作戦会議見聞録②
「スライムが……捕まった……? どういう事じゃ?」
どう見ても部屋の雰囲気は良くなかった。ミーニャがエルメラをなだめようとして、逆にコメットは下を向く美羽に寄り添っている。
けれどスフレは理解した。美羽の確固たる決意。下を向いていても、その瞳は強い意志が宿っている事に。
美羽の横顔から察したスフレは、てきとうな所に座り込んだ。
「みなさんにはちゃんと説明します。まず初めに、私は魔王サタンと戦う事を決めました」
その言葉に、一瞬エルメラが目を見開いて驚きの表情を見せたが、すぐに気を引き締めたのか、静かにその場に丁寧に座った。
「戦うにあたって、私は相手の戦力が気になっていました。サタンはきっと護衛を付けていますから。私がそのことで悩んでいる時です。スライムさんが、『自分は潜伏や隠密くらいなら役にたてる。私があの城を調査してくる』と進んで提案してくれたんです」
「なるほど……確かに魔界では、スライムを調査に使うために仲間へと引き入れる種族もある。しかしその結果、見つかったスライム殿は敵に捕まってしまった。そういう事だな? ミウ殿」
エルメラが目つきを鋭くしてそう問うと、美羽はゆっくりと頷いた。
その時の美羽は本当に辛そうな顔をしていた。それは当然だろう。誰よりも責任を感じているのは美羽本人なのだから。
だからこそスフレは、つい庇ってやりたくなった。
「まぁ仕方ない事じゃろ。エルメラ、お主も言っておったではないか。この戦いは誰かの犠牲無しには解決できない。何かを捨てる覚悟が必要だと」
「わかっている。けれどこれで間違いなくスライム殿は殺される。下手をすれば拷問されてこちらの情報は全て相手に知られるぞ」
「いや、スライムは物理攻撃が効かないが故、最も拷問しづらい種族じゃ。それも含めて潜入によく使われる。まだ情報が洩れると決まった訳では……」
「いや、スライム全般には炎と雷の魔法がよく効く。サタンは魔法の使い手な上に、敵には容赦ない男だった。まず間違いなく拷問される……」
「いやだから、その調節が難しいのじゃ。加減を間違えれば一瞬でスライムは黒焦げになる。うかつに手は出せない!」
いや、いや、いや、と、スフレとエルメラがお互いの意見を否定しながら論議が続く。そんな二人の会話に割り込むように、美羽が少し大きな声を出した。
「大丈夫です。スライムさんは死んでいませんし、拷問もされません」
スフレとエルメラが顔を見合わせる。
コメットとミルティナ、そしてミーニャは知っていたのか、なんの反応も見せずにその場で粛々としていた。
「えっと……ミウよ、なぜそう断言できるのじゃ?」
「断言できるわけではありませんけど、そもそも私だってスライムさんを潜入させるだなんて反対だったんです。それでもスライムさんは、みんなの役に立とうと自分の意思を曲げませんでした。ですので、私は潜入する事を許可する代わりに、ある二つの物を持たせました」
「二つの……物?」
「はい。一つは小型の無線機……いわば小さい電話です。それをスライムさんの液状の体の中へ埋め込んで、もし捕まったときは相手と交渉できるようにしたんです」
「ふむ。それで二つ目は?」 とスフレが聞いた。
「二つ目は、魔限の腕輪です」
「……は?」
エルメラが、到底理解できないような間の抜けた声を上げた。
「魔限の腕輪を……持たせた?」
「はい」
「私がコメット殿に預けていた、アレを?」
「はい」
見る見るうちにエルメラの表情が強張り、一度座ったはずなのに再度立ち上がった。
「なんて事をするんだ!! アレがサタンの手に渡ったらこの世界はお終いなんだぞ!! あなたにだってそれくらい分かっているはずだろう!!」
「だから落ち着けエルメラよ。ミウにはなにか考えがあったんじゃろう」
