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ヴァルキリー vs ルシフェル見聞録

「スライムと、魔王サタンはどこだ?」


 ヴァルキリーことエルメラが、ミノタウロスにそう聞いた。


「一番奥の間にいる」


 入り口の門をくぐり、城内を案内するかのように前を歩くミノタウロスがそう答えた。

 そんな時だった。

 ――ズウン。ズウン。

 前方から地響きが聞こえてくる。美羽たち一行がそこへ目を向けると、自分の身の丈の二倍はあろう巨大な斧を肩に担いだ少女が歩いてきた。

 一目でその少女がヘカトンケイルだとわかったエルメラは、美羽を庇うように横へ並ぶ。だが、ヘカトンケイルとすれ違っても彼女はまるでこちらに興味を持たず、見向きもしない。まっすぐに城門の隙間から見えるドラゴニアだけに目を奪われ、不気味な笑みさえ浮かべていた。

 続いて大きな犬、ケルベロスが数匹ヘカトンケイルを追いかけていく。

 どうやら、スフレが外へ敵を誘い出すという狙いは成功したようだ。今、城内に残っている敵はミノタウロスが数体と、そして――


「待っていたぞ人間よ。魔王サタンはこの奥にいる」


 広間と呼べるような広い空間の先で、男の声が聞こえてきた。低く、けれどはっきりとして響き渡るような澄んだ声。その声だけを聞けば、役者か声優でもやらせたくなるようないい声だった。


「久しぶりだな。ルシフェル」


 立ち止まったエルメラが、10メートルほど先に立つ男に声をかけた。

 その後ろで美羽が、「知り合いでしょうか?」 と言いたげな表情でコメットを見つめ、その視線に対して「きっとそうだよ」、と言わんばかりにウンウンと頷いていた。


「我が主はすぐにでも交渉を進めたがっている。着いてこい」


 ルシフェルと呼ばれた男性がそう言って歩き出す。

 男のくせに色白で、長身のせいか手足が細くスラッとした印象だ。しかし腰には太い大剣を納めており、ガッポリ前の開いた服から見えるその筋肉は隆々としていた。

 そんな彼が、広間の奥へと進んでいく。左右には二階へ上る階段があり、ちょうどその中央に派手な扉が設けられていた。

 ――だが……

 ザワリと周りにいたミノタウロスがどよめいた。

 ルシフェルもピタリと足を止め、その場から動かなくなる。

 それもそのはず、いつの間にかエルメラの手には光輝く剣が握られており、それをルシフェルの首に当てていたからだ。


「なんのつもりだ」


 慌てる様子もなく、ルシフェルは静かにそう問いただす。


「悪いがお前達はここで私と一緒に待機してもらう。魔王サタンの元へはミウ殿、コメット殿、ミルティナ殿の三人だけで向かわせる。さ、ミウ殿、今のうちに」


 動かないルシフェルの横を足早に通り抜け、美羽たち三人は奥へと進んでいく。


「こんな勝手が許されるとでも思っているのか。こちらにはスライムが人質にいるのだぞ?」

「それはこちらも同じ事だ。我らの要望を聞かなければ、すぐにでも魔限の腕輪に取り付けている爆弾を爆発させる。従者である貴様の独断で腕輪を破壊してしまったと、魔王に報告したくはあるまい」


 エルメラの脅しに、ルシフェルは大きなため息をついた。


「そもそも三人で向かう理由がわからん。なぜ我らがここで待機をしなくてはならない?」

「魔王サタンの前に全員で赴いた時、一網打尽にするような罠が仕掛けられていたとしたらそれで終わりだろう。故に、ここに一部の仲間が残ったほうがいい」

「バカな事を……我が主が本気になれば貴様らなど虫けら同然なのだぞ? 罠など張る必要なんてないのがわからんのか!」

「私達が虫けらだと言うのなら、三人だけで面会しても問題はあるまい? 今向かった三人はいずれも下位種族。『魔王』の異名を持つサタンの脅威になるはずもない。むしろ、私のような上位種族がここに残った方が魔王に対する危険を減らす事が出来て都合が良いのではないか?」

