隣人見聞録
前回の茶番と今回の本編を繋げて一本にするつもりだったんですが、執筆する時間が無さ過ぎるくらい忙しくて、更新遅くなりすぎないために分けました。
「ただいま~」
美羽が買い物から帰って玄関を上がった。時刻は午後三時。今から夕ご飯の準備をしようというところである。
廊下を抜けリビングへの扉を開けると、なぜかそこには布団を敷いて横になっているコメットがいた。どうやら寝室の布団をリビングに持ってきたようだが、その傍らには正座をしたミルティナが付き添っていた。
「見てコメット。あそこにまだ桜が咲いているの」
「本当ね……あの桜が全て散るのと、私の命が散るのはどっちが早いかしら」
美羽はとりあえず、買ってきた食材をキッチンの上へと運ぶ事にした。はっきり言ってコメットたちの言葉は真に受けていない。病人ごっこでもしているんだろうと思っていた。
「コメット、お水飲みたいでしょ。汲んできてあげるの」
「ありがとう。じゃあいつもの私専用のコップにお願いね」
「わかったの。って、ああ!? コメットがいつも使っているコップにヒビが!! なんだか不吉な予感がするの」
その会話に、美羽がハッと顔を上げてコメットに近付いて行った。その表情は不安を帯びている。
「コメットさん……あなた……」
「し、心配しないでミウ。私は元気だから……ね?」
空元気のような、作り笑いを浮かべるコメットを余所に、美羽はヒョイとコップを取り上げた。
「コップを壊しちゃったんですか!? も~、大事に使って下さいよ。これは捨てておくんで新しいのを使って下さいね?」
「そっち!? コップじゃなくて私を心配してよ!」
やはり、ただ構ってほしいだけのようだ。しかし今から夕飯の準備をする美羽にとって、コメットとじゃれているヒマはない。
コップを片付けて、買ってきた食材を袋から取り出しているとコメットとミルティナが玄関に向かうドアを開けた。
「ミウ、私達ちょっと出かけてくるわね。……今日のご飯って何?」
「今日は二人の好きなカレーですよ」
「そっか……なら絶対に帰ってくるから。どんな事があっても、必ず!」
「はい、遅くなる前に帰ってきてくださいね」
あくまでもコメットの発言をスルーして、食材を整理しながら適当に相槌を打っていた。
「私、ミウの作ったカレー食べたいもの。約束する。何があっても絶対に帰ってくるわ!」
「あ、醤油がなくなりそうだったの忘れてました。コメットさん、ついでに醤油を買ってきて下さい」
するとコメットがプルプルと震えだして、ついには喚き散らし始めた。
「なんで心配してくれないの!? 今にも死んじゃいそうなセリフばっかり言ってるのに! 嫌いなの!? 本当はミウって私のこと嫌いなの!?」
「いや、だってコメットさんって殺しても死ななそうですし……」
「ちょっとくらい何があったのか聞いてよ!!」
どうやら病人ごっこではなくて、死亡フラグごっこだったようだ。正直に言って、コメットが美羽のそばからいなくなるなんて事はまるっきり考えられないが、それでもコメットが騒ぎ出したので少しだけ相手をすることにした。
「じゃあどこへ行くんですか? 何か不安な事があるんですか?」
「今はまだ言えない……けどいつか、その日が来たら必ず分かるわ」
「そうですか。じゃあお塩も無くなりそうなんでついでに買ってきて下さい」
美羽は買ってきた食材を冷蔵庫に詰め始める。ミルティナだけが二人のやり取りを呆れた表情で見つめていた。
――だが。
「魔界の住人を探してくるわ」
「結局しゃべるんですか!? って、え!? 魔界の住人……」
その言葉を聞いた瞬間、体がギクリと強張った。そしてコメットの方を見ると、彼女はさっきまでのふざけた雰囲気は消えており、真面目な顔で美羽を見ていた。
「ミウも薄々と分かっているでしょ。この街には私やティナが来るよりも前から、魔界の住人が住み着いている。そいつらをちゃんと特定して、敵意がない事を証明しないと危険なのよ」
「それは……そうかもしれませんけど……そんな急にやらなくても」
「急じゃないわ。ティナと合流して戦力が増えたから、これを機に動こうと思ったのよ」
美羽は思い出す。以前コメットとケンカをした時に、自分の目の前にUFOや狼男が現れたことを。どこか忘れたふりをしていたが、やはり気にならないと言えば嘘になる。
「でもそれって、危なくないんですか?」
