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作戦会議見聞録➂

 ――ピンポーン。

 まるで死体のようにベットの上で動かなくなったスフレの耳に、チャイムの音が届いた。その音にピクリと反応を示して、スフレは思考を張り巡らせる。

 美羽だろうか……? それとも……

 とりあえず、確かめるべくゾンビのようにユラユラと扉のもとへと向かい始めた。

 のぞき穴からのぞき込むと、外に立っているのはコメットだった。


「スーフーレー。開ーけーてー」


 能天気な声が響いて気が抜ける。気が抜けたせいで悩んでいるのが馬鹿らしく思えて、扉を開ける事にした。

 開けるとコメットの隣に、ミルティナも一緒に並んでいた。どうやら小さすぎてのぞき穴からは見えなかったようだ


「ほいこれ。ミウが渡してくれってさ」


 袋を渡されて中を見てみると、おにぎりが入っていた。


「お昼から何も食べてないでしょ? 少しは食べたらってさ。でも、あんまり食べ過ぎると戦いの途中でお腹痛くなっちゃうからね。にひひ」


 普段通りの、まるで緊張感のないコメットに呆れながらも、少しだけ気が楽になる気がした。


「それとこれも」

「ん? なんじゃこれは」


 紙切れを一枚渡されてその場で広げてみると、スライムが調査したであろう敵の種族とその数がメモされていた。

 ――ヘカトンケイル、一人。

 こいつがスフレの最大の難関であり、撃退しなければならない相手。メモの中でその名前だけに目がいってしまう。

 だがメモの一番最後に、美羽がスフレにあてたメッセージを見つけて動きが止まった。

『心配かけてごめんなさい。絶対にみんなで生き残りましょう』

 スフレは確信した。美羽は負けるつもりも、犠牲になるつもりもない。本気で完全勝利を成し遂げるつもりでいる。


「なぁ、コメットよ」

「なぁに?」

「魔王との闘い、下位種族だけで本当に勝てると思うか?」

「ん~……まぁ色々と奥の手も用意してるし、なんとかなるんじゃない?」

「だからその奥の手とはなんじゃ!? どんな作戦じゃ!?」

「えっと……ミウが秘密にしている事を私からは言えないかな~。アハハ……」


 笑って誤魔化そうとするコメットをジト目で見ながら、聞き出すのは無理だと判断した。コメットは美羽の忠犬のような奴だ。勝手に話したりはしないのだろう。

 ……と言っても、スフレも忠犬のようなものだが……


「ならこの戦い、何パーセントの確率で勝てると思っておる?」

「そうねぇ……70パーセントくらいかな?」


 高い!? 思ってた以上に高い数字が出てきた。

 いやいやそんな訳がない。頭がお花畑のコメットの計算だ。ほとんどあてには出来ないだろう。……けれど、もうその勝率を信じて行動するしかないのだ。

 だからこそスフレは、今、自分にできる事をしようと思った。


「……え?」


 コメットが、ミルティナが驚愕した。それもそのはず、目の前のスフレが、深々と頭を下げてきたのだから。


「頼む。コメットよ。ミルティナもじゃ。頼むから、ミウの事を守ってやってくれ。絶対に死なせないでくれ……」


 確かにスフレとコメットは仲良くなった。出会った頃のような力の差や、昔の遺恨を感じさせないほどに遊ぶようになった。けれどそれでも、ドラゴニアがヴァンピールに頭を下げるという行為はありえない。ギクリとする光景だった。


