保育園児見聞録
名称に困った時、艦これから名前を拝借していますが特に意味はありません。
……というか、地の文が安定しない……
「ねぇ~、ミウ~」
ここは日本のどこかにあるとある街、『天龍街』。あまり人には知られていない小規模な街だ。この街にここ最近、新築で建てられた『白雪マンション』に美羽は一人暮らしで住んでいる。
「ねぇミウってば~」
と言っても、今では魔界からの逃亡者、コメットが住み着いているために二人で暮らしていた。
「どうしたんですかコメットさん」
紅茶を入れる手を止めないまま、美羽が聞き返す。おやつの準備中だった。
「この街ってさ、変な人多いよね~」
「……まぁ、そうですね」
確かにコメットの言う通りかもしれない。違法タクシーに乗って空を飛んだことは記憶に新しい。テレビをつけてニュースを見れば、ほぼ毎日お騒がせ事件が取り上げられていた。
「人間ってみんなこんな感じなの?」
「い、いえ、そんな事ないと思いますけど……」
「ふ~ん、でもまぁ、考えてみればミウも変だしね」
ピタリと、紅茶を入れる美羽の手が止まる。
「変? 私が?」
「うん、変」
「どこら辺がですか………?」
「だってミウ、誰に対してもそのしゃべり方で話すでしょ。それって人間界では目上の人を敬う言葉なのよね? なんで私や子供にまで使うの?」
ドクン! と心臓が高鳴るのを感じた。
「それは……その方が行儀がいいかと思って……」
「なんで行儀よくしてるの?」
「だ、だって、行儀よくしないと……」
嫌われるから。そう言おうとしたが声には出なかった。心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
(あ、あれ? 嫌われるって誰に? 両親……? 私、両親に嫌われたんでしたっけ……? そもそも、私はいつから敬語を使い始めて、いつからここで一人暮らしを始めたんでしたっけ……?)
ドクンドクンドクン……
鼓動が早くなり、息も乱れ始めた。
(そう! 私が両親に甘えてばかりだから、両親がそんな私を心配して一人暮らしをするように言われたんです……でも、あれ? だったら私、なんで敬語なんて使い始めたんでしょうか……)
思い出そうとしてもよく思い出せない。脳裏にチラつくのは困った表情の両親だった。
ズキン!
頭痛が走る。もっと思い出そうとすると、痛みがひどくなっていく気がした。
「あ~~~~~~!!」
コメットの叫び声で集中力が切れて、現実に引き戻される。見ればコメットは、テレビでドラマを見ている最中だった。
「ミウ、これのこと!? ケイサツっていう人が持っている、一撃必殺の伝説の武器って!!」
伝説の武器ではないが、コメットが見ているドラマは警察とヤクザが激しく銃撃戦を行うシーンだった。
ダンダンダン! ぐわあっ!
そんなテレビにかじりつくように、コメットは真剣になって見入っていた。
「これは……音で攻撃しているのかしら? 魔界で言うハーピーのような攻撃なのかも」
「違いますよ。目には見えないだけで、とんでもない速さで鉛玉を発射させているんです」
美羽に説明されるとギョッとした様子で、コメットは再びテレビを鷲掴みにて見入る。どうやら魔界は人間界ほど科学が発達してはいないようだ。
「攻撃が見えない……これ魔界の上位種族よりもヤバいかもしれないわ。私、吸血衝動で人を襲ったら間違いなく殺されちゃう……」
「大丈夫ですよコメットさん。よほどの事が無い限り、警察は拳銃を使いません」
テレビを見ながらガタガタと震えるコメットに、美羽は精一杯優しい言葉をかける。
この時、頭の痛みはすでになくなっていた……
・
・
・
「黒ば~~ね! くっろば~~ぬぇ!」
「……あの、コメットさん?」
元気よく歌を歌いながら歩くコメットに、主人的な存在である黒羽美羽は顔を引きつらせる。
「くっろば~~ぬぇ!! くっろば~~~ぬぇ~!!」
「コメットさ~~ん!? 何なんですかその歌は!?」
「え? ミウの歌だけど? くっろば~~ぬぇ! ミ~ウ~うぇい♪」
「子供ですか!? 私が恥ずかしいからやめて下さい!」
日曜日の、ちょうどお日様が真上に昇ったお昼の時間。美羽は買い物へと出掛けようとしたところ、暇を持て余していたコメットが付いて来る事になった。
今は五月。
春のポカポカ日和で陽気に後ろをついて来るコメットに、足を止めずに振り向いて注意をしながら歩いていると十字路へと出た。車などは来ない細い住宅街。その角に差し掛かった瞬間に、その角から突然女の子が飛び出して来た。
ドン!
