男性見聞録
「美羽さん、ずっと前から好きでした。僕と付き合って下さい!」
「ええ~~~~!?」
夕方、商店街に買い物に来ていた所で見知らぬ男子がいきなり頭を下げて告白をしてきた。
もちろん美羽は突然のことに戸惑いを隠せない。
「えっと……どちら様でしたっけ? 初対面ですよね?」
「はい。実は僕、美羽さんが通学に使っている電車が同じで、毎朝遠くから見ていたんです」
しかし、そこで美羽と男子の間にコメットが割って入った。
「ちょっと待ちなさい! ミウはすでに私のものなの。アンタはお呼びじゃないわ!!」
目つきを鋭くして威嚇するコメットに、それでも男子は食い下がる。
「えぇ!? キミは誰だい!? 僕は美羽さんと話したいんだ。お呼びじゃないのはキミの方だよ!!」
「ぬぁんですって~!? 急に出てきたポッとで野郎にミウは渡さないわよ!! アンタは芋虫のように『そこに這いつくばれ!!』」
ビターン!
相手を強制的に従わせるコメットの魔法『強制言語』によって、男子はその場に這いつくばり、困惑しながらモゾモゾとうごめいていた。
「フフフ、どうしてやろうかしら? そうね、芋虫は芋虫らしく、『車に轢かれてぺしゃんこになりなさい!』」
「ちょ~~~!? コメットさんそれは流石にやり過ぎですよ!?」
美羽が慌ててコメットを止めようとするが、すでに男子はビッタンビッタンと陸に上がった魚のような動きで移動していく。
しかし動きを止めた場所は車道ではなく、美羽たちと同じ歩道。するとその先から、三輪車に乗った幼女が向かって来るのが見えた。
「車って三輪車の事ですか!?」
「え? タイヤがついてる乗り物って車じゃないの?」
まだ人間界の知識に乏しいコメットの車違いに胸を撫で下ろす美羽だが、その三輪車に乗っている幼女は前方に障害物があると判断するや否や、座っていたその身を起こした! 自分の体重をペダルに乗せて、立ちこぎを始めたのだ!
ガラガラガラガラ!
自分の体を左右に振り、その反動を足からペダルに伝える幼女の三輪車は、どんどんとスピードを上げていく。そんなハイスピードで寝そべる男子を踏みつけた三輪車は、まるでジャンプ台から飛んだマウンテンバイクの如く、天高く舞い上がった!
キュキュッ!
着地の瞬間に足腰をバネにして、衝撃を吸収した幼女は、そのまま爆走状態で商店街の彼方へと消えて行った。後に残されたのは、車輪の跡を体に残すという哀愁漂う姿で寝そべる男子だけである。
「ふっ、悪党は轢かれて死んだわね。さ、美羽、買い物に行きましょう♪」
ああ、無情! 告白男子の恋は立ちはだかった障害(三輪車)によって無残にも引き裂かれてしまった!
「いやいやいや、人間は三輪車に轢かれた程度じゃ死にませんからね……」
すっきりしたのかご機嫌で美羽の手を引くコメットだが、そんなコメットに対して美羽はどこか不安を覚えていた。
「あの……コメットさん。私に近付く男子を強引に引き離すような事はやめて下さい。私だっていつかは素敵な殿方と結婚するためにお付き合いをしたりするんですよ?」
「えぇ~~!? そんなのヤダ! ミウは私だけのものなの!」
「いや、コメットさんだっていつかは結婚する日がくるでしょう?」
「それはないかな~。私、男の人って嫌いだもん」
さらっとカミングアウトされた衝撃の事実! 美羽には受け入れがたい真実だった。
「えええ~~~!? そうなんですか……!?」
「だって男の人って乱暴だし、野蛮だし、すぐに嘘付くし、自己中だし、下品だし、偉そうだし、我がままだし、口悪いし、自分の思い通りにならないとすぐ怒るし……」
「あの、コメットさん、さっきあなたが男子にとった行動を思い返すと、今の半分くらいはブーメランとして戻って来てますよ?」
「私は……」
そう言いかけて、コメットは美羽のセーラー服の端を指先で小さくつまんだ。寂しそうな表情と、何かを訴えかけるような眼差しで美羽を見つめる。
「私は……ミウがそばにいてくれたらそれでいいもん……」
キュンと、胸が締め付けられるような感覚に美羽は何も言えなくなってしまった。
(コメットさん……飼い主に甘える仔犬みたいで可愛い……)
哀れコメット。美羽にとってコメットはペットのような存在だった!