「……」


 少しだけの間、沈黙が続く。だが、すぐにルシフェルは一つの提案を持ち掛けた。


「ならこういうのはどうだ? ここで俺達が戦い、勝った方が加勢に向かう事ができるというのは」

「……悪くはないな。だが状況を考えろ。一歩でも動けばその首を斬る!」


 しかしルシフェルが鼻で笑った。


「何がおかしい!?」

「斬れるのか? 貴様ごときに」

「何!?」


 薄ら笑いを浮かべて振り向くルシフェルに、剣を動かそうとした時だった。エルメラの剣にいつの間にか鎖が絡みついており、全く動かす事が出来なかった。

 ルシフェルが振り向く体の反動を利用して、腰の大剣を抜きそのままエルメラに振りかざした。


「くっ!!」


 エルメラは光の剣を手放して、大きく後ろに飛び退き回避する。すると――


「やってくれるじゃねぇか、ねぇちゃんよぉ! ぶっ殺してやる!!」


 一番近くにいたミノタウロスが、手に持つ手斧を振り上げて突進してきた。自分の間合いに入り、斧を振り下ろそうとしたその瞬間――

 ザンッ!!

 すでにエルメラが腕を振り切っていた。その手には光り輝く剣が握られている。

 そして空中にはミノタウロスの頭が舞い上がる。斬られた事にさえ気づいていないのか、その表情は攻撃を仕掛けた時のまま、強張ったままだ。

 頭を切断された胴体はもちろん、その場で倒れて首から血が吹き出していた。


「言っておくが私は手加減が苦手だ。近付いたら斬るぞ」


 エルメラの言葉に、ミノタウロスはどよめきうろたえる。


「落ち着け!」


 ルシフェルの一言でざわめきが止まった。


「ヴァルキリーは自分の体内に宿るエネルギーを自在に操り、武器に具現化させる事ができる。お前達が束になったとしてもこいつには勝てん。お前らはそこのライカンスロープのガキでも相手にしていろ」

「ひぃ!」


 ミノタウロスの視線が一斉にミーニャへと向けられる。その恐怖から小さく悲鳴を上げたミーニャは後ずさりをしていた。


「ミーニャ殿!?」

「貴様の相手はこの俺だ!」


 距離を詰め、初動の少ない動きで命中率を重視させるルシフェルの剣を、エルメラはギリギリの所で受け止める。

 剣を交差させながらも、ミーニャの事が気になって仕方がないエルメラだが……


「二階へ逃げたぞ! 追え!」

「飛び降りる事も考えて真下にも何体か待機しておけ!」


 階段を猫のようにすばやく駆け上がるミーニャを追いかけていくミノタウロス。

 ミーニャは個々の部屋には入らずに、端へと追いつめられていく。

 彼女は自分の役割をきちんと理解しているのだ。部屋の中へと入ってしまうと、それこそ追いつめられて、窓から外へ逃げるしかなくなってしまう。しかしそうなるとミノタウロスはルシフェルと連携を取り、エルメラに矛先を向けるかもしれない。もしくは一早く魔王の元へ向かった美羽を追跡するかもしれない。自分の役割はあくまで城内にいる敵を引き付ける事。だからこそ外へ逃げるわけにはいかなかった。

 追いつめられたミーニャは手摺てすりを超えて飛び降りようかと考える。しかし下には3体のミノタウロスが待機しており、武器を掲げて睨みをきかせていた。

 後ろからは6体のミノタウロスがドシドシと迫ってきて、先頭に立つ者が武器を振るってきた!

 ミーニャはピョンと手摺りを超えて飛び降りる。


「下へ飛び降りたぞ! 仕留めろ!」


 ミノタウロスがそう叫ぶが、すぐにその表情は驚きへと変わった。

 ミーニャは自分の手足の爪を壁に食い込ませて、壁に張り付いていた。


「くそぉ! こいつめ!」


 長い槍を持ったミノタウロスがミーニャへ攻撃を仕掛ける。しかし、ミーニャはまるで地面を移動するかのような動きで壁を駆けまわり、すぐに攻撃の届かない所へと移動していく。

 縦横無尽に壁を走り回る彼女は獣と言うより、さながら虫のようであった……


「投げろ! 武器を投げて叩き落とせ!」


 一階からも二階からも、ミノタウロスが持つ様々な武器が投げつけられた。

 泣きべそをかきながらもミーニャの取った行動は――

 ピョーーン!