美羽と女の子はぶつかってしまい、わずかに後ずさる。
「痛って~、おいアンタ。ちゃんと前を見て歩きな!」
子供がいきがるような、迫力なんて微塵もない口調でその子は口を尖らせていた。
「ちょっと! いきなり飛び出して来たのはそっちでしょ!? 危ないのはあなたじゃない!」
美羽が絡まれたと認識したコメットが、番犬のように臨戦態勢へと移行する。
だが、当の美羽本人は落ち着いた様子でコメットをなだめた。
「まぁまぁコメットさん落ち着いて下さい。……ごめんなさい。怪我はありませんか?」
「うっ……まぁ、大丈夫だよ……」
美羽が素直に謝ったことで、勢いを無くした少女はそれ以上強くは言ってこない。よく見れば、コメットよりも幼い印象を受ける女の子だった。
「ふん! 今回は許してやる。次からは気をつけな」
「ちょっ! なんでそんなに偉そうなのよ! ミウに謝んなさいよ!」
いちいち反応するコメットに、その少女は胸を張りながら答えた。
「アンタ、アタイを知らないのか? アタイは澪ってんだ。この辺じゃ有名な不良だよ」
「いや、知らないし……」
呆れるコメットに対して、今度は美羽が興味を引かれたように身を乗り出して少女の顔を覗き込む。その少女、澪は不良というにはあまりにも可愛すぎたのだ。
髪は後ろで縛ってポニーテールにしており、顔を動かすたびにピコピコと揺れている。瞳は大きくクリクリとしてとても愛らしい顔立ちだ。服装はダボダボ感のある大きめのスウェットに、隠れるくらいのミニスカートをはいていた。
「不良というと、この近くの中学校の生徒さんですか?」
「……違う。アタイが通っているのはすぐそこの古鷹保育園だよ」
……チク、タク、チク、タク。
軽く五秒ほど、その場に沈黙が流れた。
「……え? 保育園? 小学校とかじゃなくて?」
美羽の思考が乱れるのも無理はない。澪の見た目は中学生か、小学校高学年といったところだ。とても園児には見えない。
「ふっ、アタイは悪だからね。何年もの間、保育園をダブっているのさ」
「おぉ~。ねぇミウ、ダブるってアレでしょ? 悪い事してなかなかそこから出られないっていう人間界のルールでしょ? そんな子と出会うなんてビックリだね~」
「いやいやいや、保育園に留年というシステムがある事自体ビックリなんですけど!?」
果たしてどれだけの大罪を犯せば保育園を留年する事になるのか、美羽には想像もつかない。むしろ想像したくなかった。もしかしたら、警察沙汰になって犯罪歴が付くくらいの悪かもしれないのだ。そう、人は見かけで判断できないものである!
「アタイをそこらの不良と一緒にするなよ。今だってお昼寝の時間をサボってシャバの空気を吸いに来たところさ」
「ドヤ顔で語る割にはそこまで悪い事じゃありませんけど!? むしろ、もうお昼寝する歳じゃありませんよね!?」
前言撤回。割と見た目通りの子供だったようだ……
そんな時、澪が来た方向から別の女性が走ってきた。二十代くらいのまだ若い女性だ。
「澪ちゃん。また保育園を抜け出して……さぁ、一緒に戻りましょう?」
「ちっ! ババァがここまで追いかけてくるなんて……仕方ないから今日の所は戻ってやるよ」
どうやら保育園の先生だったようで、澪は面倒くさそうにしながらも渋々と元来た道を歩き出した。先生はホッとしたように美羽に頭を下げる。状況的に、美羽が引き留めたおかげで追いつけたようなものだからだろう。
「あの子の先生……ですよね? 澪ちゃんはどうしていつまでも保育園に通っているんですか? 本人は悪さをしているからだと言っていますけど……」
美羽は頭を下げる先生に問いただす事にした。どことなく澪の事が気になってしまっていたのだ。
そんな美羽の質問に、先生はゆっくりと語ってくれた。
「澪ちゃんがウチの保育園に来たのは七年前の歳相応の頃ね。お母さんに連れられて、初めての保育園に緊張した様子だったのを今でも覚えているわ。……だけどその日、夜になっても澪ちゃんのお母さんは保育園に迎えには来なかった。もちろん連絡もしてみたけれど電話は繋がらず、結局その日以降、お母さんは行方をくらませてしまったの……」
「そ、そんな! 一体どうして……」
「噂によれば、澪ちゃんのお母さんは旦那さんの残した莫大な借金を抱えていたそうなの。保育園にお金を支払った後、借金取りから逃げるために夜逃げしたと言われているわ」
「つまりお母さんは、澪ちゃんをその逃亡劇に巻き込みたくなかったから、保育園に預けた状態でお金を返せる日まで一人で逃げ続けているという事ですか」