「相手によるわね。魔界の住人は好戦的な種族が多いから、もしこの街を乗っ取ってやろうとか考えている連中に会ったらアウト。私もティナも、種族的には戦闘能力が低い方だから……」
そこまで聞いて、美羽にはまだ一つ疑問が残っていた。
「そもそもコメットさんには、相手が人間か、魔界の住人かが分かるんですか? うまく人間に化けてるって事もあるんですよね?」
「分かるわ。魔界の住人は特有の匂いがするもの。あの魔界の瘴気と、自身の魔力が混じり合ったような匂い……ティナと会って確信したわ。あの匂いはお風呂に入ったりする程度じゃ消えたりしない。まぁ、何十年も人間界で暮らしていれば匂いも薄れるかもしれないけど、そういう種族はもう人間社会に溶け込んでいるだろうし、気付かなくても問題ないと思うわ。今後も人間と共生していくだろうしね」
どんな匂いなのかまるで分からないが、とりあえずコメットは相手を判別する事が出来るようだ。すると今度はミルティナが口を開いた。
「一番理想的なのは、今後もこの街で共生しようと考えている種族と会って友好的な関係を築く事なの。その相手から他にどんな種族がこの街に住んでいるのか情報網が広がるし、この街で暴れようとする種族が現れた時に、協力して止める事も出来るの」
「……なるほど。そう言う事なら私も一緒に行きます!」
そう言って美羽は手早く周りを片付ける。そんな美羽に、コメットは慌てた様子で止めに入った。
「いやいやダメだって! 話し聞いてた!? 最初に見つけた魔界の住人がヤバいこと考えてるような相手だったらアウトなんだってば! 飛ぶ事も出来ないミウはここで待ってて!」
「大丈夫ですよ。つまりは最初に無害の種族を見つけて、こっちのコミュニティを広げたいんですよね? 私、そう言う人物に心当たりあるんですよ」
美羽はしゃべりながら、小物入れからネックレスを取り出して身に付けた。
以前コメットに作ってもらった物で、石を綺麗に磨いて加工した手作りのネックレス。美羽はここぞという日に、お守りのように使っていた。
「私はこのマンションに、魔界の住人じゃないかと思っている人が三人います。ですが数年前からここに住んでいるので、良からぬ事は考えていないと思うんですよ」
美羽は玄関から外に出た。コメットとミルティナも話を聞きながらついて来る。
美羽はこのマンションの五階、502号室に住んでいる。エレベーターとは逆の方向へ進んで行った。
「実は私の部屋の隣、503号室の住人が怪しいと思っています。前に中学校の修学旅行で買ったお土産を渡そうとした事があったんですよ。その時は、私が何度チャイムを押してもその男性は出て来ませんでした。留守にしているのかなって思ったんですが、ドアの近くの小窓が開いていて、そこから中を覗き込んだんです。そしたら部屋の中からテレビの光が漏れていて、音も聞こえてくるんです。私はもう一度ドアの前に立ち、ドアノブを回してみると鍵が掛かっていませんでした。かなり迷いましたけど、私は中へ入る事にしたんです。だって、テレビが付いているのにチャイムを鳴らしても出てこないだなんて、部屋の中で倒れているのかもしれないじゃないですか。中へ入った私は、そっと進んでいきました。すると悪い予感が的中して、男性がテーブルにうつ伏せになって倒れていたんです。私は慌てて駆け寄ろうとしました。その時――」
ゴクリ。と、話を聞いている二人が喉を鳴らした。
「『誰だぁ~!』と叫び声をあげて、その男性が目を覚ましたんです!」
「……それで?」
「いや、それだけですけど?」
「ちょっと待ってミウ、今の話のどこに魔界の要素があるの!?」
「分からないんですか? 何度チャイムを鳴らしても気付かないくらい爆睡していたにも関わらず、私が近寄ったら目を覚ましたんですよ? これはもう、人間の生命エネルギーを感知するような力を持った種族に違いありませんよ!」
「………………はぁ……」
腑に落ちないけど、とりあえず返事だけしておこうという具合の、曖昧な相槌が帰ってくる。とにかく調べてもらおうと、美羽たちは503号室の前まで来た。
「じゃあ、呼びますね」
美羽がチャイムを鳴らす。
――だが、中からは誰かが出てくる様子はない。
「……部屋の中、テレビ付いてるの」
パタパタと飛びながら、ミルティナが隣の小窓から中を覗いていた。
「これは……前に来た時と同じです!」
