超常的少女
――なぜ、あなた達は超常存在と戦うのですか?
某県S市にある県立高校の応接間、ふかふかのソファにお尻を沈める二人の少女がいた。一人は毛先に連れて黒くなる青の髪を持ち、目は糸のように細長い。やや西洋風の面影を残す彼女は、事前の調査記録では波歌エミリーという。
呼称は、名字呼びや名前のエミリーではなくエミを好むらしい。ハーフらしいが、家族に関しての情報は手に入らなかった。
もう一人は緑がかった目をした、茶髪の少女である。ただし、髪の長さはソファの背もたれを覆う程である。ハーフアップスタイルにまとめているが、超ロング故にあまり目立たない。さして重要ではないが、エミに比べて胸が大きい。
あと、糸目のエミに比べるとぱっちりとした瞳をしている……のだが、いささか睨まれているようにも見える。彼女の名前は、久河こくりという。重要な情報を忘れるところだった。
久河こくりは、大きなリボンを頭に付け、中型犬ほどのぬいぐるみを抱いていた。一方のエミは、何故か白衣を身にまとい、ギターケースをソファの脇にもたれかけていた。
質問に先に答えたのは、エミだった。
「それはですねぇ……美化の神様がそう告げるからです!!」
八重歯が見える超にこやかな表情から滑り出した言葉は、強烈だった。思わずインタビュアーは、ペンを落としかける。
インタビュアーの表情を察してか、畳み掛けるようにこくりが意地の悪い笑みを浮かべた。
「おや、あなたはどのような答えを望んでいたのだか。私たちは、これでもパラノーマルアクトレスだぞ?」
ここで基本的な情報を挟んでおこう。きっと、後の役に立つ。
パラノーマルアクトレス。超常存在=パラノーマルと戦う少女たちを世間ではそう呼び習わしている。何故かパラノーマルと戦うことができるのは、中学から高校にかけての……いわゆる思春期の少女だけであるとされている。
実際に警察や自衛組織等が対策に乗り出したが、攻撃が無効化される、偶発的な出来事の連続で戦闘が発生しない、恐怖に苛まれ精神疾患に陥る等と尽く失敗した。
以下、パラノーマルアクトレスは世間一般の略称に合わせてアクトレスと呼ぶ。
さて、そんなアクトレスの彼女たちは、戦う理由を「美化の神様」とやらのお告げだという。その意味をエミに追求しようとしたところで、こくりが「もっとも」とにやつきながら話を継いだ。
「私は、このトンチキと違って……まっとうな理由があるぞ」
「トンチキって、こくりちゃんひどいですよぉ!?」
こくりの言葉が刺さったのか、エミは涙目になってこくりに振り向いた。抗議するように、美化の神様とやらの素晴らしさを説くエミだが、その内容は要領を得ない。まとめると、世界を浄化させることを目的とした神様らしい。
浄化の内容に人間自体が入っていないのは、幸いといってよいだろうか。
よく行われるやりとりなのか、馬耳東風、こくりは涼しい顔で聞き流していた。エミの発言が支離滅裂の間、当然のことながらインタビュー自体が止まる。インタビュアーが再開しようとエミを落ち着かせる言葉をかけるが、むしろ、飛び火した。
美化の神様の素晴らしさを説く姿は、まさに狂信的な宗教家。かすかに開いた糸目の奥に、深淵を湛える瞳が見えた。碧眼というより、群青色……いや、もっと深い青色だった。美しいというよりは、恐ろしいという言葉が先に出る。
「あぁ、是非とも×××さんには美化の神様についての記事を執筆していただかなくては! きっと、これも神様の導き、運命の一つなのでしょう」
一人盛り上がっている彼女には申し訳ないが、美化の神様についての部分は極力カットになるだろう。貴重なパラノーマルアクトレスを世間体のために失うのは、惜しい。一部は、これぐらい「キマっている」方がパラノーマルアクトレスらしいというかもしれない。
彼女らの戦いをショービジネスの一つとして捉える人々は、多い。無論、インタビュアーもその一役を担っている……が、矜持はある。彼女たちの助けになるように、支持をなるだけ集めるのがインタビュアーの矜持だった。
インタビュアーにとって興味深いながらも、記事作成には無駄な時間だけが過ぎていく。
気がつけば、日は沈み、空は濃い紫色に変わっていた。
校内にチャイムが鳴り響いたところで、エミは語りきったのか満足気に椅子に深く座る。ちらりとボイスレコーダーを見れば、小一時間彼女は喋り続けていたとわかる。脂ぎった政治家の演説より、耳障りがよかったのは不幸中の幸いだろうか。
「くくっ」
不意にこくりが低く嗤った。
「申し訳ないが、学校の定めたインタビューの時間がきてしまったらしい」
「あっ……あうあうあ……ごめんなさい。私ばかり、しゃべちゃってました」
先程のチャイム、時計を見れば確かに時間はきてしまっていた。
「延長については、校内で行うわけにはいかないからな。これでも私は生徒会の一員でね。学校のルールに、あなたを従わせる立場になっている」
「ちなみに私は美化委員の委員長ですっ!」
元気よくエミが告げるが、後に「美化委員会」はこの学校に存在しないことがわかった。こくりによれば、エミが勝手に名乗っているだけだという。
「インタビューの続きだが、馴染みの喫茶店があってね。この時間なら、絶品のハヤシライスが食べられるのだ。親に連絡さえさせていただければ、ゆっくりとインタビューの続きに応じて構わない」
「こくりちゃん、それってマルシアのハヤシライス?」
「そうだ。インタビューの続きに付き合えば、マルシアのハヤシライスが食べられるぞ」
どうやら、こくりはわざとエミを焚き付けたのだろう。彼女らに会う前、何人かにこくりは腹黒い一面があると聞いていた。
「さて、学校からの要請であればとインタビューを快諾したのだが……こうなっては、あとは私たちとあなたの問題だ。しっかりと記事にできるだけのログは取れたのだろうからな」
これは、わかっていて聞いている。
今日の財布の中身を思い返しながら、インタビュアーは「続きは、その喫茶店で行いましょう」と頷くしかなかった。
※最終話にて、各少女の簡易なプロフィールを掲載します。
2017/8/30 改行位置修正