 なんと壁に張り付いた状態であるにも関わらず、大ジャンプで一階で待ち構えるミノタウロスの頭を軽く超えて綺麗に着地を決めた。


「そっちに行ったぞ! 追え!」

「いや武器だ! まず武器を拾え!」


 青ざめた表情のままチョロチョロと逃げ回るミーニャに、ミノタウロスは完全に翻弄されていた。

 それをルシフェルとのつば迫り合いを交えながら見ていたエルメラは少しホッとしていた。どうやら牛の脳みそや身体能力ではミーニャを捕まえる事は難しいらしい。

 エルメラは今、自分の目の前にいる敵に集中する事にした。

 一度後ろに跳んで、間合いを開け、再びお互いが武器を振るう。二人の剣を振る速さは尋常ではなく、激しい斬撃が繰り出され、幾度も金属の衝撃音が響き渡る。

 二人の剣の腕はほぼ互角だと言えた。だからこそ、お互いに戦法を変える。


「グングニル!」


 エルメラが左手を前に突き出す。すると手のひらから細く鋭い槍が出現して、それは弾丸のように打ち出された。


「くっ!」


 飛び道具に使うとは思っていなかったのか咄嗟に大剣で払いのけるも、その槍はルシフェルの肩を掠めていく。


「ダークネスバインド!」


 エルメラの周囲がグニャリと歪み、何もない空間から鎖が伸びる。それをエルメラは剣で弾き、また床を転がりながら避けていく。


「ブラッドショット!」


 今度はルシフェルの周囲が歪んだかと思うと、血のようなドス黒い塊が弾丸のように降り注ぐ。


「スターガード!!」


 エルメラが体内エネルギーを盾の姿へと具現化させ、血の弾丸を受け止める。身を屈ませながら、横殴りの雨のような弾丸を凌ぎ切った。


「相変わらず厄介な闇魔法を使うな。ルシフェル」

「それはこっちのセリフだ。……まぁ、俺は貴様の存在そのものが厄介だと思っていたがな」


 そう言ったルシフェルの目は、まるで汚らしい虫を見るような目つきだった。


「私の存在が厄介だと?」

「ああそうだ。俺はこれまでずっと魔王サタンに仕えてきた。従者は俺一人で十分だと思っていた。けどそんな時、貴様が現れた」

「現れたとは心外だな。サタンの方から声をかけてきたのだぞ?」

「ああ、それが我が主の悪い癖だ。常に自分の周りに女を置いておこうとする……見た目に騙されて貴様を雇ったばかりに、アーティファクト発見後、魔界を支配するという方針に反対し、挙句の果てには魔限の腕輪を盗まれるという事態に陥った。本当に貴様は従者として最低だよ」


 汚らしい虫を見るような目をしていたルシフェルが、次第に親の仇を見るような目で睨みつけていた。


「何をバカな事を! 主の間違いを正すのも従者の務め。魔界を支配する事に反対するのは当然の事だ!」

「……貴様は主従関係というものを全く理解していない。いいか、主が進むと言えばその先が地獄だろうとついて行く。主が戦うと言えば相手が神だろうと前に立つ。それが従者だ! 間違いを正す? 反対するのは当然? ふざけるなよヴァルキリー……貴様がやっているのは、ただの仲良しごっこなんだよ!!」


 ルシフェルが声を荒げる。

 そんな言葉に、エルメラの心がグラリと揺らいだ。


「ち、違う……私はただ、主に過ちを犯してほしくなくて……」

「それが仲良しごっこだと言っている! お前にとって主とはなんだ!? 友達か? 恋人か? 家族か? 従者風情が、主に自分の価値観を押し付けてんじゃねぇぞ! 身の程をわきまえろ!!」