「まかせといて!」


 力強い言葉に顔を上げると、コメットが自分のぺったんこな胸をドンと拳で叩いていた。


「言われなくてもミウは死なせない。絶対に守ってみせるから!」

「ん……私達にまかせるの」


 二人の表情からは不安の色はなく、なぜそこまで断言できるのかがわからない。わからないが、それでもスフレはその約束に安心感を抱いてしまうのだった。


「さ、ティナ。最後にもっかい調整しよ。まだ時間あるでしょ?」

「……いいけど、ミーニャにお願いするの忘れないでよ?」


 二人はスフレに手を振ってその場を去っていく。二人が何を考えているのか、スフレには最後までわからなかった。


* * *


「ただいま~」


 魔王サタンの城へと向かう予定の、約三十分前になってようやくコメットとミルティナが戻ってきた。


「やば! あんま時間ないな~……ミーニャ起きて。ちょっといいかしら?」


 部屋の隅にいるミーニャにコメットが声をかけた。

 ミーニャは気を静めているのか、はたまたイメージトレーニングをしていたのか、姿勢を正してじっと目を瞑っていたのだが、コメットには寝ているようにしか見えていない。


「にゃ……? どうしたんですかコメットさん」

「ちょっとミーニャに頼みたい事があるのよ~。こっちに来てくれないかしら」


 ミーニャは何もわからずに、言われるがまま着いて行く。そしてコメットはリビングを出て寝室へと入っていった。

 普段は美羽がベットを使い、その周りに布団を敷いてコメットとミルティナが寝るための寝室。そこへミーニャが足を踏み入れると、コメットは静かに扉を閉めた。

 そして、ガチャリ――


「にゃ!? ど、どうして鍵を閉めるんですか!?」

「まぁまぁ気にしないで。誰にも邪魔されたくないだけだから♪」


 不安気にオロオロするミーニャにコメットはにじり寄っていく。


「邪魔ってなんですか!? そもそも頼みたい事って……?」

「うん。それでね、頼みたい事って言うのが――」


 後ずさるミーニャの体をトンと軽く押すと、ポフンとベットに倒れ込む。そんなミーニャに覆いかぶさるように、コメットもまたベットに乗っかってきた。


「ミーニャの血を吸わせてほしいの」

「ええ~~!?」

「じゃあ、いただきま~す」


 答えを待たずして噛みつこうするコメットを、ミーニャは必死に押さえつける。


「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで私の血を吸う必要があるんですか!?」

「そう、もっともな質問だと思うわ。ミーニャにとっては不思議でならないでしょうね。けどこれは、とっても重要な事なの」

「重要な事……なんですか?」

「そうよ。ミーニャが血を吸わせてくれるかどうかによって、この戦いの命運が分かれると言っても過言ではないわ……」

「そ、そんな大事な事なんですか!?」

「そうよ。と、いう訳で、いっただっきまーす♪」

「ちょ~!? ちょっと待……タンマタンマ!!」


 噛みつこうとするコメットの顔面を鷲掴みにするほど、ミーニャは必死に抵抗していた。


「なに? 早くしないと出撃の時間になっちゃうんだけど?」

「いや、困り顔でそんな事いわれても、こっちが困りますから! この作戦と私の血を吸う事と、どう関係してくるんですか。ちゃんと説明してください!」


 何してるの? 早くしてよ! と言わんばかりのコメットの表情に戸惑いつつも、最低限の説明を要求した。


「ミーニャの気持ちは理解しているつもりよ。けどね、それは言えないの」

「えぇ!? 言えないんですか!?」

「けどいつの日か、きっとあなたにもわかる時がくる。そしてその時まで私からは何も言えないの」

「あのコメットさん……よくゲームやマンガに出てくるような、そんなセリフを言いたいだけ……なんて事ありませんよね?」

「そそそそんな事ないし!!」


 コメットは目に見えて動揺していた……

 けれど、こんな状況で意味のないことをするはずがないのも事実。ミーニャにとってコメットは、冗談やおふざけを踏まえながら場を沸かせるような印象を持っているが、決して信用がない訳ではない。むしろ、そのいつでもふざけているような明るい性格が、気の弱いミーニャにとっては太陽のようだった。


「はぁ……わかりました。いや、よくわかりませんけど、私の血を吸う事でみんなが助かるのなら断れません……にゃ……」

「ほんと!? やった~♪ そんじゃ~ね、ミーニャってどこが一番性感帯なの?」

「なんでそんなこと聞くんですか!?」

「え? だって、一番気持ちよくなれる所から吸ったほうが楽しいし……」

「作戦ですよね!? これって作戦の一環なんですよね!? 手短に終わらせた方がよくないですか!?」


 キョトンとするコメットにツッコミを入れるが、急にキリッとした顔になって首を振り始めた。


「それは出来ないわ。なぜなら私は『ヴァンピール』だから! ヴァンピールである私は血を吸う事が存在意義であって、それが作戦の一環だろうが相手を気持ちよくさせる事に手を抜くつもりはないわ!!」