美羽は、石を蹴りながら歩く澪を見つめる。美羽も一人暮らしを始めたのは自分の意思ではなく、親に強制的にそうさせられたのが原因で、今でも両親に想いを馳せている。だからこそ、澪の小さな背中に自分を重ねてしまっていた。
「澪ちゃんは悪さをして留年していると周りに言っているみたいだけれど、本当は今でもお母さんが保育園に迎えに来ると信じているんだと思うわ。私達もそんな澪ちゃんを放っておくことが出来なくて寝泊りさせているのよ」
「そ、そんな事情があったなんて……うぅ、澪ぢゃんがわいぞう~……」
「……ミウって意外と親子愛に弱かったのね」
すでに顔をくしゃくしゃにしている美羽に対して、コメットは淡々としていた。ヴァンピールは基本的に親と共に行動する習性が無いために、あまり感情移入できないのかもしれない。
だがその時――
「澪……澪なのね!?」
住宅街の十字路で立ち話をしていた美羽たちの後ろから、しゃがれた声が聞こえてきた。一同が一斉に振り向くと、そこには白髪混じりの四十代であろう女性が目を見開いて澪を見つめていた。
「うん、アタイは澪だけど、おばさん誰……? はっ! その声、私のお母さん!?」
「そう、お母さんよ。長いこと一人にしてごめんね」
それはまさに奇跡! ついに二人は、感動の再開を果たしたのだ!
「澪……こんなに大きくなって。さぁ、お母さんと一緒に行きましょう」
母親が手を差し伸べる。だが、澪は歯を食いしばり、クルリと背中を向けた。
「アタイは……行かない!」
「澪!? どうして!?」
「アタイのお母さんは自分の行動に最後まで責任を持つ人だった。……だから、全てにケリをつけてからあの保育園にアタイを迎えに来た人が本当のお母さんだわ」
そう言って澪は歩き出す。保育園のある、十字路の西へ……
「そう……そうだったわね。確かにまだ、借金のカタがついていない……だけど近いうちに必ず、あなたを迎えに行くから!」
そう言って、母親も背中を向けて歩き出す。澪とは逆の十字路の東へ……
「ふっ、これは卒園の準備が必要ね! 忙しくなるわ」
そして先生も歩き出す。十字路の南へ。
この日、親子が再開した事で止まっていた時間が動き出した。想いという名の鎖に囚われていた三人が、ついに未来へと歩き出したのだ!
「私はどんな事があっても、ミウのカレーを食べるために買い物をこなす。誰にも邪魔はさせないわ……」
そしてコメットもまた、十字路の北へと歩き出した。その先にあるのは商店街。彼女の決意は固いのだ。あの日、美羽のカレーを食べて以来、その味の虜となってしまっていたから……
そして四人はそれぞれの道を歩みだす。その先に、希望があると信じて!
「いやいやいや、なんで話に無理矢理混ざろうとしてるんですか!? ここは素直に感動しておいてください!」
「えっと、ごめん、どこら辺で感動するのか、私には一ミリも理解できなかった」
コメットを追いかけてツッコミを入れる美羽。そんな彼女に、今度はコメットの方から質問をしてきた。
「そういえばさ、ミウはどうして一人暮らしをしているの? 人間って親と一緒に暮らす種族なんでしょ?」
「それは……私も一緒に暮らしていたかったんですけど、私があまりにも親に甘えてばかりなので、それを心配して強制的に一人暮らしをさせられちゃいました」
心配をかけないように、無理やりにでも笑顔を作ってそう言った。
ズキリと、頭の奥が僅かに痛むような気がした……
「おいお嬢ちゃんたち、ちょっといいか? コラ!」
コメットと話をしながら歩いていると、突然複数の男性に声をかけられた。ガラの悪いシャツを着て、サングラスをしているせいでガラが悪く見える。それだけではない。顔に生傷がある者や、シャツの隙間から入れ墨がはみ出している者もいる。
(ここここれは俗にいう極道さん!? ななななんで私達に!?)
困惑する美羽に、そのヤクザ達は構わずに一枚の写真を突き付けてきた。
「この白髪混じりの女性がこの辺にいなかったか? アン!」
それはまぎれもない、澪の母親であった。
美羽は瞬時にこの状況を理解する。このヤクザ達は澪の母親から借金の取り立てに来たのだ。なんとかうまい具合に誤魔化せないものかと言葉を探す。
「これってミオのお母さんじゃん」
「わーっ! わっー! コメットさんちょっと黙ってて下さい!!」
「お前達、コイツの居場所を知っているのか!? アアン!」
ガンつけるように、ヤクザが顔を近付けてくる。その迫力は凄まじいものだ。
「どうしたのミウ。さっきまで話してたじゃない?」
「コメットさ~ん!! お願いだから空気読んで下さい!! 私達何も知りませんから~!!」
「お前ら、隠すようなら体に聞くしかねぇな。スッゾコラー!」
スッと、ヤクザは懐に手を入れると何かを取り出した。
それは……拳銃!!
