父の死とそれから
「おはようございます、ナリアさま」
「おはよう、リジー」
わたしは下着姿でベッドに腰掛け、リジーをまっていた。ベッドには着替えたいドレスを選んで置いていた。いつもなら自分でドレスを着替えているのだが、今日は出かけるので、コルセットを着けなくてはならない。
リジーは、着替えを手伝いながら無駄なおしゃべりはせず、最低限度の言葉しか発さなかった。もともと、陽気な性格の彼女が黙りこんでいるのは、わたしが昨夜彼女に伝えたことが原因だろう。目のまわりはぽってりと腫れおり、可愛い顔がむくんでしまっている。彼女を酷く泣かせてしまったことに、胸が痛むが、いずれは伝えなければならないことだったのだ。彼女がわたし以外の人間から聞かされる前に。
★★★★★★
七年前、わたしは猟犬に襲われ生死の境をさまよっていた。この世にとどまる事が出来たのは、使用人たちの献身と、イザベルの好意、主の御加護のおかげだった。
イザベルは、父親に頼み、優秀な医師を送ってくれた。高い軟膏や飲み薬を都合してくれ、わたしに長い手紙をたくさん送ってくれた。その手紙に、どれだけ慰められたかわからない。
わたしがようやく体を起こせるようになったころ、叔父がお見舞いと称して、わたしの部屋にやってきた。これは思いがけないことだった。というのも、父はこの自分の弟のことを毛嫌いしていたからだ。わたしはこの時まで実際に会ったことはなかったが、それは叔父がこの城に訪れることがなかったためであった。
「はじめまして、ナリア嬢。私はレオモンド・コンツェンと申します。あなたの父上の弟であり、あなたの叔父になるものです」
不健康そうな父親とは全く似ていない、大きくがっちりした体躯の男だった。肌は日に焼けており、身につけているものも素材は綿のようなもので、絹ではない。しかし、落ち着いた誠実そうな人物で、目はとても優しそうだった。そういえば、白みがかった金髪や、緑色の瞳は、父親やわたしと同じだった。
「はじめまして、叔父様」
わたしは急な来訪者に目を白黒させながら応えた。
「ナリア嬢、病床に失礼して、大変恐縮でございます。まだ回復していないことは分かっていますが、あなたはこのコンツェン領の相続人です。女性であり、まだ子供でもあられますが、あなたの双肩には全領民の生命がかかっています」
レオモンド叔父の後ろに控えていた、家令が突然前にでてきた。祖父母の代からの、唯一残っている使用人である。高齢であり、無気力で無口な印象の老人だった。前のめりになり、何ともいえない気迫が伝わってくる。この家令の、こんな姿を見るのは始めてだった。
「は、はい・・・・・・?」
気迫に押されて頷くが、よく分からない。使用人に無礼を働かれても、叔父には気分を害された様子はなく、これもまたとても真剣な顔をしている。何となくわたしも真剣そうな顔になってしまう。
「一昨日、旦那様が御逝去されました。ナリアさまは、相続法に従い領主となられます」
家令の言葉にポカーンとした。ゴセイキョ?
「しかし、ナリアさまはまだ管理能力がありません。相続法に従い、レオモンドさまがナリアさまの後見人となり、領主代理をつとめられます。よろしいでしょうか?」
とても重大なことを告げられているのは分かった。全てを理解できたわけではなかったが、自分がするべきことは分かっていた。
「わかりました。レオモンド叔父様、どうぞよろしくお願いします」
そう言うと、二人はそろって安堵したように表情を緩めた。そのあと、少し言葉を交わし、二人は部屋から出て行った。わたしは急に疲れを感じて、目を閉じた。