「そんな事言わないで下さい。それに、男の人はコメットさんが思っているほど酷い人ばかりじゃありませんよ? コメットさんはどんな男性が好みですか?」
美羽にそう聞かれると、コメットは難しい顔で考え始めた。
「ん~……ミウみたいな人」
「私は女性ですから! ちゃんと具体的に言ってください!」
「そうねぇ……優しくって、いつも笑顔で話してくれる人かな? そんな人だったら我慢できるかも……」
「我慢できるかどうかっていうレベルの男性嫌いなんですか!?」
そんな時、コメットに向かって野球のボールが凄い勢いで飛んできた! 二人が気付いた時にはもう避けるだけの余裕はない! だがその瞬間――
「危ない! ぐあっ!」
一人の男性がその身を呈してコメットを庇っていた。
男性は自分の背中を盾にしたせいで肩に被弾しており、その肩を抑えながらコメットと向かい合った。
「痛てて……大丈夫だったかい? お嬢さん」
痛みを堪えながら無理に笑おうとするような、そんな表情を見せる。
そんなこの男性に、美羽はハッとした。
(すごく優しそうな人。これってコメットさんの理想と同じです! この人ならコメットさんの男性嫌いを治せるかも)
そう思い、美羽はコメットの反応を見るためにその顔を覗き込んだ。すると――
「うげぇ……」
目に見えて嫌そうな表情を浮かべていた……
そんなコメットの反応に、美羽は慌てて後ろを向かせて男性に聞こえないようにヒソヒソと話し始めた。
「ちょっと!? なんでそんなに嫌そうな顔をしてるんですか!?」
「だってさ、アイツ、『ぐあっ!』とか『痛てて』とか言って、自分が庇わなかったら大変なことになってたっていうアピールしてきたわよ? 恩着せがましくない?」
「いやいやいや、考えすぎですって! さっき自分で言った理想像なんですから、もう少し頑張って打ち解けてください!」
邪推するコメットをなんとかなだめながら、再び男性の前にコメットを立たせた。すると男性は、マジマジとコメットの顔を見つめ始める。
「何? 私の顔に何かついてる?」
「いや、そうじゃなくて……すごくかわいい顔をしてるなって思ってさ。って僕、何言ってんだろ。初対面なのに失礼だよね。ははは……」
(こ、これは、心の声が漏れてしまう事によって自分に気がある事を相手に伝え、お互いに意識し始めるパターンです。これならコメットさんもときめくはず!)
美羽は期待した。この人なら、コメットの凍てついた心を溶かしてくれるのではないかと。そして、チラリと横目でコメットの様子を見てみる。
「チッ!!」
「舌打ち!? なんでですかぁ!?」
「だって普通さ、『僕、何言ってんだろ』とか言わないでしょ? 言う前に気付くでしょ? あざと過ぎんのよ」
「それはほら、それだけコメットさんが魅力的で、つい言葉に出てしまったって事ですよ! とにかくもっとちゃんと会話してください!」
必死でフォローする美羽に、コメットは仕方なく男性と向かい合う。すると男性の方から話しかけてきた。
「ボクの名前は優男。キミは?」
「ん~……? コメット」
「へぇ。コメットか。いい名前だね」
「はぁ? 何言ってるの? 人間からすれば珍しい名前でしょ?」
「そんな事ないさ。僕はコメットって名前、好きだよ。ニコッ」
(こ、これは決まりました! 心優しい男性にしか使えない、純真無垢な笑顔です! この笑顔を見せられた女性は、例えツンギレだったとしてもデレてしまう究極奥義! これならコメットさんだって――)
「ペッ!」
「ツバ吐いてるぅ~~!? なんでぇ~~!?」
「なんかさ、取りあえず笑っとけばいいでしょっていう安易な気持ちが逆に腹立つわ」
もう何をやってもなびかないコメットに、美羽は一種の絶望を感じていた。
「そう、これは野球のボールだよ」
「ふ~ん。結構固いのね」
「これは硬式だからね。硬式が初めての選手はバントをするのが怖いもんさ」
(なんか野球の話になってますけど、コメットさんって野球わかってるんでしょうか……)
「じゃ、そういう訳で私達はもう行くから」
「あれ~、もう会話終わっちゃったんですか!?」
すでにコメットは優男と別れを告げていた。仕方なく美羽は、コメットと並んで商店街を歩き出す。
「コメットさん、自分で優しい人が好みって言ったんですから、もう少し頑張って下さいよ」
「いやぁ、私ああいう男の人って無理だわ。なんかナヨナヨしてて見てるとイライラするんだもん。やっぱ男と言えばワイルドよね。少し強引なくらいグイグイ来る人がいいわ」