「うわぁ~……ミウさんが、『コメットさんは変態だから気を付けてね』って言ってた意味がようやく実感できました……」


 軽く引いているミーニャをお構いなしにベットへ仰向けに寝かせて、その頬っぺたに優しく手を添えた、


「大丈夫。ミーニャは何も考えなくていいのよ。全て私に任せて、その身を委ねていればいいの」


 頬に置いた手をゆっくりと滑らせて、首を伝い、鎖骨を通過する。


「ん……」


 くすぐったそうに、ミーニャから押し殺そうとする声が漏れた。

 コメットの指は服の上から胸を通り、おなかを撫で、足をまさぐる。


「はうっ!」


 ビクンと、ミーニャの体が大きく震えた。


「ミーニャ、足が弱いの?」

「し、知りません、そんな事……」

「ふ~ん……じゃあ、太ももから吸う事にするわね」


 驚き、抗議の声を上げる暇もなく、コメットはミーニャの右足を持ち上げるように抱えると、ペロペロと舐め始めた。


「ひああああっ!! な、何するんですか!?」

「ヴァンピールはこうやって麻酔をかけるのよ。ま、痛覚がなくなるだけで感覚は残るけどね」


 そう言って太ももを舐め回しながら、指先ではふくらはぎをサワサワと撫でまわす。その度にミーニャの口からは嬌声が零れ、バタバタと足をばたつかせていた。


「ほら、そんなに暴れないの。気持ちいいでしょ?」

「そ、そんな事……ない、です……」

「嘘。だってミーニャの顔、すごくトロンとしてるもの」


 そう言った瞬間に、耳まで真っ赤になったミーニャは自分の両腕で顔を隠してしまった。


「顔を隠してもダメよ。私はね、今までに色んな相手から血を吸ってきたの。ミーニャの漏らす声が、震える体が、その全てが気持ちいいって叫んでるのがわかるもの」

「やああぁぁ……もう、許して下さい……」

「それも嘘。本当は初めての感覚に戸惑ってる。恥ずかしくてどうしていいのかわからないけど、興味もあるから続けて欲しいって気持ちも消せないでいる♪」

「そ、そんな事……きゃあああああっ!?」


 ひときわ大きな悲鳴が上がった。コメットがハムハムと甘噛みを始めたからだ。

 ミーニャの白くて細い足に歯を当てる度に、腰が浮いているのがわかる。


「も、もう、お願いですから……やめ、あ! あっあっあぁ!!」


 その反応を楽しんでいたコメットだが、いつまでも遊んではいられない。カプリと牙を立て、ようやく血を吸い始めた。


「え……? な、なにこれ……ひゃああああああ!!」


 ミーニャが絶叫した。それでもコメットは吸血を止めない。

 実はこの時、コメットは勘違いをしていた。確かにコメットは過去、色んな相手から吸血をしてきた訳だが、ミーニャほど幼い相手から吸血をした事がなかった。

 いや、一人いるとすればミルティナだが、彼女はサキュバスという種族で、快楽にある程度耐性を持っているため、ここまで大きな反応を示す事は無かったのだ。

 初めて見るミーニャの反応に、この子は気持ちが良くなっていると思い込んでいた。

 コメットの吸血は全身に快楽が広がって行く。麻酔でしみこませた唾液は媚薬の効果も持っているために、舐めた部分を中心に、非常に強い快楽を感じる事になる。

 そんな状態のまま血を吸い、体内の血液が流れると、その流れに沿って内側から羽箒でくすぐられるような快楽を全身に感じるようになるのだが、この強すぎる快楽は時として苦痛になる。

 幼いミーニャは、無論こんな大きな快楽を味わった事がない上に耐性もない。それは正に、拷問と言ってもいい状況だった。

 自分の腕で自分の体を抱きしめるように、ギュッと力を込めて耐えようとするが、払いのける事も、防御する事もできない快楽の前には声を上げる事しかできない。

 ミーニャにとってはもはや、気持ちよさを通り越して、気が狂いそうになる行為だった。


「ぷはっ! まぁこのくらいにしとこうかしら。このあと戦いも控えてるしね」 


 幸いな事に、いつもの半分も吸わないうちにコメットは切り上げる事にした。

 ミーニャは虚ろで、焦点の合っていない瞳のまま、大きく肩で息をして――


「ハァハァ……コメットさん、私、死ぬかと思いました……ふにゃ……」

「も~、ミーニャってば大げさなんだから~」


 そんなやり取りをしていた。

 あながち大げさではなかったのかもしれないが、コメットがこの先、快楽に耐性のない者の気持ちを理解する機会は少なそうである……

 ――そして


「これで全部、闘いの準備は整ったわね……」


 ミーニャの息が整うまで頭を撫でていたコメットが、そうポツリと呟いていた。

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