表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

喧嘩相手見聞録②

* * *


「はぁ、これからどうしよう……」


 コメットが小さくため息を吐いた。

 美羽にこっぴどく怒鳴られた彼女は、アパートからかなり遠くの公園の土管に身を潜めていた。昼間であれば子供達がこの土管を駆け上がったり、てっぺんに設置されている滑り台で遊んだりもするだろうが、今の暗くなった時間帯では誰もいない。


「今日はもうここで寝ようかしら……」


 コメットにとって外で寝るのは大した問題ではない。魔界で暮らしていた頃は、暑くなれば水辺の近くに移動して、寒くなれば火山の近くへ飛んで行く。そんな自由奔放な生活を送っていたのだ。今、人間界は春という事もあり、寒さに震える心配はない。

 そんな時、ふと女性の声が聞こえてきた。ピクリとその声に反応して、コメットは恐る恐る土管から顔を出してみる。公園の外を若い二人組の女性が話しながら歩いているのが見えた。

 どうやら美羽ではなかったようで、ホッとした半面、少し残念に思うところもあった。


「そろそろ血ぃ吸いたいなぁ……」


 女性を見ているとヴァンピールとしての本能が血を求めてしまう。だがコメットはモソモソと土管の中に戻って、静かに目を閉じた。

 美羽から言われた言葉が頭の中で何度も繰り返される。『あなたは麻薬と同じだ』。『私に近寄るな。これ以上人生を狂わせるな』と……

 そんな言葉を思い出すだけで、血を吸う気分じゃなくなってくる。


「もういいや。このまま吸血衝動が起こるまで血は吸わない。吸血衝動で自我を無くして人を襲ったら、ケイサツが来て伝説の武器で殺してくれる。もうこれでいいかな……」


 自分でも驚くほどにコメットはショボくれていた。


「私が殺されてニュースになったら、ミウは少しでも罪悪感を感じてくれるかな……? もしそうなら、ざまぁみろって感じね……」


 そうして一人の夜は更けていく。

 後は時間の問題で、何も考える必要はないと思っていた……

「そこにいるの、誰?」


 ビクリと全身に緊張が走る。木陰に隠れているつもりだったのに、どうやら見つかってしまったようだ。あははと笑って無害である事をアピールしながら、その少女の前に姿を出した。


「あなた誰? 私をさらいにきたの?」

「違う違う! 空の散歩をしていたらとんでもない美少女を発見したから、近付きたくなったの。私はコメット。あなたは?」

「……ミルティナ……」


 周りの空間がぼやけて、その少女だけが鮮明に見えた。ひどく懐かしい顔をした美少女。コメットが魔界で暮らしていた時に最も仲良くなった少女であり、魔界から追われるきっかけとなった少女。

――これは、その時の夢。


「ってあなた、ヴァンピールなの!? お母様からヴァンピールとは話しちゃダメって言われているの」

「話しちゃダメ? ってことは、あなた……ティナはサキュバスなの?」


 ミルティナがコクンと頷いた。

 魔界でサキュバスとヴァンピールは基本的に仲が悪い。食事の方法が似ているために獲物が被り、喧嘩になりやすいためらしいが、そんな種族間の理由なぞ子供のコメットには理解できなかった。


「ふ~ん。でもまぁ、別にいいんじゃない? 大人たちが勝手に言ってるだけだし。ティナは私とおしゃべりしたくない?」

「……そういう訳じゃないの……」


 どうやらミルティナも、ただ大人たちの言う事に従っているだけのようだった。

 コメットは改めて少女の姿を見る。綺麗な薄紫色の髪は腰にまで届くほど長く、身にまとっているドレスはとても高価なものだ。コメットよりも頭二つ分背が低い彼女はなんだかとても愛らしかった。


「じゃあ少しお話しましょう? 私がドラゴニアの血を吸って殺されかけた時のお話しをしてあげる」

「ドラゴニアを襲ったの!?」


 こうしてコメットはミルティナの敷地内であるだだっ広い庭に勝手に入りこみ、彼女と打ち解けていった。ただ色んな話をしている最中に、コメットのお腹からキュ~という変な音が鳴り、それを聞いたミルティナは目をパチクリさせた。