そんな会話をしている時だった。突然頭上にあったお店の看板が外れ、二人目がけて落下してきた! 気付いた時にはもう避けるだけの余裕はない! だがその瞬間――
「危ねぇ!!」
一人の男性が落ちてきた看板を両手で受け止めた! 男性は誰もいない所へ看板を放り投げると、爽やかな笑みを浮かべてコメットに近付いてきた。
「大丈夫だったかお嬢ちゃん。って、ん? お前は……」
「な、何よ……?」
ジロジロと舐めるように見つめてくる男性に、少しばかりコメットはたじろいでいた。
「へぇ、お前、俺の好みだな。決めたぜ。お前を俺の嫁にする!」
「はあああああ!? 何勝手に決めてんのよ! バッカじゃないの!?」
「へへ、もう決めちまったからよぉ。絶対に逃がさねぇぜ。俺が一生飼いならしてやんよ」
かなり一方的な男性だが、その体つきは筋肉隆々としている。そのくせ顔はなかなかのイケメンであり、そんな彼の登場が好機だと美羽は考えていた。
(こ、これは……かなり強引に自分のモノにされて困惑するけど、イケメンだからまぁいいかと思わされる、乙女ゲーム的展開です! しかも相手はコメットさんが望んだワイルド系。これなら――)
「勝手に決めんな!! 死ね!!」
「おい! 助けてもらってその口の利き方はなんだ!」
「えええぇぇ~~!! すでに喧嘩になってるんですけど!? ちょっとコメットさん、助けてもらったんですからお礼を言ってください! あの、助けてくれてありがとうございました」
美羽が頭を下げると、従順なコメットもまた渋々と頭を下げた。
「まぁ、助かったわ……」
「へっ、素直な態度も取れるんじゃねーか。こいつは調教のし甲斐があるってもんだぜ。もうお前は俺の所有物だからな」
ビキビキ……
コメットのこめかみに青筋が浮かぶのが目に入り、美羽は慌てて自分から会話を広げようとした。
「そ、それにしても看板を受け止めるなんてすごい筋肉ですよね。鍛えているんですか?」
「ああ、大抵の出来事は筋肉でなんとかなるからな」
するとコメットが、そんな筋肉男をあざけ笑う。
「大抵筋肉で何とかなる? 冗談はよしてよ。筋肉程度じゃどうにもならない事なんて腐るほどあるじゃない」
「何ぃ! 筋肉をバカにするなよ。筋肉は万能だぜ? 現に今、お前たちを助ける事ができただろうが」
男はかなり筋肉に執着しているようだった。そのせいか、熱く語る彼はまるで、筋肉を崇拝する信者のようでもあった。
「じゃあ、もしも火事になった時はどうするのかしら?」
「俺の拳は豪風を生む! 凄まじい拳圧で炎だろうが消してみせるぜ!」
「じゃあ、海に行った時に津波に襲われたら?」
「俺の正拳突きで波を木っ端みじんにする! 何メートルの津波が来ようと粉砕してやるぜ!」
「じゃあ地震が来たらどうするの?」
「パンチで何とかする! 揺れてるものは上から殴れば大抵止まるからな!」
クルリと美羽の方へ向き直ったコメットは、目が半分死んでいた。
「ミウ、どうやらこの男は脳筋みたいよ。一緒に外を歩いているとこっちが恥ずかしい思いをするタイプだわ。バカが移る前に退散しましょう」
「おい、バカって言う方がバカなんだぞ。それにお前はもう俺の嫁だ。勝手な行動をするな。まずは俺の両親に挨拶をするところから――」
「うっさいわね! アンタみたいなカミナリでさえパンチで何とかしようとするバカには付き合ってられないのよ!」
すると筋肉男はあまりにもショックだったのか、驚いた顔のまま口をあんぐりと開けて、ポツリと言い放った。
「お前……パンチでカミナリを防げるわけねぇだろ……? 頭大丈夫か……?」
「ムッキ~!! アンタ私をバカにしてるの!? そうね、そうなのね!! よし殺す!!」
「コ、コメットさん落ち着いてください! あの、私達急いでるんでもう行きますね。失礼します!」
暴れるコメットを抱えて、名残惜しそうにする筋肉男から退散する美羽であった。
そしてまた、商店街を二人で歩き始める。
「も~、せっかくコメットさんが望んだ人物が助けてくれたのに、あんな態度じゃダメじゃないですか~」
「私!? 私が悪いの!? 100人中100人が口をそろえてヤバいって答えそうな人だと思ったけど!?」
結局はコメットが納得しなければ意味がない。出会いとはそういうものなのかもしれない。それ故に、理想的な相手に出会うのは難しい事なのだ。今日この日、出会いも性格も、自分の思い通りにはならない事をコメットは学んだだろう。人生とはそう甘いものではない!
