天才と凡人
初めて書いた小説なので、おかしなところが多々あるかもしれませんが、最後まで読んでくれると嬉しいです。
最初に目に入ったのは、雲のように実体のなさそうな真っ白な空間だった。
なんだか不思議な気分だ。やけに体が軽いように感じるし、頭の中がいつも以上にスッキリしている。
取り敢えず、寝ている体を起こして周りを見渡して見たが、白い空間には何の家具も置かれてなく、空間を出るドアすら見当たらない。
僕が寝ていた場所もベッドと言っていいのだろうか。体は自由に動かすことができるから、空間の中を歩き回って見る。
どこまでも真っ白な空間が続いていた。
「いてぇ!?」
空間の中を歩き回っていると、いきなり見えない壁にぶつかってしまった。
「壁?」
まだ先には白い空間が広がっているのに、この見えない壁のせいでこれ以上先に進めない。
ドアすら見当たらない空間で、周りを見えない壁に囲まれていては、ここから出ることすらできない。
周りに人の姿も見当たらないから、誰かに話を聞くこともできない。
「ここはどこなんだろう?」
それにどうして僕はここにいるんだろう。
誘拐でもされてしまったんだっけ? もしそうなら、僕はもうここから出ることはないかもしれない。
あの人達が僕を助けるとは思えないから――
まだ誘拐と決まったわけじゃないから、なんとか頭からここで目を覚ます前に何していたかを思い出そうとする。
いつものように学校が終わり寄り道することなく、家に帰って無言で自分の部屋に向かう。
家にはお母さんがいるのだが、僕の帰りを気にすることなく、黙々と家事を熟していた。
僕は部屋で忘れていたバイトの服を手にとって、すぐに家を出るために玄関に向かう。
玄関で靴を履いていると、一つ下の弟が学校から帰ってきた。
「おかえり」
「……」
弟・加瀬成珠は僕の言葉に返事を返すことなく、家の中に入っていった。
僕はそれに文句を言うことなく家を出てバイト先に向かう。
僕と家族は彼此三年近く話をしていない。僕から話しかけても、殆ど先ほどのように無視されてしまう。
僕たちの両親は何を置いても、才能を重視する人たちだった。
どんな才能でもいい。どれか一つの才能を早いうちから見出して、才能を磨いていく。それが僕たちの両親の教育方針だった。
両親は母親がたくさんの大会で優勝した元陸上選手で父親が大学の研究者なのだ。
お母さんは子供の頃から陸上界で有名な子供だった。学生の大会では敵なしだったお母さんは、大人になってもその才能で世界の選手とも渡り合い、多くのメダルを獲得していた。
お父さんの方も生物学の研究者として有名な人で、テレビなどに出ている姿を見たことがある。
そんな両親から生まれた僕たちは、周りからも期待の目を向けられていた。
しかし、僕には特に目立った才能がなかった。それに反して成珠は才能の塊だった。
僕と成珠は生まれた時から、才能の差が現れていた。
成珠は生まれて少しすると、その才能の片鱗を見せ始めた。
言葉を発するのも、歩き出すのも他の子供よりも遥かに早く習得していったのだ。
両親も成珠の成長の早さには驚いていたが、自分たちの子供なのだから当然だと言う優越感に浸っていた。
一方で僕は、普通に育っていた。言葉を発するのも歩き出すのも一般的な時期にできるようになった。
両親は弟がこんなに才能溢れているのだから、僕にも何かの才能があるはずだと、幼稚園の時から僕たちに様々な習い事をさせた。
最初は音楽関係。
ピアノやバイオリンを習うことになり、僕は小学校に上がる頃には子供にしては中々の腕になったが、天才には程遠い。
しかし、一年遅れで習い始めた成珠は、あっという間に僕を追い抜き、先生方に才能を認められていた。
成珠に追い抜かれて悔しかったけど、あの時の僕はまだ弟の才能に憧れていた。
小学校に上がると、両親は僕らにスポーツや勉強などいろんな分野の習い事を習わせた。