「コメット、お腹すいたの?」

「あはは……私って、可愛い子を見るとつい血を吸いたくなるのよねぇ。……ね、もしよければちょっとだけでも吸わせてくれないかしら?」

「……うん。いいの」


 少し迷いながらも、ミルティナは頷いてくれた。コメットは嬉しさのあまり、目を輝かせていた。


「あ、でもどこから吸うの? ドレスに血がついちゃうと怒られちゃうの……」

「そうねぇ。じゃ、手を貸して」


 言われた通りにミルティナは右手を差し出す。するとコメットは、その右手を取り、手のひらをペロリと舐め始めた。


「ひゃう!」

「手のひらから吸えばドレスを汚す事もないでしょ? 気持ちよくしてあげるわ」


 手のひらに舌を這わせて、指と指の間まで丁寧に唾液を塗り込んでいく。ミルティナの手がビクビクと震え、戸惑っているのがわかった。


「手が敏感になって……んんっ! くすぐったいのぉ」

「それじゃあ、いただきま~す」


 ミルティナの吐息がなまめかしくなったのを見計らって、カプリと牙を立てる。狙ったのは親指の付け根の部分。ちょうど口の形に沿って噛みやすかった。

 媚薬と麻酔の効果で痛みはないはず。むしろ気持ちの良さに力が入らないのか、ペタリとその場にへたりこむ。そんな彼女に合わせて、コメットともまた体勢を低くしながら血を吸っていく。


「っあ! ああぁ……何これ、気持ちいいのぉ」


 腕がビクンビクンと震えて、それでも吸血の邪魔にならないように抑えようとする姿がいじらしいと感じていた。そして一気に、激しく吸い上げていく。その瞬間、ミルティナの体がビクンと跳ね上がった。


「ぅんんん~~~!!」


 空を仰ぎ、背中を真っすぐに伸ばしながら小刻みに震えるミルティナがフラリと倒れ込んでくる。コメットはそんな彼女を両手を広げて受け止めた。


「ありがとうティナ。とっても美味しかったわ。それに……」

「それに?」

「あなた、すごく可愛かった」

「っ!?」


 ミルティナを抱きしめながら頭を撫でる。その間ずっと、彼女は耳まで真っ赤になっていた。


――ザザザッ


 突如場面は切り替わる。

 コメットは必死に羽をばたつかせて、全速力で空を駆けていた。


「あそこだ! 絶対に逃がすな。お嬢様の血を吸ってたぶらかした罪人だ!」

「魔界中の者達に伝えろ! 見つけ次第殺せぇ!!」


 下からは弓矢で狙われて、上からは魔法による火炎が降り注ぐ。

 そんな中、コメットは真っすぐに飛んで攻撃を振り切ろうとしていた。


「うひゃあああああ~~!! 普通そこまでやる!?」


 泣き喚きながらも追ってから逃げ切ろうと、蛇行しながら進んでいく。森に入り狙いを定められないように木々の間を縫っていく。そうしているうちに、小さな神殿の前まで飛んできた。