 怒鳴り散らすルシフェルの言葉が重くのしかかる。

 エルメラにそんなつもりは無かった。別に家族だとか、友達同士だなんて思っていない。ただ、主であろうと自分の意見を伝える事が間違いだなんて思っていなかっただけ。

 けれどルシフェルの怒号に、自分は間違っていたのかと迷いが生じていた。

 そしてそこへ――

 ジャラリ……


「っ!? しまっ――」


 いつの間にかエルメラの体に鎖が巻き付いて、強い力で締め付けられていた。


「ふっ、この程度で注意力を失うとは……やはり貴様は主従についてさほど深く考えたことがなかったと見える」


 何もない空間から伸びる鎖に四肢を拘束され、全く身動きが取れなくなってしまった。

 さらには後ろからもう一本鎖が伸びてきて、エルメラの首へと絡みつく。


「くぅ……ぁ……」


 ギリギリと首を絞められて息ができない。人は酸欠になると目が見えなくなるという。まるでテレビの砂嵐のように、目の前がチラチラと視界が悪くなっていく。

 自分の首と鎖の間に指を入れて隙間を作ろうとするが、腕に絡みつく鎖のせいで届きそうにない。


「……っ……ん……」


 エルメラは必死にもがく。だが拘束は解けない。体力ばかり消費して、余計に息苦しくなるだけだった。

 目が霞み、息苦しさで意識が飛びそうになると、気で作り出した剣が霧のように消えていく。


「このまま絞め殺してもいいが、元は同じ主を持つ者だ。一思いに殺してやろう。神に祈りながら死んでいけ。まぁ、俺は神なんて信じんがな」


 ルシフェルが剣を構える。エルメラの心臓は軽装で守られているため、確実に突き刺さるお腹を狙い、疾風のような突きを繰り出した。

 薄れゆく意識の中、エルメラは死を覚悟して強く目を瞑った。


――「転身!!」


 そんな声が聞こえると同時に、エルメラを縛る闇の鎖が霧散していく。

 急に自由になったエルメラはその場に倒れ込み、大きく呼吸すると同時に咳き込んだ。

 そして霞む目で今の状況を確かめようとするエルメラだが、それはにわかにも信じがたい状況だった。

 いつの間にかミーニャが間に割って入っており、左手で剣を捌き、そして右手の拳でルシフェルのみぞおちを抉っていた。

 ルシフェルの操る闇の鎖が消えたのは、彼がダメージを負い集中力が途切れたからだろう。そんなルシフェルが大きく後ろへ跳び、ミーニャから距離を取る。


 エルメラの視界が徐々に回復してきた。そしてミーニャの変化に気が付いた。彼女の茶髪は白銀に変わり、露出する肌には異様な文様が浮かび上がっている。

 エルメラからは前に立つミーニャの顔は見えないが、この時の彼女は長い前髪から獣のような眼光を覗かせていた。


「私はエルメラさんの方が正しいと思います!」

「……なに?」


 ミーニャの一言に、ルシフェルが怪訝そうな表情を見せる。


「あなたはエルメラさんを『仲良しごっこ』だなんて言うけれど、エルメラさんは命を賭けてますよ! 自分の命を使ってまでご主人様を導こうとしているんです! 訴えかけているんです! あなたにそれが出来ますか? 出来ませんよね!?」

「……っ!!」

「あなたも命を賭けてご主人様に従っているんだと思います。けど、同じ命を賭けるならご主人様に自分の意見をぶつけられるエルメラさんの方がずっと勇敢ですよ! だって、自分よりも偉い人に意見するって、すごく勇気がいるから!」

「ガキが……知ったような口を!」

「それに比べてあなたは弱虫です! ただ黙ってご主人様の命令を聞くだけだなんて、どんなに楽な事か!」

「黙れ……!」

「命令に従っていれば言い訳もつきますよね。『自分は反対だけど命令だから仕方がない』って。そうやって自分自身を誤魔化していたんですよね? 自分よりも強い人に逆らえないんですよね? でもそれってただの小心者じゃないですか!!」

「黙れええええええええ!!」


 ルシフェルが飛びかかり、大剣を振り下ろした!

 だが、直撃の瞬間にミーニャの姿がフッと消える。その速さはエルメラでさえ見えなかった。

 ――ズババババッ!!


