朝の食卓の会話
朝食を囲みながら、叔父に聞かれた。
「ナリア、ミシェル殿に会うのは初めてなのかい?」
「直接お会いするのは初めてです。手紙のやり取りはときどきありましたが」
「ミシェル叔母様ってどんな人なの?」
ルーシーに聞かれて、わたしは少し首をかしげた。
「私の母の姉で、バーデン家に嫁がれているの。一度私に会っておきたいそうなの」
「どうしてよ?」
「さあ・・・」
私はあいまいに笑った。私が名目上領主だからだろう。親戚たちは、なんとかして叔父の独占を防ごうとしているようだった。私に叔父の告発をさせようという者もいた。
そんなことがあるので、極力親戚にあうのは避けたいのだがやんごとなき事情というものがある。
私の場合、ミシェル叔母の婚家がイザベルの父の顧客ということだった。
イザベルはわたしの恩人であり、唯一の友人である。そんな彼女の名前をだされ、
「トロイエンベルク卿のお嬢様からもあなたのお話をききましたわ。とてもなかよくされているんですってね」
などと手紙に書かれたら、それだけでなんとなく無下にできなくなる。
そんなことを考えているわたしに、ルーシーは鋭く言った。
「縁談話じゃないの?あなた、まだ売れ残ってるし」
「え、えんだん!?」
ルーシーの顔をまじまじ見る。十歳の彼女はずいぶんませた物言いをするが、彼女なりに環境の変化に適応している結果なのだろう。しかし、縁談・・・
わたしは考え込んだ。手紙にはそのようなことを匂わせる文面などなかった。あれば敏感に感じ取り、絶対に会うことはさけたはずだ。しかし、警戒されるまいとあえて書かなかったことは考えられる。
こほん、とレティシア婦人が咳払いした。
「ルーシー、さっきから手が止まってますよ。それから口の利き方に気をつけなさい。ナリア、気にしないでね」
「いえ・・・」
「まあ、いろんな人と会う機会があるのは良いことだ」
叔父は言った。その「いろんな人」が、叔母のことを指すのか、縁談のことを指すのかいまいち測りかねた。
「それより、最近物騒なことが起こっているようだからな。道中、十分気をつけなさい」
叔父の言葉に続いて、それまで黙っていたルースが口をひらいた。
「・・・ゼウス人とその使用者を襲う事件が相次いでいるんだ。ゼウス人の従者は避けたほうがいいかもしれない」
食卓に一瞬沈黙が落ちる。
レティシア婦人はゼウス人だ。この話題はとても微妙だった。
叔父は積極的にゼウス人の雇用を増やしている。この城の御者にもゼウス人がいた。
「そうだな。念のため、御者はダニエルに任せよう。あれは腕もたつから、いざというとき役に立つだろう。もちろん、そんな場面はないに越したことはないが」
叔父は明るくいって、レティシア婦人に向いた。
「なに、差別主義者の悪党どもがのさばっていられるのも今だけだ。この国の王は、ゼウス人の自由と生命を保障している。こんな心配はじきになくなるさ」
楽観的な叔父の物言いにも、レティシア婦人のこわばった表情は解けなかった。
「そうなれば、いいんですけど・・・」