ミルティナが飛んでいる事なんて二の次と言った風に、美羽はドアノブに手を当てた。回してみると、ガチャリと扉は開いた。
三人は顔を見合わせて中へ入り、扉を閉める。確かに奥の方からテレビの光がピカピカと光っており、音も聞こえてきていた。
角度を変えてそのテレビの部屋を覗き込むと、テーブルに突っ伏している男性の姿が見えた。昔と同じだ。けれど、検証するには丁度いい。美羽はコメットと顔を見合わせた。
「私が行くわ。ぶっちゃけ、前はミウの足音で起きただけだと思うし」
コメットがそう言って、フワリと浮かびあがった。そのまま羽を動かさずに、スゥーと滑空しながら廊下進んでいく。音をたてずに近寄ろうという作戦のようだ。
順調に、静かに、ゆっくりと進んでいき、男性の約5メートル付近まで寄った時だった。
「誰だあああ~~!!」
男性が突然顔を上げ、叫び声をあげた。
「うわっ! ホントに起きた!」
驚くコメットに、何かあれば加勢しようと美羽とミルティナが駆け寄った。
「ねっねっ! 言った通りでしょ!? 絶対この人、人間じゃありませんよ!」
「えっと、キミ達だれ?」
困惑する男性を無視して、コメットは鼻を動かしていた。
「クンクン。でも魔界の匂いはしないわね。この人は普通の人間よ」
「そんなバカな! 人の気配が分かるだなんてマンガじゃあるまいし、人間業じゃないですよ」
すると男性は困ったように後頭部をポリポリと書きながら言った。
「えっと、ボクの能力が不思議なのかい? まぁ、死にもの狂いで会得した能力だからね」
「ほら! 『能力』とか人間離れしたこと言ってますよ!」
男性は、美羽の反応が可笑しいといったように笑った。割と笑顔が優しそうで、髪が短く爽やかな、まだ二十代くらいの男性だ。
男性はこんな状況にも関わらず、自分の生い立ちから説明を始めてくれた。
彼は、子供の頃からよく眠る体質だった。いや、よく眠たくなる体質と言った方がいいらしい。そんな彼は小学校に通っていた頃、休み時間や給食後の昼休みに寝て過ごすのは当たり前、授業中でも寝ていて、先生によく叱られたという。
子供がよく寝るのは当然だと、その頃はさほど気にしなかった彼だが、中学生、高校生になってもこの体質は変わらなかった。いや、それどころか、成長して学校が遠くなるにつれて、朝起きる時間は早くなる。睡眠時間は必然的に減り、授業中に眠くなる事が多くなっていった。
病院にも通ったが、彼の体質が変わる事は無かった。そしてこの街を紹介されて、ついに彼はこの街で就職をしてサラリーマンとなった。もちろん、仕事中だろうと眠気は襲ってくる。そしてこの街の住人だろうと、上司に見つかればこっぴどく怒られる。そこで彼は考えた。
『逆に、寝てたっていいじゃないか。バレる前に起きればいいのだ』
そんな結論に達した彼は、その日から必死に周りの気配を探るようになった。眠っている最中だろうと、周囲の人間に気を配り、自分に近付いて来る気配があれば瞬時に目を覚まし、ちゃんと仕事をしているフリをする。
正に死にもの狂いであったと言う。そうしなければ、仕事を続ける事が出来ないのだから……
そうして彼は、ついに自分の半径5メートル以内の気配を読み、自分に近付く人がいれば目を覚ます神業を身に付けた。
これは人間の進化と言えるだろう。進化とは、そうしなければ生きていく事が出来ない状況化で生活する事で起こると言われている。だからこそ彼は、外敵から身を守る術を得るために、この短期間で急激に進化したと言えるのだ。
「野生児が環境に応じて変化していく、みたいな説明だったの」
ミルティナが代表してそんな感想を述べた。
しかし男性は軽く笑って、
「あっはは。それでキミ達は、ボクを化け物だと思って退治しに来たのかな?」
そう答えた。
やたら明るい口調ではあるものの、勘違いが恥ずかしく思えた美羽は深々と頭をさげて謝罪すると、二人の首根っこを引っ掴み、急いで外へと飛び出した。
「うぅ、絶対に魔界の住人だと思ったんですが……すごい人もいるものですね」
「まぁ、この街にはどんな人がいても不思議じゃないの」
ミルティナはいたって平平坦坦とした様子だった。
「気を取り直して次に行きましょう、次!」
「そう言えば心当たりが三人いるって言ってたわね。次はどんな人なの?」
「それは……会えばわかります」
コメットの問いに、影を落としながら美羽が言った。