スフレが興奮するエルメラをなだめながら、目線で話の続きを促した。
スフレは今回の事件を全て美羽に委ねている。辛い決定も、過酷な選択も、全部美羽に任せてしまっている。きっとここにいる全員がそうだ。だからこそ後から結果だけでグチグチと文句を言うエルメラにはこれ以上、場の空気を悪くしないでもらいたかった。
「魔限の腕輪には小型の爆弾を取り付けて、遠隔操作でいつでも破壊できるようにしてもらいました。それも一緒にスライムさんの体に取り込ませて、捕まった時にはそれを交渉の材料に使う事にしたんです」
「バカな……魔王サタンは時を止める魔法さえ使うほどの手練れ。うまく魔限の腕輪だけを抜き取る事だって可能かもしれないというのに……」
やはりエルメラは、美羽に対して否定的だ。
「確かに、これは一か八かの賭けでした。しかし、サタンは私との交渉に応じてくれたんです。恐らく、人間という未知の種族が使う技術に対して、確実に腕輪を入手できる選択をしたんだと思います」
「なるほどのぅ。で、ミウはどんな交渉をしたんじゃ?」 とスフレが聞いた。
「はい。スライムさんを無傷で返してくれのであれば、腕輪についている爆弾を解除してから、サタンに渡すという約束をしました」
「ふむ。で、その時間と場所は?」
「一時間後に、彼のいるあの城の中で」
急すぎる。さらには敵の拠点に赴くのか。とスフレは思った。けれどこれは仕方がない。ここまで譲歩しなければ、魔王サタンは美羽の交渉に応じなかったかもしれない。逆に、美羽はそれだけスライムの安全を優先したことになる。そこはやはり美羽らしいと感じていた。
「ここからが重要なんですが、そこでスライムさんを引き取ったあと、私達は戦いを仕掛けたいと思います! 幸い、スライムさんが城の中で見た情報は、常時無線機で私に伝えてくれていました。敵の数と種族は分かっています!」
魔限の腕輪を渡した魔王に勝てるのか? と、誰もが思っただろう。けれど、それを口に出す者はいない。ガーディアンに頼る事無く、この街に被害を出さないようにするために、美羽はあの城の中で決着を付けようとしている。勝てるかではない。勝たなくてはいけないのだ。
「作戦はあるのか?」 とスフレが問う。
「はい。バカ正直に全員で相手の陣地に入り込んで、罠にでもかけられたら終わりです。スフレさんは城の外で待機していてください。戦いが始まったら思い切り暴れて、城の中にいる相手をできるだけ外におびき出してほしいんです」
「おう! 任せておけ! あ、そうじゃ、ミウに紹介しよう。儂らに協力してくれることになったギズモじゃ。あまり戦闘は好まんらしいが、出来る限り手を貸してくれる事になった」
ずっとスフレの後ろに隠れている和服美人を前に立たせる。
美羽とギズモはペコリとお辞儀を交わし、照れ笑いを浮かべていた。
「ちょうどよかった。人手が足りなかったんです。ではギズモさんはスフレさんと一緒に外で待機して、いざという時にスフレさんのサポートをして下さい」
「ええ。それくらいならお安い御用よ」
そうギズモは快く引き受けてくれた。
「他のみんなは城内へ入りますけど、中にはまだ多くの敵が残っていると思うんです。そこで、城内の敵をエルメラさんとミーニャちゃんでかく乱してください。できるだけサタンの周りには護衛がいない状態にしてほしいんです」
「ちょっと待て!」
またエルメラが食い下がってきた。
「私は構わないが、ミーニャ殿にまでこの戦いに参加させるつもりか!? こんな幼い子供に無茶をさせて、何かあったらどうするつもりだ! 私にミーニャ殿を守りながら戦えというのか!?」
「そ、それは……」
さすがに美羽も言い返せないでいた。
けれど過酷な戦いになるのは分かり切っている。何度同じことを言わせるつもりだろうかと、スフレははっきりと言ってやる事にした。