「ひぃ! 伝説の武器!? この人達伝説の武器を持ってる! どうしようミウ、殺されちゃう!!」
一転してガタガタと震え出したコメットが、美羽にしがみついてきた。
「おおお落ち着いて下さい。大丈夫です。コメットさんは強制言語という魔法があるじゃないですか! それで一言、『やめろ』と言えばいいんです」
美羽とて拳銃の前には恐怖で血の気が引いていた。しかし、的確に指示を出し、この場を納めようと必死に考えを張り巡らせる。
「そ、そうだったわね。おおおおま、おまおまお前達……『はぜろ!』あっ間違えた!」
「はぜろって何ですか!?」
ドガアアアアアアアアアン!!
『爆ぜろ』という言葉に従い、目の前のヤクザ数名は見事に爆発した。
後にはプスプスと煙をあげて、黒焦げになって地面へとへばる男達だけだった。
「やった! なんとかなったわ!」
「……その魔法って、言い間違いすらも認識して発動するんですね。割と危険じゃないですか……」
そんな会話をしていると、サイレンの音が聞こえてきた。音は段々と近付いてきて、数台のパトカーがこの住宅街の通路に敷き詰めてきた。
「警部、爆発があったのはこの辺りです! あっ、目標の暴力団幹部を発見! 全員黒焦げです!」
「むむっ! あの子たちがやったのか!? 取り囲め!!」
美羽たちはすぐに警察に取り囲まれてしまった。
「警部、まだ爆発物を所持しているかもしれません!」
「うむ……。キミ達は何者だ! この暴力団の対抗組織か!? 手を頭の上で組んでうつ伏せになりなさい!」
強引に警察がまくし立ててくる。
そんな状況に美羽もいっぱいいっぱいで、もはや頭の思考回路がショート寸前だった。
「駄目です警部! こちらの指示に従いません!」
「くっ! 仕方がない。全員、拳銃を構えろ!」
スチャっと、取り囲まれた警官が拳銃を抜いて美羽たちに銃口と向ける。
「ひぃ! ミウ、伝説の武器! さっきよりも沢山あるわ! 怖いよ~……」
「だだだ大丈夫です。今度こそ正確に、『やめろ』って言うんです。間違えないで下さいよ? 絶対に間違えちゃダメですからね!」
コクンと大きく頷くコメット。息を大きく吸って、自慢の魔法を発動させた!
「アンタ達……『はめろ!』……あっ間違えた!」
「はめろって何ですか!?」
ギイイィィィン!
コメットの声が周囲に響く。次の瞬間、周りの警官はなぜか二人一組となって、ガッチリと組み合っていた。
「お前……後ろを見せろ!」
「くっ! 俺が先だ!」
二人一組になった警官が互いに背後を取り合っていた。
組み合った警官は、相手の背後を取るため押し倒そうと必死になり、別の組はジリジリと隙をうかがいながら、カニ歩きで回りだす。
果たして、どこに何をはめようとしているのかは分からない。だが、この場は確かに、カバディにも似た何かの試合のような熱気を帯びていた。
「ケツ出せオラァ!」
意味深な言葉さえ飛び交うこの狂った空間の真ん中で、美羽は青ざめながら立ち尽くしていた。
「やったわミウ! よくわかんないけど、今のうちに逃げよう」
コメットは美羽を担いで空へと逃げようと、背中のコウモリのような羽をパタつかせていた。
「ちょ、ちょっと待って下さいコメットさん。これマズいですよ。魔法を解除して下さい!」
「え~何で!? 解除したらまた伝説の武器で狙われるじゃない。別に心配しなくても、命令が実行されれば魔法はちゃんと解けるから」
「これ実行されたらダメなやつです!! 大惨事になるパターンですよ!?」
美羽の必死な説得により、仕方なくコメットは魔法を解除した。
すると当然のように、警察はまた二人に銃口を向ける。それによってパニックに陥ったコメットが、また状況をややこしくする。
このやり取りが鎮火したのは、もはや夕方になってからだった。
この事件によって二人は警察に目を付けられる事になり、それに対して美羽は頭を抱える事になった。だが、この街で警察に顔を覚えられるという事など些細な事なのかもしれない。