どうやらその人物も同じ階に住んでいるようで、美羽は506号室の前でその足を止めた。
「コメットさん、チャイムを鳴らして下さい」
そう言って、美羽は身を屈ませてコメットの後ろに隠れた。
「なんで隠れるの?」
「私、ここの人苦手なんですよ……」
とりあえず言われた通りに、コメットはチャイムを鳴らす。すると中から男性の声が聞こえてきて、ドアが開かれた。
「どちら様ですか~?」
「ひぃ~……」
美羽がひしっとコメットの背中に顔をくっつけて、男性を見ないようにしていた。それもそのはず、出てきた三十代くらいの男性は……全裸だった。
おお~っと驚きながらも、珍しそうに眺めるコメットとミルティナ。
「ほらほら、この人絶対人間に化けてますよ! きっと服を必要としない魚の種族なんです! それかワイルドに生活をする獣の種族なんですよ」
ピッタリと抱きついてくる美羽に、頬を緩ませているコメットだったが、本来の目的を思い出したのか男性に近寄っていった。
「ちょっと失礼するわよ。クンクン、クンクン」
「いやあああああ! 裸の人の匂いを嗅ぐだなんてコメットさんは変態です! ドン引きですよ! ティナちゃんも見ちゃダメです!!」
マジマジと見つめているミルティナに抱き付いて、美羽は自分の体を目隠しに使った。だが、覆いきれていない体の隙間からミルティナは男性をじぃっと興味深そうに見つめていた。主に下半身を……
「いや、ミウが調べろって言ったんじゃない……前にも言ったけど、私って男の人嫌いだからね? まぁ何はともあれ、この人もハズレね。普通の人間よ」
「なん……ですって……?」
美羽には信じられなかった。というか信じたくなかった。世界広しといえど、このような人種と同じだと思われたくなかったし、こんな風に全裸で外を闊歩されでもしたらたまったものではないからだ。
「と言う事は、この人は普通の変態さんって事ですか……? 私はこれからもこんな変態さんのいるマンションと折り合いを付けて生活をしなくてはならないって事ですか……?」
「普通の変態さんって、意味が分からないの……」
すると男性は、どこから出したのかタオルを差し出した。
「ふっ、ついついクセで裸で出ちまった。悪かったな。こいつを使ってくれ」
男は優しかった。紳士のような振る舞いで、美羽の目元をタオルで覆った。
「……いや、私を目隠しするよりも、まず服を着て下さい……」
「実はな、俺は変態じゃねぇ。ナチュラリストさ」
「いや、話を聞いて下さい。お願いですから服を着て下さい」
「ナチュラリストってのはな……」
「いや、服を……」
ナチュラリストとは、自然に関心をもって積極的に自然に親しむ人。また、自然の動植物を観察、研究する人などがあげられるが、それ以外にも、裸というありのままの姿で生活をする人達の事も指す。
この男性も、病院では治す事が出来ない性癖というか、一種のこだわり、あるいは決して譲れない想いがあり、この街に来たのだと言う。
現在、日本にはナチュラリスト専用の施設はない。だからこそ、この街で妥協して自分の気持ちに区切りを付けようとしているのだと言う。
男性曰く、ヌーディストとは全く違うらしい。
「この街なら公然猥褻罪も少しは見逃してくれるからな」
「いや、十分迷惑ですから! 失礼します!」
バタンとドアを閉じで、強制的に話を終わらせた。
魔界の住人じゃないと分かったのなら、これ以上関わりたくは無いと思ったからだった。
「ミウ、その目隠しのタオルどうするの? 洗ってからまたここに帰しに来るの?」
ミルティナに言われてハッとする。もうここへは来たくなかった。
美羽は外から小窓を開けると、ポーンと中へタオルを投げ入れた。
「さぁ、次に行きましょうか♪」
何事も無かったかのように、話を進めようとする美羽であった。
そして三人はエレベーターを使って一階まで降り、104号室の前まできた。どうやら次の人物はここにいるようだ。
次こそは絶対に魔界の住人ですから。と、美羽は言い張っていた。これまで見当違いで、少し意地になっているのかもしれない。
そしてチャイムを鳴らしてしばらく待つと、若い男子が出てきた。恐らくまだ高校生くらいだろうという若さである。そんな彼に、一目で注目する所があるとすれば、それは――
「見て下さい二人とも! このハゲ頭は絶対に魔界の住人ですよ!」
「えぇ~……」
……そう、確かにこの男子の頭はつるっつるにハゲていた。