「ぐああああああぁぁ……」


 ルシフェルの体が切り裂かれる。まるで爪で引っかいたような傷が全身に表れた。

 決して攻撃力は高くない。だが、それはまるでカマイタチだ。あまりの速さで姿が見えないミーニャは疾風の如く駆け抜ける。一陣の風が吹き、それが過ぎると爪痕が刻まれていた。


「お、おのれえええ!」


 ルシフェルにはミーニャの動きが見えているのか、それとも闇雲か。大剣を振り回すが現状は変わらない。

 ライカンスロープの最終奥義。文字通り体が変化する『転身』を使ったミーニャのスピードは桁違いだった。

 ――ドゴオオン!

 ふら付いたルシフェルに、ミーニャはその光速ともいえるスピードで体当たりをかました。ルシフェルの体は大きく弾き飛ばされて、背中から壁に激突する。壁はその衝撃で窪み、ルシフェルはズルリとその場に尻餅をついていた。


「くっ! ルシフェル様を援護しろ!」


 ようやく動きが止まったミーニャをミノタウロスが取り囲む。

 今の彼女ならば例えミノタウロスが何体集まろうが相手にならない。そう思うエルメラだったが、ミーニャの様子がおかしい事に気が付いた。

 ミーニャは肩で息をして、どこか辛そうな表情をしていた。


「一斉に攻撃を仕掛ける。かかれぇ!!」


 合図と同時にミノタウロスが動き出す。


「まだ……あともう一踏ん張り……にゃ!」


 ポツリとミーニャが呟いた。そして、ミノタウロスが駆け出すための一歩を踏んだその瞬間、再びミーニャの姿が消える。そして――

 ――バアアアアン!!

 飛びかかろうとしていたミノタウロスが全員吹き飛ばされた。まるで巨大な石柱をグルグルと振り回して、その軌道に巻き込まれ吹き飛ばされたかのように全方位に薙ぎ払われていた。

 全ての敵が壁にもたれ掛かり、エルメラは膝を付いている。丁度その中間ほどの位置でミーニャはブレーキをかけて止まり、パタリと倒れ込んだ。


「ミーニャ殿!?」


 未だ酸欠でチラつく視界のまま、エルメラはフラフラとミーニャへ近付いて抱き起こした。

 銀色になびく髪は茶髪へと戻っており、肌に浮かぶ文様も消えていた。


「ごめんなさい……この技は……短い時間しか使えなくて……ふみゅ……」


 ミーニャは力無くそう言った。

 痛みを堪えるような素振りはない。どちらかと言うと病気で力が入らずに、ぐったりとしている印象だった。


「何を謝る必要がある! ミーニャ殿はよくやった。むしろ謝るのは私の方だ。ミーニャ殿に助けてもらってばかりで……本当にすまない……」


 ――『逆じゃエルメラよ。もし何かあった時には、お主がミーニャに守ってもらうのじゃ。お主よりもミーニャの方が強い』

 作戦会議をしていた時にスフレに言われた事を思い出す。あれは嘘でも侮辱でもない。かと言って奥の手であるため、紛れもない真実という訳でもないが……

 こんな小さな少女に助けられた事に情けなさを感じるエルメラだが、それと同時に愛おしさも湧いてくる。自分でも一瞬迷ってしまった従者としての心意気を、この少女は全面的に肯定してくれた。それがどれだけ嬉しかったことか……