「逆じゃ。エルメラよ」
「逆? 何がだ?」
「もし何かあった時には、お主がミーニャに守ってもらうのじゃ。お主よりもミーニャの方が強い」
「っ!? 私がライカンスロープの子供に後れを取ると言うのか!!」
侮辱されたと思ったのか、エルメラが顔を真っ赤にして反論してきた。恐らくこの反応は、ライカンスロープの隠し技、『転身』を知らない。けれど、一々説明するのもメンド臭いとスフレはげんなりした。
「ああああの、私なんかまだまだ未熟ですけど、それでもみんなが一生懸命に戦うと言うのなら、私だって何かしたいです! 足を引っ張らないように頑張りますから、どうか連れて行ってください! にゃ……」
深々と頭を下げるミーニャを見て、エルメラは何も言えなくなってしまっていた。
はぁ、と大きなため息をつくと、少し落ち着いた様子で再び座り込んだ。
絶対に無茶をするなよ、と、エルメラとミーニャが話し合う傍らで、スフレはこの作戦がおかしい事に気が付いた。
「ん? ちょっと待てミウよ。と言う事は、残りのメンバーで魔王に会うと言う事か……?」
「はい。魔王サタンの所へ行くのは、私とコメットさんと、ティナちゃんです」
………………………………?
目が点になった。他のメンバーも、目が点になっていた。
「ちょ……ちょっと待てええええええええ!? 魔王を相手にするのに、下位種族三人じゃと!?」
「三人じゃありません。スライムさんを助け出しますから実質四人です!」
「同じ事じゃろうがあああああああ!! 闘いが始まったら一秒で全員消し飛ばされるわ!」
「むぅ~、そんなのやってみないとわからないじゃないですかぁ」
「わかりきっとるわ! 可愛く頬を膨らませても無理に決まっとる!!」
「ス、スフレ殿、少し落ち着いてはどうだろうか。ミウ殿にも何か考えがあるのではないか?」
先ほどとは打って変わって、エルメラがスフレをなだめるという形になっていた。
「考えじゃと!? そ、そうか! 小型の爆弾があるくらいじゃ。物凄い武器を用意しておるのじゃな?」
「いえ。無線機と爆弾だけで手一杯で、その他は用意できませんでした」
「な、なら、スライムが魔界の住人を集めるのに心当たりがあると言っておった。強い応援が来るのじゃな?」
「いえ、スライムさんが捕まって一時間後に受け渡しが決まったてしまったので、間に合わなくなりました」
「……………」
プルプルとスフレが小刻みに震えている。これは爆発するな、と誰もが予想できた。
「んがああああ! ならお主らだけでどう相手をするつもりなんじゃああああ!!」
ギャオーン! と、案の定スフレが吠えた。
「えっと、一応私達でサタンを足止めして、みんなが集まってから一斉にフルボッコにする作戦なんですけど……」
「いくら儂らとて、そう簡単に敵を一掃なんてできんぞ!? せめて上位種族を連れて行け! ギズモがいい! 彼女を連れて行くのじゃ!」
「それはダメです! ギズモさんはスフレさんのサポートをしてもらいます!」
美羽が強い口調でそう言った。スフレは少し驚いたが、ここで引く訳にはいかなかった。
「儂なら一人でも大丈夫じゃ! 儂よりもミウの方が――」
「敵の中に『ヘカトンケイル』がいます。この意味、スフレさんならわかりますよね?」
「うっ!」
その名前を聞いて、スフレは声が出なくなった。
――ヘカトンケイル。
巨人族であり、その腕力は凄まじいものがある種族である。攻撃力が高い種族といえばヴァルキリーが上位に位置しているが、ヘカトンケイルはさらにその上。魔界でも物理攻撃力だけは最強とされる種族であり、その攻撃力は魔界一の守備力を誇るドラゴンの鱗さえも容易に貫く事から、『ドラゴンキラー』の異名を持っていた。
