領民が等しく法の下で平等です。国王陛下の名のもとに誓いますわ」
この答えは気に入らなかったようだ。
「貴殿はゼウスの金貸しとも親しいというではないか!」
「なぜ、外からやってきたゼウスの連中を同等にあつかうんだ?」
「ゼウスの奴らのせいで、職を失った人間もいるんだぞ!」
男たちは口々に大声で主張しはじめた。