「あ~あ、自分の理想像ってなかなかいないものよねぇ」
「いやいやいや、驚異的な勢いで出会ってますけど!? この短時間で二回も口に出した人物像が現れてますけど!?」
そう、人生とは甘いものではない!
「やっぱりマッチョは頭が弱いからダメね。もっと頭のいい人がいいわ。知的でクールなら我慢できると思う」
「さっきから言っている事が真逆じゃないですか!?
その時だった。空から何かが落ちてきた。
鳥の糞だ! 鳥の糞がコメットに向かって直撃コースで降ってくる!
だがその時――
「危ない!」
低く冷静な声と同時に、一人の眼鏡をかけた男性がコメットの前に滑り込んで来た!
「万有引力の法則に従い物体の落下を確認。ピタゴラスの定理によって物体の位置と落下コースを算出。……ここだぁ!!」
男性が空であろう缶コーヒーを掲げると、鳥の糞はその缶にスッポリと収まった。それをポイと放り投げると、缶はくずかごへと吸い込まれていく。
「こ、この人……」
眼鏡をクイッと持ち上げて、すまし顔なのにどこか優しい印象のその男性に、コメットの視線は釘付けになった。目を大きく見開いてその男性を見つめている。だからこそ美羽は確信した。ついに、コメットの理想が現実になったのだと。
「この人、人間界で言うチューニ病ってやつ!?」
「違います! きっと物凄く頭がいいんですよ!」
ただ理解に苦しんでいるだけだったようだ……
するとその男性がコメットに近付いてきた。
「ほう。金髪ロリと大和撫子とは、ずいぶん珍しい組み合わせだな。まるで幼い頃のマリリンモンローと小野小町が、時空間の歪みによるブラックホールに生じる重力場の影響で現代によみがえったのかと思ったぜ。どうだ? これから俺と一緒に夕食に行かないか。奢るぜ?」
(またナンパです!? ここは絶対に一緒に行って、コメットさんの男性嫌いを治させないと……)
「止めとくわ。これからミウが家でカレーを作ってくれるのよ」
「コメットさ~ん!? そうやって速攻で拒否るのやめましょうよ!」
コメットの首に腕を回し、無理やり後ろを向かせて体制を屈ませた。
「コメットさんが望んだ知的クールですよ!? なんで断るんですか!?」
「だって、なんか頭よすぎて何言ってるか全然わかんないんだもん。一緒にいると疲れそうでなんかダメだわ。やっぱり男は優しいのが一番ね」
「あの、120度ずつ方向を変えて一周してきたんですけど? 最初の理想像に戻って来てますよ……とにかく簡単に断らないで下さい。それにコメットさんにはまだ難しいかもしれませんが、人間には例え断ろうと思っても相手の誘いに乗って、その中で否定している事を少しずつ伝えるような方法もあるんです。なんにせよ、一歩踏み出さないと何も始まりませんので……」
そう言ってコメットを解放すると、美羽は待っていた男性に微笑みかけた。
「あの、この子礼儀とか知らない無作法者ですけど、相手してあげて下さい。……それでもしよければ、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろん、最初からそのつもりさ。大和撫子ちゃんの分も奢ってやるぜ。俺の名前は頭脳良夫よろしくな」
「まぁ、お優しいんですね。じゃ、コメットさん行きましょうか」
話しを進める美羽が振り向くと、コメットは少し困ったような顔をしていた。
「で、でも、私はミウと、ミウの作ったカレーが……」
「カレーなんていつでも作れますから。それじゃどこに行きますか?」
良夫と並んでニコやかに歩く美羽に、ちょっとだけ後ろをついて来るコメットだったが、次第にその足は重くなり、ついに立ち止まった。
「あれ? コメットさん?」
それに気が付いた美羽が声をかける。だが――
「私、行かない……」
「え……?」
「そんなに礼儀が大切なら、ミウ一人で行けばいいのよ! 私は行かない……ミウのバカ! もう知らない!!」
