武器→ぬいぐるみとデッキブラシ
S市に流れるSS川は、暗くなる中で轟々と音を立てて流れていた。先日の雨で、水量が増しているらしい。それでも河川敷は幅広いはずなのだが、今は騒がしい一団のせいで狭く感じられた。
巨大な目玉のような頭部を持つ、十メートル程の人型機械兵器。それと、平均的な男性と同じ大きさをした人型の機械兵器が多数存在していた。こちらの頭部も目玉のような球体だ。薄っすらと映った円形型の波紋が忙しなく動いている。
親玉らしい巨大な機械兵器は、ギアかモーターかの組み合わせで盛大な音を発していた。意味を持った音なのか、演説をするように機械音に抑揚を付けている。機械の群れを土手の上から観察し、こくりは機械音に負けじ劣らず大きなため息を吐いた。
「よくわからんが、この世界に侵略にでも来たんだろうな。面倒だ、さっさと破壊してお帰り願おう」
「ゴミ……ですね。キレイキレイに浄化してあげないと、いけません!」
気怠そうに土手を降り始めたこくりと対照的に、エミは使命感に燃えていた。
突発的なパラノーマルとの戦闘を見ることが出来る。やっと運が向いてきたのだと、インタビュアーはスマートフォンのカメラを起動し、事細かに詳細をメモし始めた。
戦闘が始まる前に、少しだけ時間を遡らせてもらおう。
喫茶店に向かう道すがら、久河こくりの携帯電話が軽やかなメロディを奏でた。確か、クラシックの名曲だった気がする。着信音を聞いた途端、こくりの眉間にしわが寄せられた。
「あ、こくりちゃん。この曲って……うぅ、お腹空いて来たんですけど」
続いて、エミの携帯電話も『喜びの歌』を歌い上げた。
「うぅ、やっぱり。私にもかかってきちゃいましたか」
アクトレスに対するパラノーマル出現の連絡は、携帯電話を通じて行われる。二人の反応からして、間違いなく、パラノーマル関連の連絡だろう。S市のアクトレスは、彼女たち以外にもいる。連絡はスケジュールが「空き」となっているアクトレスから行われる。
彼女たちは、アクトレスである前に青春を送る学生である。当然、部活動や塾、家事手伝いからプライベートの付き合いまで予定が詰まっているのだ。スケジュールをあらかじめ伝えてさえおけば、パラノーマルへの対処は後回しにしてもらえる。
「あぁ、大丈夫だ。しかし、今、×××誌のインタビューを受けていてね。戦闘を見せることになるが……あぁ、そういうと思っていたよ」
先に話を終えたこくりが、こちらを向いた。
「河川敷に機械型の超常存在が発生した。許可も出たが、同行されるか?」
是非、と答えるとこくりは「パフェを付けてもらわないと割に合わないな」、と呟いた。パラノーマルへの対処が適正に行われた場合、対価が支払われるはずだ。パフェは自腹で、という言葉をインタビュアーは泣く泣く飲み込んだ。
「同じパラノーマルへの対処依頼でした。えーと、私はコレ持ってきてますけど……こくりちゃんは?」
ギターケースを揺らすエミに、こくりは肩をすくめた。
「あー、こいつはあるんだけどな。後は……小粒なのばかりだ」
「家に寄る時間はなさそうですね。支部から物資届けてもらいましょうか」
「支給品は美学に悖るが……仕方ない。だが、〆はコイツだ」
こくりはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて、エミに告げる。エミは、「わかりました。まぁ、なんとかなりますよ」と表情穏やかに歩き始める。二人の後ろ姿は戦いに行くというより、突発的にカラオケにでも誘われたように見えた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、いっぱいですね」
「いや、千はいないだろ。そんなにいたら河川敷が埋まってしまうからな」
土手を下りながら、エミはギターケースを開く。おおよそ中身が彼女の武器であろうことは、予想できていた。刃物か銃器か、はたまた鈍器か……と予想していたインタビュアーはスマートフォンを落としかけた。
中から出てきたのは一振りのデッキブラシ。ギターケースに入る程度の長さのため、それほど長くはなさそうに見える。尖端が夕日に照らされて光を反射する。剣山のように無数の針が仕込まれているようだ。
一方のこくりは白衣をはためかせ、あの大きなぬいぐるみを小脇に抱えたまま、エミの後を追う。
「待て、先に私が仕掛けるから」
こくりの声に、エミが一瞬足を止める。
こくりは白衣の内側から、小さな丸っこい何かを取り出す。振りかぶって投げられたそれは、小さなぬいぐるみだった。丸っこいボディにウサミミの付いたミカン大のぬいぐるみは、不細工な笑顔を見せながら機械の群れに吸われていく。
ズドン、と爆発音がぬいぐるみの着弾と同時に鳴り響いた。
「くふふっ、これぞ芸術……たまらないね」
「あと何発?」