「本当に……ありがとう……」


 ぐったりとしているミーニャを優しく抱きしめる。

 腕の中の少女は、えへへと照れ臭そうに微笑んでいた。


「まだだ……まだ、終わりじゃない!」


 ルシフェルの絞り出すような声が聞こえた。彼は立ち上がり、ユラユラと近付いてくる。

 それを見たエルメラはミーニャを床に横たえると、彼女を守るように前へ出た。


「ルシフェル……もうやめておけ。勝負は着いた」

「まだだ! お前達を殺し、主の元へ向かうのが俺の役目……決着を付けよう」


 ルシフェルは大剣を振り上げると、動きを止めた。上段の構えのままエルメラを見据える。


「俺の忠義とお前の意思。どちらが上か……勝負!」

「いいだろう。もう私は迷わない。この子がそう教えてくれた。だから……勝つ!! レヴァンテイン!」


 エルメラの手に光の剣が生成されていく。


「スレイプニル!!」


 次にエルメラのブーツが光りに覆われる。足に気を纏わせて脚力を上げる技だ。

 右手に持つ剣を左の腰まで持っていく。少し前のめりになり、体勢を低くした。

 それはまるで侍が居合をするかのような恰好だ。足を開き、蹴り出す左足に力を込めると床に亀裂が走った。

 呼吸を整える。酸欠で砂嵐のように見える視界はほぼ回復した。あとはタイミング。

 ルシフェルはダメージが残っているので、あの大剣をブンブン振り回すだけの体力はもうないだろう。もし確実に勝利を収めたいのであれば、気を使った遠距離攻撃で仕留めるのがいい。

 だがエルメラはそんな無粋な事はしない。もう魔王を止める戦い以前に、二人が信じる想いをぶつけ、証明する闘いなのだ。

 覚悟を決めたエルメラが、強く床を蹴った!

 蹴り出した床が粉砕して、小石が舞う。超人的な脚力で爆発的に加速したエルメラは、ルシフェルの隣を通り抜けようとする。

 ルシフェルが高くかかげていた大剣を一気に振り下ろした!

 ルシフェルの振り下ろしで両断されるか、それをくぐり抜け、すれ違い様に胴を払う事ができるかという勝負。


「うおおおおおおおおっ!」

「はあああああああああ!」


 ――ザンッ!!

 超加速で突っ込んだエルメラがブレーキをかける。手に持つ剣は振り抜いていた。だがルシフェルもまた、振り下ろした大剣が床に突き刺さっており、どちらの攻撃が決まったのか分からない。


「ふ、ふはは……」


 不意にルシフェルが笑った。


「まったく、全てをあのライカンスロープのガキにひっくり返されたな……ぐはっ!」


 数刻遅れて胴から鮮血が飛び散り、ルシフェルはその場へ倒れた。


「ルシフェル……」

「ふっ……いい、だろう……貴様らの、勝ちだ……だが、貴様らが何人集まろうが、主には勝てんぞ……先にあの世で、待っている……まぁ、俺はあの世なんて信じんがな……」


 そう言って、ついにルシフェルは動かなくなった……

 ルシフェルもまた、自分なりの想いを貫いて生涯をまっとうした。考え方は違えど、彼の生き方を否定してはいけない。

 そんな風に思いながらも、エルメラはミーニャの元へ駆け寄った。

 ミーニャは息を荒くして目を瞑っていたが、エルメラが近づくとその獣の耳がピコピコと動き、ゆっくりと目を開けた。


「ミーニャ殿、動けるか? ミウ殿を追おう」

「いえ……私はここで待ちます。エルメラさんは一人で向かって下さい」


 そのミーニャの答えに、不安がよぎる。


「し、しかし、こんな所に動けないミーニャ殿を一人残していく訳には……」

「大丈夫ですよ。もう城の中からは物音は聞こえません。これで全部倒したみたいです。城の外からも音が消えたので、戦いが終わったみたいです」

「おお! スフレ殿は勝ったのか!?」

「わかりません。けど、ヘカトンケイルが生きていたら今度は城の中へと来るはずなので、きっと勝ったんだと思います」


 エルメラはそれを聞いて安堵した。

 逆にスフレ達が城の中へ来ないのが少し不安ではあるが、取りあえずは全ての敵を排除したことになる。


「こんな私を連れて行っても邪魔になるだけです。だから……エルメラさんは一人で行ってください。さっきからミウさんが向かった一番奥の部屋で物凄い音が鳴ってるんです」

「バカな!? 魔王サタンの元へ向かった三人はいずれも戦闘能力が皆無のはず。一体何が……」


 状況が全く読めない事が焦燥となり、エルメラは直ちに決断した。


「わかった。私一人で援護に行く。ミーニャ殿も何かあったら大声を上げてくれ。すぐに助けに向かうから」

「はい」


 そうしてエルメラが立ち上がると、突然城全体が大きく揺れた。

 地震ではない。何かの強い衝撃によるものだ。何が起きているのか全く予想できないエルメラは、急いで奥の間へと駆け出して行った。

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