 異界の門と呼ばれ、人間界に通じているといわれる神殿だ。互いの世界の秩序を保つため、干渉することは禁じられている禁断の聖域。

 だがコメットはためらいもなくその神殿へ入っていく。殺されるかもしれないという時に、掟も秩序も聖域もない。ただ神殿の奥へ奥へと進んで行った。

 門のような形のオブジェを潜り、しばらく飛んでいると光に包まれた。

 そして気が付くと、コメットは見た事も無い景色の世界を飛んでいた。

 魔界のような赤黒い空ではない。澄んだ青い空に白く綺麗な雲が印象的な世界。

 魔界のような森や湖、窪地などは無く、規則正しく建物が並ぶ世界。

 魔界のような各種族が隠れ住むような静かな場所とは違い、あちこちに誰かの姿が見える世界。

 周りを見渡すが追っ手は見当たらない。その時は安心と共に、新しい世界に対して少しばかり興奮している自分がいるのだった。


「ん……」


 コメットはゆっくりと目を開く。薄暗い場所で丸まって眠っていた事を思い出した。


「夢か……懐かしい夢だったわね。ティナ……」


 段々と今の状況を思い出していく中で、夢のせいか強く思う事があった。

 それは――


「うぅ……血が……血が飲みたい……」


* * *


 美羽は肩を落として辺りを彷徨っていた。コメットがいなくなってから早数日、毎日のようにあちこち探し回っているが、彼女は未だ見つからなかった。

 今日はすでに日曜日。コメットに血を吸わせてから丁度一週間が経つ。そろそろ吸血衝動に駆られてもおかしくない頃だ。

 もうどこを探していいのか分からないくらいに動き回り、未だ見つけられない事で心にはポッカリと穴が開いているような気分だった。

 空は次第に暗くなり、街の街灯が点灯し始める。それでも美羽は、周りを確認しながら歩みを進めていた。

――パタリ。

 鳥が羽ばたくような音が上空から聞こえた。ふと見上げると、そこには羽の生えた少女がゆっくりと目の前に降り立つところだった。


「コメットさん!?」


 間違いなく、その人物はコメットだった。コウモリのような小さな羽をパタつかせて、目立つ金髪のショートボブ。出て行った時と同じ桜色の肩紐ワンピースを着ている。だが――

 美羽の呼び声に全くの無反応で、その目は鋭く、美羽を見据えていた。

 ハァハァを息が荒く、八重歯がキラリと見え隠れしている。

 そんなコメットを見れば一目瞭然だった。これが……吸血衝動!

 それでも美羽は一歩、コメットに歩み寄る。どんな形であれ、また出会えた事が奇跡のようだと感じていた。

――ブワリ!

 一歩踏み出したと同時に、コメットが一瞬で美羽の目の前まで迫っていた。そのまま美羽の両肩と掴み、勢いが衰えないまま後方へと押されていく。

――ズガアアン!!


「かはっ!! げほっげほっ……」


 ブロック塀に背中を思い切り叩きつけられむせ返る。さらに両肩をガッチリと抑え込まれ、骨が軋む痛みに表情を歪ませた。

 それでもやはりコメットは顔色一つ変えずに、その牙を美羽の首筋に近付けていく。両肩を骨が外れそうなくらいの力で押さえつけられて動くことができない。

 だが美羽は、なんの恐怖も感じてはいなかった。むしろ吸血衝動になるまで血を吸わなかった事が自分のせいだと思っていた。その報いを自分自身で精算できるのが嬉しかった。

 舐めて麻酔をかける事も無く、噛みつこうとしているコメットを受け入れる。だがここで、美羽に一つの考えが浮かんできた。少し迷いながら、その考えを実行してみることにした。どの道、自分がコメットに血を与える事には変わりはない。