そう言って、人前も気にせずに空へと羽ばたいていってしまった。
あとに残された美羽と良夫は、少し気まずい雰囲気になるが、コメットを放っておくことは出来ず、結局は食事を断る事になった。
美羽はしばらくコメットを探して街を回るが、その姿を見つける事は出来なかった。「もう知らない!」と言われた言葉が心に突き刺さった様で、胸が痛い。
周りが暗くなった頃、美羽は一度マンションに戻ってきた。コメットが帰ってきているかと思ってドアノブを回すが、鍵がかかっている。
コメットには一応鍵を渡しているため、中へ入り、その後に鍵を閉めたという事も考えられるが、彼女の性格を考えるとその可能性は低いだろう。それでも美羽は、一応のために部屋を確認する事にした。
鍵を開けて中へ入ると、最初の廊下は薄暗かった。
最初にベットルームを確認しようとドアを開けてみるが、部屋は暗い。
「コメットさん、寝てるんですか?」
一言かけてから電気をつけるが、美羽のベットにも、その隣に敷いた布団にもコメットの姿はなかった。
ため息を吐いて、次にリビングを確認しようと扉を開けてみるが、電気が付いていないリビングは暗かった。パチリとスイッチを入れて明かりをつけてみる。シンと静まり返ったその部屋に人の気配はない。
一歩、リビングへと踏み入れた美羽の足に、何かがぶつかった! 少し驚いて足元を見ると、そこには膝を抱えたコメットが恨めしそうな表情で美羽を見上げていた。
「ひゃあああああああああああああああ」
絶対に居ないと思っていた矢先にこんな登場をされた事で、美羽は驚きのあまり絶叫をあげていた。
「ココココメットさん、いるなら電気くらい付けて下さいよ! っていうか、声をかけて下さい!」
「ふん。どうせ私なんて、居ても居なくても同じかと思って……」
どうやらかなり拗ねているらしい。そんな様子に美羽はしゃがみ込んで、コメットの頭を優しく撫でた。
「同じじゃないですよ。すごく心配したんですから」
頭を撫でるごとに膨れたほっぺが縮んでいくのがわかった。
「じゃあ、すぐにカレー作りますから、少し待っててくださいね」
「あれ? 食事してきたんじゃないの……?」
「丁重に断ってきましたよ。あんなコメットさんを放っておけるわけないじゃないですか」
ふふん、と、コメットがようやく笑ったのを見ると、心に突き刺さった何かが薄れていくような温かさを感じた。
そうして美羽はカレーを作り、甘口のカレーを二人で食べた。
「美味しい! ミウのカレー超美味しい!」
「ふふ。それはよかったです」
「今日はね、ミウの作ったカレーをミウと一緒に食べるって決めてたから、すごく嬉しいわ。ミウありがとう!」
パアァッと眩しいくらいの笑顔を向けられて、美羽はなんだか恥ずかしくも嬉しい気持ちになっていた。そんな時、コメットが思いついたようにこんな事を言ってきた。
「今日はミウと一緒に色んな男性を見て、一つだけ分かった事があるわ」
「何がわかったんですか?」
「なんだかんだ言って、私の一番いい出会いはミウだったって事よ」
カァーと顔が熱くなるのを感じつつ、それを誤魔化すために別の質問をしてみる事にした。
「そ、それよりも、お腹が膨れてどうです? 吸血衝動っていうのは抑えられそうですか?」
「ん~……やっぱり血は吸わないとダメみたい」
ガクッとうな垂れる美羽。そこへコメットが甘えるような声を出してきた。
「今日はミウにいっぱい寂しい想いをさせられたからなぁ~。それを埋めるためにミウの血が欲しいなぁ~」
またあの恥ずかしい行為を!? と考える美羽だが、また機嫌を損ねられても困るのも事実。苦渋の決断を強いられる。
「はぁ、わかりました。でも、お風呂に入った後にしてくださいね」
「わ~い、やった~♪」
そして、この後めちゃくちゃ血を吸われた……