成珠はその全てを完璧に近いレベルで習得していった。
だが、僕は出来るものはある程度でき、出来ないものは全然出来なかった。上手くなれたものも、周りよりすこし上手ってぐらいだ。
何をするにも成珠と比べられ、勉強もスポーツも僕が成珠の上に行けるものはない。
周りの人も『弟さんは凄いけど、お兄さんの方は普通よね』と話しているのを聞いたことがある。
あの人たちにとってはただに世間話。
しかし、僕にとってそれは自分には何も才能がないと言われている気がした。
頭ではそう言う意味ではないと言うことは理解している。
この時の僕は焦っていたのだ。
両親が僕たちの習い事で褒められるのは常に成珠の方だ。
最初の時は両親も僕を応援してくれていたのだが、時間が経つにつれ両親が僕を応援することが少なくなった。
僕に構うことより、成珠の方に時間をかけることが多くなっていたのだ。
小学校高学年になる頃には成珠が、お父さんの仕事に興味を持ち始めた。
ちなみに、成珠は小学校に上がり少し経つ頃には、小学校レベルの勉強を全て終わらせてしまうほど頭がいい。
成珠はお父さんが研究している生物学について、お父さんにいろんなことを質問したりしていた。
どうやら成珠は、これまで習ってきたどの習い事よりも生物学が一番楽しいみたいで、今まで習ってきた習い事を全てやめて生物学を本格的に勉強したいと、両親に伝えた。
両親も成珠が決めたことならと、特に反対することなく習い事をやめることを認めた。
それに合せて、僕の習い事も中学校に上がるまでと言うことになった。勿論、その間に才能が現れたらそれを続けることになる。
この時からだ。少しずつ家族との会話がなくなっていった。両親はもう僕にこれといった才能がないと思っていたのかもしれない。
そして、中学に上がると同時に僕は習い事を全て辞めさせられた。
それから僕は、三年間は家族と会話らしい会話をしていない。
最初は僕も家族に話しかけていたが、ずっと無視をされるのは精神がやられてしまう。
時間が経つにつれ僕自身も話しかける回数は減っていき、今は家族と会う機会を自分でなるべく減らすようになっていた。
もし会ってしまったら、先ほどのように声は掛けてみる。例え返事がなくとも自分がいることを知らせたいのだ。
「はぁ。早く家から出たいなぁ……」
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかバイト先まであと少しの公園の近くまで来ていた。
公園の前を通っていると、突然一つのボールが公園から転がってきた。そして、そのボールを追いかけてきた男の子が公園を飛び出した……
公園の前の道路には一台の赤い車が走ってきていた。
ここまで来ると定番の流れすぎて、この後どうなるのかが容易に想像できてしまう。
案の定、車の運転手は子供に気付いていないようで、スマホ片手に電話をしながら車を走らせ、全く速度を落とす気配がない。
「危ない!」
このままでは男の子が轢かれてしまう。そう思った瞬間、僕は走り出していた。ギリギリで男の子の下までは間に合ったが、これでは轢かれることには変わりない。しかし、なんとかしてこの子だけは助けないといけない。
迷っている暇はなかった。まるで時間が遅くなったかのような感覚に陥りながら、僕は足を止めずに男の子を勢いよく公園側に突き飛ばした。
僕は車に轢かれる覚悟を決めて目を瞑る。その瞬間激しい衝撃が僕の体を襲う。
少しの間ジェットコースターに乗っている時にある浮遊感のあとに、地面に転がる。全身に凄まじい痛みが襲ってきたと思ったら、少しずつ痛みが消えていく。それと同時に体の感覚までなくなってしまってきている。
霞む視界には、自分から出ている大量の血が広がっていくのが見える。その先に目線をやると僕が突き飛ばした名前も知らない男の子が震えているのがわかった。