「コメットさん、私が……わかりますか……?」


 思っていた以上に背中に受けた衝撃が大きくて声が出ない。けれど、掠れた声でコメットに呼びかける。


「コメットさん、前に言いましたよね。血を吸う時は必ず相手の合意を得てから血を吸うって……あれは嘘だったんんですか?」


 美羽の言葉にコメットの動きが止まった。うめき声を漏らし、美羽の首筋から顔を離した。


「そんな風に獣みたいに人を襲うなんてコメットさんらしくないですよ。それともコメットさんは……人間を食料としか思ってないんですか!?」


 あえてここで使った。コメットの心を抉ったこの言葉を使ってでも元に戻ってほしかった。本能のままに血を求めていたとしても、想いの強さで乗り越えてほしかった。


「あ……うぅ……」


 コメットが美羽を掴んでいた手を離す。二、三歩後ずさって、頭を押さえて苦しんでいた。まるで、目の前にエサがあるのに食いつけない獣のように……

 そんなコメットに、体が自由になった美羽は背中の痛みを堪えて、後ろからそっと抱きしめた。


「元のコメットさんに戻ってください。お願いします。コメットさん……」


 苦しむコメットを優しく抱いて、耳元で何度も呼びかけた。

 次第にコメットの動きが大人しくなり、その表情に変化が訪れた。


「あ……れ……? 私、どうなったんだっけ……?」

「コメットさん!? あぁよかった、戻ったんですね!」


 美羽は力いっぱいコメットを抱きしめる。当の本人は状況がよく分かっていないらしく、困惑気味に美羽腕の中であたふたしていた。


「ごめんなさいごめんなさい。私コメットさんに酷い事を言ってしまいました。やっぱりあなたは人間を食料だなんて思っていなかった。本当にごめんなさい……」


 涙を流して謝る美羽を見て、コメットは小さな笑みを浮かべた。


「そっか、私、吸血衝動でわけわかんなくなっちゃって、それでもミウの所へ無意識に飛んできたのね。私、血ぃ吸っちゃった?」

「いえ、吸う前に正気を取り戻したんですよ。コメットさんはこんなにも人間の事を想っていてくれているのに、私は酷い事を言っちゃって……もう会えないかと思いました……」


 そして美羽は一度、コメットから離れて正面に向き直ると、恥ずかしそうにしながらこう切り出した。


「お腹すきましたよね。私の血、吸っていいですよ」

「いいの? 本当に? 私、ミウの邪魔にならない?」


 やはり一度傷付いた心はそう簡単に癒えたりはしない。コメットも例外ではなく臆病になっているようだった。

 そんな彼女に美羽は優しく答える。


「邪魔なんかじゃありませんよ。だって私は、コメットさんの事、大好きなんですから」


 ブワリと、コメットの瞳から涙が溢れて零れ落ちた。潤んだ瞳はユラユラと揺らめく。

 がばっとコメットが抱きついてきた。その勢いで美羽は押し倒されて、地面へと倒れ込む。そのままコメットは美羽の手を掴んだ状態のまま覆いかぶさってきた。

――そして……


「ひゃん!!」


 美羽の右手を上げたかと思うと、脇の下を舐め始めた。


「ちょ!? どこ舐めてるんですか!? 変な所から吸おうとしないでください!」

「だって、今のミウって薄着なんだもん。今まで寂しかった分、好きに吸わせてもらうわ♪」


 確かに、今日の美羽はノースリーブを着ているせいで腕を上げると脇があらわになる。そんな美羽の脇をコメットはペロペロと舐め続けた。


「あん! ダメです……そこ舐められたら……変な気持ちになっ……やあぁ」


 唾液を塗り込むように、脇一帯を丁寧に舐め尽くそうとしてくる。

 ヴァンピールの唾液には麻酔の他にも媚薬の効果があるために、舐められれば舐められるほどに感度が高くなっていくのが分かった。

 美羽にとって脇の下はかなり敏感で、タダでさえ責められると体が反応してしまう箇所だ。それに加えて何度も唾液を塗りたくられて、その上で遊ぶように舌の先でなぞられるものだから、その乱れよう今までにないほどだった。


「ふふっ、ミウ可愛い~。大丈夫よ。誰もいないから声を我慢しないで。もっと気持ちよくなって。私が全部包み込んであげるから」


 舌をツツッとじらすように、ゆっくりと優しく肌をつたっていく。その度に美羽の体は縮こまるが、右手をコメットに握られていて下せないでいる。

 コメットに血を吸われる時はいつもこうだ。普段では美羽の後ろを仔犬のようについて来るコメットだが、吸血行為になると途端に立場は逆転する。いつも美羽の反応を楽しむように責め立てて、どんなに恥ずかしい姿をさらしても受け止めてくれる。