頭を剃った様子はなく、毛根から抜け落ちているというような見事な肌色をしている。
「種族はきっと海坊主です! 間違いありません!」
「おい! 誰が海坊主だコラァ! 俺は天然のハゲなんだよ!」
男子もついに怒り出し、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「嘘です! その若さで禿げるはずがありません!」
「ウチの家系はみんな若ハゲなんだよ! 文句あんのかゴルァ!!」
「え……? 若ハゲ……?」
「遺伝なんだよ仕方ねぇだろうが! ハゲてたら人間扱い出来ねぇのかおいコラ!!」
その気迫と、もっともらしい理由に美羽は気圧されていた。
そして、助けてほしそうにコメットを見た。
「うん。この人も普通の人間ね」
「普通ってなんだよ! ハゲは普通じゃねぇのかよ!! 俺だって好きでハゲてる訳じゃねぇんだよ!! そもそも――」
――パタン。
美羽はそっと扉を閉じた。扉の向こうからは未だに喚き散らす声が聞こえていた。
「コメットさん。私、今回の事で一つ分かった事があります」
「なぁに?」
「これ、間違えると相手にすごく失礼なんですよ」
「今さら!? 私、今回はミウがあえてボケをやってくれるのかと思ってたわ!」
後で何かお詫びの品でも持って、改めて謝りに行こうと考えている時だった。
――「こんにちは。黒羽さん」
見知った女性に挨拶をされて、美羽もすかさず会釈をした。
「こんにちは水野さん。あ、コメットさんはお初でしょうか? こちらは水野さんって言って――」
「あなた、魔界の住人ね?」
コメットがそう言った。突然の事で、その場のみんなが唖然としていた。ただ一人、ミルティナを除いて。
「コメット。そういう事を言うのはもう少し様子を見てからにした方がいいの。狂暴な相手だったらマズいの」
「あ、そっか。なんか初めての当たりだったからつい言っちゃったわ」
その女性は未だ固まったままだった。
美羽も思考が追いついていない。けれども、なんとか確認だけでも取ろうと言葉を紡ぎ出す。
「えっと……コメットさん、この方は501号室で、私達の隣に住んでいるんですよ? ごく普通の女性ですし、そんなまさか……」
「へぇ。隣なんだ。まぁ、匂いを意識するようになったのは最近だから気付かなかったわ。けど、あなたからは魔界の瘴気と、腐海の匂いがする。間違いないわ」
「私達も魔界の住人なの。敵意は無いから、あなたの正体を教えてほしいの」
美羽は改めてその女性を見る。
綺麗な青い髪を長く伸ばして、瞳の色まで紺碧の、どこか大人びいたかなりの美人だ。けれど美羽を同じくらいの身長なので、どこか話しかけやすく、親しみやす印象を持っていた。
その水野と名乗る女性が、一瞬にしてグニャリと形を変えた。青い髪も、着ていた白いワンピースも一緒になって溶け、一つの『水』の塊になる。
「スライムか。なら安全ね。かなり臆病な種族だし」
「安心しちゃダメなの。スライムは戦闘能力は低いけど、その体質で偵察とか隠密に使われる事もあるって教わったの」
ミルティナがコメットをたしなめる。そのくせ表情はいつも通りでのほほんとしていた。ミルティナは大抵、『自分には関係ない』と言うような立ち位置で深く食い込もうとしない節があった。しかしそれは、美羽やコメットを深く信頼して、自分がでしゃばらなくても大丈夫だという裏返しとも言える。
「わ、私も敵意はありません。普通に生活をしているだけですラ」
周りに人がいないとはいえ、スライムがそのままの状態で受け答えをしていた。
「あなた、いつもそんなしゃべり方なの?」
「はいですラ。何か問題でも……?」
「……」
コメットとミルティナが、美羽にジト目を向けた。
「い、いや、そう言うしゃべり方の人かと思って……ほら、喋り方で人を判断しちゃダメじゃないですか!?」
美羽が必死に言い繕う。
「じゃあ、あなたは普段、どんな名前を使っているの?」
「水野巣雷夢って名乗ってますラ」
「……」
再び疑惑の眼差しが美羽に向けられる。
「そういう関係でこの街に来た人だと思ったんですよ! な、名前で人を判断しちゃダメじゃないですか!」
「今日一連の流れのあとで、よくそんな事が言えるわね!!」
「ミウは意外と天然なの……」
今回は珍しく、美羽が二人にツッコまれる形となっていた……
今日の探索で見つけた魔界の住人、一人。