「スフレさんの前には必ずヘカトンケイルが現れます。その時にはギズモさんとの協力が必要不可欠何です」
「ぐ……ならミーニャを連れて行け。ヴァルキリーであるエルメラなら一人でも――」
「いえ、ヘカトンケイルがいるせいで、いくらスフレさんが暴れても相手が外に飛び出してくる事はあまりないでしょう。外はヘカトンケイルに任せようとして、城内にはまだ多くの敵が残っているはず。さすがにエルメラさん一人では多勢に無勢なんです」
「な、ならミーニャの父親を呼ぼう! 確か親子で人間界に飛ばされたはずじゃ。父親にも協力してもらって――」
「あ、あの……ごめんなさいスフレさん。お父さんは今、出張でこの街にいないんです……」
「だあああ、なら呼び戻せ! この街の危機じゃぞ!? 仕事どころではないわ!」
「あわわわ……私、お父さんがどこに行ったのか知らなくて……連絡先も聞いてなくって……ふみゅ……」
ヒクヒクと表情を引きつらせていたスフレだったが、出来る限り落ち着こうと深呼吸を始めた。そして、真剣な眼差しで美羽に向き直る。
「ミウよ。儂との約束、よもや忘れた訳ではあるまいな」
「……はい。出来る限り長く、スフレさんと共に生きる。忘れていませんよ」
覚えていてくれた。夕と死に別れたあと、夜の公園で交わした約束……
スフレにとっては重要で、大切な約束……
「なら自分を犠牲に、とか、自分の命と引き換えに、とか考えておらんじゃろうな」
「まさか。私はみんなで生き残るつもりですよ? 一応、奥の手も考えていますし」
「奥の手? なんじゃそれは。どんな手じゃ」
「え~っと……それはスフレさんに怒られそうだから秘密です♪」
ピシッ! と再びスフレに苛立ちが募る。
「なにが秘密じゃ! いいから言え!」
「でもほら、スフレさんだって保育園での出し物の時、私に怒られるからって内緒にしてたじゃないですか? あの時のお返しですよ~」
「何がお返しじゃ!! あの時とは状況がまるで違うわ!! なら儂がついて行く! コメットとミルティナとギズモで外に敵をおびき出してくれればそのまま空を飛んで逃げればよい!」
「いやでも、スフレさん建物の中じゃ竜化できないじゃないですか……それに、私の隣はやっぱりコメットさんじゃないとダメなんです。コメットさんとティナちゃんが、いつも私のそばにいて、いつも支えてくれていたんです。だから、やっぱりこの三人で行きます!」
スフレには理解出来なかった。下位種族で特に力のないヴァンピールと、サキュバスが隣を許されて、上位種族である自分にはそれが出来ない……?
なぜ? 結局自分は信頼されていないのだろうか……? と……
そして――
プツン……
スフレの中で何かが音をたてて切れた。
「ああそうか……もういいわかった。これだけ言ってわからないのなら勝手にせい! 好きに戦って自分らの無力を痛感しながら死んでしまえ!!」
怒鳴り散らして、ズカズカと玄関に通じる扉へと歩いていく。
「あのスフレさん! 作戦は一時間後ですから……」
「わかっておるわ! 言われなくともちゃんと出てやる! お主らの骨を拾ってやるためにな!!」
バタン!!
部屋を出る際に、扉を力任せに叩きつけたせいで物凄い音が響いた。
玄関から外へ出ると、エレベーターを使わずに外の外壁を蹴り、自分の部屋がある九階まで一気に登っていく。
自分の住処に着いたスフレは、苛立ちが治まらないまま、家具なんてほとんどない部屋の中へと入り、唯一隅に置いてあるベットへと倒れ込んだ。
「くそ! くそぉ!!」
悔しかった。美羽が何も話してくれない事が……
羨ましかった。美羽に信頼されて、隣にいる事を必要とされるあの二人が……
「もう知らん! ミウのドアホウ!!」
ベットに顔を埋めるスフレの怒鳴り声は、クッションへと吸い込まれて誰にも届かなかった……