「それじゃあそろそろ血を吸うわよ。いただきま~す」


 カプリと美羽の脇に噛みついた。その瞬間、全身の産毛が逆立つような、ぞわぞわとした感覚が美羽を襲う。とても平静でいられる自信などなかった。

 ついにチュウチュウと血を吸われ始めると、背中から快楽が浮き出るような気持ちになる。ゾクゾクと背中から全身に快楽が広がるその衝動に、美羽は思わず声を上げていた。


「い、いやぁ! やめて下さいコメットさん!」

「え!? 嫌!?」


 慌てて口を離したコメットの表情は不安気だった。


「や、やっぱり私に血を吸われるの、嫌?」

「え……? いや、そういう訳じゃなくて……」

「ほら! また嫌って言った!」

「いやいや、そうじゃないんですよ?」

「ほらまた! どっちなの!?」


 どうやらまだトラウマは消せないらしい。けれどやはり嫌がる相手からは絶対に血を吸わない、そんなコメットの優しさがとても愛おしかった。


「大丈夫ですよ。吸って下さい。むしろ、私以外の人から吸ってほしくありません。他の人にこんな事やったら……妬いちゃいます……」


 コメットは一瞬ポカンとしていたけれど、段々と口元が緩み表情がにやけていった。そして再び口を当てて血を吸い始める。


「うん。ミウがいれば他に何もいらない! ミウ大好き!」


 そう言われた途端、背骨を全部引っこ抜かれたかのように体から力が抜けた。目の前が真っ白になり、頭の中まで真っ白になる。ただただ快楽だけが全身を支配して、狂ってしまいそうだった。


「好き。ミウのこと大好き! チュウチュウ……」

「やああぁぁ……コメットしゃん……そんなこと言いながら吸わないれ……いつもより……快感が凄くって、もうらめぇ……」


 いつもの波が来る。ただし、いつもよりも大きくて、飲み込まれたら本当にどうなってしまうか分からないような大きな快楽の波……

 そんな波に飲み込まれ、流されて、体中が弾け飛びそうになる。


「っくうぅ……うにゃああああああああああ~~!!」


 吸引限界に達して、美羽はいつもよりも盛大に果てたのだった……

「うぅ……コメットさん、吸血のとき、私どんな感じでしたか……?」


 しばらくの間、虚ろな目で息を荒くしていた美羽だったが、ようやく回復したようで、影を落としながらそんな事を聞いていた。


「覚えてないの? なんかすごく気持ちよさそうに、うにゃ~とか叫んでたわよ?」

「あ、もういいです。それ以上聞きたくありません……」


 手で顔を覆いながら、耳まで真っ赤になって俯いていた。


「いつまで恥ずかしがってるの? そろそろ帰りましょ?……私、ミウの家に行っていいのよね……?」

「も、もちろんです! それで、コメットさんにはちゃんと話しておかなくちゃいけない事もありますから」


 未だ不安そうにするコメットの手を握り、アパートまでの帰り道、美羽は自分の全てを話した。自分が過剰なストレスを感じると豹変する病気である事。この街は、そんな病院じゃ治せない人達が集まる街である事。思い出したこと全て話した。


「信じてくれとしか言いようがありませんが、これで全部です」

「そっか。じゃあミウがあの時言った言葉は、ミウの本心じゃなかったんだ。よかった~」


 にぱぁっと笑うコメットを見て、心が安らぐのを感じる。

 

「私の事、許してくれるんですか?」

「もちろんよ。あれでしょ? 魔界でいうバーサーカーみたいな体質なんでしょ? だったら仕方ないわよ」

「えっと、バーサーカーは知りませんけど、許してくれて嬉しいです」


 こうしてまた一緒に居られることが、奇跡のようだった。


「それに私だって吸血衝動に駆られると、今日みたいにミウを襲っちゃうもの。お互い様よ」

「コメットさん……ありがとうございます」

「よ~し! 今日から私がミウの病気のこと、サポートしてあげる! つまり、一気にストレスを溜めなきゃいい訳でしょ? 簡単よ。私に任せて!」


 コメットがドヤ顔で胸を張っている。こればっかりは、美羽もその言葉に甘えようと思っていた。自分一人で抱えるにはあまりにも不安な体質なのだ。


「ありがとうございます。頼りにしてます。まぁ、私自身も自分を見つめる事になったので、もうこんな風に暴走することは少ないと思いますけどね」

「そうね。私もミウの体に気を配るようにするし、もう覚醒することはないんじゃないかしら?」


 コメット的に言わせると、こういう現象は魔界で覚醒というらしい。よくわからないが、美羽の豹変は覚醒と呼ばれることになった。

 楽勝楽勝~、と笑いながら歩いていると、いつの間にか目の前に一人の男性が立っていた。男性はかなりの巨体で、二人を見下ろしている。


「おやおやお嬢ちゃんたち。夜の散歩かい?」


 男は薄ら笑いを浮かべながら話しかけてきた。

 少し不気味な雰囲気に、美羽は思わず後ずさる。

 男が言うように、もうすでに周りは薄暗くなっていて、周囲には誰も人はいない。


「いけないなぁ……こんな月が綺麗な夜に出歩いたら危ないよ? 夜はどんな危険があるか分からないんだから……そう、例えばこんな事とかね」


 そう言った男がワナワナと震え始めた。タダでさえ巨体なのに、さらに体が膨らんでいく気がする。いや、気のせいではない。膨らんだ体によって服が裂け、服の下から獣のような体毛が姿を現した!