「十個ぐらいやってしまおうか」
にやりと口を歪ませ、こくりは色違いのぬいぐるみを片手に蓄えていく。
「大盤振る舞いですけど、大丈夫ですか?」
「問題ない。家に『作品』はまだまだある」
エミの懸念に、軽く答えたこくりは手に持ったぬいぐるみを空へと放った。最初の爆撃でアクトレスに気づいた巨大兵器が、低い機械音で指令を飛ばす。わらわらと動き出した機械兵器たちだが、降り注いだファンシーな爆発物に巻き込まれて四散する。
機械兵の合間で発生する爆炎を見て、こくりは満足そうに告げる。
「う~ん、芸術だ」
「もう、いいですよね。お掃除しに行って、いいですよね?」
我慢できない疼きに体を震わせながら、エミは尋ねる。こくりがゴーサインを出してやると、待てを解かれた犬のように駆けていく。デッキブラシの先端、無数の針が夕陽の赤に煌き、機械兵器の尖兵に深々と突き刺さる。
「さぁ、お掃除ですよ。美化の神様があなたたちをきれいにせよと、告げるのです」
機械兵器を突き刺したまま、豪快にデッキブラシを振り回す。途中ですっぽ抜けた機械兵器は、別の敵へと覆いかぶさるように飛んでいく。ビシビシと電流を無数の穴から奔流させ、やがて動かなくなった。
巻き込まれた機械兵器は、ガラクタと化した仲間を踏み越えていく。こくりの爆弾ぐるみで減ったとはいえ、多勢に無勢に変わりない。
それでも少女は、舌なめずりをして笑みを浮かべる。
「ゴミがこんなに、多いなんて……清掃活動が捗ります」
不思議な光景だ。
デッキブラシが弧を描いて、機械兵器の頭部を粉砕する。動きの止まった身体部をエミは蹴り飛ばして、後方の兵器たちの体勢を崩す。無様に折り重なったところへ、エミは一足跳びにたどり着く。
至高の笑みを浮かべて、何度もデッキブラシをマウントポジションから突き下ろした。
「こくりちゃん、ごみくず集まってきたから吹き飛ばしてくださーい」
「……むぅ、私の美学ではないが……しかし、背に腹は代えられないか」
不機嫌そうにつぶやきながら、こくりはあの大きなぬいぐるみの背のチャックを開く。そこが開くのか、と思っている間にこぶし大の何かが取り出された。即座に投げられた球体が、手りゅう弾であると判断するのに数秒を要した。
着弾直前でエミはデッキブラシを支柱に、機械兵器の群れから脱する。肩を踏み、背中にデッキブラシを突き立てて跳躍し、背後の爆風に身を任せて飛び降りる。振り向きざまに生き残っていた機械兵器の首を叩き壊した。
「あ、ダメですね。ゴミを量産するゴミがいるようです」
くるりと頭を回してみれば、司令塔らしき巨大兵器が光を放つ。ガラクタが光に当たれば、逆再生の映像のごとく、機械兵が再生する。圧倒的物量に加えて、無限再生……狙うべき相手が確定した。
「エミ、何分……いや、何体惹きつけられる?」
「くだらないゴミどもでしたら、この神聖なるエクスカリデッキブラシの餌食ですよ」
「相変わらずゴロが悪いなぁ……それ」
エミのネーミングセンスに呆れ顔で答えながら、こくりは前線から距離を取る。エミは幾重にも斬線を残して、向かい来る機械兵器の腕を絶ち、胴に剣山を突き立てる。そのまま遠心力をもってブラシを振り回し、投げ飛ばす。
吹き飛んだ機械兵が小爆発を起こす。
音に釣られ、じわりじわりとにじり寄る機械兵を、エミは丁寧に破壊していく。首を落とし、関節を切り崩し、ぶち壊す。残骸となった機械兵は、塵芥を集めるが如く、一山に集めていく。ガラクタの山に足をかけ、悦に浸る表情でデッキブラシの柄をつぅっと指で撫でる。
「ふふ、ゴミがいっぱぁいですぅ」
崩れ落ちてきた頭部を見下ろし、
「ゴミは細分化しませんとね」と踏み潰す。恍惚に満ちた表情で、機械兵へとデッキブラシを突き立てていくさまは、狂喜乱舞。司令塔たる巨大兵器の視野も、そこへと狭まる。
故に、あの爆弾魔に気づくことはない。
「さぁさぁ、お立ち会い……っていうのも違うかな」
司令塔の足元、二本足の間にこくりが立っていた。
雑魚の間を掻い潜り、司令塔の死角からじわりじわりとにじり寄ったのだ。抱えていたぬいぐるいみを司令塔の股下から豪快に放り投げる。空中をくるりと一回転したぬいぐるみは司令塔の肩に持たれかかる。
「さて、本日の芸術作品だ!」
声を大にして叫び、こくりは大股で駆け出す。
肩の異物に気づいた司令塔がぬいぐるみをずんぐりとした手でつかむ。その瞬間、手元から閃光が疾走った。こくりが嗤いながら、振り向いた刹那、司令塔が肩部から爆炎につつまれた。盛大な火柱は、全身を包み、幾重にも爆発音を上げる。
黒煙が周囲に広がり、散っていた機械兵たちの動きが緩慢になり、やがて、止まる。
「芸術は、爆発(物理)に限る!」
力強い宣言を持って、こくりは笑い声を上げる。
その後ろでは停止した機械兵を、「美化」するエミの姿があった。