 顔の骨格はゴキゴキと音をたてて変わっていき、鼻や口が伸び、鋭い牙が剥き出しになる。


「グルアアアアアアアアアアア!!」


 正にその姿は狼男。獣のように変貌したその口を大きく開き、威嚇するように咆哮した。

 そして、そんなありえない現実を目の当たりにした美羽の瞳から光が消えていく。

――言ったそばから覚醒していた。


「ええ~~!? ライカンスロープ!? 魔界の住人がなんでこんな所に!?」

「ぐははは~、どうだ、驚いたか~?」


 ケタケタといたずらっぽく笑い始める狼男。だが、フッと美羽が大きく跳ねた!

 狼男の頭に手を付き、一瞬のうちに逆立ちしたかと思うと、思い切り膝を落下させて狼男の後頭部を強打した! そのままバランスを崩す狼男の頭に膝を当てたまま、一気に地面へと叩きつける!

 ズガアアン! と地面へ押しつぶされた狼男はそのまま目を回してしまった。


「わぁ~~!? ミウ~、落ち着いて~」


 未だに頭の毛をむしろうとする美羽を抱きかかえ、コメットは一目散にその場から立ち去った。


「チューチュー……」

「はっ! 私は何を!?」


 その場から離れた後、コメットは再び美羽の血を吸ってみた。どうやら覚醒した美羽は血を吸えば元に戻るらしく、正気に戻った美羽はプルプルと震えていた。


「今、狼男が現れて……私はその狼男を踏みつけた……ような?」


 どうやら覚醒した時の記憶は残るらしい。これも自分自身を見つめる事が出来るようになった賜物たまものだろう。


「ミウ。とりあえず急いで家に帰りましょう!」

「そ、そうですね!」


 二人はまた歩き出そうとしたが、その時だった!

 原始人のように布を巻いただけの男性が数名あらわれて、美羽たちを取り囲んだのだ。顔や体には妙な文様を描いて、頭には葉っぱの冠などをかぶっている。


「よし諸君。今日は絶好のUFO日和だな。さっそくここで降臨の儀式を行おう」

「了解!!」


 そして男達は美羽を囲んだ状態のまま踊り出す。激しく動いたり、道具を振り回したりしている。その中心で美羽は青ざめた表情のまま固まっていた。


「な、なんでこの人達、ここに私達がいるのに構わず踊り出すんですか!? どうしてビトゥリゲス・ウィウィスキ族の格好してるんですか!? どうして……どうして……」


 とてつもない恐怖はストレスを伴う。それによって美羽の瞳から光が消えていく。


「う、うわ~! ミウが覚醒しちゃう! こら~ミウにストレスをあたえるな~!!」


 コメットが飛び出し、踊っている男達に蹴りをかます。

 男達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「ミウ、大丈夫? もう変な人はいないからね」

「うぅ……そ、そうですか。また我を失うところでした……」


 ピカッ!

 そんな二人に光が降り注ぐ。夜にも関わらず辺りを照らす光に驚きながら空を見つめると、そこにはUFOと呼べるような光る物体が迫って来ていた。


「あ、ああぁ……今の儀式で本当にUFOが……私達連れ去られて人体実験に使われるんでしょうか。キャトルミューティレーションされるんでしょうか……」


 あまりにも常軌を逸して光景に、美羽の瞳から光が消えていく。


「これって……もしかしてギズモ!? 魔界の上位種族が人間界の雲に擬態して住み着いていたの!? 大丈夫よミウ! こいつら結構大人しい種族だから! って、物を投げようとしないで! ケンカ吹っ掛けようとしないでぇ!!」


 どうやらこの街には、コメット以外にもすでに魔界の住人が暮らしているようだった。

 この日、二人がアパートに辿り着いたのは夜が更けてからだったという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